04 模擬デート
一回限りと約束した古沢さんとの模擬デートは、次の日曜日の正午に待ち合わせてスタートした。
約束の五分前にやってきた古沢さんは「やっほー」と軽い挨拶で隣までくると、さりげなく自然な流れで腕を組んでくる。いきなりの距離感だ。
高校生にしては胸元が大きく開いている気のする白いシャツに、ひらひら動く丈の短いキュロットスカートはさわやかな水色で、いつもよりゆるふわウェーブがふわっとしている。どこから放たれているのやら、榎本や美馬とは明らかに違う女性チックな香りは決して不愉快ではないが、どこか油断ならない妖艶な肉食性を帯びており、はっきり言ってちょっと惚れてしまいそうになる。
あまりにも単純なフェロモン攻勢。
いや、これは俺が弱すぎるだけかもしれないが。
「さあ、それでは早速、ちゃちゃっと最初の目的地に移動しよう!」
腕を組んだまま、元気満々の古沢さんが俺を引っ張っていく。なんだかいいように扱われている下僕っぽい。
このままではいかんと苦言を呈す。
「ねえ、待って。高校生がやる最初のデートって普通こんななの? もっと初々しくて奥ゆかしいイメージがあるけど」
「これが普通のデートかって? それが例えば世間や時代のことを言ってるなら、結局はパーソナリティに依存するから一概にはデートのスタンダードを定義するのは難しいんじゃないかな。いつだって恋人たちには自分たちの世界こそがすべてだもの」
「なんかうまく言いくるめようとしているみたいだけど、今日は小説を書くための参考になる普通のデートプランでお願い」
「ふふーん。だったら素敵な奴にしないとね。たぶん小説って、読者を魅了するためにエンタメ展開するんでしょ?」
「娯楽小説の場合はそうなるね。エンタメといっても広義のエンタメで、必ずしもハッピーである必要はないけど……」
「と、に、か、く! 小説はどーでもいいけど、私は現実をエンタメ展開させたがっているわけ。そこんとこ、わかってくれる?」
「今日は今後の小説に役立てるための取材を兼ねた模擬デートだよね? そこらへん、わかってくれてる?」
むむむとけん制し合うように至近距離で視線が交錯する。けれど彼女は足を止めてくれないので、意地を張るには引っ張られている俺が不利だ。
結局は口を閉じて、遅れまいと足を急がせる羽目になった。
「さー、ここだよ乙終君! たっぷり模擬ラブっちゃおう!」
「ここか……悪くはないね」
どこへ向かうのかと思えば、最初は手ごろな庶民派のファミレスだった。デートに慣れている雰囲気の彼女なので、無駄に大人びたデートプランを準備してきたんじゃないかと警戒していたものの、ひとまず安心してもよさそうである。
分不相応にも高価なイタリアンレストランとかへ連れていかれたら、イタリアには悪いがデートはお開きにするところだった。フレンチでも和食でも、高そうなやつはだめだ。
財布に優しいファミレスで気持ちも大きくなり、彼女と向き合う形で椅子に座って窓際の席。
「ねーねー、乙終君。模擬とはいっても今日はデートなんだから、はいあーんで、お互いに食べさせ合うべきだと思うんだけどな」
ちょっと甘えた感じで言ってくるので、舌をペロペロしている蛇を前にしたカエル気分で警戒心をマックスにして身構える。そのくらいなら別にいいかな、などと軽い気持ちでオッケーを出したら、じゃあこれもいいよねと拡大解釈ですごいことまでやらされかねない。
優柔不断なだけじゃなく、我ながら情けないけれど、昔から俺は押しに弱いところがあるのだ。特に相手が女性だと強く出られず、ますます弱くなる。
「じゃ、はいあーん」
というわけで、彼女の押しに負けて結局「はい、あーん」とかいう恥ずかしい食べさせ合いっこをする羽目になった。
フルーツ、チョコ、クリーム、アイス、なんかそんな感じで山盛りになっている巨大なパフェだ。
餌付け趣味に足を突っ込んでいるのか、ペットの小動物にエサをやっている感覚みたいで実に楽しそうな彼女によって、スプーンを何度も口にくわえさせられる。
なされるがままだ。自分が不可視の鎖につながれた見世物になった気分である。
「おいしい?」
「甘くて冷たくて、だけどすごく体が熱く感じる」
「それって恋ね!」
「いや羞恥心」
