10 ラブストーリーの乙終
五月下旬の休日にして、今月最後の日曜日。
この日も我が実践文芸サークル「オモイツカナイ」の集会が開かれた。
ご大層に「集会」といっても基本的に雑談するなどして遊んでいるだけなので、これは本当に文芸サークルなのか怪しい。あるいは文芸もピンキリということか。
たとえば著名な作家の作品群にも意味不明な実験小説が紛れ込んでいることがあるので、それを思えば素人の我々が喋ってばかりで筆を動かさないのも、文芸の懐の広さで許されてしかるべきだろう。
名前負けしているような活動実績のない名ばかりの組織といえば、なんとか委員会とか学会とか、ちょっと調べれば大人の社会にもたくさんありそうなものだが、こういったものは発言力がなく立場の弱い若者ばかりが批判されるものだ。
といっても真面目に活動していないのは事実なので批判は甘んじて受けるしかないのだが、我々はお金をむしりとっていないだけ善意があると思ってほしい。外部への宣伝が上手なところは実態が伴っていなくても立派な組織として認められるだろうに、悲しいものだ。
こうなったら文芸サークルとしての体裁を整えるために、内容はともかく同人誌のような会誌だけでも作ったほうがいいかもしれない。時として世間は結果や成果ではなく、そこに至るまでの経緯を尊重するものだ。
そんなことをだらだらと主張した。だらけたサンデーの午後である。
「文芸サークルなのだから会誌を作るのは当然。むしろ誰かが率先して小説を書くべき」
「でもさ美馬、努力や苦労なしには小説なんて完成しないんだぞ? もちろん作るのは作ったほうがいいし、書けるなら書いたほうがいいけれど、素人が考えている以上に何かを作るのって大変だからな」
「バカオッチー、今さら当たり前のことを言わないで。大変なことを頑張るためにサークルを結成したのでしょう? なんのための文芸サークルか考えなさいな」
「……ごもっとも」
「もう、部長のオッチーが受動的な態度でどうするの。ちゃんとして」
「すごくごもっとも」
ぴしゃりと言いくるめられて納得せざるをえない。大変だからといって文芸的な活動を否定すればサークルの存在意義を否定するも同じことなので、やると言われれば余計従順になるしかなかった。
いっそ部長は俺じゃなくて美馬のほうが適任なんじゃないだろうか。足を組んで腕を組んで気難しい顔をして、まるで若手の敏腕編集長だ。あれやこれやと余計な口出しを一切せず、じっと黙って俺たちの会話を見守っている雰囲気からして、たぶんみんな従うぞ。
あけすけでクールで勝気なところもあるからこそ、性別を越えて付き合いやすくある反面、ひとたび怒らせたら美馬は怖いのだ。怒るといっても理不尽に怒ることはない点と、翌日まで機嫌の悪さを引きずらないところは可愛げがあるけれど、それはそれ。
お互いに遠慮のない幼なじみであるがゆえに対処が難しい。
「というわけで、この文芸サークルとしては……」
「ちょっと待って、美馬ちゃん。厳密に言えば私たちは文芸サークルじゃなくて、実践文芸サークルね」
どうでもいいことで横槍を入れてきたのは榎本だ。本人にとってはどうでもいいことじゃなくて重要なことかもしれないが。
とはいえ俺としても気になるといえば気になる。ここで適当に流されて話題が別のものに変わってしまうと、後から思い出したように質問するのも面倒だ。
ぽかんとした美馬が何か答える前に、俺も横槍を入れることにした。
「榎本さん、実はずっと気になっていたことがあるんだけど」
「はいどうぞ、何でも聞いてほしいのね」
「実践って何?」
これは俺の問いかけだったが、決して俺だけが感じていた疑問だったわけではないらしく、テーブルを囲んだ全員がそれぞれに顔を見合わせた。そして示し合わせたように榎本へと熱い視線を集中させる。
彼女に恋焦がれているのではない。彼女の答えを待っているのだ。
「よくぞ聞いてくれました乙終君。私も言いたくて言いたくて仕方がなかったことですよ」
そう言って胸をそらした榎本は誇らしげに大威張りする。
頼もしい姿は堂に入っている。
きっと彼女なりに考え抜かれた哲学があってこその実践文芸だろう。ただの文芸とは違う、その実践部分とは何か。それを榎本は得意になって語ってくれるに違いない。
「実践とは……」
ややあって、彼女の導き出した解答はこうだ。
「語感がいいから付けたけど、自分でもわかんないや!」
「わかんないやって、これも思いついてなかったのか!」
「あん、やん、怒らないでよ~」
身をよじって嫌がっているポーズをしているが、弾んだ声で喜んでいるのが丸わかりである。もはやマゾ属性を隠そうとしていない。吹っ切れたのか、自分でも気が付いていないのか、なんにせよ彼女の将来が心配だ。
なぁ榎本よ、君もいずれ母になるのだぞ。それでいいのか。
……いいかもしれない。マザーからMを取ったら他人になっちゃうというから。
「あ、もしかしたら峰岸さんが知っているかも!」
