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94.婚約指輪とドーナツ

見てくれてありがとうございます。楽しんでもらえたらそれがいちばんうれしいです。

 .+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.

「おはよう、今日は二人とも機嫌が良いわね。何かあったの?」

 教室に入ったルールミルたちに話し掛けたのは仲の良い友達のマーリだ。


「おはようマーリ」

 ルールミルはいつもの様に挨拶したつもりだがニヤけそうで必死に抑えている。

「おはようございます。分かりますか? んっふふっ」

 イーノは寧ろ聞いて欲しいと言った風だ。


「あら? その指輪は?」

 マーリはイーノが嬉しさのあまり口に手をあてていた時に左手小指に嵌めたシルバーリングを見つけた。

 この世界では左手薬指に指輪を嵌める事に対しては特に意味を持たないのでマーリは綺麗な指輪だとしか思っていなかった。


「えへへぇ、良いでしょう? 零司様から頂いたのですっ!」

 ビシィ! と指輪の宝石をマーリに見せ付けるイーノ。

 イーノの自信満々の話に教室中の生徒が目を向ける。

 ルールミルはイーノがまたやらかしたと入学式当日を思い出して頭を抱えるが抱えたその手の指にも輝くシルバーリングがあるのをマーリは見つけた。

「ルーミルも?」

 慌てて手を引っ込めるルールミルだが見られたくなくて指に嵌めている筈も無い。

「え、ええ。昨日の『はいきんぐ』の時に零司様から頂いたのよ」

 ちょっと恥ずかしそうに微笑むルールミル。


 零司から貰ったと言う指輪の話に興味を持った女子たちがゾロゾロと二人の周りに集まり男子は場所を変える事無く遠巻きに見ていた。

「ねえイーノさん、私にも見せて貰えないかしら」

「私も見たーい」

「指輪だなんて良いなあ」

 わいわいと指輪関係の話で周囲が盛り上がる。


「ところで何で指輪なんて貰えたの?」

 マーリの当たり前の質問にルールミルは落ち着いて答えた。

「以前使っていた鍵の首飾りの代わりなのよ。こちらの方が使い易いだろうと頂いたの」

「それに婚約指輪にもなってるんですよ。んふふー」

 得意気に話すイーノの『婚約』の言葉に教室内は色めき立つ。

「婚約指輪ってどう言う事ですか!?」

 語感から判りきってはいるが何故この二人が? と混乱する女子たちにイーノはもう一言付け加えた。

「リリ様の館の住人全員が婚約した証、かな? あはは」

 一瞬の静寂の次にやって来る女子の大きな反響。

「えええええええ!!」×全女子



 イーノの話は端的でセンセーショナルではあるが、ルールミルの方からの話は順序立てたもので非常に解り易かった。


「つまり楓校長と零司先生が正式に婚約したおこぼれって事ね?」

「う、うん。おこぼれって言われるとちょっと傷付くけどね……」

 ガックリとしたルールミルとは対照的なイーノ。

「おこぼれでも婚約は婚約ですよ! 姫様もついに……姫鯖もついに美味しい季節になりましたし!?」

「「……そうだねー……」」

 スルーしてあげる優しいクラスメイトたち。


「でも左手薬指に婚約指輪かぁ。私にも誰かそんな指輪くれないかなぁ」

 ルールミルの周りに集まった女子は一斉に意中の男子に目を向けると素早く目を逸らされる。


「……ここの男はダメだわ。あーあ、おまけでも零司先生に貰われるなんてルーミルたちが羨ましいなぁ」

「おまけって……」

「うんうん、私たちは二人一緒に貰われるのです。むふふ」

 ルールミルに抱き着いて一人でニヤニヤとしているイーノの言葉に黄色い声が飛ぶ。

「ちょっ! イーノ!」


「でも館の全員って言うと一期生代表のサーラさんもよね?」

「え? ええ、そうね」

「サーラさんって確か零司先生が個人的に選んで館へ連れて行った筈だから……えーっ! 零司先生って小さい子が好みなの!?」

 突如発生する零司ロリコン疑惑にイーノが割り込む。

「それでしたらサーラさんが元々持っていた能力が必要だったと言っていましたよ?」

「能力ですか」

「何て言うのかは知りませんが確かにそう言ってましたねぇ」


「そうなんだ……後は天使のラチェット様や精霊マルキウ様もいらっしゃいますが皆さんもでしょうか?」

「マルキウ様はその気満々でしたねぇ。ラチェット様は……どうなんでしょう? 指輪が左手薬指にあればそう受け止めていらっしゃるのではないでしょうか」

「なるほど、それはもう直ぐ確かめられそうね。あとは巫女の方々は……『全員左手薬指に』ですよね。はぁ、つまり零司先生は昨日だけで十六人と婚約したって事ね」

「そうとも言い切れないですねー。他にもリリ様のご友人のマリーさんと、ん? いえ、マリー様とあちらの世界から来た五人の女性が居ますね。この方々はまだ鍵を持たされていないのでどうなるのかは判りませんが少なくとも一人はその気があるみたいでしたよ?」

「これが絶倫って事なのかしら」

 日本よりも成人年齢が低く生徒の大半はその境界線付近に居るので技術的な性知識はそれなりに持っている女子だけでなく男子からも溜め息が漏れたりその場面を思い浮かべ赤面する女子だらけになった。


