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02 悪友との再会

 新生活も二週間が過ぎてしまえば慣れと惰性が生じてくるもので、さすがに四月のうちからマンネリと呼ぶには抵抗があるものの、すでに何の変哲もない日常がそこにあった。

 目立った出来事もなく一日が過ぎてホームルームの時間が終われば、いつものように放課後が訪れる。

 号令とともに慌しく教室を駆け出していくクラスメイトたち。彼らに紛れ込むべく、自然な流れで俺は椅子から立ち上がった。さりげなく青春群像劇の背景に溶け込むようにして教室を去ろう。

 ところが、教室の後ろ側の扉へ向かって足を踏み出そうとした矢先である。

 とある男子が目の前に出てきて、まるでバスケやサッカーのディフェンスのように俺の行く先へ立ちはだかったではないか。

 そのつもりだろうが、明らかに邪魔である。くたばれアホ男子。


「へい、乙終! そんなに急がずに、ちょっと待ってくれよ。まさかとは思うが、お前はもう帰るのか?」


「そのつもりだったけど、そうさせたくないみたいだね?」


「もちろんそうさ。お前に話がある。だから聞いてくれ、な?」


 わざわざ俺の行く手を阻んで声をかけてきた彼はキャッチセールスを得意とする営業マンではなく、ただの男子生徒であって、その名を赤松陽一あかまつよういちという。俺とは小学生のころからの古い友人である。

 とはいえ、ずっと一緒だったわけではない。というのも俺は中学に進学するタイミングでこの町に引っ越してきたため、この三年間はお互いに連絡を取り合うこともなく過ごしたのだ。

 それなのにどんな神の計らいか、いやどうせ神々も暇だったのだろう。お互いに進学先は他にも選択肢があっただろうに、この高校で再会を果たしたのだった。

 おう、久しぶり――といったラフな感じに。そんな感動的でもないのが現実。

 思えば直接顔を合わせたのが小学校を卒業して以来だから、三年ぶりの懐かしい再会である。……にも関わらず、まるでつい昨日別れたばかりかのように、俺たちはたった数分で幼いころの友情を取り戻したのだった。

 あげく、どちらにとってもクラスで一番の親友と呼べるものになった。離れていたのも三年程度だから、それほど性格の齟齬もなかったのだろう。中学の校区が違うだけで地理的にも隣町だったから、心情的に別れというほど別れてもいない。

 お互いに小学生のころから大して変わっていないことを喜ぶべきか、ちっとも成長していないことを悲しむべきか、こういうときは判断に困るものだ。

 その辺の事情を思い出して一人で苦笑していると、赤松は不審げな視線を俺に向けながら尋ねてきた。


「入部希望届けのことだけどさ、お前はどっか入るのか?」


「入部届けだって? ああ、なるほど。そんなものもあったなぁ……」


「おいおい、しっかりしてくれ。そんな遠い目をするようなことか?」


「……そうだなぁ。この学校って文芸部がないみたいだから、今のところ俺は部活に入るつもりはないけれど。そう言う赤松はどうなんだ? やっぱり運動部?」


 そういえば別々だった中学時代、赤松がどんな部活動に属していたのかを俺は知らない。

 小学生のころは地域のサッカークラブでブイブイ言わせていたような記憶があるが、中学でもサッカー部に入っていたのだろうか。そしてそこでも相変わらずブイブイ言わせていたのだろうか。ところでブイブイってなんだろうか。勝利のブイだとすると、なぜブイブイと二度も勝っているのだろうか。これはつまり試合に勝って勝負にも勝ったということか。欲張りめ。

 それともブイブイってエンジン音なんだろうか……などと、正直どうでもよいことを考えていると、がっかりした様子で赤松が肩をすくめた。


「そうかぁ、お前はどこにも入らないのか。なんなら俺はお前と同じ部活に入ろうと思ったんだが、それなら俺も部活に入るのはやめておこう。どんな部活に入るにせよ、俺一人じゃ、つまらんぜ」


「いやいや、待ってくれ赤松。わざわざ消極的な俺のまねをして、貴重な青春を無駄にするのは駄目じゃないか? 折角だから運動部にでも入って、高校生活をエンジョイしたらどうだろう。そしてダイアモンドのように輝く汗をかけばいいさ」


