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05 鈴木とかいう変な男子

 小説の取材も兼ねた昨日の模擬デートがどうだったのか詳しく話を聞きたいからと、そそくさと一人で帰ろうとしていた古沢さんは美馬を始めとした文芸サークルの女子メンバーに誘われて、放課後になると彼女たちと一緒に教室を出ていった。

 なんでも、女子だけで話をしたいらしい。ついていこうとしたら追い返されて、俺と赤松は邪魔者扱いだ。

 赤松はともかく、当事者の一人である俺はいてもいいんじゃないかと思ったが、やはり同じ場所に異性がいると話しにくいこともあるだろうから仕方ない。忌憚なく恋愛話をする女子会とかいう奴だ。

 女子のことは女子に任せて、俺と赤松の二人しかいないとはいえ、男子は男子で集まって男子会だ。

 うむ、まったくテンションは上がらない。

 机を挟んで俺と向かい合って座っている赤松が脈絡もなく、こう言った。


「俺も小説書こうかな」


 いきなり何を言っているんだこいつは……と思ったが、冷静に考えると俺たちは文芸サークルだ。馬鹿にされるどころか、至極まっとうなことを言っている。

 というか、今まで書こうとしなかったほうがおかしい。

 どこまで本気なのかはともかく、やる気を茶化して否定するのは部長としても友達としても不義理な気がした。

 なにより俺は小説を書く同士ならば、いくらでも欲しいのだ。

 仲間はもちろん、切磋琢磨し合えるライバルも。

 ここは素直に応援しておこう。


「いいじゃん、書きたいんだったら書こうぜ。お前が書くなら応援するし、完成したら俺も読んでみたいからな。……で、どんなの書くんだ?」


「どんなのがいいかな……。すごい奴が書きたい」


「すごい奴ってなんだよ」


 わからなくもないが、漠然としすぎである。

 ツッコミ感覚で軽く問いかけてみれば、意外にも真剣に答えようとする赤松は腕を組んで考えて、出てきた答えがこれである。


「作者すごい! って言われるような作品」


「お前な……」


 願望が駄々洩れになっている身も蓋もない発言に何か言おうとしたけど、寸前のところで言葉が出てこなかった。すごいと言われたいのは俺もだ。好きで書いているだけだから別に褒められなくたって大丈夫だよと口では言うけれど、やっぱそりゃ人間だもの、面白いとか好きだとか言われたい。

 それに最初から無理だとあきらめるのは創作者を目指す者として情けない。本気でプロを目指すなら難題に挑んでこそだ。

 すごい作品を書きたいというモチベーションそのものは決して悪いものでもないだろう。


「よし、じゃあ何を書いたら作者すごいと言われるか考えてみたらどうだ?」


 もっとも、たかだか原稿用紙一枚分の文章を書くのでも苦労するアマチュアからすれば、何を書くにせよプロはみんなすごいが。

 もしかしたら相談に乗れるかもしれないので、赤松がどんなすごさを求めているのか聞いておこう。


「うーん、そうだなぁ……。なんか適当に社会を斬って頭いい感じが出せる作品にしよう。それっぽい感じでいろんな問題に口を出して、世間を風刺したり社会を批判したり偉そうにするとかどうだ」


「どうだって言われてもな。それお前にできるか?」


 面白いかどうかはともかく、いわゆる社会派な要素のある作品なんて頭がよくないと書けないだろ。あと偉そうにするってなんだ。お前の中にある作家のイメージは啓蒙主義の時代で止まってんのか。

 すごい作家になるという夢物語を妄想している赤松は実に幸せそうな笑顔を浮かべている。頭の中では実現しているんだろう。


「作品が評価されて作家としても尊敬されて、ゆくゆくはフォロワー数十万単位で活躍するネットのご意見番とか、教養を認められてテレビのコメンテーターとか。文化人枠で何かの賞も欲しいな」


