03 新しい部活
入りたい部活がないから新しい部活動を創設するという俺たちの計画は、ただちに行動に移された。その第一歩として考えられたのは、まずもって部員集めだ。
入学して間もない不慣れな高校生活。ほとんど初対面のクラスメイト。
さて誘うべき人間に心当たりがあったかといえば、ひとまず一人はすぐに思いついた。親友の赤松と同じく、いや同じではない女子ではあるが、とにかく俺とは小学校のころからの古い付き合いである笹川美馬その人だ。
「めんどくさい」
一刀両断といった感じだが、それもまた彼女の魅力の一つである。つまり幼なじみとして思ったことを率直に言い合える関係性というもので、それは高校生にもなると得がたい貴重な存在だということが常識的に理解された。
気兼ねなく言葉で殴り合えるような女子は俺の狭い世界において彼女だけだ。
だから誘いにも熱が入る。
「お願いだ。俺とお前の仲じゃないか。聞けば部活にも入っていないというし、たぶん熱心に勉強をするってわけでもないんだろう?」
「確かに私は暇だけど、いくら暇だからといって、何をするのかもわからない謎の部活動に高校生活を捧げたくはないわ。それって無駄にして無益だもの。たとえその新しい部活に友達であるあなたと赤松がいたとしてもね」
ぐうの音も出ない。計画性のない話だということが今さら露呈してしまった。誘う前に関心を持ってもらえるようなプレゼン方法を考えておくべきであった。準備不足で営業に走った俺のミスだ。
しかし、これには一緒についてきた榎本が補佐して答えた。
なにやら彼女は部活の新設に乗り気で仕方がない様子である。
「大丈夫、何をするかは決まっているから。文芸部だよ。乙終君が部長の文芸部を作るの」
「そうだったのか」
それは初耳だ。しかも俺が部長とは、驚きの事実である。
ところがそれを聞いた美馬は意外にも興味深そうな表情を見せたので、俺は否定するタイミングを失って黙り込んだ。
ちなみに榎本と美馬の二人も四月に出会ったばかりではあるが、これも共通の知人である俺のおかげ……ではなく、初日から俺とは無関係なところで勝手に仲良くなっていた。榎本の(欲求不満を隠した)社交性と、美馬のあけすけな性格ゆえだろう。
「文芸部ねぇ……。とりあえず私が入ってあげるにしても、まだ全部で四人なんでしょ? 部活動は最低五人の部員が必要らしいから、あと一人は集めないといけないけど、誰か当てはあるの?」
「あと一人か……。難しそうだけど、出来る限りで頑張ってみるつもり」
「ふーん。まあ、とにかく頑張るってのは、いい姿勢ね。何事も努力してみるのが一番よ。入ると言ったからには、一応、ちょっとくらいは楽しみにしておくから」
そう言って美馬は屈託なく笑ったので、そんな彼女につられて俺も少年の日を思い出したように笑った。ただ一人、なぜか榎本は微笑みの陰で思案顔をしていたようだが、たまっているという欲求不満の処理方法でも考えていたのだろう。気にはなったものの、俺は声をかけなかった。
その日の放課後。
新しく同士に加わった美馬と赤松は私用で先に帰ったらしく、二人で勧誘行為をすることになった俺と榎本。お互いに話し合って決めた次に誘うべき人物のもとへと、なるべく好意的に見えるような足取りで歩み寄っていく。
気心の知れていた美馬のときとは違って、今回は幾分かの緊張を含んでいる俺たちだ。
「私を新しい部活動にですか? そうですね……」
俺たちが誘いをかけた女子生徒は峰岸マリカといって、このクラスの委員長をしている頼れる人間だ。物腰柔らかく、しっかりした印象で、早くも周囲からは“困ったらこの人”と呼ばれている有能な美少女である。なんと就任時にはクラス内の支持率が百パーセントを記録したとかいう人気のクラス委員長でもある。対抗馬が現れず、面倒を嫌ったみんなが押し付けただけと言われればそれまでだが。
女子からは憧れと信頼を、男子からは憧れと敬愛を、それぞれにそれぞれの関心を集めてやまない我がクラスにおけるまとめ役だ。ともすれば担任教師の影が薄まってしまうほどだが、成績優秀な彼女は先生からも信頼されているらしい。
そんなわけで、そうそうに当てのなくなっていた俺と榎本も部員集めに困ったからと、おそるおそる彼女に声を掛けてみたのだ。
「イヤではありません。でも、私で大丈夫でしょうか?」
あまり自信がない様子だが、いったい彼女が何を不安に思っているのか想像もつかない。
しかし意外にも「イヤではない」という前向きな言葉が返ってきて、こっちから誘っておいてあれだが俺は驚いた。クラス委員長を務める彼女のことだから、とっくに入部する部活を決めているものだとばかり思っていたのだ。
「誰でもウェルカムな文芸部だから大丈夫だよ。いっそ本が嫌いでも大歓迎。ここにいる乙終君が部長になる予定だし、なんだったら峰岸さんが部長になってくれてもいいよ」
「……あの、ところで、お二人はどういうご関係で?」
不意打ちな彼女からのクエスチョンに俺は首をひねった。
その問いは、具体的には何を尋ねているのだろう?