「神様は疲れ知らずだそうですし楓様から皆さんとの婚約を頼まれた時もあっさりと受け入れて下さいましたから零司様にとっては問題無い範囲なのではないですかねぇ?」

 他人事のように答えるイーノの言葉に零司を思い浮かべて確かに疲れ知らずだなと男子から盛大な溜め息が漏れる。

 女子としては男子に零司のメンタルを見習えと思いながら将来自分達の夫になるだろう男子たちに対して溜め息を漏らした。



 一年生の最初の授業が始まり主担任のケインと共にラチェットとマルキウがやって来た。

 マルキウは猫のラチェットに跨がり掴まっているので小さな姿という事もあり指輪を確認するべくもない。

 ラチェットも猫の姿なので体毛で指輪が見えず確認出来なかった。


「うーん、全く判らなかったわ。次は楓校長とネコ先生ね」

 ルールミルの周りに集まった女子はマーリの言葉に首肯するがルールミルは皆何故ここに集まって来るのかと思わずに居られない。


 算術の授業でやって来た二人を見ていると二人とも左手薬指に指輪を嵌めていたが楓はリングが二つだった。

 そして今日の楓は思いっきり幸せオーラを発していた。

 『校長が眩しい……』

 殆どの生徒がそう感じた事だろう。



 三つ目の授業、生活では今日は『衛生』なので楓が担当した。

 そして授業の終わりにマーリが楓を引き止めた。

「楓先生、お話良いでしょうか?」

 マーリが楓に声を掛けるがそれはほぼクラス全員の関心事だったので必然的に楓に目線が集中する。

「みんなどうしたの? 何か雰囲気が変よ?」

 出入り口の対角の席に座るルールミルが申し訳無さそうに頭を下げているのが目に入った。

 『何かやらかしたのかしら』

 そう思いながらマーリの言葉を待つ。


「楓先生! ご婚約おめでとうございます!」

 マーリの言葉に続いて歓声が上がる教室に楓は驚く。

「ありがとうみんな」

 純粋な祝福の言葉に幸せ一杯の優しい笑顔で歓声に応えるが何故ルールミルは頭を下げたのだろうかと不思議に思う。


「それでですね楓先生、ルーミルたちも零司先生と婚約したって聞いたんですけど……」

 生徒たちの目がマーリの言葉に同調して爛々と輝いている。

 『ああ、そう言う事ね』

 楓はもう一度ルールミルの方をチラッとだけ見て息を抜く。

「そうよ?」

「きゃあー!」

「おお!」

 肯定発言に教室は黄色い声が飛び交っている。

「でも結婚出来るのはまだ先よ? 早くて来年、遅ければ数年先かもしれないわね」

「おぉ……」

 さっきの様な驚きよりも納得の反応だ。

「今のところ私以外で婚約を望んだのは十七人で保留が一人かしら」

 これだけの人数と一度に婚約を結ぶのはかなりのイレギュラーなのは楓だって分かる。

 本来なら楓一人だけの筈だったのにまさかあんな事になるなんて。

 それを思い出すと笑顔を作っていた筋肉がひきつりそうになった。


 しかし気持ちを切り替え深呼吸して落ち着くと、この世界にやって来たその日の零司との約束を思い出してまた心が和む。

「まあきちんと元の場所に帰れる目処が付いた記念みたいなものだしね」


 『元の場所に帰る』

 そんな言葉を聞いた生徒たちは零司たちが居なくなると思い寂しさを感じる者が多い。

「それじゃ先生はこちらの世界にはもう戻らないのですか?」

 マーリは波の無い湖面に不安と言う名の水滴を落とすと他の生徒たちに波紋が広がった。

 既にファーリナの住人だと思っていた零司たちが居なくなるなど想像した事も無かったのだ。

 だが帰るのは零司たちの意志なのだからそれを他人がとやかく言うのはおかしいと解っていてもそれでもやっぱりずっとこの街に居て欲しいと思う。


