8.ネコ、人になる
「さてと、その服を乾かさないとね。替えもないしどうしようか」
水でびしょ濡れになったラチェットに相談してみる。
「直ぐに乾きますから大丈夫ですよ?」
ラチェットがブレて見えた瞬間、横に移動していて床に水溜まりが出来た。
『パシャッ』
それは転移だった。
水を残して転移したらしい。
服に付く水は元の場所に取り残されるので瞬間的に乾燥するのだ。
「簡単でしょう?」
微笑みを見せるラチェットがちょっと高性能に見える楓だった。
□
一方、残された零司はベッドに転がり空を見ながらネコと話をしていた。
「なあ、ネコ」
一台で佇む一輪車を呼ぶ。
「なんでしょうかにゃん?」
「お前は今のままのボディでいいのか?」
「どういうことでしょうかにゃん」
学習が足りないようで微妙におかしい言葉を吐くネコ。
「ん? いや、俺たちみたいな体は欲しくないのかと思ってな。これから旅をする訳だしそのままでいいのか気になってな。ネコは自分で動けるみたいだし術も使えるって分かってるがどうなんだ?」
返事に少しだけ時間が掛かるネコは何かを考えていたらしい。
「零司様、わたしも零司様に必要とされる人の体が欲しいにゃん」
「そうか、それじゃ俺が人の姿にしてやる。あとはお前が自分で自由に形を決めて良いぞ」
恐らくネコは人間の五感である視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚を持っていないだろうからこれを与えるのは俺の役目だろう。
今の時点で人に近い感覚があるのは不思議だが。
「ありがとうにゃん。零司様大好きにゃん」
零司はベッドから飛び降り、ネコに向かって精神を集中していく。
幸いにも煩いふたりは居ないのだから集中するには丁度良い。
「大空より自由の精神を、大海より深き慈愛を、大地より優れた肉体をネコに」
ネコは光に包まれグニャグニャと粘土を捏ねる様に変形して縦に延び、頭に手足と尻尾の様なモノが判別できた。
最後の仕上げとばかりに一瞬だけより強く輝くと光は止み、ひとりの猫耳少女が誕生していた。
猫耳少女はゆっくりと目を開け、初めて世界を視覚として見た。
一輪車から猫耳少女の体を手に入れたネコは空を見上げ口を開く。
「お空は綺麗な色だったのにゃ」
気のせいか言葉が人間っぽく感じる。
「良し、基本は出来たな。後はお前の好きに体を弄って良いからな」
ネコの体は球体関節こそ付いてないものの、素体の様につるんとした細身の体だった。
「ありがとうなのにゃ、早速ネコの体を御主人様の大好きな楓様と同じにするにゃ」
「あ、ちょっとまて!」
時既に遅し、一糸纏わぬ楓の姿になったネコが零司に抱き付いた。
ネコの力は見た目よりもずっと強く、ウォーターベッドに押し倒されてしまう。
「大好きにゃ。これからはご主人様に貰ったこの体でずっとご奉仕するにゃ!」
零司に抱き付き全力で体を擦り付けて離れないネコ。
それをケダモノを見る目で見下ろす楓。
「あ……」
「にゃ?」
「ちょっと目を離した隙に何やってんのよ! 零司の、バカァァー!!」
ウォーターベッドは爆砕し、零司とネコはロケットよりも速く空へ昇って行く。
□
「死ぬかと思った」
「楓様は強いにゃー! ネコも死ぬかと思ったにゃぁん」
零司に抱き付いていたネコは一緒に吹き飛ばされたが神器としての固有能力で零司を軽くし着地寸前には重力を反転させて速度を落としてちょっと跳び跳ねた感じで足を着けた。
顔色を悪くして魔王の椅子に座る零司と母親に甘える小さな子供の様に大喜びで楓に抱き付くネコ。
「貴方、ネコだったのね」
「楓さんと楓さんが抱き合ってます!」
呆れる楓と目を輝かせるラチェット。
楓はネコの姿をもう一度確認して零司から見えないように庇う。
「それで何でネコがわたしの姿になってるのかしら?
