表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/36

11 週末のサークル活動

 週末、実践文芸サークルの会合が例のごとく俺の家で行われることになった。

 いつものメンツである俺に美馬、榎本、峰岸さんと赤松に加えて、今日は新しい来客がある。


「意外といい家に住んでんな」


 これは来るだろうなと予想していた鈴木だ。いつもよりシャープで神経質そうな眼鏡をかけている。サークルと聞いてそれなりにやる気を持って参加しているらしいが、普段からぐいぐい来る勢いだけはあるので少しは抑えていてほしいものだ。

 ただ、不安なことに今日のゲストは彼一人ではない。


「こんにちは。妄想大先生です」


 謎の設定で来た福富である。あごに手をやって、生えてもいないヒゲを触る動きがうっとうしい。文芸サークルと聞いて、なんか小説を書いてそうなキャラを作ってきたのだろう。それにしても妄想大先生ってなんだ。

 ちなみに姉さんは出かけているので今はいない。いつもと違って余計なのが二人いるため、安全のためにも帰ってくるのは遅くていい。


「また変なの連れてきたの?」


 美馬が批判するような目で俺を見る。この前の昼休みに会ったばかりなので鈴木のことは覚えているだろうが、同じクラスであれ福富のことはあまり知らないのかもしれない。

 まず間違いなく変な奴なので彼女の危惧はもっともだ。


「どっから話を聞いたのやら、なんか俺たちのサークル活動に興味を持ったらしくてさ。せっかくだから招待したんだ」


「はい、招待されましたので。私の素晴らしい妄想エピソードを皆さんの創作活動に活かしてもらえれば、と」


「そのキャラやめろ。話がややこしくなるから」


 普通にしててもうっとうしいがな。アホな男子と真正面から言い争うのを諦めているのか、まさか追い返すわけにもいかず美馬は肩をすくめて引き下がった。

 美馬と違って赤松と榎本の二人は不満そうな気配もなく、のほほんと普通にしている。適応力があるのだろう。

 この前と同じように頼れるクラス委員長像を崩したくないらしい峰岸さんは遠慮がちに俺に尋ねてきた。


「古沢さんは?」


「この前の約束を守って、もうサークルには顔を出さないって」


「そうですか……」


 がっかりしたように峰岸さんが寂しそうに顔を俯かせる。

 それが意外だったので思わず聞いてしまう。


「あれ、残念?」


「女子が減るのはね。男子が増えても意味なくない?」


「……だね」


 迷った結果、彼女の意見に同意した。同じ男として悲しくなるが、男子が増えても馬鹿話が騒がしくなるだけだ。

 というか、この面々で真面目な話ってできるのか?


「とにかく今日はこのメンバーで会合をしよう。会合といっても、実際には雑談とかするだけだけどね」


 それから、まずはそれぞれに自己紹介をして、雑談を交えながらサークルの説明などをしていたら、みんなが何を書いているのか教えてくれという話になった。

 活動実績として語るなら、部長である俺以外のメンバーは誰一人として文芸サークルには乗り気でなく、小説もエッセイも読書感想文も書いていない。ただ、美馬と赤松の二人は最近ようやく小説を書くことに興味を持ち始めたので、これからはどんどん活動してくれるだろう。

 問題は榎本と峰岸さんだが、個人的には無理に執筆してくれなくてもいい。本人のやる気は大事だ。好きでもないのに書かせてつらい思いをさせるのは避けたい。


「峰岸さんは今どんな感じ?」


「まだ形にはなっていませんが、私が考えているのは思春期くらいの少女を主人公にした青春ものですね」


「女性が主人公の青春ものかぁ……」


 やっぱ百合とかガールズラブな作品なんだろうか。正直すごく好きなので、今度こっそり読ませてもらおう。

 みんなの前では見せられない話だとしても、同盟特権を使えば俺にだけは読ませてくれるだろう。

 福富が大きく何度も頷く。


「さすが頼れるクラス委員長ですな。さわやかでエッチな文芸の香りがプンプンします。妄想大先生も大満足です」


「だからその変なキャラやめろ。あとどんな妄想してんだ」


 実際には俺も美少女同士がいちゃいちゃするシーンを妄想しちゃったので福富を責められない。峰岸さんの趣味などを知っているのは飾らない同盟を結んだ俺だけなので、一応は彼女のために否定しておかなければならない。本当はエッチな女の子だけど、みんなの前では真面目なクラス委員長なのだ。