「知っているも何も、実践文芸なんて榎本さんが考えなしに付けちゃっただけでしょ? そんな無茶振りの丸投げ、下請けに任せてばかりの無責任な企業みたいだからやめてあげて」
あとは知りませんじゃ駄目だぞ榎本。きっちり責任は取るべきだ。でないと株は下がる。
「いいえ、乙終君。私は知っています」
「……なんと!」
驚いた。あろうことか峰岸さんは、サークル名を考えた本人である榎本が知らないことを知っていると言い出したのだ。しかもちょっと食い気味に買って出たではないか。これはひょっとするとだが、彼女は好きであるという榎本にいいところを見せたいのかもしれない。
だとすれば可愛いな。好きな人のために努力するのはいいことだ。
「さすが頼れるクラス委員長! 困ったときはこの人さん!」
「こ・まっ・た・と・き・は……」
「感心するのはいいけど名前で呼んであげて! 峰岸さんが改名しちゃう!」
責任を丸投げした榎本は引き受けてもらえて喜色満面、一方で名前で呼んでもらえず素直に喜べない峰岸さんは半分ほど落胆した気分。
しかしなぜ榎本なのだ……。
悪い奴じゃないが、まさか峰岸さんが惚れるなんて。
「まーまー。とりあえずマリカの話を聞いてみたほうがいいんじゃない? 彼女が頼れるのは本当のことだし」
とは美馬の意見だ。おおむね同意である。
おおむねじゃなくて美馬は小胸だが――にらまれた。
ギリギリBね、わかったよ。Bでも小さいが。
たとえ一般的に小さいとされるAカップでも、性的な魅力は胸の大きさだけをよりどころとしているわけではないのだし、性的というか性格的に男に媚びない美馬は女子として格好いいと思うのだが、どうして見栄を張りたがるのだろう。
しかし本人は自分でネタにするくせにバストサイズを必要以上に気にしていて、毎晩えっちらおっちら胸部のマッサージを欠かさないのだという。
自分の手で、自分の胸を、優しく丁寧な仕草で熱心に揉む。
もやもやと気をもみながら、大きくなれと胸も揉む。
これは美馬に相談された姉さんがうっかり俺に漏らした極秘情報だが、そんな夜の日課を知ってしまった以上、小学生からの幼なじみとしては彼女の精神状態が心配である。こじらせてしまう前に、いっそ誰かが彼女を救ってあげたほうがいいのではないだろうか。俺でよければ気にしなくてもいいのにと言ってもいいが、美馬は俺には意地を張るタイプなので逆効果な気がする。
そんなことを彼女の幸せのためを思って一人悩んでいると、それを知ってか知らずか、美馬は冷たい口調で「こっち見んなエッチオッチー」と言ってそっぽを向いた。どうやら考えるあまり胸を凝視していたらしい。小さくて気付かなかった。
……それはさておき、注目すべきは峰岸さんの回答である。
タイミングよく考えがまとまったのか、勢い込んで立ち上がる。反応が気になるらしく榎本をチラチラと見ているが、見られている榎本はわくわくと目を輝かせているだけだ。
「いいですか? 文芸とは読んだり書いたりするだけでは不十分なのです。文章の深い理解と表現には、それを裏付けるに足る体験、すなわち実践が必要不可欠といえるでしょう」
なるほど、もっともらしい理屈である。
この場で考えたとは思えない饒舌ぶりだ。
「何かを文学的に表現するためには、まずは確立された自我が主体として心の中になければなりません。言うまでもなく自我の形成においては知識と経験がものを言います。豊かな知識と経験を得るためには、やはり実践が一番でしょう。どんなに出来が良くても他人の受け売りや想像上の御託ばかりでは、誰も感銘を受けませんからね」
すべてがそうとは限らないだろうが、彼女の言うことは正しくも聞こえる。
言っている内容そのものより、言っている彼女がもっともらしい振る舞いと口ぶりをしているからだろう。これも彼女の魅力か。
「よって、私たちは実践を重視するのです。もちろん最終的には文芸を理解するための実践です。あれもこれも実践して、文芸サークルの目的を見失っては本末転倒ですからね」
と、これで結論だ。
短い時間で上手いこと考えた。最初から想定されていたかのような説明である。
黙っていればいいのに黙っていられない赤松が、彼女の説明に対して余計な結論を付け加える。
「つまり、文芸という大義名分のために色々なことをやってやろうってことか? 遊びとかイベントとか、このメンバーでやろうぜってことだろ? 実践文芸なんて名前は書類上の建前で、本音のところは娯楽サークルみたいなもんか」
「……今のところはね」
このサークルを背負う部長としての発言は、これが精一杯である。これ以上のことには責任を負えない。これから我が実践文芸サークルがいかような活動に手を出していくのか、それはまだ全然わからないのだ。
今晩にでも顧問である姉さんに相談しておくことにしよう。
とりあえず現時点で俺たちが言うところの“実践”とは、文芸的な活動やテーマを実際に体験してみることに他ならない。そう説明すると意義深いように聞こえてくるが、ようは「みんなで集まって色々なことをやろう」と言っているに過ぎないので聞き流してよい。