「まったく、だからお前は馬鹿だっつーんだよ。青春の謳歌に必要なことがスポーツとは限らないし、そもそも汗をかけばいいってもんじゃないだろ? サウナじゃないんだから。それにダイアモンドってカラットが大事だから、からっとしてて汗が乾いてるイメージだぞ。……いいか? 高校生活は部活がすべてじゃないんだ。そうだな、たとえば――」


「ああ、月イチくらいで回ってくる日直当番に心血を注ぐのか? ええい、この学級日誌は俺に任せろ! ははっ、こちとら高校一番の学級日誌使いだぜ!」


「だとすればある意味すごいが、卒業したらすべて無駄だな。なぜそこをピンポイントで努力せにゃならんのだ。日直なんて所詮は日雇いの雑務だし、努力すべきはもっと他にあるだろ」


 他に何かあるか……といえば、やはり高校生らしく、学業やら恋愛やら、大穴で生徒会活動とかだろうか。いっそ学外でアルバイトや趣味の道に生きるのも、それはそれで青春といえなくもない。

 とりあえず、何をするにも精一杯に生きることができていれば青春と呼んで問題ないだろう。それこそ幸せな人生、憧れてしかるべき生き様だ。

 それにしても悲しいかな、それらのどれも今の俺には無縁な気がしてならない。

 たとえば街灯が豊かに輝く都会の夜空には星が瞬かないように、自分の身近に眩しいほど憧れるような人間が存在すると、かえって己の夢や目標は遠くかすんで見えなくなってしまうものらしい。希望に満ちた目を輝かせる同学年の顔を目にするたび、俺は他人との温度差を感じてしまって落胆するのだ。

 まぁ、こんなのは所詮、自分が本気を出さないことに対する言い訳だ。あえて口にはすまい。真の負け犬は遠吠えしないものだ。


「……よし。それじゃあ赤松さ、どうせなら俺とお前で一緒の部活に入るか?」


 冗談半分の提案だが、気心の知れた赤松と二人で一緒に入るのなら心強い。どんな阿鼻叫喚の地獄絵図と化した部活動でも恐れることはない。いつも馬鹿をやっていた子供のころのように、お互いに励まし合い競い合って、切磋琢磨してみるのも面白かろう。

 二人で削りあって何もなくなったら目も当てられないが。

 なにぶん俺だって一念発起の心積もり、高校から新しく人生をやり直したいと前向きに考えているのだ。中学生のころ所属していた文芸部さえあれば今度こそ本気で取り組みたいと思っていたが、これまであまり縁がなかった部活動に入ってみるのもいい経験になりそうだ。


「一緒にも何も、最初から俺はそのつもりだったんだぜ。それでお前は何部にするんだ? 先に言っておくが、帰宅部には入るって言わないからな。他の部活に入っていても帰宅はできる」


「それはそうだろうね。帰宅の腕を競うのも楽しそうではあるけれど。いや足か。それにしても高校の運動部って、まったく運動経験のない初心者にはハードルが高そうだな。かといって文科系の部活にも三年間続けられそうなものがない……」


 昨年まで俺は文芸部に入ってはいたものの、あれは部活というより同好の集まりといったものだった。本格的な部活動を経験したことがない俺にとって、高校から新しく部活に入っていくのはなかなか抵抗感があって難しい。

 やはり経験者との壁は高いのだ。

 この学校に何か一つでも気軽に入りやすい初心者向きの部活でも存在していればいいが、残念ながらそんな話は聞いたことがない。学業に本腰を入れている進学校ではあるものの、学校の方針として文武両道を掲げているため、中途半端なお遊びの部活動はほとんど存在しないらしいのだ。

 もちろん詳しいことは俺も入学したばかりで知らないから断言できないが、県大会ではさまざまな部活動が毎年のように素晴らしい実績を残しているようだ。

 たとえば夜に星を眺めるだけで終わりそうな天文部は、最新の論文を集めて読んでは宇宙の仕組みについて研究を深め、他方では天体の歴史的かつ文化的な側面を様々な観点から調べ上げるという学者肌の部活らしい。何人もの宇宙バカを生み出した伝統がある。宇宙ヤバイとか星キレーだけじゃついていけない。