「そうね……向こうに帰ったらやる事が山積みだけど、それさえ終わればまた帰ってくるわ。だって零司も私もこっちの世界が大好きだもの。ふふ」

「ネコもにゃ!」

 ギュッと楓に抱き着いて笑顔を見せるネコ。

「リリさんもきっとそうだと思うわよ」


 安堵した生徒たちは楓が去った後にクラス全員参加の相談が始まった。


 婚約指輪の噂話を聞いた二年生工業科目の生徒たちは簡単に思える指輪製作の授業を担当教師の零司に請願している。

 この請願は結果から言えば却下されたが理由を聞かされた生徒たちは宝石付きの指輪はその製作課程が如何に繊細で高度な技術と高価な素材が必要かを知り、たった一年しか無い授業だけではそれ以外の本来の授業が出来なくなってしまい到底無理と諦めざるを得なかった。

 ただし指輪の製作は材料と道具さえあれば単独でも可能である事から生徒たちの熱意を尊重して将来的により高度な研究や生産技術習得の場の提供を検討すると伝えると感謝された。


 直ぐに思い付くのは現在の二年教育からもう一年追加して三年制にする事だが教育と食事のどちらも無料であっても生活が厳しい家庭もある事から三年教育を避け実利を得られる研究と技術開発を中心とした雇用の場を与える事にした。

 ただし希望者全員では無く希望者の審査を行い選考する形での採用とする。


 今後必要とされているのは教師の拡充とモールの商品開発などであり、この世界には無かった婚約指輪の製造は女子たちの言葉を聞く限り確かに需要はあるのだと判る。

 零司が予定している今後の展開などを考えれば寧ろ助けになる者を育て易くなるのだから彼らの願いを叶えつつ能力のある者を見出(みい)だして技術力の向上に役立てるのに都合が良い。



「と言う訳で、二学年を卒業した者の中から希望者を募り、審査して雇い入れる事になった」

「何が『と言う訳で』よ。きちんと説明しなさい」

 午後の授業も終わり職員室に集まる教師と講師の面々が何を始めるのか興味深いと零司の話を楽しみに待っている。


「指輪が話題になってるのは知ってるな?」

「ええ、特に女子の間ではかなりの話題になってるわね」

「実は工業科の生徒から指輪製作の授業をして欲しいと言われたんだが今の詰め込み授業に更に追加は難しくてな。それで検討すると言っておいたんだがその原案が出来た」

「それはどういった物か聞かせて貰っても?」

 元商会主のダリルが食い付いた。

「ああ、その為に話したんだからな」

「レージ、そう言う前置きは良いからさっさと話しなさいよ!」


 それから一時間ほど零司の案が検討されて正式に受領されると今度は楓が話を始めた。

「お菓子のドーナツ作り講習会を開きますのでご協力をお願いします」

 零司は楓もいきなりだなと思うが黙っておく。

「今から説明しますね。昨日館の皆で出掛けた時に後で一緒にドーナツ作りしようって言ったでしょ?」

「ああ」

「どうせならそれを街の皆でやりたいなって思ったのよ。それには色々準備も必要だし人の手が足りないし。機材は零司に頼むわ」

「わかった、リストを提出してくれ」

「うん」


 こうして婚約指輪(エンゲージリング)とドーナツリング作りの予定が組み立てられて行くのだった。

そのつもりは無かったが最後に気付く。どっちもリングだったヽ(´▽`)/


2019/11/24 訂正

一学年の授業で楓に婚約のお祝いの言葉を掛けた人物。

 ルールミル > マーリ

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