 なのでここでも外面は崩さない。


「妄想大先生はどんな作品を書かれるんですか?」


 などと尋ねる峰岸さんだが、クラス委員長として話を振っただけで、たぶん興味はないんだろうな。

 なのに福富は峰岸さんに尋ねられると実に嬉しそうに顔をほころばせた。


「よくぞ聞いてくれました。私の専門はラブコメかギャグです。どちらも重要なファクターは美少女ですね。むふふ」


 だからそのキャラやめろと今度はもう言わない。今日はもうずっと続けるだろうな。

 しつこい奴だ。クラスで人気者になれない理由がよくわかる。


「重要なファクター?」


「おっぱいです」


「ああ、なるほど……?」


 さすがの峰岸さんも混乱して自分の胸を見下ろす。一緒になって彼女の胸を見る福富も大満足だ。

 すかさず鈴木がツッコミを入れた。


「いや、重要なのはお尻だろ」


「顔だろ」


「あんたたちねぇ……」


 鈴木に続いて赤松まで馬鹿なことを言うので、頭を抱えた美馬が白い眼を男子に向けている。

 下手に口を挟むと俺まで巻き込まれて評価を下げかねない。ここは興味ない振りをして黙っていよう。

 そう思って顔をそらしたら榎本と目が合った。こちらを見ていたということは、もしかして俺が何を言うのか待っていたのか。重要なのは心だ心。


「えっと、榎本さんは何か書くつもりある?」


「私はみんなの作品を読んで感想を言うだけのつもりだったけど、何か書いたほうがいいのかな」


「うーん。本音を言えば書いてくれると嬉しいけど、何も思いつかないなら急いで結論を出さなくてもいいよ」


「……ね、乙終君」


 不意に俺の名を呼んだ榎本がにじり寄ってくる。


「え、何?」


 久し振りに榎本とちゃんと喋っている感じがして、しかも近づいてくるので顔が近くて胸がドキドキするし改めて可愛いと思った。

 やっぱり榎本のことは好きだ。彼女には嫌われたくない。

 こそこそと小声で答えが返ってくる。


「私ね、どうせだったら、いじられるような作品が書きたい。いっそ小説じゃなくてもいいから。何かないかな」


「いじられる……。つまり、みんなが面白がってくれるような奴か。単純なギャグでもないだろうし、それは難しい気がするね。だけど頼まれたからには考えておくよ。今すぐに答えは出せないけど大丈夫?」


「大丈夫。私のために考えてくれているって思うと嬉しいかも。じらしてくれてもいいからね」


 そう言われると彼女を待たせるのも考えものだ。すぐに答えてあげたくなる。


「日記とかエッセイはどうかな。ある意味では一番恥ずかしいと思うよ」


「そうだね、自分の考えや思想を読まれちゃうと想像しちゃうとね。ぞくぞくっとくるね。意外といいかもね」


「それに榎本さんのエッセイは俺も個人的に読んでみたいかな」


「そう?」


「うん。だって榎本さんのこともっと知りたいから」


「……えっち」


「え、えっち……?」


 いきなり恥ずかしがる榎本に困惑するしかない。そんな変なことを言ったつもりはないのだが。

 もしや彼女はすごいエッセイを書くつもりではないだろうか。自分の性癖や悩みを赤裸々につづるつもりなのかもしれない。それは普通に読みたい気もするけど、まさか本当に書いてほしいと頼むわけにもいかない。

 とはいえ、じゃあ何を書けばいいのか難しいのがエッセイだ。古文の授業で読ませられる随筆。文章はともかく内容自体はすらすら読めるので簡単そうに見えて、実際に書こうとすると意外に筆が進まない。