文芸をダシに使っている。文士に怒られる。先んじて謝っておこう。ごめんなさい。
で、ここから問題となるのは、じゃあ具体的に何をするかということだ。
いつまでも雑談ばかりでは実がないだろう。せめて将来的に花を咲かせそうな種をまいておきたい。若いうちにだけ得られる糧もある。
言い出した者としての責任だろうか、これには峰岸さんが一つの指針を与えてくれた。
「五感を鍛えておくのは面白いかもしれませんね。色の違い、香りの違い、ものの手触りや温度、そして味……。文芸はともかく、そうすると精神的に豊かになりそうですから」
「価値観や人格って、その人が育ってきた環境の影響を受けるとか聞いたことがあるわ。だったらあらゆる環境や経験を想定して擬似的に実践してみれば、いろんな価値観が自分の中に生まれそうじゃない? たくさんの人と出会い、たくさんの場所に行き、思いついたことは選り好みせずにやってみる。それが重要ね」
と言って、峰岸さんに言葉を続けた美馬が大見得を切った。みんなを感心させたいのかもしれない。腕を組み無理をして胸を張るのはいつものことだが、正直可愛く見えてきた。
なので俺は美馬に相槌を打っておく。
「文芸というか、それはもう人生だよね。実践人生サークル」
「そうですよね。実践する人生。意味はよくわかりませんが素敵です。それぞれの人生がそれぞれの価値観を作って、その価値観にしたがって様々な文芸と触れ合うのですから」
頼れるクラス委員長の峰岸さんがそう言うのならそうだろう。そんな気がする。
「とはいえ、差し当たって具体的な計画がないと何も出来ないな。ということで、何でもいいから文芸を考えるのにふさわしいテーマない?」
肩書きだけでも部長であるからには、こういった提案もせねばなるまい。
編集会議の進行役になった気分で列席者の顔を見回す。誰か何か言え。
難しそうな顔をして考える峰岸さんが優等生らしく難しいことを言おうとする。
「それじゃあ……。戦争と平和?」
「そんなタイトルの小説あったね。でもどうかな、最初のテーマが戦争と平和っていうのは重いかもしれない。文学のテーマとしてはふさわしいものだれど、もっと取っ付きやすいものにしておかないと続かないと思うな。たぶん峰岸さんだけだと思うよ、この中で真面目に考えられるのは」
「いや、俺も考えられるぞ」
と言った赤松の声は風のように通り過ぎていった。
「考えられるだけで答えは何も出せないから別にいいけどさ」
別にいいらしいので誰も反応しない。
悩んでいた榎本がぼそっとつぶやく。
「よくわからないけど、文学的なテーマかぁ……。とりあえず一番好きな本のタイトルだったら『失われたときを求めて』かな。かっこいい」
確かにかっこいい。小説だけでなく映画などでもそうだが、海外作品は英語の題名を響きそのままにカタカナにするだけよりも、日本語訳したものの方が個人的には好きだ。
「でも榎本さん、それ長くて難しそうだからって中学のとき貸してあげたのに読んでないよね。もうそれタイトルが好きなだけなんじゃん。頑張って本文書いたプルーストも泣いてるよ」
会ったこともないけどな。
こうやって作り手の意志や感情を勝手に代弁するファンが実は一番厄介だったりするんだよな。作家や出版社が求めてもいない自警活動を始めて結局は作り手側を困らせることになるから、今のは冗談にしても俺も今後は気を付けよう。
自省した俺が黙ってしまったので、代わりに峰岸さんが口を開く。
「プルーストといえば、記憶と嗅覚には深い関係があるそうですね。においで特定の思い出が想起されるとか聞いたことがあります」
「へえ……」
どこまで本当なのか知らないけれど勉強になる豆知識だ。
何かを触発されたのか、ぱちりと美馬が指を鳴らした。
「いい香りといえば、おいしいケーキの作り方とかどう?」
「それは料理部に行ってきて」
グルメを題材にした文芸作品は多いので完全に無関係というわけでもないが。
食べ物や料理の歴史は奥深く、文芸どころか文明史とも無縁ではない。
ただ料理は俺も赤松も全くできないな……。食べるのは好きだが。
その赤松がうんうんと頷いている。
「料理もいいが、これでも俺たちは文芸サークルなんだ。そして文芸活動にとって重要なものといえば、文章を書くために使われている言語だろ? だから英語とかドイツ語とかも勉強しようぜ。使えたらかっこいいじゃん」
確かにかっこいい。先ほどとは矛盾するようなことを言ってしまうが、小説とか映画で見かける英語やドイツ語のタイトルはやっぱり好きだ。特にアニメや漫画だと必殺技とかスキルとか呪文とか、英語やドイツ語が使われているとかっこいい。
「けど、その前に日本語を上手く使えないとな。話し言葉と書き言葉が違うというのもそうだけど、文章力を鍛えるのって難しいぞ」
「文章力か……。この前近くの書店に寄ったら『英語は助動詞で決めろ』みたいな本があったな。だからたぶん日本語でも助動詞が肝だ。文章力って助動詞なんだ」
