77.授業参観
今回も遅れてしまいましたが楽しんでもらえたら嬉しいです。(´▽`*)
マリーが悩みを打ち明けた翌朝。
零司たちは職員室で軽く連絡事項などを話し合う。
そこには神待宮の四人が加わり、挨拶を終えるとそれぞれに参観したい授業を選んで貰い、担当教師に着いて行く旨を伝える。
そして四人のうち二人は教育の場に相応しくない格好なので事前にジャージを与えてあった。
アーレたち三人は見事にバラけたが、マリーは授業ではなく零司を選択している。
◻一二時限目 専門科目『農業』
零司の今日の担当は二年の農業を二時間、三時限目は一年の体育だ。
マリーは零司の講義を聞きながら生徒と共に開墾に参加するが、生徒の実地訓練に必要な切り株が次々と引き抜かれていく様は生徒の注目を浴びつつもやり過ぎだと零司に止められる。
十六七くらいにしか見えない女性が力任せに引き抜いた切り株は全部で三つ、男子が三人で掛かってもこのペースは絶対に無理だった。
生徒たちは客のマリーを何者かとは思うが、答えは『魔王零司の関係者』であり、深く考えるだけ無駄だった。
一方で女子たちはマリーに群がり、その力強い肉体を撫で回したり誉めちぎったりと中々人気があり当然男子の立場が無い。
しかし男子はマリーが零司に止められた事で、マリーではなく自分を見ろと言わんばかりに女子に対してパフォーマンスアピールを始める。
零司たちが来る以前ならそんな事は無かったであろう。
しかし今や零司が仕組んだ競技や争奪戦の影響もあり、女子の、つまり将来の嫁に対してアピールするくらいにはなっていた。
以前とは異なり若い世代が一ヶ所に集まれば自然と発生する争奪戦は、それこそ一生に影響するものだから女子も健康で力強く笑顔が素敵な男子を見ればやっぱり心が惹かれるのだ。
こうして専門科目『農業』の授業は、マリーの出現によって嫁争奪戦へと一変したのである。
しかし頑張り過ぎる男子は授業の終わりで倒れる者が続出。
それをここぞとばかりに女子が介抱に向かい、にわかカップルの園になってしまった。
零司は回復を掛けようとしていたが水を差す必要も無いとそれをやめた。
ここにいる生徒は実家の農業を継いだりその家に嫁ぐのを前提にしている者ばかりなので結果オーライである。
そしてこの授業を境に突然付き合う者が続出した専門科目『農業』は後に嫁や嫁ぎ先が見つかると噂になるのだった。
◻三時限目 生活 体育
体育と言えばランニングである。
今日も生徒たちは自分の限界を引き上げるべく走り続ける。
そんな中、既に分かっているとは思うが、マリーは生徒の短距離全力疾走を楽に越える速度で走り続けている。
学年最下位のルールミルとイーノは一体何周遅れになっている事だろうか。
その答えは余裕で二桁を越えていた。
そんな速度で走り続けるマリーは走るのが嬉しくて笑顔ではあるがランナーズハイと言う訳でも無い。
単に体を動かすのが好きなだけだった。
零司が助けてくれると約束してくれたので、昨晩昔を思い出して落ち込んだ事も今は新しい未来が待っていると心が浮き立つ様に感じ、ただでさえお花畑なのに追加でウキウキとしている。
ラストスパートの掛け声にマリーは一気に加速するとあっという間にゴールして零司の下に戻る。
しかしそのマリーは汗をかいていないどころか息を切らしている風でも無い。
「あー、楽しかった」
獲物を追い、見つからない様に息が切れないくらいの体力がある、と言うよりはやはり神の力を引き継いだ体だからだろう。
それでもその引き締まった体は人として生きて来た証拠であり、野山を駆け巡り獲物を一人で街まで担いできた成果と言えるだろう。
次々と汗だくでゴールする生徒たちは息も絶え絶えに零司に挨拶してさっさとシャワーを浴びに向かう。
「ルーミル! イーノ! がんばってー!」
その中で二人と仲が良い女子たちが応援している。
二人はモールで働いたり学校以外で地元民と接する機会も少ないので知り合いは多くはないがそれなりに友達は居た。
その友達からも入学時の騒動から王女疑惑を持たれてはいるものの本人が望んでいない事まで態々追求したりはしないし、領主に繋がる者なのは振る舞いからも確かなので何か事情があるのだろうと見守っているのである。
