01 居合わせた告白
思うに「恋心」とかいう純情ぶった性的欲求は、とかくに人を騒ぎ立てるものらしい。
理性に従って生きているように見えて実際は愛欲にまみれる大人でさえそうだから、生まれて初めて色づき始める思春期の少年少女ともなれば、なおさら浮き足立っても仕方ない。
ではどうしようと対策を練ろうとも、色恋沙汰の教科書はなく、その多くが個人的問題だから誰かに相談するのも難しい。いっそ気の向くまま自然体で生きようと思っても、そうそう人生うまくいきやしない。
誰の身にもあるという理性のムチと自意識の手綱が、感情優先で先走りしがちな心と身体をきつく苦しく締め付ける。
なのに、なぜ人は恋というものに心を躍らせてしまうのだろう。
それはあまりに人が愛に飢えている証左なのかもしれないが。
「ふむ……」
西の空から角度を落とした夕明かりが鋭く差し込む放課後の教室。
訳あって居残った俺は、訳もわからず二人の修羅場に立ち会わされている。
一人は男子、中学までは野球部員で丸刈りの坊主だったというが、高校に入って部活をやめてからは髪を伸ばして、あの手この手で女子に好かれようと必死な福富サトシ。
彼の性格を一言で言い表すのは難しいけれど、クラスで一番の人気者になろうと努力しているのか普段から奇抜な言動が多く、悲しいことに友達は少ない。
もう一人は女子、ゆるふわウェーブな胸元まで伸びる長い巻き髪が印象的で、誰にでも明るく社交的な彼女は、クラスの内外に可愛いと評判の古沢茜だ。
もてない福富とは違って、よくもてる彼女である。個人的には美馬や峰岸さん、それからやっぱり榎本のほうが可愛いと思うけど、それに関しては判断基準に主観が入ってしまっているので甲乙をつけるのは難しい。
そんな二人が教室の真ん中で顔をつき合わせて何をやっているのかといえば、なんと福富が古沢さんに向かって愛の告白をしているのである。
「つまり端的に言えば、俺はお前とエッチなことしたいのだ!」
さて、これは思いのたけを告げている間にヒートアップしてしまった福富の発言である。
大事な告白の最中にこれを言えてしまうのは、ある意味すごい。まさかそんなことを言うはずもないだろうと思っていたこともあり、びっくりしたせいで俺は耳を疑って彼を二度見した。
しかし、どうだろう。普通に考えれば最低のセリフだ。史上まれに見る最悪なプロポーズである。というか、常識的に考えてセクハラに他ならぬ。
好きな相手とそういうことをしたい、というのは嘘偽りなき素直な気持ちだろうが、なんでもストレートに伝えればいいというものでもない。
目の前の状況に応じてふさわしい言葉を選ぶことのできる人間力と国語力とは、円滑な人間関係を維持発展させるために必要な二大要素だ。
ドン引きしつつも気の毒に思って古沢さんのほうへ顔を向ければ、予想にたがわず彼女はうげっと顔をしかめていた。おしゃれで可愛いゆるふわウェーブも心なしか衝撃を受けて乱れている。正気を疑うド直球のセクハラ発言が直撃してしまったので無理もないだろう。
「お断りね、端的に言わせてもらえれば」
よい返事を期待する福富への返答は容赦のない拒絶だった。
けれどそれも当然だ。
俺が彼女の立場でも断るし、もしも彼女がほだされようとしていれば二人の間に入って止めていただろう。
よほど好きな相手でもなければ、いくらなんでも性的欲求が駄々漏れの変態野郎に惚れたりなんかしない。むしろ軽蔑して見下す対象だ。ビンタを食らわなかっただけ幸運だったと思える。
「ま、しょうがないか……」
はてさて、なぜか告白の現場に巻き込まれ、一種のレフェリーじみた立場になってしまっている俺も彼女が鳴らした無慈悲なゴングを聞き逃すわけにはいかないだろう。これが格闘技なら両者の実力差がありすぎて、審判の買収による不正判定もできないくらい勝敗のはっきりした試合だった。
タオルを投げ込みたいセコンドの気持ちで試合終了を確信して、あまりにも惨めな挑戦者となった福富の肩を叩いて諦めさせようとしたが、その手を振り払って彼は叫んだ。
あの有名な「大志を抱け」ポーズで彼女に立ち向かう。
「古沢なら俺とだってやってくれると思ったのに! ひどいぜ!」