つまり恥ずかしいだけなのでバカップルごっこはおしまい。残ったパフェは全部彼女に食べてもらうことにする。
と、そこに新しくドリンクが届いた。
なにやら特別なドリンクだ。
「ちょっと大きな一つのグラスにハートマークを作って交差したストローが二本刺さったカップル仕様のラブラブドリンクを私と一緒にチューチューしようよ」
やや早口で説明台詞っぽく聞こえるのは、恥ずかしがって俺が嫌がることをわざとやってる古沢さんである。これから二人でやろうとしているのは熱々のカップルがやることだと、対面する俺に強く意識させたいようだ。
なるほど確かに一度そう意識してしまうと、普通を装うことも難しくなる。
詐欺師というわけではなかろうが、相手の術中にはまってしまうと大変なことになる。多少強引でも話の流れを変えておきたい。
「ふうん、男女でいちゃいちゃするためだけにストローを二本も消費するのか。世界的な環境保護意識の高まりとともに、無駄なプラスチックごみを削減するためにも真っ先にメニューから消えそうだね」
「大丈夫だよ。ここは紙製のストローに切り替える予定だから。といっても紙製のストローじゃハートマークがうまく作れないから、今は試行錯誤してる段階みたいだけどね」
「そこまでしてチューチューしたいのか」
「したいしたい。しよ?」
言ったそばから片方のストローをくわえて俺を見つめてくる古沢さん。うるんだ瞳で待っているので無視もできない。
仕方なく余ったほうのストローをくわえて、中のジュースを吸い上げていくことにする。見た目はともかく味はおいしい。
「スマホで写真撮ってSNSにアップしちゃっていい?」
恐ろしいことを言う。
ネットユーザーに見つかったら馬鹿にされて炎上しかねない時代だ。
「絶対にダメ。SNSに上げるのも、写真に撮るのも」
「恥ずかしいとかじゃなくて?」
「恥ずかしいのもあるけど、こういう瞬間を記録に残すと模擬の一線を越えてしまう気がするから」
「ふうん。じゃあ記憶にだけ残すから、このまま二人でチューチューしようか」
「まあ、とにかく飲み干さないともったいないからね……」
と言って再びストローに口をつけた瞬間、どこからともなくカシャっとシャッターを切る音がした。
古沢さんが右手に構えていたスマホを顔の前に持ってきて、こっそりとカメラを起動していたらしい画面を確認する。
「ちぇ。うまく撮れてないや」
「だまし討ちはよくないな」
「恋は駆け引きだもの。やれるときにやっておかないとね」
そう言ってストローをチューチューする古沢さん。もう写真はあきらめたのか、スマホはテーブルの上に置いて手を離している。
余計なことはしないというアピールのつもりだろう。
「恋は駆け引きね……。これ本当にデートの参考になるんだろうか」
「ん、楽しくない?」
「いや、楽しくなくはないのが自分的にちょっとね。でもこれ、恋人同士っていうより友達同士って感じもする。対人関係における駆け引きって油断ならないから、いつもよりもガードを固くして隙を見せないようにするし……」
「それは乙終君が私のこと警戒しちゃうからだよ。ま、仕方ないけどね。私のこと好きって感じじゃないだろうから」
そう言って肩をすくめる古沢さんは気にしない風にストローをチューチューしているけど、なんだかちょっと寂しそうだ。模擬とはいえデートのため気合を入れてきてくれたのに暗い影が落ちていて、悪い気がしてくる。
恋人になるまいと気を張るあまり、いささか冷たくしすぎたかもしれない。
「ごめん、古沢さん。君のことを嫌っているわけじゃない。友達として仲良くするのは楽しいよ」
「そういうの、わざわざ言葉にして言っちゃうのはだめだなぁ……小説を書こうとしてるんでしょ? でもそう言ってくれると嬉しい」
あまりにも素直に喜んで微笑む。
恋は駆け引きとか言っているけれど、こうして見せてくれる彼女の笑顔に嘘はない気がする。誰にでも浮かべる愛想笑いや社交辞令や自分をよく見せるための演技ではなく、彼女なりの素をぶつけてくれているのだ。
なら、俺もそれにこたえよう。
それからは普通に模擬デートを満喫することにした。
おしゃれな服を見たり可愛い小物を見たり、ああこれがデートかと言わんばかりのデート気分を味わって最後に古沢さんが連れてきたのは、意外にも男子中高生が好きそうなゲームセンターだった。