そうだったのか……と、まるで悟りを得たみたいな顔をしている赤松。
でもそれ俺が見た時は『英語は代名詞で決まる!』だったぞ。
「よくある参考書のタイトルだけど、結局は全部覚えろって話だよね?」
「一番大事なのは『英語はピリオドで締めろ』だな」
「間違ってないけど、わざわざ本にすることじゃないぞ」
などなど、これはお遊びだ。いつもの雑談である。みんな退屈なのだな。
もう何もないかと思っていれば、意外にも真剣な顔をした榎本が、おずおずと手を挙げた。しかも気恥ずかしそうだ。
年頃の女の子みたいな表情をする。
「気になることといえば、それはまぁ、恋愛とか……」
なるほど恋愛ときたか。それは実に普遍的な文学的テーマだ。古今東西、恋愛をテーマにした文芸作品は多く、それを無視することはできない。
しかしどうだろう。あらゆるテーマの中で、ひょっとすると一番難しいものではないだろうか。恋にも愛にも相手が必要で、なにより自分の心が重要だ。
向き合うことを避け続けていれば、永遠に発見できない。今の俺には手に負えない気がしてならぬ。
「でね。恋愛といえば乙終君」
「……え、何?」
なんだかいやな予感がする。何を言い出すつもりなのだ榎本よ。
マゾ系女子のくせに、今はちょっと攻めた感じの顔つきだ。
不穏な気配を汲み取った俺は全身に力を入れて身構える。
「中学校の文化祭で――」
「わっ、バカ!」
叫んだ俺は慌ててソファから身を乗り出すと、精一杯に右手を伸ばし、ちょっと無理な体勢ではあったが榎本の口をふさいだ。そうすることで言葉が続くのを止めることはできたものの、愛する人をぞんざいに扱ったからだろうか、むくれた峰岸さんに半眼でにらまれる。美馬と赤松は怒ってこそいないが、目を丸くしているところを見ると驚かせてしまったようだ。
俺の手で口をふさがれた榎本はというと、嫌がるどころか嬉しそうで、抵抗さえしない。
冷静に考えるまでもないことだが、いつまでもこの態勢ではいられまい。
こほんと咳をしてソファに座り直し、平静を取り繕った俺はなんでもない風な顔をする。
「いや、お騒がせして悪かったね。……え、俺が榎本の口をふさいだ? まさか。悲しい誤解だよ。汚れていたから彼女の口もとを拭いてあげただけなんだ」
こういうことを言っておけば乗り切れるだろうと思っていたが。
「ずいぶんとテクニシャンね」
疑っているらしく美馬は軽蔑したような目つきで俺をにらんできた。怖い。確かに嘘をついたが、ちょっとした冗談なのに怒らなくても。
その隣でおとなしくしている峰岸さんは黙り込んだまま、もうにらむのはやめたのか、うるんだ瞳で俺を見ていた。どうして榎本に襲い掛かったのか、説明を求めているのかもしれない。適当なことを言えば怒らせてしまいそうだ。
「ごめん。ちょっとしたジョークだよ」
「ジョークであんなことやるのね。加奈もなんか喜んじゃってるし……」
喜んでいるというか、えへへと言い出しそうな顔の榎本は口元が緩んでいる。
「中学校の文化祭で、乙終がどうしたって?」
みなを代表して聞いたのは赤松だ。最近たまに影が薄いので、ここぞとばかりに目立ちたいのかもしれない。部長である俺の権限で、副部長に任命しておこう。
言ってもいい? みたいな表情で俺を見てくる榎本。言いたくてうずうずしているらしく、体も微妙にくねくねと揺れているので黙らせることは難しそうだ。
仕方がない。諦めた俺は榎本に言わせておくことにした。
たぶん彼女なら、不必要な脚色もなく事実を語ってくれるだろう。
俺の中学時代のこと。ちょっとしたつらい思い出。
とある理由があり、小学校を卒業するタイミングで新居に引っ越すことになった俺だが、すでに中学生だった姉さんともども、赤松達とは別の隣町にある中学校に通うこととなった。
知らない人ばかりの新しい環境、新しい生活。それはいい。
よくなかったのは、とにかく俺自身の問題だったのだろう。
家庭不和などと言ってしまうと大げさに聞えるが、そのころちょうど反抗期でもあった俺は気持ちの整理がうまくつけられず、家でも学校でも新しい環境に馴染むことができなかった。
みるみるうちに孤立して、学校では友達が一人もいなかった。
ただ、もともとおとなしい性格でもなかった俺は変なところで前向きで、友達がいないくせにじっとしていられなかった。
一人なら一人なりに行動したのだ。
ではそのアクティブさというか、中学生ならではの情熱や衝動というものが一体どこへ向かっていたかといえば、それは内側へと向かうしかなかった。なにしろ俺は孤独だったので仕方がない。外側に向けても反応がなく、誰も好意を返してくれないのだから。
内側にこもる熱意。
それは、こじらせると大変だ。こじらせた俺は文学に目覚めた。
たった一人の味方だった姉さんへの精神的な依存と、好きでもないのに小難しい本を読みふける日々。それが中学生だったころの俺のすべてだ。ニヒルを気取った痛い文学少年で、まったく友達のいないシスコン野郎である。
