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06 鷹高さんと青瀬さん

 翌日の火曜日は特に語ることもなく穏やかに過ぎて、変わり映えもせず昼休みに弁当を食べた後で一人トイレに向かっていると、教室を出てしばらく歩いた廊下の途中で声をかけられた。

 聞きなれない声なので誰かと思えば、なんと相手は女子二人である。

 同じクラスで眼鏡をかけている女子の鷹高たかだかさんと、もう一人は知らない女子だ。制服を見ると、どうやら先輩、それも二年生らしい。

 背が高くて髪が長くて人が好さそうに笑っている彼女が下級生相手にも元気に声をかけてくる。


「やっほー、君が乙終君かな? はろはろー」


 いかにもフレンドリーに手を挙げて笑顔で声をかけられるので、心も浮足立って立ち止まらないわけにもいかない。同じクラスの女子といっても隣にいる鷹高さんとはほとんど会話したことがなく、もちろん名前も知らない先輩の方は初対面なので、正直すごく緊張する。

 とりあえず、やっほーとか、はろはろーって、なんと返すのが普通?

 二人は先輩と後輩で仲がいいのか、眼鏡をかけておとなしそうな印象のある鷹高さんはくっつくくらいの距離で彼女の横に並んでいる。アホ男子の一人である鈴木と違って、くいっとはしない。そういうところが謙虚でかわいい。


「ごめんね、乙終君、ちょっとお話いいかな? ここだと人通りも多くて話に集中できないから、もっと向こうの方で……」


「あはは、それだとナンパみたいじゃん。乙終君だって警戒しちゃうよね!」


「え? いや……」


 警戒するだなんてとんでもない。むしろ喜んでついて行っちゃうが。素性の知れない怪しい相手ならともかく、同じ学校の女子ならば用心する必要もなく、まさか悪質な勧誘だとか美人局でもないだろう。

 なんにせよ向こうから気安く声をかけてくれたので、少なくとも嫌われてはいないに違いない。これはひょっとすると可愛い女子二人と仲良くなれるチャンスかもしれないと思った俺は無警戒かつ能天気に彼女らについていくことにした。

 案内されたのは昼休みでも人が少ない廊下の突き当りだ。

 窓がある行き止まりで向きを変えて俺に顔を向けた先輩は依然として楽しそうな笑顔で、同じく顔を向けた気まずそうにしている鷹高さんとは対照的だ。


「そういえば自己紹介がまだだったね。私は青瀬あおせ。二年だよ。同じクラスっていうから、鷹高ちゃんのことは知ってるよね?」


「あ、はい。あまりしゃべったことはないですが」


 悲しいかな同じクラスであっても女子と会話をするのは難しい。これが男子なら初対面でも遠慮なく行けるが、女子が相手となると俺も緊張してなかなかうまくいかない。おとなしそうな印象が強い鷹高さんも男子とはあまりしゃべっているところを見かけないから、俺と彼女はほとんど顔見知り程度の仲だ。

 ちらりと控えめに鷹高さんの様子をうかがってみると、目が合ってびくりとした彼女は顔を伏せた。やや長い前髪が目元を隠しがちなことと、細いフレームの眼鏡が冷たい印象を加速するのか、ちょっぴり警戒心を強めたような彼女はうつむいたまま探るように問いかけてくる。


「あの、これは噂で聞いたんだけど、乙終君たちって何人かでサークルやってるんだったよね? 文芸部みたいなの」


 詳しく言えば文芸部ではなく実践文芸サークルだが、いちいち訂正したところで彼女も要領を得ないだろうから説明はスルーだ。

 というか所属している俺もよくわかっていない。結局、実践って何なのだろう。


「文芸サークルのことなら、そうだけど……。あ、もしかして鷹高さんも俺たちのサークルに入りたいとか? 新入部員ならいつでも歓迎だよ」


「あ、ごめん、入るとかじゃないの。あんまり興味がないっていうか、その、もう私たち部活に入ってるから。テニス部なの」


 そうかテニス部か。こちらとしてはテニス部との掛け持ちでも全く問題ないが、おそらくそんなことを言っているのではないだろう。

 サークルには入るつもりがないことを伝えるために用意された遠回しの拒絶である。相手にその気がないのなら、積極的に誘っても迷惑がられるだけだ。

 さて、サークルに入りたいのでなければ、何か別の用事があるに違いない。自分で言ってて悲しくなるが、用事もないのにわざわざ俺に声をかける女子など存在しないからである。