などと言うが、ひどくはないだろう。どちらかといえばひどいのはお前だし、そんなこと言う奴は振られて当たり前だ。ひっぱたかれないだけましだと思え。
同じ男としてあまりにあんまりなので、ツッコミというには強い力で俺が代わりに奴の肩をどついてやった。
当然のごとく当然ながら、ぶしつけで失礼な言い草に怒ったようであり、古沢さんも我慢ならぬと頬を膨らませて不服アピールを隠さない。むっとして腕を組んでいるので大きな胸が強調されているのは彼女に自覚があるのかどうか全くわからないけれど、福富の目はそこに吸いつけられているのが傍目によくわかる。
「なんであんたなんかと?」
「いいじゃないか! 俺はとにかく誰かと付き合って青春を最大限に楽しみたいだけなのだ!」
「だからどうしてそれが私なのよ?」
違う言語で殴り合っているのかと感じるほどに話が通じない人間を相手にしてイライラしてきたのか、大きく響くように舌打ちまでする古沢さん。仕方がないとはいえ、露骨に機嫌が悪くなっている。
冷え切った場の空気は最悪で、そばで聞いているだけの俺もいたたまれない。
そもそも俺は本来ここにいるはずの人間じゃない。
たまたま告白の現場に居合わせてしまっただけなのだ。
意気込んだ様子の福富を警戒しているらしい古沢さん。そんな彼女に目を付けられて、どうかオブザーバーとして同席してほしいと引きとめられてしまったので、こうして俺は何をするでもなく二人のそばで立ち尽くしているのである。
本当は帰りたいのに。もうすぐ日も暮れる。
かといって中途半端なところで逃げ出すと夢見が悪くなりそうだ。
「おい福富、そろそろ諦めてくれないか?」
なだめつつ終わりにしようと俺がそう言うと、ついに自分の劣勢を意識したのか福富は段々顔を赤くした。よく見れば手がプルプル震えている。
これは何か爆発するんじゃないかと思って身構えていると、やはり感情を抑えきれなくなった福富は先ほどより大きな声で叫んだ。
「傷心中だから今が狙い目だって聞いたぞ!」
え、そうなの?
そうなんだろうかと思って古沢さんのほうへ視線を向けると、これが意外に効果てきめんだったのか、すっと視線を横にそらした彼女は気勢をそがれていた。弱みというほどではないだろうが、これは彼女にもあまり強く言い返せない理由があるのかもしれない。
ここが勝機と思って畳み掛けるつもりか、窮地に活路を見出した傷だらけの戦士のごとく目をぎらぎらさせた福富は右足を強く踏み出す。
「なにしろ俺はこれを見た!」
そして福富は制服のポケットからスマホを取り出して、その画面を俺と古沢さんの二人に見えるように突き出した。
表示されているのは何かの写真らしい。俺も一緒に見ていいものなのかわからないが、ちらりと視線を向けただけで、すぐに何が写っているのかわかった。
顔は微妙に隠れているが、制服を着崩した状態でベッドに座っている黒い下着姿の古沢さんだ。
いわゆるエッチな自撮り写真である。
「こんなのを男子に送りまくっているというじゃないか! えろい! それってもう誘ってくれているようなもんじゃん! 俺これ見てから古沢のことしか考えられなくなったんだぞ!」
唾を飛ばすほどの勢いで言いながら何か妄想しているのか、福富はすっかり興奮してしまっている。同じクラスにいる女子のこんな写真を見てしまえば興奮するなというほうが難しいだろう。
でもちょっと待ってほしい。本人の前で欲情していることを隠さないのはさすがに駄目だと思う。
あられもない彼女の姿を見てしまった俺は顔が熱くなるのを感じた。
古沢さんが目の前にいるのに……。
「あー、はいはい。そういうことね」
ドギマギを隠せない俺や福富とは対照的に冷静な態度で、ため息をついた古沢さんはやれやれと肩をすくめる。
扇情的な姿で写っている自分のエッチな画像を見ても落ち着いているのは、ある程度これが出てくると事前に覚悟していたからかもしれない。
「訂正してちょうだい。傷心中だから今が狙い目って、そんなわけないでしょ。私だって相手くらい選ぶわ。児童ポルノなんて今は作るだけでも犯罪なんだから、当たり前だけど私は好きになった相手にしか送ってない。普通の写真ならともかく、そんなきわどいのは付き合っていた元彼だけ。となると彼から受け取った男子たちが次々と勝手に回しちゃったんだろうけど、ま、それはいい。自業自得な部分もあるから見逃してあげる。