 彼女にアドバイスするにしても、ひとまず俺も何かエッセイみたいなのを書いてみて、ちゃんと練習をしてからにしよう。

 そう考えていると、向こうでは美馬が鈴木にしゃべりかけていた。


「あなたは何を書くつもりなの?」


 珍しいことに鈴木が眼鏡をくいっとせずに鼻をかく。


「俺はSFかな」


「SF?」


 どうせラブコメだろと思っていたので、二人の話を黙って聞いているだけのつもりだったのに思わず俺は反応してしまう。


「SFって、まさかサイエンスフィクションのこと? それとも何かラブコメの亜種みたいな奴? スケベフェチとかの略?」


「スケベフェチってなんだそれ興味あるけど違う。お前まさか俺のことラブコメ脳のピンク野郎だとでも思ってんのか。SFと言えばSFだ。より厳密にジャンル分けするならロボットものだよ。ここでいうロボットは工学系の定義ではなく、いわゆるオタク文化における巨大人型ロボット兵器のことだがな」


「へー、ロボットか。小説でロボットものは書くのもヒットさせるのも難しいと思うけど。ただでさえ今はロボットアニメが苦戦している大変な時代だからね。特に若い世代だとロボットブームは過ぎたんじゃないかな」


 とか軽い気持ちで言ったら、すちゃっと鈴木が眼鏡に手をかけた。


「……あ? お前今なんて言った?」


 くいっとする気満々だ。どうやら何かスイッチを入れてしまったようだ。

 長々と演説されても面倒なことになるので身を引こう。


「何も言ってないです」


「ロボットブームは過ぎたとか言ったよな。特に若い世代には人気がないとか」


「言ってないです」


「俺はそういう決めつけが一番嫌いなんだよ。わかる?」


「わかります。ありがとうございました」


「いい、いい。礼を言うのは俺の話を全部聞いてからにしろ」


 なにこれ全然止まらない。


「まあ、ここは創作意欲の高い連中が集まっているに違いない文芸サークルだからな。ここで俺がファン代表として意見してやろうじゃないか」


 じゃないかって、あのさ、まず勝手に代表ぶるな。

 あと俺以外はそんなに創作意欲も高くない。

 だが誰も彼を止められないので鈴木の話が始まってしまう。


「ここは女子も三人いてロボットアニメだとイメージしづらいかもしれないから、たとえば野球アニメの話をしよう」


「……はあ、まあ、どうぞ」


 こうなったら気が済むまでしゃべらせるしかない。

 まず、と前置きした鈴木はコホンとのどを整えてから話を始める。


「野球を売りにしておいて野球をしない野球アニメとか、すごい才能を持っているのに相手が負けるのはかわいそうだからと言って試合に出たがらない主人公とか、相手チームそっちのけで試合中に内乱を始めるとか、バットとグローブを使ってるけど野球とは違う球技を始めてルールは説明しないとか、なんか戦ってるけど対戦相手がどこの誰なのか時間が経つまで一切紹介しないとか、一応は野球をやるけど野球以外のドラマ部分に力を入れて肝心の試合シーンはカットとか、野球ファンが楽しみにする野球を描かないでおいて『あれ、今は野球アニメって人気ないの?』とか言われてもさ、それなんか違うじゃん。

 リアリティを売りにして主人公が弱くて活躍しないとか、泥臭さを売りにして見どころもなくチームが負けてばかりとか、あるいは勝つにしても戦術的な駆け引きがなくて試合内容が単調で面白くないとか、野球ファンを引き寄せるため野球道具は持ってるけど実はサッカー始めるとか、そういう……」


 はいはい、なるほど。


「たとえば野球ファンが見たいのは高校野球とかプロのリーグ戦とか代表選手を集めた国際試合だとして、そういうまっとうな試合を描くのを避けて、草野球とも違う変則的なルールの試合ばかりするようなもんじゃん。王道作品が出尽くした感もあるから今さら普通のことはやれないっていうのもよくわかるけど、だからってイレギュラーな変化球ばかりっていうのもつらいじゃん。嫌いじゃないが、そういうのはたまにでいい。おおきく振りかぶった豪快なストレートでストライクをとってほしい。あるいは四番打者にホームランを打たせよう。こっちはど真ん中に構えてるから、ここに剛速球を投げてほしい。暴投やサインなしの変化球ばっかりじゃ、取りたくても取れないんだよ」