「そりゃまた大きく出たな」


 売れてる作家ってあんまり表に出てこないイメージもあるけど。

 ただ、あくまでもそれは個人的な印象論だ。実際には売れているからこそ意見を求められることもある。これからますます発展するであろうネットの時代、作家と読者の距離は今まで以上に近づくような気もする。今でも十分に近すぎるという意見もあるものの、こればかりはどうしようもなかろう。

 その辺のことを考えているのか全く考えていないのか、赤松はすっかりやる気になっている。


「おうよ。ざっと本やネットでニュースとか論文とかを網羅的に調べて、エンタメだけじゃなくて政治や社会問題についても切り込むぜ。くだらぬ下ネタから高尚な哲学まで語れてしまう俺の知性を全世界に見せつけてやるとするか」


「おー、そりゃ頑張ってくれ」


 お前が哲学を語っているところなんて見たことないがな。

 下ネタはいっつも言ってるけど、くだらぬのは本当。

 しかし専門家でもない高校生が自分一人の力で中途半端に調べて一生懸命に書いたところで、説得力を持って読者を感心させるなんて難しいとも思う。ご高説を垂れる作家って、純粋に物語を楽しみたい読者が多い娯楽作品との相性も悪いだろうしな……。

 などと二人で語り合っていると、いきなり教室の扉がバーンとすごい音を立てて開いて、異議ありと言わんばかりに誰かが飛び込んできた。


「政治ネタはやめろ!」


 教室中に響くくらいの大声で叫んだかと思うと、こちらを見て眼鏡をくいっとしている。あれは確か古沢さんの幼馴染とかいう男子生徒の鈴木だ。下の名前は記憶が確かなら重光とかいうはずだが、俺たちと同じ制服を着ているということは同じ学校だったのか。

 というか何? 俺達の話を聞いてたの?

 相手が相手だけに関わっていいものかどうか反応できずにいると、なにやら鈴木は勝手に話を始めた。


「政治ネタって、どぎつい下ネタと同じだからな。好きな人はすごく好きだけど、いきなり放り込んだって普通の人はドン引きするぞ。一度使っちゃうと『そういう人』っていうイメージもつくからな。慌てて普通の路線に戻ろうとしても、いちいち発言の裏に政治的な意図があるんじゃないかと詮索されるようになるぜ」


 などと言いながら近づいてくる。

 まるで友達みたいな口ぶりで話に入ってきてるけど、会うのはこれで二度目だし、あっけに取られている赤松に至っては初対面だろう。

 当然、得体の知れない不審者を目撃したみたいな顔で困惑している。


「誰こいつ」


「鈴木。古沢さんの幼馴染だってさ」


「なるほど。類は友を呼ぶって奴か。ぐいぐい来るタイプの古沢と同じで自分勝手な感じだな」


「そうそう、昨日会った時もそんな感じだった」


 という俺たちの冷めた反応などお構いなしに彼の話は続いている。

 本当に自分勝手な感じである。


「編集がブレーキかけてくれないアマチュア作家が政治に関心を持ちすぎると、作品を選挙活動の場にしちゃいかねないからな。俺の考えた理想の解決策を実行すれば、ほら社会はこんなにうまくいくんですよと、いくらでも都合のいい展開を書けてしまうわけだ。気に食わない主張は一方的に作中で馬鹿にできるし、素人が書いた何万字もの活字なんてネットではファンしか読まないから、その作家についてのコミュニティや感想欄がエコーチェンバー化しやすい。

 そうですよね、これ正しい。そうですよね、こんなのおかしい。気が付いた時には世間から乖離してしまうぜ」


「何か相槌したほうがいい?」


「してくれ」


「じゃあするね。なるほど」


 などと適当に相手をしてしまったけれど、まあ鈴木が言いたいことはよくわかる。

 やや偏見が強いように思われるが、彼の言い分は確かに一理あるだろう。

 自分一人の権限で自由に作品を作ることのできる作家などのクリエイターは、時として現実の世界さえそうであると勘違いしてしまう。現実の世間と自分の希望する空想の社会との乖離が大きくなるにつれて、彼は自分の手がける作品に強くメッセージ性を込めるばかりではなく、受け手に対してそれを押し付けるようになる。最終的に社会派を気取ってエンタメ性さえ脱ぎ捨てた時、己のイデオロギーに突き動かされる彼がフィクションを武器に現実を批判する虚構的ジャーナリズムに毒されぬことを願うばかりだ。