でも、これ以上騒ぐなら君たちが警察の厄介になるだけよ?」
「警察は困るな……」
もごもごと小声になって、口調に張りのなくなった福富は唐突におどおどする。
熱くなるあまりに自分が何をやっているのかについて、ようやく客観的な見方ができるようになってきたのであろう。
これが実際に警察沙汰になるのかどうかはともかく、女子のエッチな画像を男子の間で融通しあっていたなんてことが明るみに出れば、まあ間違いなく停学などの処分は免れない。もっと過激な写真が出てくれば退学だってありえるし、本当に警察沙汰となってニュースになるかもしれない。そうなれば人生おしまいだ。
告白は失敗。奥の手も失敗。福富は完全に意気消沈といったところだ。
「もったいないけど消しとくか……」
ぼそぼそと呟きつつ、殊勝な態度でスマホを操作する福富。
未練たらたらなのは悔しそうな表情を見ればよくわかる。
すると不思議なことに古沢さんが微笑んだ。
「いや、別に消さなくてもいいよ?」
「へ?」
と、これは福富が発した気の抜けた返事である。
ぽかんと口を半開きにしてアホみたいな面をしているが、あいにく彼を馬鹿にはできない。きっと俺も同じように気の抜けた表情をしているのだから。
消さなくてもいい?
古沢さんは不敵な笑みを浮かべている。
男子を手玉に取るのが大好きな小悪魔女子のように。
「だってそれ、別に乳首とかが写っているわけじゃないし。その下着も見せる用の奴だから、私にとっては水着姿の写真と変わらないもん。一人で楽しむ用でしょ? 楽しめば?」
「……はあ。マジでいいのか?」
「一人でこっそり楽しむだけならね。私って男子にいやらしい目で見られても気にしないタイプだし、どうせすでに男子の間に出回っている画像なら別にどうでも。でもね、あんたと付き合うのは無理だから。もう二度と告白しないで。……いい? しつこく付きまとったら通報する」
「わかったぜ。もし気が向いたら他にもくれ」
「通報するって言ったよね?」
「すまん! 許せ! さらばだ!」
それだけ言って、画面を消したスマホをポケットに突っ込んだ福富は逃げるように教室を飛び出した。
こうなれば後に残るは俺と古沢さんの二人である。
やることをやって気が済んだのか、古沢さんは何も喋らずに俺の顔を覗き込んでくる。こちらの反応を窺っているのかもしれない。
このまま黙って彼女の前から逃げ出すわけにもいかないので、ひとまず正直に思ったことを伝えておくことにしよう。
「黙って聞いていたけど、ああいうのはよくないと思う」
「ああいうのって? あいつにエッチな画像をあげちゃったこと?」
「実際のところ不適切とされる画像や児童ポルノの線引きは難しいから法律のことは別にしても、自分を安売りするような行為は駄目だよ」
偉そうに説教できる立場ではないが、常識的でお節介な意見を言っておく。
それが面白かったのか、ふふんと笑った古沢さんは俺に人差し指を突きつけた。
「君、童貞なんでしょ」
「そうだけど、それが何?」
「……別に」
女性経験のなさを攻撃されたところでダメージはない。そんなところにステータスはないからだ。
むしろそういう安易な異性間交遊は全方位から非難されてしかるべきである。
青春とは互いに尊重しあう純愛こそが理想的あり方であって、享楽的で肉体的なつながりだけではなく、お互いの信頼に基づく精神的つながりこそ、きっと誰もが目指すべき真実のゴールなのだから。
「おっぱいばっかり見るくせに」
「それはごめん……」
俺は即座に頭を下げた。ばれているのに否定するのはみっともない。
さりとて、思春期の性的関心は大目に見ていただきたいものだ。理性では絶対に見ちゃいけないとわかっているのに、どうしても体の目立つ部位に視線が引き寄せられてしまうのは男の性であろう。
性自認も性的嗜好も多種多様だから全員が全員ではないだろうが、視界に入った女性的なモチーフにドキドキしちゃうのは俺たちにとって心の生理現象だ。
でも実際に手を出さなければセーフ!