それに随分とそっくりなんだけど、言い訳はあるかしら、零司」
「楓さんが居なくて寂しかったのでは?」
「寂しいと裸の私を求めるの!?」
とんでもない飛躍である。
「はあっ、守るって言った直後にそんな事する訳無いだろう」
椅子に座りながら額に手をあてて溜め息を漏らし、上目使いに楓を見る零司。
「じゃあ何で、私、なのよ」
恥ずかしさに顔が真っ赤な楓は語尾が小さくなっていく。
「それはネコが大好きな楓様の姿になりたかったからにゃ」
ネコが楓に後ろから抱き付いて耳元で言う。
「えっ? どういう事?」
「御主人様に人間の体にして貰ったにゃ。
そのあとご主人様の好きな楓様と同じ体を望んだにゃ。
ネコも楓様みたいにいっぱいご主人様に愛されて可愛がって欲しいにゃ」
花が咲きそうな満面の笑みで楓に話したネコは、奔放な子供のようにもう一度零司に向けて走り出し、飛び乗るようにして零司に抱き付いた。
「ま、待て、ネコ!」
零司は避けようとしたが間に合わず、椅子の上で捕まってしまう。
「眼を瞑れバカ零司! それから触るな!」
自分そっくりの体で零司に抱き付くネコを見て気が動転した楓は、零司が悪い訳ではないと分かっていても殴りたい衝動に駆られてしまうが、なんとか踏みとどまる。
ネコに駆け寄り零司を蹴るように引き剥がすと、零司に目潰しで指を突き出すが素早く避けられる。
「なんで避けるのよ! そんなに裸が見たいのっ!?」
「目潰しを避けるのは当然だろうがっ!」
「それ以前に目を開けてましたよね?」
「ラチェットは余計な事言うなっ!」
「れーいーじー」
「俺は悪くないだろ! ネコも何とか言え!」
ネコに助けを求めて目線を向けたのが悪かった。
「「やっぱり!」」
暫く椅子に座ったままラチェットレンチで殴打される魔王。南無。
□
「ふう、やっと黙ったわ」
「楓さんお強いんですね、流石上位異界の女神です」
ボロ雑巾のような零司を横目で見てから目をキラキラさせて楓を見つめるラチェット。
「御主人様、ボロボロにゃ。ネコが癒してあげるのにゃ」
「ネコ待って!」
「楓様、なんにゃ?」
「ネコ、人は服を着るものよ。だから貴女も服を着なさい」
「楓様、分かったにゃ」
ネコは一瞬で楓と同じ作業服を纏う。
「楓様、これで良いかにゃ?」
嬉しそうに猫耳を動かして楓を見つめるネコ。
「う、うん、良いわ。ネコってアレよね、なんか、何でも出来そう」
そう、ネコは何気に高性能なのだ。
「嬉しいにゃ。楓様に誉められたのにゃ」
体をくねらせ楓にデレデレするネコ。
「それなら良いわよ、行ってらっしゃい」
「楓様、ありがとうにゃ。ネコは行ってくるのにゃ」
ネコは零司の座る椅子の横に立ち、糸の切れた操り人形の様に肘掛けに伏している零司を優しく抱き締めた。
「我は願う、我が主、零司様の御霊の復活を。にゃ」
この詠唱で零司は起き上がり言葉を発した。
「死んでないから!」
起き上がった零司はボロボロだった筈の体も服も元通りになっている。
「おお、すごいな、これはネコが?」
「そうにゃ! 御主人様嬉しいかにゃ?」
「ああ、ネコは優秀だな。お前が居て助かった」
さっきの撲殺事件は何だったのか。
「そうね、ネコが居ればお仕置きはし放題だわ」
ラチェットレンチで肩をポンポンと軽く叩きながら零司を睨む楓に理不尽という言葉を思い出す零司だった。
大変遅くなりました。
本来の一話の最後がやっと八話という形で後半継ぎ足しで公開できました。
今後は注連縄さんが主軸のため、こちらは殆ど話が進まなくなりますが、たまに思い出して見て頂けたらと思います。
2019/03/28 再開に向けて若干の修正をしました。内容に変化はありません。