ふむ、おそらく彼女ほどデキる人間になると、俺たちのような男女一組が誘ってくれば、人間関係における不慮のトラブルを回避するため、相手の関係性を考慮せずにはいられないのだろう。つまり、新しく部外者の自分が入っていっても、仲がよさそうな二人の邪魔にならないかどうか。
この二人は単なる友達なのか、あるいは友達よりも親密な関係の幼馴染なのか、もしかして恋人同士なのか、とか。
そういうことを考えられるほどに相手への配慮があって、きっと優しい慎重派なのだろう。
「どういう関係かと言えば、榎本さんとは中学からの友達なんだ。あの、よかったら峰岸さんも俺たちと友達にならない? 本当は部活なんて二の次でもいいんだよね。とにかく有意義に高校生活が送れれば楽しいと思って」
俺の言葉が迷える彼女の背を押せたのなら、それは嬉しいことで。
「……うん、だったら――。いえ、それではよろしくお願いします」
と、最終的に彼女から快い返事をもらった俺は喜んだ。
「ありがとう! じゃあ、部活が始まったらよろしく!」
これで部の創設に必要な人数を集め終わったという達成感もあったし、それに、頼りがいのあるクラス委員長を仲間に引き入れることができたのは百人力にも感じられた。
ひとまず簡単に礼を告げて今日のところは峰岸さんと別れると、てくてくと俺の机までついてきた榎本が言った。
「ねぇ、乙終君。私が勝手に文芸部に決めちゃったこと怒ってない?」
何だそんなことかと思いつつ、彼女に問われた俺は視線を泳がせて、しばらく考えてから言った。
「新しい部活を文芸部に決めてくれたことは、どちらかといえば感謝してる。……でも、俺を部長にするだなんて決めていたのだけは、ちょっと不服かな」
中学生のころの俺を知る榎本だからこそ、当時文芸部だった俺のことを考えてくれたのだろう。そもそも最初から文芸部が存在したなら入部を検討した俺である。他のメンバーが賛同するかどうかは別として、新しく文芸部を創設することになるのなら、未来につながる伝統の第一人者となる可能性もあるわけで、それを思えば嬉しくないわけでもなかった。
とはいうものの、実際には俺は自分自身について、とても部長の器があるとまでは評価できない。たとえ仲間内のリーダーであっても、他の誰かを据えたほうが部としてはうまくいくだろう。
だから榎本が俺を部長に推している理由は正当性に欠けていて、不可解であるようにも感じられた。
「私は乙終君が部長じゃなきゃイヤだけどな」
「いやいや、それは俺がイヤだもの。いっそ榎本さんが部長になってもいいんじゃない?」
「……それじゃ駄目だよ。忘れたの、乙終君? あなたが私の相談役だってこと」
「つい先日のことだから覚えてはいるけど、それと部長とに何の関係が?」
疑問に思って尋ねてみると、榎本は得意げに胸を張って微笑んだ。
口角が歪んで挑発的に目を細めてみせるが、顔立ちがいいので可憐さを損なっていないのは特筆に価する。
「部長の特権を最大限に利用してほしいのね、乙終君には。私の相談役であるからには、あなたにも相談しがいがあってほしいもの」
「……部長じゃない立場の俺には相談のしがいがないってこと?」
なにも彼女の言葉に拗ねて皮肉を言ったつもりはない。若干の寂しさはあったものの、それだって無視できるレベルの些細な動揺だった。
それでも言わずにいられなかったのは、おそらく、榎本の誘いであるところの挑発に乗ってしまったからだろう。
「あら、ごめんなさい。そんなつもりではなかったの。どうすれば許してもらえるかしら」
あらかじめ準備していたかのようにリズミカルな謝罪。まるで求愛の歌声だ。
「いや、別に怒ったわけではなく……」
「待って」
穏便に済ませようと言いかけた俺の言葉は打ち消され、半ば問答無用といった感じで榎本の欲求不満撲滅ターンが始まる。
「ううん、今のは私が悪いのね。だって乙終君を不愉快にさせてしまったのだから。うん。仕方ないね……。はい」
そう言った榎本は両手を背中で後ろ手に組み、足をクロスすると前かがみになって、小首をかしげながら俺に向かって右頬を差し出す。いったい何事かと思うと、彼女はそれが当たり前のことであるかのように微笑んで。