「はぁ、はぁ、はぁ、んっ、はぁ、……」
ルールミルの顎を上げて息をする様はまるで水面で口をパクパクとしている金魚の様であり、とても苦しそうに走って、いや、歩くより遅い速度で進んでいる。
並走しているイーノはルールミルよりはましだがそれでも辛そうだ。
「あと少しだ、がんばれ!」
零司に声を掛けられて返事をしたくても出来ないルールミルは最後の気力を振り絞るが、既に基礎体力を大きく上回る負荷が掛けられているので見た目上の変化には現れてはいなかった。
今回もやっとの思いでゴールするとマラソンランナーの様に崩れ座り込んだ。
そこにタオルを持って歩み寄る友達のマーリに足音で気付いてはいても疲れ切っているので顔を向けられない。
「ルーミル、イーノ、お疲れさま」
肩にタオルを掛けられたルールミル。
「はぁ、はぁ、ありっ、がとっ、はっ、はっ、……」
「マーリも風邪引く前にシャワー浴びておけよ」
「はーい」
零司は全く疲れを見せずニコニコとしているマリーを連れて職員室へ戻る。
マリーは似た名前に親近感を覚え声を掛けたかったが、この状況で話し掛けられる程マリーの頭はお花畑ではなかった。
◻職員室
「ふう」
職員室に戻った零司たちだが、他の教科の様に時間一杯まで指導する訳では無いので他の教員はまだ誰も居ない。
零司は来客用のソファーにマリーを座らせると給湯室で水と茶の用意をして戻ってくる。
マリーの合い向かいに座ってからカップに水を注ぎマリーに差し出す。
「ありがとうございます」
屈託の無い笑顔で受け取るマリーは水を飲み干した。
「まだあるから好きなだけ飲め。ただしこの後は昼食があるからな」
そう言って水が入った簡素なガラス製のピッチャーをマリーの方へと差し出す。
マリーは自分で二杯目を注いでまた直ぐに飲み干した。
そして三敗目を注いだ時、零司は自分の茶を淹れながらそんなに飲んで大丈夫かと思ったがマリーの補水は一段落したらしくコップに伸ばす手は止まった。
「ここは何だか楽しい所ですね」
マリーはとても嬉しそだ。
「そう言って貰えるとこっちも嬉しいね」
こうして話している間にもマリーに関するデータの収集がバックグラウンドで進んでいた。
関係あるのか無いのか不明で膨大なデータの中からマリーに関するものと思われる欠片を探し出してパズルの様に組み立てて行くのだ。
今はまだ全体像にはほど遠いピースの山があるだけで、それすら本当にマリーのものか当て嵌めて見るまで判らず、他のパズルのピースが混じっている可能性もかなり高かった。
なので、ハッキリとマリーの情報と判るものと微妙なもの、怪しいものに分けて、信頼性の高いピースを骨格にして並べる為の選り分け作業も平行して行っている。
「マリーは神待宮に戻ったらまた今の仕事を続けるのか?」
既にマリーの置かれた状況は知っているので単刀直入に訊ねた。
明るかった笑顔もその色を無くし、伏せ目がちに答える。
「分かりません。あそこに居られなくなれば別の街に行くだけですから。アーレ様には大変良くして頂きましたが、こればかりはご迷惑をお掛けする事になるので助けを求める訳にも行きませんし」
陰りのある笑顔を見せるマリーに軽く溜め息を吐いた零司。
「良いんじゃないか? それくらい」
「え?」
マリーは思いも寄らぬ答えに戸惑う。
「アーレの事が好きなんだろ?」
零司の目を見てコクリと首肯するマリー。
「だったら話してみたらどうだ? 神待宮なら不死の存在なんて見飽きてるだろ」
まあ、マリーも体は神なのだから死ななくて当然なんだが。
「だって、そんな! そんな事……」
マリーの声は消え入りそうで下を向いてしまった。
「嫌われる、か?」
下を向いたまま首肯するマリー。
「それじゃ俺たちの所に来るか? 俺たちならお前と同じ様に死ぬ事は無いし、何よりずっとお前と一緒に居てやれるぞ?」
この言葉にはマリーの心は揺らぎ、伏せてしまった顔も零司を見上げて目の端に溢れそうな涙が見えた。