 と、これで話の区切りらしい。

 誰も相槌を打ってくれないので俺が言う。


「はええ……。つまりどういうこと?」


 鈴木がダメ押しのつもりで眼鏡をくいっとする。


「今の若者にはロボットアニメが人気ないとか言うけどさ、それおかしいだろ」


「おかしいかな?」


 今度は代表して峰岸さんが首をかしげるので、全員が顔を見合わせる。

 んー、の合唱。

 正直いまいちピンと来ていない感じだな、これ。


「おかしいです!」


 そう叫んだ鈴木が眼鏡をくいっとしながら立ち上がる。


「だってそうだろ。人気がないとか嘆く前に、いや、まずね、ちゃんとロボアニメ作って! 普通にロボットが活躍する楽しいアニメを作って! このアニメすごく面白いけどロボットが出てくるから人気出なかったんだよね、って作品ばかりならロボアニメが不人気って意見も納得するけどさ、正直なところロボット関係なく普通にアニメとしても人気出るような作品あんまないじゃん。リアル系のロボットは作画が大変なのはわかるし、十二話で戦争を描くなんて難しいのもよくわかるし、昔と違ってSF設定にかかる労力も段違いだから文句ばかりは言いたくないけどさ、やっぱりロボアニメが好きだからこそ、ロボアニメが不人気だと決めつけて作り手が諦めたようなことを言うのは悲しいんだって。ほんとに好きで応援しているからこそ、ヒットしないのを受け手や時代のせいにしないでほしい。すごく面白いロボアニメが出てくれば時代に関係なくヒットするってことをあきらめないでほしいわけだ! 好きだから!」


「ははぁ……」


 ヒートアップする鈴木の熱量と反比例して聴衆の俺たちは引いてしまった感じがある。しかし主張の是非はともあれ彼の熱量を否定するわけにはいかない。

 ぐっとこぶしを振り上げる鈴木。何はともあれ決意は万全だ。


「というわけで俺はあえてロボットものに挑戦するぞ。最高のエンタメ作品を書いてやる」


「ああ、ぜひ挑戦してくれ。難しいほうがやりがいもあるだろう」


 それに執筆に集中してくれれば静かになるだろうからな。本人がやる気なら適当にやらせておこう。

 何やらスナック菓子を食べながら赤松が尋ねる。


「ロボットものと言っても色々あるけど、どんな作品にするかアイディアくらいはあるのか?」


「もちろんあるさ。とりあえずヒロインが十人は欲しいな」


 スナック菓子を指につまんだまま赤松が振り返って俺の顔を見る。


「おい聞いたか、ロボアニメの話で最初に出てくるのがヒロインだぜ。こいつ硬派を気取っといて軟派だぞ」


 まあ、ラブコメが好きって話だからな。他のジャンルでもヒロインが重要なんだろう。

 スナック菓子を奪い取って鈴木が不機嫌そうに眼鏡をくいっとする。


「いいじゃないか。偉そうなこと言っちゃったけど、俺は世間と違って最近のロボアニメが好きなんだ。何作かはBDも買ってるから、興味がある奴は俺の家に来い。しかし自分で作るとなると思いのほか大変だな。主人公を男にしてハーレムにするか、あるいは主人公を女にして百合ハーレムにするか、これがまた悩ましい」


「どっちにせよハーレムなのか」


「うむ。だって俺が好きなのはロボットと美少女だからな!」


 ここまで言い切れるなら清々しい。リアクションするのも大変なので文句を言う気も失せた。

 もっとも、批判であれ共感であれ鈴木が相手となると話が面倒くさくなりそうだから、誰も何も言うつもりはないだろうが……。


「それだったら女性主人公がいいと思います!」


 いきなり叫んだのは峰岸さんだ。全員が何事かと思って彼女に注目している。俺だってびっくりだ。


「登場人物はみんな女性にしましょう!」


 誰も反応してくれないため、とりあえず俺がサポートしよう。


「おそらく峰岸さんは女性が活躍する物語をおすすめしているんだろうね……」


「ああ、なるほど。ここ数年はハリウッドでも女性が主人公の作品が増えているって話を聞いたことがあるな。女性が活躍する物語は確かにいい。俺も好きだ」


 たぶん峰岸さんは百合ハーレムの方に反応したんだろうけれど黙っておくしかない。彼女の考えを詳しく説明すると、みんなの前で榎本や美馬への恋心まで打ち明ける羽目になりかねないのだ。大切な同盟の相手だから彼女を守らなければ。