「ぶって」
と言って、おねだりする調子でウインクしてみせるのだった。
そうやって榎本が自分の右頬を無条件降伏よろしく俺に差し出した瞬間、ざわついていた教室が冷気に包まれて固まった。彼女に頼まれた俺だって、ピタリと硬直していた。
幸いにも教室の後方であり、かろうじて俺たちの姿は目立たない。放課後ということもあり、半数以上の生徒がすでに残っていない状況だ。
しかし放課後の教室に残っている少数精鋭の暇な生徒たちの目は誤魔化せない。ここでおかしな振る舞いをすれば彼らの退屈しのぎに風の噂となって、榎本の被虐趣味が全校生徒へとゴシップ的に知れ渡ってしまいかねない。
……とすると、今後の学校生活における彼女の世間体やら評判は、ここで俺がとる行動次第で決まってしまうのか。
衆人環視の中で自分が誘った“お仕置き”をされるのは、精神的マゾヒストの欲求不満をつのらせた彼女にとっては快感だろう。悩める榎本の相談役として、ここは期待に応えてあげるべきかもしれない。
だが俺は彼女からの要求を呑んでしまうのに多大なためらいがあった。
たとえば榎本の頬へ向かって右手を振りぬいてしまえば、いくら手加減しようと意味のないことで、無抵抗な女子に手を挙げたとして厳しく糾弾されるのは間違いなく俺である。
十中八九で嫌われる。残る一割には無視される。
では、どうするべきかと対処に悩む。最善の手段とは何か。下校を渋って教室に残る生徒たちに固唾を呑んで見守られる中、気づかれない程度に眉間にしわを寄せた俺は対面する榎本と視線を交わらせた。
「おいおい榎本さん、面白くない冗談だね。みんな笑うに笑えなくて困ってるぞ」
わざとらしく肩をすくめた俺は、右手の人差し指で榎本の右頬をぷにっと押し込んだ。冗談には付き合えないぞといった体裁で、指先でほっぺたを軽くつっついたのだ。
「冗談なんて、もう!」
ぶってもらえなかった榎本は不服そうに頬を膨らませたが、それはそれで楽しいプレイなのか喜びを隠さない。
構ってもらえるなら、なんでもよかったのかもしれない。
よくわからない部分もあるが、まぁ、その場は無難にやり過ごせたようだった。
数日後、俺たちは部活動の新設を申請する書類を生徒会に提出することにした。
集まった部員は俺、赤松、榎本、美馬、そして峰岸さんの五人だ。部活動の内容はオーソドックスな文芸部で、部長には多数決で俺がなった。書類に不備はなく、活動内容に無理もなく、特に問題なく申請は受理されるであろうと俺たちは楽観視していた。
ところが生徒会長はたった一言「却下」を告げた。こちらが腰を低くして理由を尋ねると、「部活動の新設は予算分配などの都合上、校則によって四月中にのみ認められている。本日は五月一日で、君たちは一日遅かった」との簡潔なる答えが返された。
これは後になって知ったことだが、我が校の生徒会は規則第一主義のマニュアリストと呼ばれる保守勢力の血統で、これは伝統的に革新的あるいは自由主義的な一部生徒たちとの争いが絶えなかったらしい。過去にはアンチ生徒会と呼ばれる影の全校統制機構も確立されたなどという物騒な噂さえ残されており、なかなか興味はつきないが、どう考えても今は関係のない話だ。
五月一日の放課後。みんなが待っていた教室に生徒会からの「却下」という報告を持ち帰った俺は、傍目から見てもわかるくらいに肩を落としていたのだと思う。
どうしても文芸部をやりたかったというわけではない。
部活を作るという目的のため集まったこの五人で、何か楽しいことがやれるのではないかと期待に胸を膨らませていたから、いきなり出足にしくじって、このまま自然消滅してしまうことに無念さにも似た感情を抱いていたのだ。
赤松と美馬は小学生のころからの幼なじみであり、気の置けない親友。
榎本は中学時代からの友人で、今では彼女の相談役となっている。
そしてクラス委員長の峰岸さんとの関係は、これから始まっていくというときだ。
「残念ですが、仕方ないですね。四月中に申請せねばならないという校則を知らなかった私たちが悪いのですから、生徒会に異議を申し立てるわけにも……」