客観的に見れば気持ち悪い。主観的に見ても自己嫌悪するような現実だ。
ところが当時の俺は幼くて強情だった。
自分が絶対的に正しくて、すごくて、同年代の誰よりも一歩先に進んでいると、なんの根拠もなく妄信していたのだ。
「そう、あれは中学二年の秋。ささやかな文化祭のことだった」
思い出話に花を咲かせる榎本は抑揚たっぷりに、あるいは大切な記憶であるかのように語っているが、そばで聞いている俺のテンションは下がる一方だ。
お腹が痛くなってくる。耳をふさいで逃げ出してもいいだろうか。
「ぶらぶら校舎を歩き回っていた私は、とある冊子を見つけたのね。それは文芸部が書いたという小説で――」
それは当時の俺が一心不乱に書き上げた小説で。
「しかも、甘く繊細な恋愛小説だった」
榎本は優しいから、残酷なくらい親切だから褒めてくれるが、あれは実際、世間知らずに甘ったれているだけの文章で、筋書きも何もない、軟弱な小説未満のものだった。もはや語られてほしくないレベルの残念な出来栄えである。
へー、と、何も知らなかった赤松たちは興味深げに俺を見る。
それもそうだろう。なにしろ俺は一度だって彼らに小説を書いたことがあるなんて言ったことがないのだから。小説など読まずにゲームやおもちゃで遊んでばかりいた小学生のころをよく知っているからこそ、そんな柄じゃないと、意外に思える部分もあるだろう。
小恥ずかしくもあり、情けなくも思った俺は肩をすくめて静かに自嘲した。
「ラブストーリーの乙終だって、その一年はみんなから馬鹿にされたよ。付き合っている彼女もいないくせに恋愛小説を書いているなんて気持ち悪いと、よってたかってコテンパンにやられた。からかわれて、いじられて、関わっちゃいけないタブーみたいな扱いで男子からも女子からも避けられて、なんかもう……つらかった」
さすがに三年生に上がるころには飽きられたのか、からかっていたクラスの連中も段々と恋愛小説のことを忘れていってくれたが、あのとき面白おかしくからかわれてしまった俺は彼らと違って都合よく忘れることなどできなかった。
しっかりと根深い傷になり、ゆっくりと心の奥底まで沈んでいって、あれほど読んでいた小説すらも前ほど好きではなくなっていた。
「小説なんか二度と書くまい、そう思ったね。恋愛なんてやるもんか、って思ったのと同様に」
馬鹿にされて、気持ち悪がられて、居場所を失ってしまうだけだ。何が幸せか。
「そんなことが……。言ってくれればよかったのに」
先ほどまでの敵意に溢れる視線はどこへやら。穏やかな顔つきをした峰岸さんが優しく言ってくれた。俺とは飾らない同盟のことがあるから心配して言っているのかもしれないし、たとえ同盟関係になかったとしても、そう思ってくれるのかもしれない。彼女も榎本と同じように優しいから。
本音を言えば、このことは誰にも言いたくなかった。
しかし、それは逃避でしかなかったのかもしれない。ちゃんと向き合うべきことなのかもしれない。高校生になった今だからこそ。
「ごめん、もう大丈夫なんだ。なんと言ったって、過去の話だからね。今には今の俺があるよ」
我ながら知った風な口である。単なる強がりかもしれない。自分でもよくわからない部分だ。
とはいえ、現実に俺は新しい高校生活のため前向きな気持ちで踏み出しているのだ。いつまでも過去のことをうじうじと引きずってばかりもいられまい。
「でも、じゃあ、どうして文芸サークルを始めようなんて? つらいこと思い出しちゃうんじゃない? 平気なの?」
誰かと思えば、あの美馬が俺のことを心配してくれている。なんということだろう。あまりに珍しいので感動してしまう。珍獣を見たときの喜びに近い。
さて、これには俺じゃなくて榎本が答えてくれるらしい。
そういえば彼女はサークルの結成に人一倍熱心だった気がする。
何か考えがあってのことだろうと、俺は他人事みたいに聞いていた。
「文学部が唯一の居場所だったって、あのころの乙終君は言っていたから。それにね、たぶん、本当のところでは次の作品を書きたいんじゃないかなぁって」
「そういうわけでは……」
ないのかもしれない。ただ、文芸部の居心地のよさだけは本当だ。
当時は同じ部に姉さんもいたからな。
「私ね、あのころのこと覚えてる」
嬉しそうに榎本は語るが、そりゃあ、まあ、そうだろう。
たった一年や二年前のことだ。俺だって覚えていることは多い。
忘れたこともたくさんあるだろうが、大事なことは忘れない。
「ほら、あのころの乙終君、私にも色々と話してくれたじゃない?」
「そうだったかな……?」
「そうだったよ! だって、私、いつも……」
と、ここで榎本はもごもごと口をつぐんでしまう。
だって、と意味深に言いかけて、それに続く言葉が出てこない。
「結局、二人はどういう関係なんだ?」
黙っているままで会話に進展のない俺たちに痺れをきらせたのか、呆れた口調の赤松が割って入ってきた。
どういう関係とはどういうことだ?
