87.異世界ハイキング7 石造建築物と白いかりん糖
楽しんで貰えたら嬉しいです。ヽ(´▽`)/
「そろそろまた出掛けるぞ。皆外に行っててくれ」
女たちが席を立ち、ぞろぞろと通路に出て行くのを横目にサーラは部屋を片付け始めた。
「エル、お前達は夕方俺たちがここに戻るまで休んでろ」
エルは素直に命令を受け入れる。
ラナが眠っているのでその方が助かるのだが夕方まで自分達だけで放置して逃げ出すとは思っていないのだろうかと不思議に思う。
「敷地内でなら何をしてても構わん。外に出ても良いが木の傍には近付くな、何が居るか分からないからな。もし危険になったら建物内に逃げ込めば安全だから俺たちが帰るまでそのまま待ってればいい」
余程信頼しているのか、それとも自信があるのか、この人物は異種族で奴隷だった自分達を全く疑っていない。
「後はこれをやろう、全員左手の中指に着けておけ」
主が差し出したのは五つの銀の指輪で、小さな宝石がひとつ嵌め込まれていた。
それを受け取り三人の従者にも渡す。
摘まんで見ると自分の指には大きく男性の親指用ではないかと思わせるが主の命令なので言われたまま左手中指に通して手を離すと指にピッタリになっている。
もう驚くのは止めよう。
この指輪がどんな意味を持つのかは分からないが主が指示したものなのだからきっと必要な物だと確信する。
「サーラ、エルたちの食事を用意しておけ。自分で盛り付け出来る物が良い」
片付けが終わり零司の横に待機していたサーラに告げると早速用意を始めた。
とは言っても自分で盛り付け出来る物なので大量の出来立てコッペパンと大きな保温鍋に入ったスープやバットに入った揚げたての鳥肉やサラダを並べて木皿とカトラリー、コップと水入りピッチャー、お絞りに手拭いを出すだけである。
そしてエルはまた驚くのを抑制しなければ為らなかった。
従者と思われるサーラとまだ自己紹介もしていないのに名前を知っていた主に。
「用意できました」
「よし、好きなだけ食べるといい。サーラ、行くぞ」
「はい」
呆然と零司たちを見送るエル。
そして良い匂いに気が付く。
テーブルに並ぶ大量の食料に空いていたお腹が盛大に合唱を始めた。
◻
「待たせたな」
既に格納された馬車ではなく言われた通りに外で待っていた女たち。
「良いのよ。それより次はどこへ行くのかしら?」
楓は微笑んで零司に訊ねた。
「次はローマと言えば、って場所だな」
零司たちは再びシュガードーナツ号へと乗り込んで地上六千キロメートルまで上昇した。
「さっきは人口が少ない地方都市で街の中を見て貰ったが、今度はこいつで首都辺りを上空から観光しようと思う。さすがに首都は危険過ぎるし上から見た方が分かり易い場所を選んでるつもりだ」
さっきよりも危険とはどれ程なのか見当も付かない女たちだが逆にリリは強い男は居るのだろうかと興味を持つ。
しかしこの世界は魔法も武技と呼ばれる人間本来の能力を超えるスキルも存在しない。
それ故に技術や組織運営能力が重要になり、より高度な社会基盤が出来上がったと言える。
「足みたいな形の場所があるだろ。次はそこだ」
ゆっくりと降りて行くシュガードーナツ号。
地表に張り巡らされた道路をまるで血管の様に見える高度まで降りると、この都市が如何に大きな石造建築で出来た街かを実感できる。
ここは零司たちの時代から見たイタリアの首都ローマだった。
そこはあの世界には存在しない大きな建築物があちこちにあり人々が蟻よりも小さく見える。
「ナニあれ! ねーねーレージ! あれは何なの!」
マルキウは不思議な模様の様に見えた物を見て叫ぶ。
都市を取り巻く城壁と砦、小さなピラミッドなどを指差しながら零司の頭の上に乗るマルキウはペチペチと叩いた。
一方零司は大きな建物だけチップ表示させる。
「あったぞ、あそこだ」
穴の真ん中に立ち指差す零司に全員が目を向ける。
そこにあったのはコロッセウムと呼ばれる円形闘技場だ。
「ふむ、俺たちの時代と殆ど変わらないな。もっと古い時代だったのか」
「そうみたいね、きちんとした姿を見てみたかったわ……零司」
「何だ?」
「態々過去に戻らなくても良いからね?」
「……そうだな、幾ら時間があるからと言っても観光の為だけに帰りを遅らせる必要も無いからな」
「そう言う事」
「ふっ」