 話題そらしがうまくいったのか、ティッシュを取って指をふきふきしながら鈴木は美馬に声をかける。


「そういえば笹川も恋愛ものを考えているとか言ってたな」


「確かに考えているけれど、ハーレムは絶対にないわよ。私が大事にしているのは純愛なの」


「素晴らしい。俺が愛するハーレムも、お前が愛する純愛も、どちらも現実に存在しないからこそ憧れる」


「現代日本でハーレムはともかくとしても純愛はあるでしょ」


「あると信じる人間の頭の中だけにはな。あくまでも形而上的な概念で実在しているわけじゃない」


「じゃあそれでいいじゃない。相手も一緒にあると信じてくれれば少なくとも二人の間では実現するんじゃないの?」


「一時的には実現するさ。一時的には、な」


「あっそ。あなたはそうかもしれないけれど、私は永続的よ」


「……へえ?」


 と、ここまで黙って聞いていたが、なにやら赤松が俺のそばに寄ってきて肩を叩いてきた。


「おい、乙終。あいつなんか美馬に馴れ馴れしくないか」


「美馬にっていうか、誰にでも馴れ馴れしくて偉そうなだけでは」


 馴れ馴れしいという意味では俺たちも被害にあったからな。初対面の時から親友くらいの距離感でぐいぐい来るような人間だ。美馬にだけ特別なアプローチを図っているわけでもないから、まともに心配するだけ無駄だろう。

 そんなことを言っていたら美馬との会話を切り上げた鈴木が俺たちのところにやってきた。

 また偉そうに何かを言ってくるのかもしれない。何が来てもいいように警戒したけれど俺には目を合わせておらず、どうやら標的は赤松らしい。

 いつにもまして強気で眼鏡をくいっとする。


「俺は察しがいいから遠慮なく言うけど、お前たぶん彼女に惚れてんだろ?」


「な、な、何を言い出すんだ!」


「サンキュ。今ので確信に変わったわ」


 はははと笑って勝ち誇る鈴木。美馬への恋心を見抜かれた赤松は顔を赤くして悔しそうにする。


「んで、この前の昼休みの話から察するに彼女の方はお前に惚れているわけか」


 今度は俺に向けて眼鏡をくいっとしてくる。小声で言い合っているので別の話を始めている彼女たちには聞こえていないだろうが、万が一にもと考えたら正直に答えられるわけがない。

 ほんとにこいつは……。


「今決めた。楽しそうだから俺このサークルに入るわ。これからよろしくな」


「あ、うん」


 対処に困っていた真っ最中に言われたので、素直によろしくとは言い難い。けど新入部員は歓迎だ。作品を書くことについて一応はやる気もあるようなので、余程のトラブルメイカーでもない限り断るのも抵抗がある。

 そう思っていたら眼鏡を連続でくいっくいっとする。


「笹川にも興味がわいたんでな。そしてお前がどう答えるかも気になる」


「……つまり美馬のことが好きになったって理解でいいのか?」


「興味を持ったって言っただろ。好き、という言葉は広い意味を持つから受け取り方は任せる」


「ふうん……」


 よくわからんが素直な意味での好きとは違う気がする。というか、もう何を考えているのかわからん。

 ただ、美馬に興味がわいたと宣言する鈴木に言いようのない嫉妬や焦りを覚える自分がいる。奪われてはならぬと、対抗心が燃えるように彼女への恋心を刺激されている感じがする。自分が答えられないでいるくせに、他の誰にも彼女に接近してほしくない。そう願っている卑怯な自分がいる。

 その美馬は一人で本をパラパラとめくっていた。この前借りてきた図書室の本だろう。どれくらい読んだのか気になるが、今は声をかけづらい。意識してしまうと普通に振る舞うのも難しいのだ。