峰岸さんの落ち着いた優等生的な発言に、しかし決して優等生とは呼べない俺たちの誰も反論できなかった。まともな手段で部活動を新設したいなら、来年の四月を待たねばならない。それが不服なら、生徒会に働きかけて校則を改正してもらわなければならないのだ。
「部活動の新設は四月までだけど、既存の部活動への入部届けは五月以降も大丈夫みたいよ。どうしても部活がやりたいのなら、どこかへ入部届けを書いたほうがいいわね。もう私たちと一緒である必要はないのだから、遠慮もしなくていいわ」
感情を感じさせないクールさで美馬は言って、シャープな眉にかかった前髪を掻き分けた。誰に対しての発言かといえば、まず間違いなく峰岸さんへのアドバイスだろう。
美馬は美馬なりに気を遣っているのだ、これで。
「なぁ乙終、俺たちは俺たちで入れそうな部活を探すか? なんだったら書道部にでも入ってみるのはどうだ? そして噂になっている不眠不休の三日間耐久の写経大会を味わってみようぜ」
「字よりも自我が鍛えられそうだな……」
書道も嫌いではないが、あの集中力は真似できない芸当だ。もはや精神修行である。
俺たちが意気消沈して落胆するかたわら、たった一人、榎本だけは元気だった。
「ねえ、みんな。私たちは部活を作るという同じ志をともにした折角の集まりだもの、このまま終わっちゃうのは寂しいじゃない? ってことで、実は私に名案があるのだけど……」
名案というからには名案だ。このさい単なる案でもいい。
一体何を言い出すのやらと、期待を込めた俺たちは彼女に目を向けて視線で先を促した。
「自主的に生徒が集まって文芸作品に触れ合う機会や場所は、なにも文芸部だけが専門じゃないのね。小説を発表する場にしても、それが部活動である必要はないのだし。だって、学校から与えられる予算も部室も顧問の先生も、文芸的な活動に必要不可欠ってわけじゃないでしょ?」
なるほど確かに、それはそうだ。言われてみれば、読むのも書くのも部活である必要はない。考えるまでもなく彼女の言い分はよくわかった。
つまり、と言って榎本は腰に手を当てて偉ぶった。実際、ちょっとは偉いのかもしれない。
「文芸部に匹敵する同人サークルを私たちで作っちゃえばいいんだよ。学校からの許可はいらないし、いっそ部室もいらない。私たちの私たちによる私たちのための文芸サークルを、ね?」
「ふぅむ……」
などと即答を避けたのは俺ばかりではない。名前くらいなら聞いたことはあるものの、サークルと言われても今一つピンとこないものがある。
ところが、ここで意外にも好感触といったポジティブな反応を見せたのは、他でもないクラス委員長にして、困ったときはこの人と呼ばれる峰岸さんだ。
「それ、すごく魅力的です」
「えー、魅力的かな?」
とは、ぎゅっと眉根を寄せた美馬。峰岸さんはちょっと慌てる。
「はい、そうですよ。そうですってば。たとえば顧問の先生がいて、きっちりスケジュールが決まっているような公認の部活動と違って、学校の直接的な影響下にない私たちだけの居場所ができるのですから。隠れ家みたいで、なんだかとても魅力的です」
期待に胸を躍らせた峰岸さんが賛同した調子で納得してしまえば、残る俺たちに反対票を投じる人間はいなかった。豊かな胸が躍ったからか、赤松は感心さえしている。
顔をつき合わせた全員が同意したことを表情を見て悟り、発案者の榎本は鼻高々だ。
「じゃあ決まりだね。ここに私たちは結成するのです。実践文芸サークル、その名も……」
榎本は自身の胸に手を当てて、照れた角度で俺に目配せする。
たっぷり“ため”の時間をとって、やがて彼女は自信満々に口を開いた。
「オモイツカナイ!」
一瞬、俺たちは真剣に言葉の意味するところを考えた。だが、榎本が口にしたオモイツカナイとは、まさしくその響き通りの意味であって、彼女がサークル名を思い付けなかっただけだということに思い当たると、これはもう全員で苦笑するしかないのだった。
全員の注目を集めておいてミスをやらかす、それは構ってほしたがりな榎本の巧妙な誘いだったのかもしれない。
だけど、まぁ、みんな楽しそうだったから笑い話である。