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12 赤松の告白

「それは――失恋への予防線だったのかもしれないね」


 自由を与えられた生徒たちの喧騒に包まれた昼休み、植え込みと花壇に囲まれた中庭の片隅で。

 今日も今日とて浮かない気持ちで一日を過ごしていた俺を見かねたのか、頼れるクラス委員長として復活を果たしていた峰岸さんが声をかけてくれ、一緒に弁当を食べようと誘ってくれた。

 なんでも、五月病の件でお世話になった恩返しだということで、今度は俺の相談に乗ってくれるらしい。これも飾らない同盟のよしみというわけだ。助けてくれるというのならば、なんともありがたい話である。

 さて、飾らない同盟を結んでいるからには、相談する内容を飾ったって仕方がない。彼女の前で見栄を張っても実際に俺を苦しめる悩みそのものが変わってくれるわけではなく、粉飾決算などは犯罪だ。

 俺は榎本との一件について、包み隠さず相談した。

 峰岸さんは榎本に恋をしているらしいので、彼女のことについて相談していると少しだけ不機嫌な顔つきになった気がするが……。

 とにかく俺は彼女をなだめながら相談する。


「失恋への予防線?」


「そう。失恋するくらいならって、その最悪の事態を避けるために、あえて答えがはっきり出されない離れた場所に自分を置くの。逃げるの。交際に発展する可能性が遠のくけれど、ゼロにはならないから。それって希望が残るということ。失恋は痛くて苦しくて悲しいものだけど、恋はね、たとえ片想いでも、可能性が続く限り私たちを幸せにしてくれるの」


「つまり、えっと、榎本さんは失恋を恐れているってこと?」


 核心に迫る部分をついたところ、峰岸さんは恥ずかしそうに人差し指を振った。


「か・な」


 いきなり何事かと思ったが、さては榎本のことを加奈と呼べとおっしゃるか。


「加奈ちゃんは……って、これはやめておこう。だって榎本さんは飾らない同盟とは無関係だから、なにも下の名前で呼ぶ必要はないよね」


 なにしろ恥ずかしい。


「必要がなくても下の名前で呼んであげればいいのに。オッチー君が名前で呼べば喜ぶと思うよ。たぶん私が嫉妬するくらいに」


「え、嫉妬はやめて。だったら峰岸さ……マリカちゃんが下の名前で呼んであげればいいんじゃない? 加奈ちゃんって呼んであげたら喜びそうだよ」


「か・な・ちゃん。……うわぁ! やだっ。恥ずかしい」


 可愛らしくキャッと言って、両手で顔を覆い隠してしまった峰岸さん。面と向かって榎本のことを加奈ちゃんと呼ぶ場面を想像したらしく、それだけで顔を真っ赤にしてしまった。

 さすが恋の病だな。俺も同じくらい顔が赤くなる可能性があるので、やはり名前で呼ぶのはやめておこう。

 妄想たくましい彼女が落ち着くまでは話を進めることも出来ないので、ひとまず俺は途中まで食べていた弁当に集中することにした。

 高校生になってから俺のために毎日作ってくれている姉さんの手作り弁当だ。

 おいしい。


「やっぱり榎本さんはオッチー君のことが好きなのかな?」


「ぐふぉっ!」


 ご飯を喉に詰まらせかかった。危うく窒息死するところであった。


「だってそうとしか考えられない。彼女に恋する私としては悔しいけれど、彼女のことをいつも見ている私の勘がそう言ってる」


「でも! でもでもっ!」


「彼女に好かれているかもしれないって自覚はないの? もしかして俺に気があるんじゃないかって思うこともないの? 実を言うと、オッチー君も意外とまんざらじゃないんじゃないの? というか好きでしょ」


「ちょ、ちょっと待って!」


 立て続けに猛攻を受けてノックダウン寸前となり、くらくらと頭が混乱しそうになる。

 食事どころじゃなくなって、箸を握ったまま右手が止まった。つばを飲んで息を呑んで固唾を呑んで、あらゆる言葉さえ飲み込んだ俺は黙り込む。


「でも私は榎本さんがオッチー君のことを好きだったとしても、それはそれで彼女を愛せるかな。誰かに恋する榎本さんに、私は密かに恋するの。決して届かないと知りながら……ああ、身を焦がして死んじゃいそう」