 まず間違いなく告白ではないだろうから、あまり気負っても仕方なさそうだ。


「話があるなら聞くけど、何?」


 こちらから聞いてみると、やはり鷹高さんが言葉を選ぶように慎重な口ぶりで答えようとする。

 何か悪いことを考えているというよりも、あまり接点のない男子相手には例外なくそうするといった感じだ。俺も知らない女子に声をかけなければならないときは緊張するからよくわかる。


「うん。実はね、ちょっと古沢さんのことで話があって」


「古沢さんのこと?」


 なんかこれ昨日も同じような展開があったな。目の前に本人がいないのに、ずっと古沢さんに振り回されている気がしてくる。運命までぐいぐい来ている感じだ。

 確か鈴木の場合は俺と古沢さんが付き合っていると勘違いしていて、古沢さんの悪評が広まるのを止めるため俺に彼女との付き合い方をアドバイスしに来たのだったか。

 となると、彼女たちも同じように古沢さんとの付き合い方で俺にしたい助言があるのかもしれない。ありがたい話だが、別に求めてはいない。


「わざわざ声をかけてくれてありがとう。けど、古沢さんと付き合う際に気を付けるべきこととか、そういう助言なら俺には必要ないよ」


「……え?」


 違ったようだ。何言ってんだこいつ、みたいな馬鹿を見る目で見られた。

 見下げられているようでショックもあるが、意外と悪くない。今まで何を言っているのか理解できずにいた榎本の気持ちがちょっとわかった。ぞくぞくするのって快感だな。


「あらあら、乙終君ったら。つまりそれって私たちの助言もいらないくらいに彼女とうまくいっているってこと?」


 そう言ってきたのは相変わらず柔和なスマイルを浮かべる青瀬さんである。

 うまくいっている……つまり古沢さんとの交際が順調なのかどうか聞かれているらしいが、そもそも俺たちは交際していない。どうやら彼女たちを勘違いさせてしまったようだ。

 この場で嘘をついても俺に得はなさそうだし、隠す意味もないので正直に答えることにする。


「うまくいっているというか、もし俺が古沢さんの恋人だと思われているなら違いますよ。彼女とは付き合っていませんし、今のところ彼女の恋人になりたいとも考えていないです。別に嫌いじゃないですけどね」


 ここまではっきり答える必要があるのかどうか、我ながら疑問に思う。

 とはいえ、恋愛トラブルが多そうな古沢さんがらみで厄介ごとに巻き込まれても大変なので、念には念を押しておくしかあるまい。俺たちが恋人関係であると勘違いして絡んでくる鈴木のような人間がまた出てこないとも限らないのだ。


「そうなんだ。じゃあ、これは言っても大丈夫かな」


 ちょっと迷った感じに先輩の青瀬さんが言うので、どんな方向からパンチが飛んでくるのか警戒した俺もちょっと身構える。

 よりにもよって「じゃあ」って、その前置きだとネガティブな情報が来る可能性が高そうだ。これは言っても大丈夫って、俺が聞いても大丈夫な奴なんだろうか。

 そう思っていたら、青瀬さんが内緒話をするみたいに声を潜めた。


「古沢さんだけど、今ちょっとテニス部の女子の間ではハブられてるんだよ。だからね、あんまり彼女と仲良くすると、乙終君まで女子の間で評判が悪くなっちゃうんじゃないかなって心配でね」


「そうなんですか……」


 それが事実なら大変だ。俺の評判が悪くなるのも、古沢さんが女子からハブられているということも。

 何かの誤解や間違いならいいが、やや傍若無人なところもある彼女の性格を考えると、確かに古沢さんは他の女子との間でトラブルを起こしていても不思議ではない。あまり接点のなかった鷹高さんと青瀬さんがわざわざ俺に嘘や冗談を言いに来たとも思えないので、つまりこれは彼女たちなりの忠告なのだろう。