質問の意味をとらえかねて、俺は即答を避ける。
同じく答える様子のない榎本は口を閉ざして目を伏せていた。言葉が見つからず困った俺が答えあぐねていると、「ええい早く答えろ」と言わんばかりに身を乗り出してきたのは意外にも峰岸さん。
「二人は……ええと、いわゆる恋愛関係にはないんですよね?」
なるほど榎本に恋をしているという峰岸さんだけあって、事態をうやむやにさせない核心に迫る問いかけだ。
たっぷり間をとって考えて、腹を決めた俺は一言、はっきり「ない」と答えた。
「大切な友達であることは確かだけれど、だからって榎本さんを特別な異性として好いているというわけではないよ」
そこまで口に出してしまってから、ここには榎本もいるのだと思い出した。
ちらりと控えめな視線で、おそらく今の言葉を聞いたであろう彼女の表情を確認してみる。どんな顔をしているのか、何故か怖いくらい気になった。
榎本に向けた目と目が正面から絡み合って、一瞬ふわふわと気持ちがさまよう。
待ってみたものの、彼女は何も語らないらしい。そう思っていると、ふっと息を吐き出して榎本は急に笑顔を見せた。それからピタンと音を立てて右手を額に当てた榎本は、どっさりソファに背中を預けて、前に投げ出した足を床から浮かせるとバタバタさせた。
子供みたいに、大げさに残念がるポーズ。
深刻にしないようにと、いつものお茶目な彼女の振る舞いだ。
「うわー。ショックだなぁ。本人を前にして好きじゃないとか言い切っちゃうなんて、さすが乙終君はマゾ殺しだね。ぞくぞくっと快感なくらいだよ。……で、それは本気で言ってるの?」
自分がマゾであることは隠さなくていいのかな、と心配したけれど、そんなことよりも彼女が元気そうだったので俺は安心した。欲求不満のなせる業なのか、泣きそうなくらい切なげに瞳を潤ませており、ペットショップで客を見上げる小型犬みたいに何かを求めていそうな気配がある。
ほしがっているとすれば、もっとひどい責め言葉か?
彼女の言葉に合わせるような冗談か?
なにしろ榎本はマゾ系女子だ。俺はそのための相談役なのだから、きっと優しい言葉なんて求めちゃいないだろう。
わざとらしく、あえて明るく、コメディチックに朗らかな感じで笑って答える。
「もちろん。必要ならもっと言ってあげるよ。いじるだけじゃなて、冷たい言葉とか、そっけない態度とか、そういうのだったらいくらでも」
「うん。楽しみ」
あっさりと言って、それきり押し黙る。どこを見るともなく、手を組み合わせたまま顔を伏せてしまった。
楽しみなら、もっと楽しそうにしてくれてもいいのに。
わかりやすいくらいに笑ってくれればいいのに。
どうしてそうしてくれないのだろう?