「アタシの質問に答えないなんて……で、アレは何なの? 壊れてるわよね」
「あれは戦争が終わって溢れた兵士を使って殺し合いさせたり、猛獣と人間を戦わせたり罪人を処刑した場所だな。しかもそれを一般人の娯楽として解放していたんだ」
「なっ……」
誰も言葉が出てこない。
寧ろあの世界で生まれ育った者たちなら当然の反応だろう。
「来る前にも言ったが俺たちの世界はマルキウたちが住む平和な世界とは違う。人々はいがみ合い奪い合い殺し合う。そんな中でも平和に暮らしている地域や民族は沢山あるが、より強い勢力に飲まれるか多くの利益を求める強欲な者が近付かない様な、人が住むには厳し過ぎる環境に逃げるかだ」
「魔王様の世界は戦争だけでなく人を殺す娯楽まであるのだな。私の世界ではこれ程の人間は居なかった。人が増えるとそれだけ邪魔者が増えるのか?」
リリが意外だと言わんばかりに長文の感想を述べる。
「だろうな。助け合いよりも奪い合いが起きる時点で人口が多過ぎる証拠だろう。この世界は時代を進めて行くと更に大規模な戦争になる。俺の時代の前、世界中が戦争していた時期があってその時は兵士と一般人合わせて一億人程度の人が戦争に絡んだ何らかの理由で死んでいる。それをきちんと知った上で、この世界と取引するかを決めて欲しい」
一億人は向こうの世界人口よりもずっと多い。
そしてこの言葉はルールミルの心に深く突き刺さる。
あの世界の唯一の王族の第一王女であり第一継承権を持っているのだからこれを軽く見る事など出来ない。
零司がルールミルに決めて欲しいと言っているのだから、何かしら良い所もある筈である。
話では今のこの世界は零司たちが生きていた時代の大体千年前だと言う。
ルールミルの世界での千年の違いなど、年の差だけで違いなど無い様なものだ。
だが零司を見る限り今目の前のこの世界よりも進んだ事を沢山知っているし、それが千年後の世界の一般人の常識レベルだと言う。
詳しい事は聞いてないが零司たちと接した全ての人々が敬意を表して好意で接する様を見る限り、決して暴力的な思考で活動している訳では無いのが判る。
ルールミルはこれからも続けると零司が言った異世界ハイキングに毎回参加して、この世界の移り変わりを知らなければならないと思う。
そして零司がどうするかを訊ねて来るその時にきちんと答えられる様にしなければならないと緊張しながら心に刻むのだった。
「とりあえず有名だから最初に探してみたが他にも普通の所はあるぞ。例えばあっちだな」
零司の指先を追うと巨大な円柱の前に沢山の柱が並んだ白い建物が見える。
円柱の上は半球状の屋根の真ん中に穴が開いていた。
「あれは今から大体八百年前に人間が建てたパンテオン神殿だ」
「八百年!?」
「ああ、あの神殿は俺たちの時代、今から千年後にも存在してる」
殆どの者が驚いているがリリは違った。
「魔王様、二人の為の神殿を建てて」
「リリとマリーか?」
零司はこの時点ではマリーが神だとは伝えていないがリリが望むとしたら仲の良いマリーかと訊いてみた。
「魔王様と私」
「何故」
「二人の愛の巣に(バシッ!)……」
「きゃぁ! リリちゃん!」
「寝かしておけばそのうち起きる」
「レージってばリリには容赦無いわよね」
「こいつは頑丈だからな」
「零司……」
「神殿作るにゃ?」
「作らなくて良い」
楓の隣でラチェットが静かにしていると思ったら気を失っていた。
その後も目に付いた所を見て回りスレスレまで近寄って彫刻を見たりして一時間が過ぎた。
「んー、そろそろ次に行くぞ」
「次はどこへ行くのかしら」
「ビザンティン帝国だな。そこはここよりも大きな建物があるぞ」
「トルコね?」
「そうだ、それじゃ行くぞ」
シュガードーナツ号を衛星高度に戻してもう一度高度を下げる。
行き先はコンスタンティノーブルだ。
地表に近付くと黒海の南西にある東西に細長い陸地に見えた場所は実は途切れているのが判る。
その途切れた西側にある極端な人口密集地へと降りて行く。
最初は怖がっていた巫女たちも今は楽しそうに地上を見ていた。
「凄い人ね。こんなに沢山居て見分けつくのかしら?」
マルキウならではの感想だ。
「覚える必要は無い。知らない人ばかりなのが当たり前の時代だ」
「そーなの!?」
「ああ、俺が住んでた日本の首都はこんなもんじゃないぞ」