 よくわからないが、どうやら俺が一人で混乱している間に峰岸さんは自分の世界に入り込んでしまったようだ。すぐ隣にいる俺のことを忘れて、妄想を楽しみ始めた。にへにへ笑っているので幸せそうなのは結構なことだが、ちょっと不気味だ。

 しばらく放っておこう。

 この隙に弁当を美味しく食べて、早起きして作ってくれた姉さんに感謝。

 満腹ついでに暇になったので峰岸さんのほうを見てみると、彼女は自分の体を抱いて、うっとりと夢見心地に「かなぁ……!」などと榎本の名前を情熱的に呼んでいた。いよいよ妄想も佳境らしい。

 人目をはばかっていないが、さすがに飾らなすぎではなかろうか。


「ところで峰岸さん、そろそろ大丈夫?」


「ま・り・か」


「急に素に戻ったな……」


 などなど、そんなやり取りがあって、しばらく雑談で時間をつぶすことになった俺と峰岸さん。飾らない同盟を結んでいるだけに、お互い気を使わなくていいので気楽だ。

 そろそろ昼休みも終わりに近づいている。折角の相談タイムを無駄に浪費してしまうだけなのでは心寂しい。

 ものは試しだと、俺は思い切って頼んでみた。


「あのさ、マリカちゃんが俺の代わりに聞いておいてくれないかな。その、榎本さんの気持ちについてとか……」


 誰かの気持ちをはっきりさせるなんて、恋愛以前の人間関係にさえ臆病な自分では難しい行為だ。人任せで卑怯な気もするが、やってくれるなら心強い。

 しかし峰岸さんは首を左右に振った。


「んー、いやだ。榎本さんの気持ちを確認する? できないよ、やっぱり私が一番じゃなきゃショックだもん。それに尋ねる勢いで私から告白しちゃいそうだしね。だから榎本さんの気持ちを確かめたいならオッチー君が自分で聞いてね。そしたら私に教えてよ、結果だけでもいいから」


「……やっぱり駄目か。ごめんね、変なことを頼んで」


「結果だけでも私に教えて」


「いや、俺も聞かないよ。だからごめんってば。そんな非難がましく見ないでよ」


「結果! そう、結果だよ! 私も結果が知りたくなっちゃった! 彼女の気持ちが知りたい!」


「ちょ、あんまり暴れないで! そんなに騒ぐと人が寄ってきちゃうよ! このままじゃ変な奴らだと思われるってば!」


 変人だとか変態だとか思われるのは困る。それは頼れるクラス委員長たる彼女も同じだろう。

 ひときしり悶々と暴れまわった峰岸さん。ようやく満足したのか疲れただけなのか、クールダウンして落ち着いたところで俺はベンチに座らせた。


「んぅ~!」


 するとどうだろう。

 なにやら両目をぎゅっとつぶって唸り始めた峰岸さんは自分の胸を両手で押さえて、息苦しそうにした。あたかも我慢ならないことでもあるかのよう。

 欲しいものに手が届かなくて地団駄を踏む子供みたいだ。


「ど、どうしたの?」


「榎本さんとチュウしたい!」


 ワーオ、びっくり。本当に飾らなくなったな、峰岸さん。この言葉を榎本が聞いたらどう反応するのか見てみたい。さすがに悶絶するかも。

 欲求不満な榎本は普通に受け入れそうだから怖いけど。


「どうしたらいいかな、教えて! じゃないと私、おかしくなっちゃう!」


 もうずいぶんおかしいが、面と向かってそれは言えまい。


「キスはともかく、軽い感じのハグくらいならできるのでは? どうしてもチュウじゃなきゃ駄目っていうくらい重症なら、友達同士のスキンシップな感じで彼女の頬に口付けをしてみるとか」