 学校生活を送るうえで、俺たち男子とは異なる情報網を持つ女子のネットワークは馬鹿にできない。なので彼女たちのアドバイスを参考にしないわけにもいかないが、だからといって、はいそうですかと無批判に受け入れるわけにもいかぬ。

 そこで俺は相手の気分を損ねないように柔らかい口調で尋ねることにした。

 普段ほとんど接点のない青瀬さんではなく、クラスが同じな鷹高さんだ。


「鷹高さんは? 古沢さんと仲良くしていたら俺のことを嫌いになる?」


 とにもかくにも気になるのはこの部分だ。

 たいして喋ったこともない他の女子はともかく、こうして俺に声をかけてくれる彼女が敵に回る展開さえなければ、クラスでの居心地も悪くない気がした。サークルの仲間である榎本たちはもちろん、サークルの外側に一人でも味方がいるうちは幸せである。

 というか、相手が女子であれ男子であれ、性格の悪い人間に嫌われたところで別に残念にも思わない。そういう人間の憂さ晴らしのターゲットにされれば学校生活が面倒くさくはなるだろうけれど、その時はその時だ。


「いや、私は……」


 視線をそらした鷹高さんはすぐには答えず、口を小さく開けたり閉じたり、困ったように眉を寄せる。

 そんな彼女を見かねてか、びしっと真剣な表情をした青瀬さんが割って入ってきた。


「少なくとも避けるようにはなると思うよ、乙終君」


「……えっと、どうしてですか?」


 何か事情があるらしく、彼女たちの地雷を踏まぬよう慎重に尋ねてみれば、毅然とした青瀬さんからは直球の答えが返ってくる。


「まずこれを聞いてほしいんだけど、私ね、古沢さんに彼氏を取られそうになったの」


「えっ……」


 あまりのことに言葉を失った。

 それが事実なら彼女たちに敵視されても仕方がない。

 恋のためなら脇目も振らず一直線な性格の古沢さんならやりかねないと思えることでもあったので、即座には否定も反論もできない。


「私の彼、中学の頃は古沢さんと付き合っていたらしくてね。それは別にいいんだけど、同じ高校、同じ部活に入った途端、未練があるわけでもないくせに彼ったら古沢さんに色目を使うようになってさ。……最悪。遊びだったって謝ったから彼のことは許したけれど、私という彼女がいることを知りながら彼とデートした古沢さんを許しはしない」


 強い口調で言い切られたので、これは本当に許すつもりがないらしい。

 しかも、どうやら事実のようなので、何も知らない俺からは青瀬さんへの同情も古沢さんの擁護もできない。

 うろたえていると、彼女は隣にいる鷹高さんの肩を叩いてから腕を引っ張ると、俺の注目を彼女へ向けた。


「この子もそうなの。そうっていうか、もっとひどい。奪われかけた私と違って、この子は本当に古沢さんに彼氏を取られたんだから。中学生のころ、私の彼と付き合う前の話だけどね」


「えっ……」


 あまりのことに言葉を失った二度目。それが事実なら以下同文。

 すると、意外にも鷹高さんが慌てた。


「あっ、違うの。取られたってわけじゃなくて、古沢さんが彼と付き合うようになったのは私たちが別れた後だったから……」


「表向きの時系列はそうみたいね。ただ、あなたたち二人が付き合っているときから古沢さんは彼にちょっかいをかけていたと聞いたわ。もちろん乗っかった馬鹿な彼も悪いけれど、もとはといえば彼女が原因で別れたのよ」


「そ、そうかもしれないけど……」


 などなど、二人の会話を聞いていたら事情が見えてきた。

 本音を言えば、知らぬ仲でもない古沢さんの肩を持ちたいけれど、事実はどうあれ彼女たちの気持ちを考えると変に擁護するのも危ない。すでに部活の女子からはハブられているという古沢さんだが、さらに話がこじれそうだ。

 ここはひとまず彼女たちの話に納得した振りをして、後日また改めて対応を考えよう。俺の得意技、時間稼ぎだ。


「わざわざ教えてくれてありがとうございました。今後の参考にさせてもらいます。ですが、今の俺は古沢さんを避けようとは思えませんね。なんだかそれって、いじめみたいなので……」