 それだけに「放課後と休日の暇な時間をつぶすため」というような、中途半端な覚悟では部活動へ入部することなど許されない……ような気がする。実際には初心者大歓迎なのかもしれないが、それはそれ、新入生のこちらとしては緊張してしまうものなのだ。


「この数日間で俺の調べたところだが、意外とこのクラスは部活に入らないって奴が多いらしいぜ」


「へー、それは確かに意外だな。……俺もその一人だから意外とか言えた口じゃないが」


 初日に担任の先生から聞いた説明によれば、この高校に在籍している生徒の九割以上が何らかの部活動に入っているらしい。それほど活発な高校なのだろう。

 したがって、この学校において帰宅部は肩身の狭い少数派である。

 たとえば廊下ですれ違う生徒に「君は何部?」と声を掛ければ、大抵は何かしらの部活動に入っていることを誇らしげに答えてくれる。よくある海外ドラマで見るような欧米並みのスクールカーストでもあるまいに、それが地位の肩書き代わりになることもあるらしい。なんと帰宅部の人間すら嘘をつくという噂もすでに広まっている。

 なにもそこまでしなくとも。

 いやはや、立場的に弱い少数派の辛いところである。


「……そういえば、まだ四月も終わっていない時期だというのに、このクラスが他のクラスの奴らからなんて呼ばれているのか知ってるか?」


「俺たちのクラスが? いや、知らないけど。そんなに興味もないし」


 そもそも入学して二週間かそこらで評価も何もないだろう。同じクラスメイトのことも十分に理解できていないだろうに、もう他のクラスが話題になるようなものだろうか?

 ところが赤松はわざとらしく一呼吸置くと、これが大事だと言わんばかりに重々しく口を開く。

 すでに開き直っているのだろう。何故か不気味なくらいの笑顔である。


「いいか、その名もずばり、ボンクラズだ」


「うわぁ……」


 ボンクラどもの集まるクラス。想像以上にきつくてストレートだ。


「なんでもさ、中学のころからあまり評判がよくない生徒がこのクラスに集まっているんだとよ。はは、その中に俺とお前も入っていたりしてな」


 赤松め、なかなかシャレにならないことをよく笑いながら言えたものだ。

 ……確実に入っているよな、俺とお前も。あまり周りの評判よさそうじゃないから。


「なんというか、まるで俺たちだけ世も末だな。可能性が閉ざされているって感じ? 何かいい方法でもあればいいんだけど」


 浮かない顔をする俺のせいもあってか、先ほどとは一転して、赤松は深々とため息をつく。

 その様子はまるで老齢の為政者。このクラスに集まってしまったという俺たちを含めた出来損ないの人間すべてを救う方法でも考えているかのようだ。

 その背には哀愁を漂わせている。


 ――俺たちに何かできることはないだろうか?


 不思議なことだが、俺は黙り込んでしまった赤松がそう言っているように思えてしまった。とはいえ一般人である俺たちにテレパシーなんて使えるわけがない。おそらく俺の妄想が生み出した勘違いに過ぎないのだろう。

 けれど、俺は俺たちに何かができるという希望や可能性を無視することができなかった。その勘違いを否定することなく、挙句の果てにはこんな提案をした。


「そうだ、赤松。だったらそういう人間を集めて、俺とお前で新しい部活を作ってみようぜ」


 新しい部活の創設。それは深い意味もない単なる思い付きだ。

 それは「夏だし海に行こうか」くらいの気楽さで提案したまでのことだ。

 ところが赤松の返事は嬉々として弾んでおり、どうせ適当に聞き流されるだろうと油断していた俺の期待を大きく上回るものだった。


「へへ、そりゃあいい! 俺たちが第一世代になるってか!」


 教室中に響くほどの大声をあげて指を鳴らしたかと思うと、それはもう愉快そうに腹を抱えて笑い始めた。こちらが困惑するほどの大笑いだ。そのまま床を転げまわりそうなハイテンションである。

 あまりの馬鹿騒ぎっぷりは宴会における席上のそれ、放課後も教室に残っていたクラスメイトの注目を集めてしまうほどだ。ここがお笑いの専門学校ではなく通常の進学校であることを考慮すると、興味や関心をもたれているのではなく、単純に呆れられているのだろう。