「なぁる、なるなる、なるほど~」


 とりあえず適当に言ってみたアドバイスを真に受けたらしく、いたく感心している。夢見るみたいに視線が上を向いているのは、ひょっとして予行練習を妄想しているのか。


「我慢できないし、今からやってくる! ギュッとして、チュッして、ムフフ!」


「せめてムフフはこらえよう!」


「じゃあ、ゲフフ!」


「もっとひどい!」


 うふふと幸せそうに笑って駆け出した峰岸さんは脇目も振らず一直線に教室へ向かったらしい。もうすぐ昼休みが終わりそうだが、このわずかな残り時間で榎本との逢瀬を堪能できるのだろうか。

 ……できるのだろうな、今のハイテンションな彼女なら。







 こうして峰岸さんにも相談に乗ってもらったのだが、結局、なかなか俺は自分の考えをまとめることが出来なかった。できなかったというか、やらなかったといったほうが近い。

 そもそも俺は疑問に思っていた。

 自分が抱いている複雑な感情の一つ一つに白黒を付けるべきだろうか?

 たくさんの相手がいる関係性について、その一人一人に対する好き嫌いといった感情の数値に明確な優劣を付けるべきだろうか?

 些細な疑問がさらなる疑問を呼んで、いつしか俺は答えの出ない思考迷路の悪循環に陥ってしまっていた。こんな不安定な精神状態ではうまく会話することもできないと、この数日は榎本とまともに顔を合わせることさえ避けてしまう。

 もちろんサークルに榎本が顔を出すことはなかった。

 幸い今日はサークルの予定がない。ぼんやり席を立とうとした俺だったが、そこを赤松に呼び止められた。気が付かない振りをして足を止めずに廊下に出ると後を追ってきて、どこか人のいない場所に移動して二人で話そうという。

 二人きりというのが意味深だったので断ろうとも思ったが、いつも陽気な赤松にしては珍しく深刻ぶっていたため茶化すのはやめた。

 こういうときの赤松は俺にとっての悪い種をまいてくる。面倒だからと後回しにするのは危険だ。

 特別教室棟の最上階の果てにある教室。授業も終わっているこの時間では、誰も訪れないであろう薄暗い雰囲気の地学室。

 鍵を開けて全開にした窓の枠に手をかけて、やや強い風を顔に感じるなど、普段よりも意識的に口数を少なくした赤松はクールに気取っていた。ダークヒーローでも演じているつもりだろう。似合わないが、指摘すると怒る。


「これからの人生で、俺とお前の間にあと何回夜が来ると思う? あと数時間もすれば残りのうち一回を消費するぜ。代わりのきかない一度きりの夜さ。今から星が騒いでやがる」


「キザなセリフが思いつかないのなら無理をするな。普通に話してくれ。見ていて痛々しいぞ」


 フフッと鼻で笑う赤松。いささか挑発的である。


「痛々しいとは誰のことだ? 間違っても俺じゃないぜ。そう、お前のことだ」


「俺が痛々しい? どこが?」


 痛々しいと指摘されて俺はきょとんとする。たぶん俺に何か言いたいことがあるのだろうが、言い回しを含めて意味がわからない。

 ついにおかしくなったのか。


「お前はおびえているのさ……。夜を怖がる幼子おさなごのように……」


「その言い方は腹が立つからやめろ。録音して歴史に残すぞ」


 これ見よがしにポケットからスマホを取り出して見せつける。子供じみた脅しだったが、これが意外にも効果覿面だったらしく赤松はうろたえた。気取った自分のセリフが録音されてはならぬと負けを認めたのか、渋々ながらも「わかったよ」と頷く。

 なにしろ録音した自分の声というものは、いざ聞いてみると自分の声とは思えない奇妙な響きを持っていて、言い知れぬ恥ずかしさと違和感に悶絶してしまうからな。それで変なセリフを言ってしまったとなれば心へのダメージはでかい。


「たとえるなら迷える子羊。なるほどアイデンティティ確立のテーマとしては絵になるな。しかし観賞用だぜ、面倒くさいフィクションは。現実問題として、自分のことにさえ要領を得ない迷い人がそばにいられると迷惑なのさ。迷子の子猫ちゃんは猫のおまわりさんに出会うべきだったな、生真面目な犬の手には余る」