「ゲームやったりするの?」
彼女のイメージになかったのでそう聞くと、
「やるかやらないかで言えば、やることもあるかなぁってくらい。だけどゲームセンターってよくない? 高校生くらいのカップルだと、クレーンゲームとかでもいちゃいちゃできるじゃん」
という答えが返ってきて腕を組まれる。
そうされると嬉しくないわけではないが、おっぱいふわふわだし動きづらくて、ゲームどころじゃない。でも彼女がいい匂いだから「手を離せ!」とは言えない。おっぱいふわふわだし折角だからこのままゲームやってしまおう。
というわけでクレーンゲームやったり太鼓を叩くゲームやったりレースゲームやったりと色々したけれど、なんか俺は何をやっても下手で、楽しそうにする彼女が常に一枚上手だった。
模擬デートの記念にアニメグッズのプライズも彼女に取ってもらった。
「あのシールでぺたぺた貼れちゃう写真の奴しようよ」
「女子が好きな奴か」
コーナーによっては男子禁制の場合もあるやつだ。
たぶん後日みんなに見られてしまうだろうから、あんまり恋人感を出さないように証明写真っぽい表情でツーショットを決めた。
「うーん、次はどれやろっか。なんか罰ゲームとか決めとけばよかったかなー」
「えっ」
このまま彼女のペースに流されるのはまずい気もしてきたので、今度はこちらから提案してみる。
「あの格ゲーとかやってみない?」
具体的にタイトル名は出さないが、好きなキャラを選んで一対一で戦う格闘ゲームだ。こういうゲームが好きな人間も多い男子はともかく、よほどのゲーマーでもなければ女子で格ゲーをやりこんでいる人は少ないという失礼な偏見があるので、このゲームなら彼女をおとなしくさせることもできるかもしれない。
唯一の問題があるとすれば、俺はこういう他人と競い合うゲームが苦手で下手という事実だけだ。
それ致命的じゃない? 答えはイエス。
ともかく、やってやるぜ。
「うーん、弱いね!」
やってやられて、あっさり負けた。お金を払って何もできずに相手のコンボを見せてもらっただけだった。完勝して嬉しそうにする彼女の笑顔はプライスレスってことにして悲しみを慰めるしかない。
ほんとは台のせいにしたいけど。
「なんでこんなに強いの? やることもあるかなぁってくらいだって言ってたじゃん」
「やってないのは本当だよ? あくまでも今はね。ちょっと前はたくさんやってたんだよ。ゲームが好きな元彼だったしさ」
「あ、ふうん……」
すっと目をそらす。いくら模擬とはいえデート中に元彼の話はやめてほしい。
嫉妬ではないはずだけれど不満が顔に出てしまったらしく、おやおやと目ざとく気付いた古沢さんはちょっと嬉しそうにする。
「あれ? 妬いてくれてるんだ?」
「まさか。ゲームに負けて悔しがっているだけだよ」
「嘘ばっかり。おててつないであげるから機嫌直して?」
「あっ」
つながれた、と思ったら片手じゃなくて両手だ。外側から右手で左手を、同じように左手で右手を握られる。つまり向き合って真正面に古沢さんがいる。
つながれたまま右手と左手を閉じるようにくっつけられて、彼女の胸の前で両手を握りしめられてしまう。
「今はあなたが好きだから……ね?」
「ごめん、俺は……」
たまらず顔をそらした。
だが、そらした視線の先には、こちらを見る少年の姿があった。
眼鏡をかけた神経質そうな男子だ。
何か用事でもあるのかと思ったら、向こうから話しかけてくる。俺じゃなくて、古沢さんに向かって。
「騒がしいカップルがいると思えばお前か。男のほうは知らない奴だが」
「……む」
言われた古沢さんは頬を膨らませた。見るからに不機嫌そうなので友達じゃないとしたら誰だこれ。
たぶん同じくらいの年だと思う少年は俺のほうの肩をたたいてニヤリと笑う。
「どきな、彼氏。俺がお前の仇をとってやる」
「え、うん……」
頼んでないけど。あと模擬彼氏だから厳密には彼氏じゃない。しかも俺の味方みたいな顔してるけど、もし俺が本物の彼氏だったら彼女を負かそうとする奴のほうが敵だろう。
仲がいいのか悪いのか、少なくとも顔見知り以上ではあるらしい二人の関係性はわかるようでわからないけれど、とにかく古沢さんはやる気になったらしい。