 とか、それっぽいことを言おうとしたけどやめた。こんな奴とエコーチェンバー化しちゃう。オタクってこういう専門用語好きよね。

 返事に困って黙っていたら、同じように困っていた赤松が俺に助けを求めてきた。


「こいつが何を言ってんのか俺にはわけわからんのだけど」


「オタク特有の早口でしゃべるやつだから、わからなくて普通だと思う。そもそも絶対的に正しい意見ってわけでもないだろうし」


 絶対的に正しい意見など存在しない……と、ひとまずは考えたほうがいいだろう。でなければ、自分の意見が絶対に正しいと妄信して他人に押し付けるようになってしまいかねない。

 作家に限らず、著名人が社会問題などについて積極的に意見するべきかどうかは人によって見解が違う。ファンであれば無駄に荒れるだけだからやめてほしいと思うかもしれないし、逆にファンだからこそ本業以外の活動にも期待する人がいるのかもしれない。

 つまり結論を出すには早い。


「そうだ。あくまでも俺の意見だ」


 眼鏡をくいっとする代わりに鈴木は近くの席から椅子を取り出してきて、机を取り囲むみたいに俺たちのそばに座った。


「作家として普通にデビューしたいなら、軽々しく政治について言及するのはやめておけ。ファンを失うリスクと炎上のリスク、そしてリターンの少なさがあるからな。常識的に考えて、お前の作品を読んだくらいで政治的な主張を変える人間なんてほぼいない。つまり作品を読んでくれた人のうち、同じ考えを持っている人はファンを続けてくれるだろうが、違う考えを持っている人は作品とそれを書いた作者への違和感や反感を覚えてファンを辞めちゃう可能性があるわけだ」


「ふーん……」


 つまるところ、ファンを減らす可能性があるから作品に関係ない政治ネタを突っ込んで頭いいアピールするのはやめておけと言いたいのだろう。主張の是非はともかくとして、意外とまともなアドバイスだ。まさか鈴木も小説とか書いているんだろうか。

 気になったので尋ねようとしたら、こちらが口を開く前に眼鏡をくいくいっとする。忙しい奴だ。


「そもそも俺は風刺ネタが好きじゃない。基本的に『笑わせたい』よりも『主張したい』が強く出すぎていて、いくらウィットに富んでても笑う気分になれないんだよな。それに結局のところ、そういう風刺やブラックジョークって、自分と違う考え方や価値観の人たちをひとまとめにして小馬鹿にしてやろうという薄汚い魂胆が根本にあるじゃん。口にする人間の性格の悪さが前面に出てるから、どうせしゃべっていることも偏見まみれで視野が狭いんだろうなって印象からスタートするんだよ。汚い言葉を使って一生懸命に誰かを貶してもさ、評価が落ちるのは馬鹿にしてる相手じゃなくてお前だぞ、ってな」


「なるほどなぁ……」


 と、長々とした話を聞いているうちに赤松は感心しているようだが、ちょっと待ってくれ鈴木君、君もぎりぎりそのカテゴリーに足突っ込んでない? 昨日から偉そうに語ってるとこない?

 自覚はないのか、鈴木はまったく反省しているようなそぶりもない。

 もう何度目だと言いたくなるくらい偉そうに眼鏡をくいっとする。


「好きな作家とか漫画家とかいると、最初にネットを見るときは祈るんだよ。どうかまともな人でありますようにって」


「……それはわかる」


「つーかそれ、芸能人とかでもそうだよな」


 肯定的な相槌を打ってしまった俺に追従するようにそう言った赤松がうんうんと頷いて続ける。


「SNSでもインタビュー記事とかでも、読んでて楽しいポジティブな話題ばっかりする人だと好きになってよかったって思える。反対にネガティブな話題ばっかりだとちょっと残念だけど、まぁ作品は別だしって考えてセーフ。でも気に入らないものへの攻撃とかディスりばっかりで一般人と口喧嘩とか繰り返していると、あー、ってなる」