 おい赤松め、全然わかってないじゃないか。

 相変わらず遠まわしで回りくどい言い草だ。気に食わない。


「お前が犬ということはわかった。だが、それ以外がわからんな。つまりお前が俺を呼び出した理由はなんなんだ?」


「へぇ? それを聞くか」


「当たり前だろう。へぇ? とか意外そうな顔をするな。むしろ聞かれないと呼び出した意味もなくなるぞ」


 もどかしさもあって、問い詰めるべく窓際へ近寄ろうとすると、ストップと言いながら右手を前に突き出した赤松が俺の動きを制した。


「美馬に告白したぜ」


「……は?」


 意味がわからなくて思考が停止する。今のは赤松からの簡潔な報告のはずだが、それを理解することをためらっているような感覚が俺の胸をもやもやとさせた。


「わからないようなら、もう一度はっきりと言ってやろう。俺が、美馬に、告白をしたのさ。お前のことが好きだ、俺と付き合ってくれってな」


 内容とは裏腹に淡々とした口調だ。俺たちにとっては重大事件と言っても過言ではないが、それを感じさせない淡白さがあった。

 これは演技なのか? わざと軽い調子で言っているのか? あるいは戦略?


「あのな、赤松。いくらなんでも冗談なら付き合いきれないぞ」


 訝しげに目を細めると、それをあざ笑うかのように赤松は肩をすくめた。首がかゆいのではないらしい。お人好しなところもある赤松の性格からして、混乱している俺のことを哀れんでいるのかもしれない。

 ぴしゃりと窓を閉めてカツカツと足音を立てながら歩み寄ってきた赤松は、呆然と立ち尽くす俺の肩を叩く。

 そして肩に手を乗せたまま、棒立ちする俺の耳元に口を寄せてささやく。


「冗談だなんて冗談だろ? いたって本気さ。いつだって俺は自分の気持ちについては正直で真剣だからな。……お前とは違う」


 赤松は「お前とは違う」と言い切った。ためらいのない断言だ。

 そう断言できてしまうほどの確信と成長が赤松にはあるのだろう。精神的に同じレベルだと信じていた親友に遠くへ行かれた寂寥感が、ぞわぞわと不気味な妖怪のように胸に広がってきた。

 よりにもよって告白した相手が美馬だというのである。

 俺と赤松と、小学生のころはいつも一緒にいた幼なじみの女子。変わらないはずだった友情。遠慮なく何でも言い合っていた関係。

 なのに、なんだか俺だけが知らぬ間に仲間外れにされていたように感じた。


「いつからだ? いつから美馬を好きだった?」


 おされてはならない。

 内心では腰が引けつつも、同等の立場で質問を投げかける。

 強烈な一撃を受けながら負けを認めたがらない悪役のごとく、自分より一歩先を進まれたことを認めたくない俺は負け惜しんでいた。

 何に? 自分でもよくわからないが、ここは強がるしかない。

 動揺は見せない。決して。


「野暮なことを聞いてくれるぜ。いつからなんて、そりゃ小学生のころからさ」


「小学生だと! しょ、小学生って、お前……」


「ああそうだよ、美馬は俺にとっての初恋さ。打ち明けてしまえば、今日まで俺は美馬に片想いを続けてきたのさ。だがよ、同時に恐れてもいたぜ、ずっと」


「お、恐れていたって? お前が何を恐れるのさ?」


 今動揺しているのは俺のほうだ。まさか精神的に同レベルの親友から初恋の相手を打ち明けられるとは思っていなかった。

 フィクションじみていたことが、急に現実感を持って立ちはだかる。

 恋愛という出来事に、色恋沙汰に、その運命の選択と決断に、今の俺は身構えてなどいなかった。まったくの不意打ちである。


「お前だよ、乙終。お前の存在だ」


「……俺の存在? お前が俺を恐れていたと言いたいのか?」


「わかっていないみたいだな」


「全然ちっとも、さっぱりな」


 嘘ではない。赤松が俺を恐れる理由なんて心当たりがないのだ。

 あいつが昔おねしょしたことを知っているからか? それを言いふらされたくないとか?