 じっと眺めていたら俺の視線に気が付いたようで、美馬がこちらを見た。


「どうぞどうぞ、私なんかには構わず男子で楽しくやってて」


 不貞腐れているのか美馬は手元の本にすぐ視線を戻した。男子で楽しくやるのはいいが、どうせなら女子も一緒に楽しくしてほしいので、やっぱり美馬を放ってはおけない。しかし何と声をかければいいだろう。

 最近は恋愛のことが原因で俺と美馬は距離を測りかねているときがあるためか、これがなかなか難しい。小学生の頃は幼馴染として遠慮なくぶつかっていけたものだが、高校生にもなって当時と同じように気の置けない感じで仲良くするのは気恥ずかしい部分もあるのだ。

 気まずさの原因は俺の煮え切らなさにあるに違いないので、これは俺が反省すべきなのだが……。

 そう考えていたら福富が俺たちの間に割って入ってきた。


「お二人は何やらお困りのようですね。恋と女性のことなら私にお任せくださいの妄想大先生ですよ」


「あなたに声をかけられたことがお困りよ」


「あーなるほど……」


 美馬が冷たく言うので福富は意外とショックを受けている。

 誰にも相手にされないから寂しがって俺たちのところに来たんだろうな……。本気で絡みづらいから、そのキャラやめればいいのに。

 ひとまず俺くらいは歩み寄ってやろう。


「福富は何か書く気があるのか?」


「正直ここに来たのは暇だったからという理由が一番でサークルとかには興味ないんですが、強いて言うならラブコメかギャグですね。とりあえず鈴木よりも面白い作品を書かなければ妄想大先生の名折れですよ」


「折れろ」


「そう言われるとますます頑張らねばと気合を入れたがる妄想大先生です。反骨心があるんですね、これが」


「まあ、よくわかんないけど、とりあえず何か書くつもりがあるってことでいいのか。サークルにも入る感じ?」


「さてさて、どうしましょうかね。妄想術を教えるべく勉強熱心な弟子はいつでも募集してますが、あまり群れるのは苦手な大先生ですからね……」


 とか言いながら、チラッチラッと俺の顔を見てくる。誘ってほしいのかもしれない。素直に入りたいと言えばいいのに、こういうとこが面倒だ。

 断ったらどんな反応するんだろう。

 そう思ったら美馬がそれを口にした。


「苦手なら別に無理して入らなくてもいいんじゃない?」


 妄想大先生とか意味の分からないキャラで来た福富がめんどくさい上に変態っぽいから、たぶん無理して入らなくてもいいって本気で言ってるんだろうな。おそらく嫌ってまではいないだろうが……。

 ショックなのかショックでもないのか、とにかく大げさにのけぞった福富が口を手で押さえる。


「ええっ、この妄想スペシャリストな大先生の力添えを求めないのですか! なんとも! ん、なんともしがたい!」


「それはちょっとキャラが変じゃないか? ついでに言うとスペシャリストって自称できるほど妄想術を披露してないぞ」


 されても困るがな!

 そんなこんなでしばらく馬鹿話。

 真面目に創作についての話をしなかったわけでもないが、文芸サークルと呼ぶには看板を下げねばならない雑談集団。

 日が暮れるころまで盛り上がったので、しゃべるだけしゃべって満足したらしい鈴木が立ち上がる。


「さて、そろそろ帰るか」


 返事も聞かずそそくさと部屋を出ていこうとするが、誰も呼び止めていないにもかかわらず扉に手をかけたところで振り返った。


「これ強制じゃないんだろ? 気が向いたときに参加するわ。んじゃ」


 眼鏡をくいっとして今度こそ部屋を出る。グッバイ鈴木。でも結構な頻度で顔を出しそうだ。


「あいつは参加するのか。けど俺はどうしようかな。面白そうだったから遊びに来たけど、文芸サークルはそんなにな……」


 いつの間にやら妄想大先生はやめてしまった福富である。あんまり相手にされないし誰も引き止めないので、楽しくなくはなかったようだがサークルへの熱が冷めてきたらしい。このまま帰ったら鈴木と違って今後は遊びにも来なくなりそうだ。