「あー、ね……」


「嫌いになるわけじゃないけど、言葉をなくすくらいには残念に思う」


 言わんとすることはよくわかる。同じ経験があるからだ。

 作り手の人間性に問題があったところで好きだった作品を嫌いになるわけではないが、かといって全く影響がないわけではない。やっぱり残念なものは残念だ。気にしないようにするのも難しいもので、もはや以前のような気持ちで純粋には楽しめなくなることもある。

 何があっても絶対に黙っていてほしいとまでは思わないけれど、あまり世間を敵に回すような言動はしないでほしい。そう思うのがファン心だ。あくまでも好きなのは作品だから。

 クリエイターの情熱が創作活動に向いているなら、完成した作品のクオリティはともかく、本業を忘れぬ彼はリスペクトに値する職人だといってよい。しかしその情熱が自己賛美や他者への攻撃にばかり費やされているのなら、もはや彼はクリエイターを名乗るべきではないし、そもそも単純に人としても未熟だ。明後日の方向に熱意を出す言動が悪目立ちすれば、これまで作ってきた彼自身の作品に泥を塗るだけでなく、さらなる活躍を望まれるどころか、もうおとなしくしてくれと往年のファンを悲しませるばかりであろう。

 プロとアマチュアでは事情が違うだろうが、プロを目指すならアマチュアの時代から身の振る舞い方は注意しておかなければなるまい。無駄に敵を増やす言動だけは慎むべきだ。たぶん。

 過去の言動が原因で業界を追放されるのは日本のエンタメ業界に限った話ではなく、ニュースによればハリウッドでも何人かヘイトスピーチやセクハラ発言で追放されていた。追放まではされずとも、政治的な立場が原因で叩かれることもある。

 今は言動に気をつけねばならぬ時代だ。

 俺たちが共感したから嬉しくなって調子が出てきたのか、鈴木が身振り手振りを交えて語りだす。


「たとえば猫が好きか犬が好きかって話題でさ、どっちが好きかを言うのは問題ないんだよ。でも政治に喜んで口を出すような人って、なぜかどっちかを好きであることが絶対的に正しく、そうじゃないほうは頭が悪くて間違っているとか言っちゃうんだ。普通の人は猫が好きだからって犬が嫌いとも限らず、犬が好きだからって猫が好きな人を見下したりしないんだが、つまりそういう普通の人をドン引きさせるような言い方をするわけ」


「わからんでもない」


「これは一般人でもそうだけど、全然関係ない話題でも何かにつけて政治や世の中のことを語りたがって意見表明やら批判を熱心にやってるのって、パッと見る限りまともな人が少ないじゃん。最初のころはまともそうでも、ネットでの炎上に首を突っ込んだり、わけのわからんデモに加担したり、どっちが正解とも言い切れない賛否の別れる社会問題に意見するのを繰り返すうちにどんどん先鋭化して、自分に賛同しない連中に対するヘイトスピーチとか誹謗中傷とかを平気でするようになる匿名ネットユーザーと同レベルになっちゃうじゃん。そういうの普通に悲しい」


「それもわからんではない」


 実際、今はいろんな人がネットで失言して炎上している。すべてのケースで失言した人間が悪いというわけではないだろうけれど、やっぱりネットとの付き合い方は難しいんだろうなと思える。社会的地位のある人でもそうだから、後ろ盾のない俺たちみたいな一般人はなおさら気をつけねばなるまい。