 しかし、そんな子供だったころの失敗談くらいで恐れるタイプじゃないはずだ。

 いや、実は一つだけ心当たりがあるにはあるのだが……。


「お前と離れていた中学生のころだ。俺は一度、美馬に告白をしている」


「うわっ、さらっと言いやがった! びっくり! そんな重大な話、俺は聞いてないぞ!」


「うるさいな、だから今してやってるだろ。話しがいのあるリアクションは嬉しいが、ちょっと黙ってろ!」


「うむ!」


 とにかくここは先を促そう。その先にこそ赤松の本題がありそうだったし、なによりも俺が気になる話だ。素直に最後までちゃんと聞きたい。

 黙っていれば勝手に喋ってくれそうだしな。


「そんなこんなで美馬に告白をしたはいいものの、当時の彼女からは明確な答えがもらえなかった。自分の気持ちに決着を付けられないからって、あいつに告白した俺は高校生になるまでとの期限付きで答えを保留されていたのさ。なぜだかわかるか?」


 高校生になるまでの期限付きで、告白の答えが保留されていた理由。

 美馬が自分の気持ちに決着を付けられないと言った理由。

 なぜ赤松が俺にここまでのことを言ってくるのかという理由。

 様々なことを考えて、悩んだ末、結局は答えを濁すことにした。


「……わからないな」


 自分でも驚くほどに声は小さかった。

 責めるでもなく、赤松はため息を漏らした。


「だったら、お前はバカなのさ。やっぱり、どうしようもないほどに……」


 正真正銘のバカだよな。そう続けて、再びのため息を重ねる。


「でも、そういうバカって嫌いじゃないぜ」


「だったらあんまりバカバカ言うなよ。俺だって傷つくぜ」


「バカはバカだからバカと言われても仕方がない。だから本気でバカと言われたくなければ、お前は変わるべきだろ。意地悪で言っているんじゃない。これはお前の親友として、俺が正直に思ったことだ。最近のお前は迷っているみたいだったからな。余計なお世話だろうが、動かしてやるべきだと思ったぜ。お前を動かしたいと俺が思ったのが一番の理由だが、どちらにせよ――」


 たじろぐ俺の鼻っ面へ目掛けて、ビシッと人差し指の先を向ける赤松。


「俺は改めて美馬に告白して、ようやく一つの答えをもらった。それだけは教えておくぜ」


「そんなこと、俺に教えられたって……」


 気まずくなるだけだ。何かが、どうしようもないほどに気まずく、重苦しく。

 反対に晴れやかな雰囲気を見せる赤松はどこか、当てもない遠くを見て呟いた。


「この四月にみんな高校生になって、もう六月だ。お前と一緒のクラスになって、今日までは待った。俺と美馬は二人で待っていたんだぜ」


「待っていたって、何を?」


「お前をさ。今のお前が何を考えていて、何をやろうとしているのか。それを俺たちは知りたかった。友達として、それから、一人の男としてのお前を」


「……知って、それでどうするつもりだよ? 笑いたいのか?」


「そんな不機嫌な顔をするなって。これでも心配しているんだからさ。……はっきりしろよ、乙終。でなきゃ、なにもかもを失っちまうぜ」


 俺に打ち明けた意図はともかく、本気で心配してくれているのだろう。


「すまん。俺は、ただ……」


「よせよせ」


 言い訳や謝罪は伝えるべき相手に伝えてやれと、依然クールに気取っている赤松は俺に冷たく言った。

 それもそうだと思わされた俺は納得して口をつむぐ。


「とにかく俺から言うべきことは言った。……そうそう、お前に美馬からの伝言を預かっているぜ」


「……伝言?」


「話がある。だから一人で会いにきて、だそうだ」


 出口へ向かった赤松は俺の顔も見ずに言い置いて、背中を向けたまま手を振って立ち去った。あとには西側の窓から差し込む夕日に輝きながら舞うほこりをちらちら含んだ、やけに静かで水中みたいに重い放課後の空気だけが残された。

 あえぎたいほど息苦しい。静謐せいひつなるいたたまれなさだった。

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