「いーじゃん、かかってきなよ。ただし、こっちも本気でやるからね?」
そう言った彼女は指をポキポキ鳴らして首をぐるりと回す。どうやら古沢さんは本気でやるようだ……って、じゃあ俺さっきのあれ遊びで完敗したのか。
うっすら汗ばんでいた首回りもハンカチで拭って準備万端だ。
さて、ここで俺はどっちを応援したらいいんだろう……と思わなくもないけれど、まあ、応援するなら古沢さんかな。
昔と違って今はゲームも観戦して楽しむのが一般的になっている時代だ。エレクトロニック・スポーツとかいう競技ゲーム大会に興じるプロゲーマーの試合よろしく、俺の時とは比べ物にならないレベルの真剣勝負が繰り広げられるに違いない。
そして始まった一騎打ちだったが、
「え、弱い……」
あっさり決着がついて勝ち誇るでもなく拍子抜けしたのは古沢さんである。意気揚々と勝負を挑んだ謎の男子は健闘するどころではなく瞬殺で、お金を払って何もできずに相手のコンボを見せてもらっただけだった。
「ね、仇は?」
これ純粋な質問で煽りなんかじゃ全然ないよ。というか勝てないならなんで割り込んできたんだ。
もう一回挑むのか尻尾を巻いて逃げるのか、さてどうするのかと思っていれば、まだ名前も知らない彼は誰にともなくつぶやいた。
「はー、格ゲーも廃れるわけだわ……」
これでもかってくらいの負け惜しみだ。自分が負けたのをゲームのせいにしている。同じくらい蹂躙されて惨敗した俺も遠吠えはしなかったのに情けない奴め。
ゲーム通の間では有名な凄腕ゲーマーだったらどうしようと思って遠慮していたが、もうこれ普通に相手してもよさそうだな。古沢さんが敬語を使ってないから、たぶん年上でもないだろう。
そもそも先輩だろうがリスペクトに値しない相手に敬語など不要だ。現実的にはそういう相手ほど敬語で相手しないとトラブルになるが。
不貞腐れている彼を放っておくのもどうかと思ったので何か声をかけようと考えていたら、二人連続のパーフェクトゲームを達成して気分がいいらしい古沢さんが筐体の向こう側から顔を出してきて、貧乏ゆすりを続ける彼に向かって挑発的にふふんと鼻を鳴らした。
「もう一回やる?」
「いや、いい……」
「自分から挑んできておいて、一回負けたくらいでそれ? まったく、これだから最近の若者はって馬鹿にされるのよ」
うん、そうだぞ。なんたって俺もそうだからな。
生まれてこの方、よく馬鹿にされてきたもんだ。
もっとも小説を書くつもりなら馬鹿にされてなんぼのもんじゃいってくらいに気を強く持たなくちゃやってられないが。
馬鹿にされて黙っていられないのか、少年は眼鏡をくいっとする。
「あのさ、なんでもかんでも最近の若者を悪く言う風潮は俺すごく嫌いなわけよ。昔のゲーマーは負けても勝てるようになるまで熱心に練習したのに、それに比べて今のゲーマーは勝てないとすぐやめちゃうとか根性がないとか、それ言ってて悲しくならないのか大人は。そもそも二十年くらい前になんで格闘ゲームが流行してたかわかる?」
お、なんだ? 自分が否定されると一生懸命になって、せっせと自分が悪くないことを正当化する歴史を作りたがるやつか?
俺と古沢さんは顔を見合わせて首を横に振る。知らないというか興味がない。
はー、やれやれ。そんな感じで語り始める少年はなぜか上から目線だ。
「まず大前提として、これは知っててくれる? 格ゲーは当時、ある意味では最先端のゲームジャンルだったわけよ」
その前提ってお前の中での前提であって現実でも同じ前提が適用できるのか? という疑問がまず生まれてしまうのは口に出さず、ここは彼の言い分を最後まで聞いてしまおう。
ありがたいことに彼は勝手にしゃべっていてくれる。
「RPGでもアクションでも二頭身くらいのSDキャラクターが多かった時代に、きめ細かいドット絵で打ち込まれた美麗な2Dグラフィックでリアルな等身のキャラクターを動かせるって絶対すごかった。コマンド入力で出せる多彩な必殺技は派手で格好いいし、自分の上達を感じやすいからどんどん熱中できる。ゲーム機の性能のせいでゲームスピードが遅くならざるを得なかったのも、今考えるとゲームが苦手な層に優しかったことだろう」
ふんふん、それで?