「興味があるのなら触ってみてもいいけど?」
甘ったるい声でそんなことを言って挑発的に笑顔を見せる古沢さんは、驚くべきことに自分の胸を自分の両手で持ち上げて強調している。
「どう? もんでみる?」
ほらほらとすごいアピールだ。
ふわふわ揺れる柔らかそうなそれを見ていると、理性がくらくらする。
心の中では気になっていても、実際に手を出さなければセーフなのだとさっきは言った……。
けれど実際のところはどうだろう。
いやしくも一つくらいならば、アウトがあっても大丈夫なのでは……?
「い、いや、やっぱり駄目だよ! そういうのは付き合っている相手だけにしないと! 人生は一つのアウトでゲームセットしちゃうこともあるし!」
「それもそうだね。私だって好きでもない男子にエロいことされるのは嫌い」
「やっぱりそうだよね! 安心した! ……あれ? でも、さっきは男子からエロい目で見られるのは別に気にしないって言ってたよね? 好きでもない相手なのに、それは大丈夫なの……?」
「それとこれとは話が別だよ。見られるのと触られるのでは雲泥の差。ちやほやされたいからって、誰かに束縛されたいわけじゃない、みたいなこと。わかる?」
まぁ、つまりグラビアアイドルみたいに男たちの視線を集めることは嫌いじゃないということだろう。でも好きでもない男に手を出されるのはご遠慮願いたいと言いたいのだろうが、それって当たり前な気がするな。
世間一般の女子というか、古沢さんが何をどう考えているのかはよくわからないけれど、それを詳しく知る必要などないのだし、これ以上あれこれと根掘り葉掘り聞いていい義理もない。適当なところで話を切り上げて帰るとしよう。
そう思ってきびすを返した瞬間、古沢さんに呼び止められた。
「ちょっと待って。君って確か乙終君だよね?」
「そうだけど、ちゃんと俺の名前を知っていてくれたんだ? あんまりしゃべったことはないよね?」
「あんまりというか、まったくね」
そう言いながら、てくてくと古沢さんが近づいてくる。
上着の裾をつかまれて、ふわりとフェロモンを漂わせた彼女は隣で止まった。
可愛い顔がすぐそばに来るので、恥ずかしさのあまり直視できない。いい香りがするのは女子みんなそうだが、彼女は特にこなれている感じがする。
「実は四月からずっと乙終君には声を掛けたかったんだよね。私のほうがちょっとごたごたしてたから、今日まで話しかけるタイミングがなかったんだけどさ」
「俺はいつも暇だから、いつ声をかけてくれたってよかったけどね。……でも、どうして俺に?」
中学のころはともかく、高校に入ってからの俺は有名でもなければ無意味に注目を集めるようなタイプでもない。何かしら失敗をして悪い意味で目立ってしまった可能性は否定できないが、ならば声を掛けたいと思うはずがないだろう。
よほどの変わり者でなければ。
「うーん、言葉を選ぶのは難しいなぁ……」
「選ばなくてもいいよ。思っていることを端的に言ってくれれば」
これは先ほど聞いていた二人のやり取りを真似してみた。
それにこの数ヶ月はいろいろあったので、何を言われてもびっくりしない自信が育まれている。重ねて言うが、よほどの変わり者でなければ。
フーンと言った古沢さんは真正面に回りこんでから、上目遣いに俺の顔を見た。
「付き合おうよ、私たち」
「……え?」
だけどこういうのは弱いね。彼女なりのジョークなのかもしれないけど、一瞬で思考がフリーズしてしまう。
付き合うってなんだろう。たぶん男女交際のことだろう。そうと決まれば俺からの返事は一つだ。
しかし、それを伝えてしまうのも早とちりではなかろうか。
こほんと咳払いをしてから声を振り絞る。
「からかっているのなら、やめてほしいけど……」
「本気だと言ったら?」
「それはもちろん本気で答えるよ。あまりよくない返事になるけれど……」
そう答えると古沢さんはふむふむと考え込んだ。
また腕を組んでいる。また胸が強調されている。また目が吸い寄せられそうになるのをぐっとこらえる。