 いったん眼鏡をはずして何をするでもなく直後にかけなおした鈴木は俺と赤松を見比べた後で、赤松に人差し指を突きつけた。


「もちろん、それでも社会だの世間だのについて切り込んで語ろうとするのが作家というものかもしれない。たとえ世間を敵に回しても、だ。お前にはその覚悟があるのか?」


「覚悟……」


 問われた赤松はごくりとつばを飲んで、へへっと笑った。


「そもそも俺は政治とか社会問題とか興味ないからいいや。難しい作品はそういうのが好きな奴に任せよう」


「なんだそれ」


 鈴木に代わって俺のほうが呆れた。でもそういう人って多いよね。程度にもよるけれど、関心が薄いからといってそれが必ずしも悪いこととは限らないだろうし。どんな分野でも、のめり込んでいる人は視界が狭まる。自分の振る舞いや価値観を客観視するためにも、ある程度は距離をとるべきかもしれぬ。

 それにサークル活動で小説を書くだけなら重い覚悟とかいらない。いくら趣味といえども世間に発表するとなれば話は別だが、高校生のうちに仲間内で発表し合う作品ならば軽い気持ちで書いてみてもいいだろう。

 他の部活動だって、みんながみんな本気でプロを目指しているのでもあるまい。


「よくよく考えたら俺、すごい作品より面白い作品のほうが好きだわ。だから自分でもそういうの書きたい」


「面白い作品っていうと……」


 エンタメも幅が広いから面白いといっても種類があるよな、とか俺が考えていると、横にいた鈴木が勢いよく立ち上がった。


「ラブコメだ!」


 いや、お前それ自分が読みたいだけだろ。いきなり出てきて政治ネタに反対してきたのも、面倒くさい話が嫌いなだけじゃないだろうな。

 とはいえ、確かに赤松にはラブコメとか明るい話のほうが向いてそうだ。


「ラブコメか……読むのは好きだな。だけど漫画やアニメと違って小説でラブコメを書くのって意外と難しそうな気がする。ヒロインとのサービスシーンとか文章で書かなきゃいけないんだろ? 俺にはそんな文才なんてないぞ」


「バカ。大事なのはキャラやストーリー、シチュエーションであって、文章能力なんて二の次でいいんだよ。状況がわかりさえすればいい。地の文で妄想を膨らませる必要がある官能小説じゃないんだから」


「官能小説なんて読んだことねえよ。ああいうのって十八禁だろ」


「あ、じゃあ今のなし」


 なしなしと言いつつ手を軽く振って椅子に座る鈴木。なんだこいつ普段からネットでエロ画像やエロ動画を漁ってそうだなと思わなくもないけれど、ようやく落ち着いてきた感がある。

 今更だけど、聞いておこう。


「何しに来たの?」


「話をしに来た」


「話……?」


 いまいちピンとこず俺と赤松は顔を見合わせた。どうやら同じ学年のようだが、クラスが違って今日までろくに面識もなかった間柄なので、わざわざ教室に押しかけてきてまで始まる話もないだろう。まさかサークルに入りたいというのではあるまい。積極的に新メンバーを募集しているわけでもないので、他のクラスの一員である鈴木は俺たちが文芸サークルだということは知らないはずだ。

 顔を傾けて、うまい具合に蛍光灯の光を反射させて眼鏡を光らせた鈴木が口を開く。


「古沢のことでな」


「古沢のことでな……って、何? 二人は幼馴染なんだっけ? 彼女のことが好きだから関わるのやめろとか釘を刺しに来たの?」


「そんなんじゃない! ……と、声を荒げて怒るほどのことでもないな。あいつのこと昔は好きだったから」


「好きだったのかよ」


 しかも割とオープンに話すのな。俺なんかは自分が誰を好きかなんて基本的には隠したいと思うけど。たとえ終わった恋心だったとしても打ち明けるには勇気がいる。

 鈴木が持っているのは勇気とは別の何かなような気もするが。


「本題はお前への忠告だよ。気をつけろ。あいつはお前も捨てかねない」


「捨てる?」


「そうだよ。あいつは誰か特定の相手に恋するというより、恋に恋するタイプだ。そして根本のところでは恋に冷めている。お節介かもしれないが、あいつの彼氏になったお前にも忠告くらいはしておこうと思ってな。捨てられたくなかったら積極的に愛してますアピールしないとダメだぜ」