「3Dゲームが出てきたときも、立体的なポリゴンとかテクスチャーとか積極的にグラフィックの進化を取り入れてきたのは格闘ゲームだった。レースやシューティングゲームも頑張ってたけど、マシンとかロボットじゃなくて、人間のキャラクターグラフィックに関しては格闘ゲームが一歩先を進んでいた印象だな」
なるほど。
「だから新しいゲームをやりたい奴は他のゲームじゃなくて格ゲーを選んだんだ。みんなやっててブームだったからじゃない。すごかったからブームになったんだ。今みたいに勝てないと面白くないゲームじゃなくて、たとえ負けても触っているだけで楽しかったわけだ。つまり負けてもプレイし続けたのは当時のユーザーが今よりも根性があったからじゃなくて、もっと強くなって、ただ普通に触っているだけでも面白いゲームをさらに楽しみたいって奴が多かったからだろう」
へえ、そうですか。
「ところが今はグラフィックのすごさでは他のジャンルに追い抜かれ、3Dで自由にキャラクターを動かしたいなら普通のアクションやFPSでよくなった。娯楽性より競技性を追求したあまり、他に比べて地味な練習が必要な玄人向けのジャンルになってしまったこともある。それが真剣勝負を生んでいるのも事実だが、だからこそ初心者が入りづらい。ブームのころは競技人口が多かったからちょうどいいレベルの対戦相手にも困らなかっただろうが、今は初心者に面白いって思ってもらう前に負けてもらうじゃん。あのね、まずは遊んでいて面白いと思わないと強くなりたいとも思えないだろ。そこ努力しないで若者に責任押し付けるのって違わない?」
などなど、まるで見てきたように当時の格ゲー事情について語ってるけど、お前それ生まれる前だろ。なんか国鉄時代のこと語り始める鉄オタ高校生みたいだな。
それに結局のところ君も責任転嫁では……。
「アホくさ。勝てないからつまらないって言えばいいじゃん」
「ねえ、古沢さん。正直は美徳だけど、もっとオブラートに包んであげようよ。こんなに長々と俺は悪くないって主張してた人が、そうそう簡単に言うわけ……」
「勝てないからつまらない」
「言った!」
まあ正直は美徳だからな。でもSNSとかで馬鹿正直に言いたいことを言って炎上するのって全然美徳じゃないからやっぱ撤回。
恥じるでもなく少年はまたまた眼鏡をくいっとしている。
うっとうしいけど癖なのかもしれない。
「お金もないから帰るわ。じゃ」
「あ、うん……」
言いたいことを言って気分がすんだのか、最後には機嫌よく俺に手を振って、どこかへ行った少年である。つい友達みたいに手を振り返してしまったが、いったいなんだったんだ……。
「もしかして元彼?」
たぶんそうじゃないかなと古沢さんに直球の質問を投げつけてみると、うげっと顔をしかめた。
「全然違う。あいつは幼馴染の鈴木重光。あんな感じで嫌な奴だよ」
その言葉が本当に嫌そうに出てくるので、なんだかそれだけで彼が今までどんな言動をしてきたのかが想像できた気がする。
「幼馴染で嫌な奴って……。それ、恋愛小説とかだと結ばれる展開もあるよね」
「そういうのはあくまでもフィクションだからなー。けど、マイナス評価から入ったほうが結果的に好きになっちゃうってことはあるかもね。ギャップって大事だから。で、一度は振っちゃった私のことは好きになれそう?」
「……友達としてなら」
「うん……さすがに一日デートしてその答えはきついものがあるね。でもありがとう。約束は守るよ」
「約束?」
いきなり言われても思い当たらなかった。
ひょっとして彼女とのデート中に何か約束しちゃっただろうかと考える。
「デートは一回だけって約束。あと、こうしてデートをしてくれたから乙終君たちのサークルには入らないってやつ」
「ああ、そのことか……」
忘れていたわけじゃないけど忘れていた。そういえばそんな約束だった。
これは建前としては小説のための取材を兼ねた模擬デートだったけど、実際には彼女の気持ちを納得させるための口実で、サークルにまで押しかけて来た古沢さんとその条件で約束したんだった。
つまりこれで彼女とは一線を引けたことになる。模擬デートの一回で満足して、すべてのアプローチがなくなるとも限らないけれど、少なくともサークルには顔を出さなくなるだろう。
いや、そう単純な話でもないかもしれない。
ありがとう、と、そうつぶやく古沢さん。
俺はこの時、切なく寂しそうにする古沢さんに対して何か言いようのないものを感じた。
それは決して恋ではない。だが、放ってはおけない何か。
友達が落ち込んでいたら、とりあえず声をかけたくなる気持ちと同じ。
デートは終わりだが、これがもし友達との遊びだったら、このまま終わるのも寂しい。別れる時くらい楽しい気分でそうありたい。
俺はゲームを指さしながら尋ねる。
「古沢さん、これからちょっと練習付き合ってくれる?」
すると古沢さんは驚いたように目をぱちくりさせた後で、
「付き合っちゃう!」
と言って、嬉しそうにする彼女にそれから俺は何度もコテンパンにやられた。
模擬デートの終わりがこれでいいのかと思いつつ、彼女とやるゲームは楽しかったので良しとする。