 なにやら俺まで赤松と一緒に奇異の目で眺められている気がしてならない。これ以上おかしな噂が立たないように少し離れよう。

 君子危うきに近寄らずというではないか。

 しかし逃げ出すのが少し遅かった。

 騒ぎの元凶である赤松から一歩離れようと後ろ向きに足を踏み出した瞬間、俺の制服の右袖が、新しく現れた第三者によってつかまれたのだ。

 その人物は振り返った俺に対して、ちょこんと小首をかしげながらこう言った。


「ねぇ、どうしたの? さっきから二人で何か楽しそうに話していたみたいだけど、よかったら私も聞いていいかな? もちろん駄目なら一人で帰るけど……」


 それは俺たちと同じクラスの女子である榎本加奈であった。あの欲求不満娘である。

 なにやらもじもじと恥ずかしそうに言葉を待っているようだが、俺の制服を掴んだ右手は絶対に離さない。自信なさげな言葉とは裏腹に、すっかり意志は固まっているらしい。

 これは仕方がない状況だ。冷たい口調で駄目だと言ってしまえば彼女を落胆させてしまうだろうと思った俺は、とりあえず榎本に今までの話を教えることにした。

 特に他意はない。あるとすれば相談役としての義務感くらいであろう。


「いや、あのね、実は俺たち二人で新しい部活でも作らないかって話を……まあ、これといって具体的なプランもないけどさ」


「へぇ、それって面白そう」


 そう言って裏がありそうな顔で笑った彼女は、より一層グイっと力強く俺の腕を握り締める。

 絶対に逃がさないよとでも言いたげだ。

 ひとたび彼女に捕まってしまうと、どうすることもできず、返す言葉に窮した俺は困って肩をすくめるしかない。


「だったら加奈も俺たちと一緒に部活やろうぜ。まだ何をやるのか具体的には決まってないが、今から一緒に考えてくれると助かる。な、乙終もそうだろ?」


 そう言ったのは赤松だ。

 それにしてもこいつ、彼女のことを加奈と下の名前で呼び捨てるとは……。

 思えば赤松と榎本は四月に初めて顔を合わせたのだが、二人に共通の知り合いである俺の努力あってか、そこそこの友人関係と呼べる親しさが確立されていた。

 そもそも榎本は少なくとも表面的には社交的で人当たりのいい性格をしているので、すでにクラスの中心とはいわずとも、それに近いポジションを得ていたのだ。

 有り体に言えば、気さくな榎本は男女問わずクラスの人気を集めていた。


 ――お前、榎本のこと好きなのか?


 つい先日、そんなことを聞いてきた赤松。

 その親友を過去の質問ごとスルーすべく視線を横に流して、自分でも把握できない感情を内面に隠しつつ、俺は榎本の反応を待った。


「いいのかな? 私がいると邪魔じゃない?」


 今度は俺の右腕にそっと左手まで添えながら、榎本はご褒美をねだる犬のように潤んだ瞳で俺を見詰めてくる。欲求不満のなせるわざか、そこには無言の威圧感がある気がした。彼女の手はギュッと俺の腕を力強く握り締めている。

 その手を振り払うことはできない。無駄な抵抗を諦めて俺は微笑みかけた。


「いや、榎本さんもいてくれると助かる。いざ部活の申請をしたときに、部員の数が足りないとか言われてしまったら困るからね」


「それに最初から女子が一人でも仲間にいてくれると、他の女子も誘いやすくなるからな」


 これは俺の後に続いた赤松の言葉であり、自分の下心を隠さない彼には俺と榎本も苦笑するしかなかった。

 男女混合の社交クラブにした覚えはないが赤松よ、お前はこれから作る部活動に何を期待しているんだ? ……とは、友人のメンツを保つためにも尋ねないでおこう。彼の評判が落ちるだけだろうし、そうなれば友人である俺の印象も引きずられて失墜する。

 しかしながら、こうして一応はクールさを装って下心を隠してはいるが、切実なる本心を言ってしまえば俺だって男の一人だ。しかも思春期の男子だ。

 可愛いと思わずにはいられない女子の榎本が一緒にいてくれるのは、彼女の相談役であることを度外視するにしても、やっぱり嬉しい。

 お互いに「今後ともよろしく」と言って交わした握手は正面から至近距離で向き合うことになり、彼女と手を握り合うことになった俺は顔が赤く染まりつつあったことだろう。

 結束を誓い合った俺たちは、その後のことを相談しながら下校するのだった。

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