「じゃあ、オッチー。今、誰か好きな人はいるの?」
沈黙に耐えかねて尋ねてきたのは美馬だ。感情を感じさせない声。
からかわれているようにしか思えないので、こちらも気を抜かない。
「いないよ」
幼馴染の美馬にまで馬鹿にされたくないからと、少々意地になって答えた。
本音のところはともかくとして、そう言い張るのが正解なのだ。
「……好きな人がいないって、今だけ? それとも今まで一度も?」
ほんのちょっぴり不安や悲しみをにじませた美馬の言葉でそう問われると、昔に見た美馬の顔がよぎった。ちくりと胸に痛みが走る。
けれど俺は首を振って感傷を振り払った。
「イエスと答えておこう。今もこれからも、きっと、ずっといないままさ」
こういう話題はおどけて言うに限る。
深刻に捉えては傷を負うだけだし、真面目に考えさせては駄目なのだ。
ところが俺の不真面目な態度が気に入らなかったようで、ため息を漏らした美馬が表情を隠すように口元へ手を当てて、いかにも不愉快そうに眉をひそめる。
それを見て何かを察したらしい赤松が空気を変えるため手を打ち鳴らし、立つ瀬がなくなりつつある俺を手助けする調子で笑った。
「はっはっは、お前は姉が好きなシスコンだもんな。それに馬鹿だから、誰を好きなのか自分でもわからないんだろ」
「否定はしないでおく。あえて受け入れるよ、その不名誉な指摘のすべてを」
実際そうであるかどうかは別問題である。
シスコンだとか、馬鹿だとか、そう言っておけば楽なのだ。シスコンだから仕方がないという言い訳。馬鹿だから仕方がないという開き直り。恋愛などという正解のない巨大迷路の中で答えを探すことも、あるいは見返りじみたものを求められることからも避けられそうで、いろんな場面で重宝する便利な言葉だ。
それに姉さんが好きで何が悪い。
馬鹿で何が悪いのだ……と、これは悪いな。頭が。
「だが赤松、そう言うお前もシスコンだからな。ヤングのほうの」
「もしかして妹のことを言っているのか? ふふん、あいつは可愛いからな。惚れない奴のほうがおかしいのさ」
「可愛いのには同意するが、俺は惚れちゃいないぜ。恋愛なんてしない」
「誰にもか?」
「ああ、誰にもさ」
それが最善手の予防線。誰にも負けない千日手。惚れることさえなければ、恋愛で失敗することも傷つくこともない。恋をしないことで自分以外の誰かを傷つけることがあったとしても、だからといって、傷つけないために誰かを好きになるというのもおかしな話だ。
自己の流儀を再確認して愉悦に浸った俺は腕組みをして、余裕たっぷりにソファへと体重を預けた。安物で大してやわらかくもないソファに可能な限り深く沈みこんで、どこかの会社の重役ぶって座るのだ。
――誰にもさ。
そう、今の俺は、おそらく誰にも本気の恋をしていない。
していないはずなのだ。
もちろん性欲はあり、女性に対する憧れや一種の渇望じみた感情はあるけれど、それを直接的な恋愛感情に発展させないのが、正しい異性間交友といったものだろう。
大人たちは言うじゃないか、あれが不純、それが不健全、これが不適切と。誰とも一線を越えない気持ちの散らせ方は、だからきっと、決して間違いではないはずなのだ。
「……ごめん。私、帰るわ」
脈絡もなく切り出すのは幼いころからの彼女らしい独断専行であり、不思議なことではない。しかし周囲が驚かされるのもいつものことであって、そんな俺たちを無視して、誰も寄せ付けない威圧的なオーラを発しつつ美馬が立ち上がった。
あっけに取られた俺と赤松が面食らっていると、それをあざ笑うかのように美馬は右に左に目配せし、ポカンと彼女を見上げていた榎本と峰岸さんの二人に声をかけた。
「二人とも、よかったら一緒に帰らない?」
「えっと……」
いつもは頼れる存在であるはずの峰岸さんはこれに即答せず、迷った顔をそっと榎本に向けた。きっと恋する彼女の意見に同調するつもりだろう。榎本が帰るといえば帰るのだ。
自然、全員の視線が榎本一人に集中する。
少し前の彼女なら、周囲の注目を集める状況は喜ぶシチュエーションであろう。なにしろ榎本はちょっと天然で、調子に乗りがちなマゾ系女子だ。今回もノリに乗ってどんな馬鹿を言うのかと、去り際の寂しさを紛らわせるために期待することだってできる。
けれど、うつむいて元気のない榎本に、果たして俺は何を言ってほしいのか。
「……帰る」
ぼそりと一言つぶやいて、ついに顔を上げなかった彼女は下を向いたままで立ち上がる。
「さようなら。じゃあね、乙終君」
せめてもの礼儀と後ろ手に手を振って、榎本は誰よりも真っ先にリビングを退出した。
そんな彼女の後を追った美馬と峰岸さんが家を出たことを確認した俺は、ふう、と大きいだけで覇気のないため息をついて、意味もなく額の汗を拭う動作をした。
おどけたポーズ。あくまでも深刻ぶらない、卑怯な反応だ。
そうせざるを得なかったのは、まだリビングに盟友たる赤松の存在があったからである。その赤松が目をきらめかせて言う。