そう、今の日本の首都東京圏内(関東南部地域)は連続して街が存在する都市としては人類史上最高の規模と人口を擁するメガシティである。
「ただしこの都市よりもずっと平和だがな」
この一言でルールミルの心に一筋の光が見えた気がした。
零司はきっと彼が生まれ育った世界を見て貰いたいと思っているのだと。
しかし零司が言っているのはあくまでも暴力的な意味での平和でありそれ以外では苛烈と言えた。
客である分には良いが住むとなれば話は違うのだ。
「ここも色々回ってみようか。そうだな、アヤソフィアがあった筈だ」
アヤソフィアは大聖堂である。
「あそこだな」
上空五千メートルからチップ表示で素早く見つけた。
ゆっくりと降下して横から近付くと全員が壁に張り付く様に移動してその姿を目に捉える。
「凄い……」
アヤソフィアはかなり大きな建物でとても目立っていた。
「中に入るぞ」
「降りるの?」
「いや、こうするんだ!」
突然暗い場所に転移したシュガードーナツ号に光の筋が差し込んでいる。
そこは既にアヤソフィアの中であり、転移する前に建物を走査して中にシュガードーナツ号が入るだけのスペースがあるのを確認してあったのだ。
暗さに目が馴れてみれば周囲は壁でありながらアーチ状の窓が沢山並び絵画や美しい模様などで装飾されている。
向こうの世界では見られない様式の建築物に目を奪われる女たち。
楓も実際にこういった場所へ来るのは初めてなのでその繊細な美しさに見とれた。
アヤソフィアの天井画など普通は間近で見る機会など無いので楓も真剣にそれを見ている。
しかし足元はシュガードーナツ号の中央の穴から見るしかなくこれは残念だった。
ただし女たちの中でネコだけは違った。
建物を記憶してから微妙な歪みなどを見つけ出し構造計算し直して色々と問題点を見つけ出すと材質から見直し本来望んでいただろう正しい形を頭の中に再構築して記憶した。
その中には絵画や装飾、ステンドグラスが含まれている。
今回見て来た零司に案内さえされていない多くの高度な建造物も通り過ぎる過程で瞬間的に分類、判断して記憶していたその数は一千点近くになる。
ネコが自発的にそれを再現する事は無いが零司が望めばいつでも完璧な姿で建ててしまうだろう。
ただ、その歪みの中で描かれた絵画などが完璧に修正された建物に再構成された場合、絵画が歪む可能性があるのだがネコはどちらかと言えばガテン系なので芸術の再現性については微妙だろう。
その後はローマと同じく水道橋や都市を構築する上で必要な設備なども見学して回った。
これは主に将来ファーリナなど向こうの世界でも人の力だけで作り出せる物を確りと見て欲しいと思っているからである。
零司がこちらの世界に来てから神や天使に呼び掛ける事をしても全く反応が無いことからこちらの世界に神は居ないと判断しているので尚更全ての建築は人の手で行われたと考えられた。
つまり零司の時代に至るまでの全ての時間に神は存在せず、今居る自分達だけが介入している事になる。
ならば全ての世界の人間はこの世界の様に高度化が可能な潜在能力を持ち合わせていると言えた。
それ故にファーリナでも人手さえ集まれば高度化出来ると言えるのだ。
「ふむ、ここもこれくらいで良いだろう。そろそろ昼だしランチにするか」
「そうね、それでどこへ行くのかしら」
色々と興味深い技術や文化を見て学び、数々の美しい彫刻や絵画を見て感動していた女たちは中々機嫌が良かった。
最所の地方都市でのゴタゴタからここまで気持ちを切り替えられたのは僥倖だろう。
「そうだな、南国のパラダイスなんてどうだ? 高原辺りだとありきたりだしな、水着があれば水遊びも出来るだろうしな」
「……ある」
「ん?」
「……水着、あるわよ」
「じゃあ決まりだな、早速行ててて!」
「零司、まさか最初からそれが目当てだったんじゃないでしょうね」
「いや、違うが?」
「本当に?」
「ああ、スラゴーに誓って」
「ふふっ、零司がスラゴーに誓ってもしょうがないじゃない、もう」
「それもそうだな、はは!」
「良いわよ、本当の南国ビーチへ行きましょうか、ふふ」
◻
そしてやって来たここはどこかの無人島。
美しく青い海、そして白い砂浜に佇む水着を着た面々。
「ちょっと、零司」
「何だ」
「足が痛いわよ! それに眩しい!」
「にゃ~」