 ついうっかり批判的に言ってしまった。さすがに気に障ったのか青瀬さんが少しむっとする。

 いーい? と言われて、にじり寄られて説得される。


「これはね、いじめじゃなくて回避だよ。身を守るための防衛策。好きな人を取られるのって、自分が攻撃されるのに等しいの。まず最初に私たちは彼女に攻撃されたんだよ、乙終君」


「攻撃……」


「それに昔の彼の写真まで彼女のせいで出回って、見たくもないのに見せられたんだよ? 二人が付き合っていたころの写真とか見せられて、我慢できる?」


 至近距離で見つめられたまま、責めるような口調で問いかけられる。


「乙終君にだって好きな人はいるんでしょ? そういう人、誰かにとられちゃったら冷静でいられる? しかも古沢さんみたいに幸せオーラを振りまくタイプの人間に奪われて、これ見よがしに幸せアピールされるんだよ?」


「それは……」


 好きな人を取られる。誰かに奪われる。あるいは、好きな人が俺以外の誰かを好きになる。

 考えたくはない。けれど考えたことはある。何度でも、痛いくらいに。

 榎本や、美馬や、あるいは峰岸さんなどが、いつか俺以外の誰かと恋をして、俺のもとを離れていく未来。

 想像するだけでつらくなる。なら、この痛みや苦しみを実際に彼女たちは感じているのだろう。

 だから、その痛みを負わせた原因である古沢さんと仲良くする俺のことが気に食わなかったのかもしれない。忠告など建前だ。本当は、彼女の孤立を望んでいるだけなのかもしれない。復讐のために。あるいは、本当に理由もなく。

 なら、俺が何を言えるのだろう。


「だから、提案があるの。乙終君には古沢さんと付き合ってもらう」


「……えっ?」


 何か聞き間違えたかと思った。

 別れろとか、もう彼女には関わるなじゃなくて、付き合ってもらう?

 古沢さんと俺が?


「あなた、彼女のこと嫌いじゃないんでしょ? だったらいいじゃない」


「いいとか悪いとかでなくて、その、俺が彼女と付き合うんですか?」


「そうそう、その通りだよ。だって古沢さんがあなたと付き合っていてくれれば、その間は他の男子に手を出さなくなるでしょ? 彼女が付き合っていると知れば、さすがに私の彼も目移りしなくなると思うしね」


「なるほど。話は理解できます」


「よろしい。だったらあとは実行するだけね。そしたら私を含めてテニス部女子のみんなはあなたたちを祝福するわ。ありがとう乙終君。感謝もしておくわ」


 それで言いたいことを言い切ったのか、じゃあねと言った青瀬さんは階段を上って自分の教室に戻っていった。

 あとに残されたのは俺と鷹高さんである。うつむくと目が前髪で隠れてしまうので表情が見えなくなる彼女。良くも悪くも社交的だった青瀬さんと違って、彼女は感情が表に出にくいタイプのようだ。

 なので対応に困っていると、先に口を開いたのは彼女の方だった。


「ご、ごめんね。私はこんなこと言うつもりはなかったの。でも、でもね? 先輩がどうしても乙終君に話しておきたいからって、こうやって突然……」


「大丈夫だよ、鷹高さん。そんなに謝らなくても」


 たぶん鷹高さんは悪くない。さっきの二人を見ていれば、先輩である青瀬さんに頭が上がらない関係というのも察せられたから、こうして俺に声をかけてきたのも彼女の本意ではないのだろう。

 むしろ申し訳なさそうに何度も俺に頭を下げるので、こっちのほうが申し訳なくなってきた。


「俺は気にしてないから、ね?」


「うん、ありがとう。ごめんね。私、本当は古沢さんのこと、避けるつもりもないんだけど……」


「まあ、事情が事情だから仕方ないと思うよ。気持ちの問題も大事だと思う。それに、部活の先輩たちが無視しているのに鷹高さんだけが古沢さんと仲良くするわけにもいかないだろうからね。人間関係は難しいから」


「うん……」


 浮かない顔で頷く鷹高さん。

 しばらく俺の前で何か考え込んでいたようだったが、恐る恐る顔を上げた彼女は最後にもう一度ごめんなさいと謝ってから教室に戻った。

 最後に一人残された俺はトイレに行くのも忘れて、何か色々なことを考えざるを得なかった。

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