 ふむふむ、まあ、今までの彼女の言動を見る限り、あながち的外れな指摘というわけでもないようだが。


「忠告ありがとう……とか言うと思う? そうやって他人の心や性格を決めつけるのはよくないよ。そもそも俺は彼氏じゃないからね」


 やや突き放したように言ってしまった。

 これは空気が悪くなるだろうかと思うと、そうはならなかった。

 鈴木も鈴木で彼なりに気を張っていたのか、俺が彼氏じゃないと知って拍子抜けしたらしい。


「なんだ。お前ら付き合ってないのか。だったら今のは忘れてくれ。ただの陰口になってしまう」


 よくわからん奴だな……。

 だが、あながち悪い奴でもないのかもしれない。少なくとも喧嘩を売りに来たわけではなくて、事情は知らないけれど何かを心配しているようだ。

 たとえ悪い奴であったとしても、すべての言動が悪い思惑に支配されているわけではない。相手の裏側にある真意を知ろうとするのは無駄ではないはずだ。


「その忠告、俺のことを思ってってわけじゃないよね? たぶん古沢さんへの嫌がらせでもない気がする。何が目的なの?」


 聞いてみると、ほんの一瞬だったが鈴木は渋い顔をした。聞かれたくないことだったのか、素直に言いたくはなさそうな様子だ。

 これは話をそらして真意を隠されてしまうだろうと思ったら、数秒後、あっけなく腹を割った。


「ま、あれでも昔からよく知る幼馴染だからな。傷心中で狙い目だとか、男にエロい写真送って誘っているとか、そういう悪評が広まるのは好きじゃない。お前たちが付き合っているなら、今度こそ長く続いてほしいと思ったんだよ」


「ふーん……。だったら最初から素直にそう言えばいいのに」


「いやいや、最初から言うわけないだろ。なんか悔しいだろうが。結果的に違ったにせよ、付き合っている二人に口出しするなんて余計なお世話だしな」


 余計なお世話と言えば、お前が今まで横から口を挟んできたことは全部が余計なお世話だった気もするけど。頼んでもいない自説をたっぷり聞かされる羽目になった俺たちの気持ちも考えてほしい。

 同じくうんざりしている様子の赤松だったが、別に彼のことを嫌っているわけでもないようだ。

 馴れ馴れしく鈴木に語り掛ける。


「さっき昔は古沢のことが好きだったとか言ってたけど、彼女にお前の気持ちを伝えたことはあるのか?」


「ない。というか、より正確に言えば、伝える前に気持ちが冷めた」


「冷めたってなんだよ」


 気に食わない言い草だったのか、やや気色ばんだ赤松が身を乗り出す。

 対する鈴木は動じるそぶりを見せずにそっけなく答える。


「中学時代、あいつは俺の知らない男子と付き合い始めたからな。その瞬間だ。俺とあいつは決定的に違う世界で生きているんだと気が付いたのさ」


「それは冷めたっていうより、もともとその程度の恋愛感情だったってことだろ」


「なんとでも言えよ。そこは解釈の違いでしかない。ここで争っても無駄だ」


 これで話はおしまいとばかりに鈴木は眼鏡をくいっとして立ち上がる。


「じゃあな」


 そして背を向けると振り返らずに教室を出ていった。すたすた歩いていくので、呼び止める間もない。本当に自分勝手に生きている。

 扉を閉めて姿が見えなくなったので視線を赤松の方に向けてみると、なんだか赤松は機嫌が悪そうにしている。


「これだけは言っておくぞ、乙終。俺は好きな人が自分以外の誰かを好きで、そしてそいつと付き合うことになっても、そう簡単に気持ちが冷めたりはしない」


 美馬のことを言っているのだろう。一途な赤松が相手では、俺には何も言い返す資格がない気がする。

 感情を閉じ込めて黙っていると、急に赤松は立ち上がった。


「今日は一人で帰るぜ。じゃあな」


 そして彼もまた呼び止める間もなく教室を去った。

 たった一人、俺だけを残して。

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