 正直、呼び止める必要があるのかどうか悩ましいな……。サークルのメンバーが増えるのは大歓迎なのだが、なにしろ福富は変人レベルが高いから。

 どちらにせよ、入るか入らないかは自分で選んだ方がいいだろう。無理に参加させても続かなければ意味がない。

 それにどうせなら本人にやる気があるほうがいい。

 と、そんなことを考えていたら玄関のドアが開いた音がした。用事があって出かけていた姉さんが帰ってきたらしい。

 リビングに入って、赤松たちの顔を見回して笑顔になる。


「あ、お友達来てたんだ。……あら? 一人は新しい子?」


「こんにちは……」


 と、いつになく緊張した様子で言って、すぐさま福富が振り返って俺に尋ねてくる。


「彼女は?」


「妄想大先生に紹介するのはちょっと抵抗を感じるが、俺の姉さんだ。形式的なものではあれど、サークルの顧問をやってもらっている」


 すると福富がなるほどと力強く頷いた。


「じゃあ俺このサークルに入るわ」


「……は?」


「顧問されたい気分なんだ。胸が大きくて頼れるクラス委員長もいて、お前の姉さんも美人で、文芸はどうでもいいけど俺にとっては素敵なサークルだな……」


「文芸がどうでもいいのは駄目だろ。あと胸が大きくては余計かつ最低な一言だ。そんで俺の姉さんはお前には絶対に渡さん」


「おっと私は妄想大先生ですからね。渡されなくても大丈夫ですよ。現実など素晴らしい妄想をするための材料に過ぎないのですから」


「そのキャラやめろ。あと人の姉さんを妄想の材料にするな」


 でも実は中学生のころ姉さんをモデルに小説を書いたので、ド変態な福富よりも俺の方が先に姉さんを妄想の材料にしてしまっていることを思い出して自己嫌悪。

 美馬もごめん。

 妄想が大好きでおっぱいも大好きという福富のことをよく知らない姉さんが事情を聞きかじっただけで嬉しそうな顔をする。


「あ、これからサークルに入るんだね。私にはお手伝いできることも少ないけど、がんばろうね」


「はい!」


 目をキラキラに輝かせて元気に返事をしてやる気を見せているが、姉さんの顔を見たすぐ後に胸を見たのでこいつは許せぬ。

 要注意リスト暫定一位に福富の名前を書いておこう。何か問題のある言動をすれば問答無用でサークルから除名してやる。


「なんか二人も増えちゃったわね。大丈夫?」


「男子ですからね……」


 美馬と峰岸さんが不安そうに俺に聞いてくる。残念ながら大丈夫とは答えられないので黙って首をかしげる。

 そしたら赤松が寄ってきて俺の肩に手を乗せた。


「顧問の姉さんを合わせれば女子が四人、対する男子は新しく入った二人を合わせて四人となった。男女半々でバランスはいい。だから女子を増やすべきだな。部長のお前が誰か勧誘しろ」


「そんなことばっかり言ってると美馬に嫌われるぞ」


「大丈夫。昔から俺がどんな奴かは知られてるんだから今さらだぜ」


「それもそうか。……いや、よく考えたら、だからこそ変わらなくちゃダメじゃないか? 好かれたいんなら今さらってこともないだろ」


 それにまだ俺たちは高校生だ。遅いどころか変わっていくにはちょうどいい時期であり、いろんな経験を糧にして成長していかなければならない。


「ありのままの俺を好きになってほしいから、飾らない自分で戦うんだ。自分らしく生きる、これをテーマに小説でも書こう」


「お前がいいなら別にいいけどな……」


 嫌われても知らんぞ。

 ともかく、そんなこんなで今日の会合はお開きとなった。どれくらい熱心に活動するのかは未知数であるものの、鈴木と福富の二人もサークルに参加することになり、我らが実践文芸サークルも大所帯になってきたものだ。赤松は冗談で言っていたのかもしれないが、今後も勧誘活動をしていけばさらに新しいメンバーが増えてくれるのかもしれない。そうなればサークルで同人誌などを作って楽しめるかもしれないので、これは高校生活が有意義なものになりそうだ。

 実際には雑談ばかりして、遊んでいることの方が多いとしても。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