珊瑚の死骸が積もりに積もった白い砂浜。
表現上砂浜としてはいるが実際は、細くてカチカチのコンクリートで出来たかりん糖が地面一杯に転がってると思うのが分かり易い。
ビーチサンダル無くして歩くのは足の皮が薄い楓には危険である。
しかも誰にも負ける訳にはいかない楓が選んだのは下着よりも露出面積の多いビキニで転がりでもしたらそれこそ血だるまだろう。
更にスキー場で日焼けするように日光を反射しまくる白いビーチはサンオイルとサングラス、ビーチパラソル、厚手のレジャーシートが必需品だ。
「まあ分かっては居たが、少し手を入れるか」
零司は最初に珊瑚の殻を砂レベルに砕いた。
するとごっそりと地盤沈下して波に襲われる。
「「「きゃぁぁぁぁー!!!」」」
「ぺっ、ぺっ! 何やってんのよ!」
「すまん。中空なのを失念してた」
楓の後ろで震える女たち。
零司はどうせ無人島だからと他の場所から大量に珊瑚の殻を回収して砂にすると無限倉庫で次々とコピーを取り出す。
今度は確りと正に白い砂浜へと変貌したビーチがあった。
「これで大丈夫だろ」
「うん、これなら安全ね。ありがとう零司」
楓は零司の首に手を回して背伸びしながらキスをした。
この解放感が楓を大胆にさせたのかもしれない。
リリも当然のように零司とのキスの権利を主張するが楓に却下されてブーイングを飛ばしている。
そんな楓にまたここに来ようかと零司は真剣に考える。
楓:「みんな! 行くわよ!」
ネコ:「にゃー!」
マルキウ:「おー!」
リリ:「ん」
マリー:「ええ!」
ラチェット:「はいっ!」
楓たちは浮き輪やビーチボールを抱えて波打ち際へと走って行った。
巫女たちは麦わら帽子を被ったパレオ姿で大人の雰囲気を醸し出し、パラソルの下で強い日差しを避けてパートナー同士楽しそうに話をしている。
サーラは短いスカート付きワンピを着用して寝転がる零司の横に座り、まるで零司の妻のように楓たちを眺めながら昼食は何にしようか考えていた。
楓はポール二つと糸を大量にコピーしてネットを創り出してビーチバレーを始めた。
楓とネコ vs リリとマリーだ。
楓が手本を示すが初めての面子だけでまともに成立する筈も無く、リリはボールを蒸発させ、マリーはパンクさせる。
ネコはパンクさせないがとんでもない方向に飛んでいく。
とても無理だと早々に見切りをつけてただのトスの持ち回りへと変更した。
これなら見てるだけだったラチェットやマルキウ、ルールミルにイーノも参加出来て一緒に楽しめるだろうと考える。
それから暫く笑ったりしながら楽しんだ楓たちは、汗をかいたので海へ飛び込んだ。
遠浅の波打ち際は優しい波が打ち寄せて、たまに三角波で多少大きくなるくらいの波の中で水を掛け合いながらキャッキャと黄色い声で騒ぎ出す。
横になっていた零司はそろそろかなと起き上がり海の家を出現させる。
看板には大きく日本語で『海の家』と何の捻りも無く書かれていた。
サーラに椅子やテーブルを用意して貰い零司は品書きを用意する。
これはハイキングになるのかと考えるが細かい事は気にしてもしょうがないと吹っ切った。
品書き
チャーシュー麺
焼きそば
お好み焼き
カレーライス
┗カツフライ
クレープ
┣めろん
┣いちご
┗チョコレート
かき氷
┣メロン
┣イチゴ
┗レモン
シェイク
┣バニラ
┣ストロベリー
┗チョコレート
今のところモールでは出せないメニューが含まれているが、零司が作ったメニューを一旦無限倉庫に取り込んでコピーを作るとサーラにも与える。
全種類取り込んだら食事の準備は完了した。
そして最後にもうひとつ、海の家と言えば軽快な音楽だ。
モールの転移門に仕込んだ終業のメロディと同じ要領で記憶にあるメロディを屋外スピーカー型の神器に記憶して再生した。
静かだった砂浜に突然音楽が流れて全員の目を引く。
「昼食の準備が出来たぞ」
スピーカーから零司の声が聞こえた。
「楓、レージがごはん出来たって言ってるよ!」
「わかったわ。皆行きましょうか。んふふ」
白い砂浜のお陰かすっかり日焼けした楓はこれも作戦のうちと内心で夜を楽しみにしていた。
タッチパネルが復活して思考が妨げられなくなったのでかなりスピードアップしました。
話の方向性が決まったというのもあるかもしれませんが今後もできるだけ早めにアップしたいと思います。