こちらを向いて、腕を組んだまま彼女は小首を傾げた。
「今、誰か恋人は? 付き合っている相手はいるの?」
「いないよ。いないと言っても、好きな人はいるけど」
「え、告白しないの?」
興味津々に目を輝かせた古沢さんは身を乗り出してぐいぐいくる。その勢いのある視線に晒されると、言い逃れる余裕が失われていくみたいだ。
下手に誤魔化すと、どんな邪推をされるかわかったものじゃない。
ここは正直に白状しておくか。
「実は好きな人を一人に絞り込めなくて……。そんなんじゃ不誠実だから、ちゃんと自分の中でけじめをつけるまで、今は誰にも告白するつもりはないよ」
「つまり本命が決まっていないってこと? だったら本気で好きな相手かどうか、付き合ってみてから考えるのは? 本当に相手のことを好きなのか、友達じゃなくて恋人としての相性がいいのかどうか、とりあえず付き合って確かめてみれば?」
「え? 相手のことを好きかどうか、本気で考えるのが先では? まずは自分の中で明確な答えを出してから、告白して、それから付き合うんでしょ?」
「付き合いもせずに恋愛の答えを出せるの?」
「え……?」
俺は軽いカルチャーショックを受けた。
真剣な目をする古沢さんを見るに、ふざけているというわけではなさそうだ。
世の中の多数派とは言わないにせよ、こういう考え方もあるのか。
一度ちゃんと付き合ってみてから、自分の中にある「好き」という気持ちを確かめる。
もっともらしい選択肢であるような、とんでもない方法であるような。
理屈はともかく、感情的には受け入れがたい手段である。
いまいち考えが整理できずに難しい気持ちでいると、意図的なのか、古沢さんが明るい調子で言ってくる。
「好きな相手なら小難しいことは考えずにアタックすることも大事でしょ? 一番なんて簡単に変わるんだから、誰だって。自分だけじゃないよ、好きだと言ってくれた相手だってすぐに心変わりするんだ。なら両想いになるタイミングを逃しちゃ駄目だよ」
「古沢さんの考え方を否定はしないよ。でもね、俺には一つだけはっきりしていることがあるから」
「それは何?」
「変わらない愛を見つけたい。自分の中にも、相手の中にもだ。だからこっちからは精一杯の誠意を見せなきゃ駄目だと思う。この世界の誰より一番好きで、これからもずっと好きだと誓えるようにならないと」
「ふーん……」
青臭いことを言ってしまって笑われてしまうかと思ったけれど、意外にも真面目に受け止めてもらえたようだ。
それどころか、なるほどと感心さえされそうになる。
指を鳴らして彼女はにやり。
「つまり本物の愛ってわけね?」
「愛に偽物や本物があるかどうかはともかく、陳腐な表現をするならそうなるね。他にどう言えばいいのかは、これからの課題だ」
「私もそれくらい本気で愛されたいと思ってた。恋愛なんて一方通行、時には捨てられて上等なんて思ってたけど、やっぱりそれくらい真剣に向き合ってくれる人に必要とされたい。だからもう一度言うよ、乙終君」
不意に手を取られて、何かに燃えている彼女の熱が伝わってくる。
「恋人になろうよ、私たち」
今度こそは本気だと、あえて尋ねるまでもなくわかった。
だから、こちらもきちんと答えるべきだろう。
「ごめん。付き合うことはできない……」
はっきり告げる気持ちに反して、語尾は弱々しくなる。女性からの告白を断るなんて、まるで自分が失恋しているみたいだ。この痛みを彼女にも与えているのかもしれないと考えるだに、息苦しいような罪悪感に包まれてしまう。
よく知らないから彼女の告白を断ることになるが、なにも嫌いだから拒絶するわけではないのだ。
「そっか、残念。でも私がそう簡単に諦めると思ったら大間違いなんだなぁ~」
愛って勝ち取るものだから。
そんなことを言い残した彼女は俺の手に口付けて、上機嫌な足取りで教室を後にした。
パタンと閉じられたドアの音は放課後の教室に大きく響いて、なんだか俺は大変なことに巻き込まれたのではなかろうかと思うのだった。