「小学生のころと今とで、お前は決定的に変わってしまった部分がある」
「聞いてみたいな。変わってしまったってのは俺の成長か?」
「それは受け取り方次第さ。人によって善悪が逆転してしまうように、あるいは正義や自由の定義さえ不安定で真実味がないのと同じように。でも一つだけ明確に言えることはある。友達として言えることならある。お前の変わっちまった部分、それは俺にとって気に食わないってことだ」
「好き嫌いを超越したゲテモノ食いのお前がか。ははっ、それはさぞ気に食わないらしいな。わかったよ。もののついでだから参考までに聞いておこう。……聞かせてくれ」
「だったら遠慮なく言うぜ。今のお前はさあ――」
一度こほんと咳をついて喉を整えた赤松は、ふざけっぱなしの普段からは想像できないほどに厳しい口調で、大人びて、そして誰よりも親身になっていることがわかるようにこう言った。
「自分の恋愛に関して無頓着というか、無責任であろうとしすぎているぜ。つまるところ自分の感情から逃げすぎているんだよ。へらへらしているようにも映るし、悪く言って不誠実。それはよくない傾向だ」
どうやら俺に不誠実な傾向があると言いたいらしい。
まるで今の自分のあり方を全否定された感覚が全身を悪寒のように駆け巡る。
よろしくない。黙っていられず俺は反論を試みた。
「あのな、まだ高校生活は始まったばかりの一年目だぞ? 下旬といえども五月だぞ? それでなにが傾向か」
「だろ? だからこそ修正の効くうちに傾向を改めろといっているんだよ、バカ。投げたボールの落下するポイントはどこで決まる? 地面に着く直前か? 違うだろ。ボールを投げたときの勢いと角度で決まる。スピードと射角だ。つまり投げた瞬間に決まってしまうのさ」
「だからこそ何事もスタートが肝心だって? まあね。一理ある。その言い方には納得できるね。でも強い風が吹けば、飛んでいる途中でボールの軌道が変わる事だってあるだろう」
と言えば、にわかに怒った赤松は立ち上がって俺の眉間に指先を突きつけた。
「あるからどうした! ピッチャーは偶然の風に頼ってストライクを取るのか、ああっ?」
わかるようでよくわからないたとえだが、少なくともピッチャーは投げる練習をするよな。つまり赤松は俺にも努力せよと要求しているわけだ。しかもよりにもよって恋愛方面における努力である。
今日は俺が秘めてきた中学時代の恋愛に関するトラウマを語ってやったのに、それでなお、逃げ出さずに態度を改めろと?
もしや赤松は俺の過去話を聞いた瞬間から、その過去を俺が自分の意志で乗り越えることを望んでいるのかもしれない。
同情するでもなく? 大目に見るでもなく?
まったく、実にお節介焼きな友人――いや、頼れる親友である。
「何が好きとか、誰が好きだとか、実を言えばよくわからないのかもしれない」
「それでこそ俺の知っている乙終だ。しかしよう、乙終。好きだとか恋愛だとか、そんな大仰な言葉は気にしなくたっていい。うじうじ考えるな。お前はたぶん自分の中にある一つの気持ちに気付いている」
「気付いているだって? おいおい、俺のことなのによくわかるな。お前のことは俺にはわからないがな。恋愛面なんて特に何を考えているのやらだ」
「……わからせないからな、お前には。俺は俺自身のことをちゃんと自覚しているだけに、俺以外の誰にもわからせたくないのさ」
「そうなのか?」
「疑ってくれてもいいが、そうだ。あと、ついでだからこれだけは言っておこう。お前は単純に、考えが顔に出やすいぜ。ババ抜きだって小学生のときに八十八連敗を記録したんじゃなかったか?」
「八十九連敗な。九十回目で俺が勝った。お前と美馬が異様に強かっただけだよ、あれは。もちろん実力だけじゃなくて運も絡んできてのことだけど。当時の俺はババ抜きどころか、いろんなゲームで負けが重なって夜は人知れず泣いたものさ」
「ならば今も泣いておけ。お前はババ抜きで負けが続いている状態だ。むしろお前がジョーカーだ」
「そんなひどくねーよ」
俺は本心から言ったつもりだったが、赤松は物分かりの悪い小学生を相手にしたみたいに鼻で笑う。
「じゃあ、考えても見ろ。さっきのことだよ。お前が動揺したのは……なぜだ? なんでもない友達に過ぎないなんて、そう言い切れない相手がいるからじゃないのか?」
「それは……」
口を閉ざした俺は長々と考えて、熟考の果てにおどけて言った。
「そうだとしても、そうでなかったとしても、どちらにせよ明日からは普通に戻るさ。普通に、みんな友達だからな。なんでもない……風を装ってでも。なにしろ俺たちは同じサークルの仲間だぜ? 恋愛が絡んだ複雑な人間関係はグループの亀裂につながりかねない。思わせぶりは危険だよ」
「お前がそう結論付けるのなら俺はもう何も言わないさ。ただ一言だけ、ここで俺は言葉を残すぜ」
これは言われなくても予期できた。
「お前は馬鹿だよな」
しかし赤松よ、それは恋に現を抜かしている世間の思春期野郎どもに言ってやれ。