「もしお前が望むなら、白亜の館で受け入れよう。これは正式な約束だ。それにリリもお前を気に入ってるしな、居てくれたらリリも嬉しいだろうし俺も助かる」
マリーは願っても無い申し出にどうして良いのか判らない。
それに零司が助かるとはどういう事なのだろうと思う。
「まあ無理強いはしないからその気になったらいつでも館に来い。モールの誰かに俺かリリの名前で呼び出ししてくれれば案内して貰えるだろう」
「ありがとうございます」
マリーも考えてみれば確かに不死と言われる神が相手ならば化け物とは思われないのではないだろうと少し希望の方向性が見えた。
それにあの可愛くて強いリリとずっと友達で居られるなんてとても幸せな事だとは思う。
しかしマリーはアーレの世話になった身である。
故に王都を離れるにしてもアーレに恩返しくらいはしたいと思っていた。
山で採れた山菜や狩りの獲物を持って行く事しか出来ないが、何かをしてあげられたら、と。
「まあ、他にも手段は考えてある。あまり悩まなくていいぞ」
マリーでは思い付かない方法で解決するのは決定しているのだから。
◻昼休み
教員五人と農業組合の助っ人講師たち五人、いつもはそれぞれに思い思いに食事をしているが、今日は神待宮から客人が来ているので食堂で一緒に食事を摂る事になった。
授業中では聞けなかった事や付随する様々な事を話し合える様に、そして生徒たちの目線を見て欲しいとの配慮である。
ここはモールの社員食堂と同じくチケット引き換え式であり、券が無くなるとそのセットは終了となる。
前を行く人の真似をして恰幅のいい笑顔のおばちゃんからトレーを受け取ると一同は食堂の隅を空けて貰いそこに座る。
どこの所属だからと固まる事無く参観したクラスの教師と対話する為に並んで座り、授業の続きの様な話をし始める。
「いただきます」
学校とモールで活動する学生や従業員などはいつの間にかこの言葉で食事を始めるようになっていた。
理由は当然零司たちだがそれを強要した訳ではない。
だがトップの者が日常的にしている事はやはり真似をするものである。
そして昨日の会食で既に真似ていた神待宮組に隙は無かった。
「「「「いただきます」」」」
教育過程の一般人に配られる無料の食事を口にする神待宮の面々を皆して期待の目で見ていた。
「おいしい……零司様、これは特別な物でしょうか?」
三二五期担当が早速零司に質問する。
それを見る教師と講師の面々、そして声が聞こえた近くの生徒たちの目線は優しい。
「いや、生徒とモールの従業員向けに用意される食事は皆こんなもんだな」
「ちょっと零司、『こんなもん』は無いでしょ」
その言葉に神待宮の三人に衝撃が走る。
見た目こそ控え目だがその味はスラゴーの部屋で食べた食事と大差無かったのだ。
確かに多少は手を抜いたと判る部分はあるのだが、無料でこれだけの食事が口に出来るのはただ事ではない。
神待宮の巫女育成施設の食事は質も量も質素な物である。
美味しい物とは高級な物であり、たまに作法教育の一貫として供される事はあるが、それでもこれほど美味しくはない。
それをこのファーリナでは普通の一般人相手に、いや、神が齎す高度な教育を受ける者たちに対して日常的に無償で提供しているのだ。
アーレはこんな食事を神待宮の皆にも食べさせてやりたいと、少しだけセンチメンタルな気分になっていた。
零司はそんなアーレたちをモニタリングしながら食事を始める。
「神待宮の皆は授業を見てどう思ったか聞かせて貰っても良いか?」
「楽しかった」
真っ先に答えたのはマリーだ。
楓と並んで座る零司の反対側でフォークの先にミートボールを刺してご機嫌な彼女は本当に嬉しそうにそう言った。
「んー、おいしー」
ミートボールを口に入れると小さな声が漏れる。
「楽しかったって、零司と一緒だったのよね?」
「ああ、農業と体育だ。マリーは切り株を一人で三つも引っこ抜いてクラスの男子を驚かせてたな。体育も狩人やってるお陰かダントツだったぞ」
これを聞いた体育で一緒だった一年男子が何やら一人で納得している。
「ほお、そんなに。マリーは本当に色々と上手なんだね」
優しく微笑んで自分の事の様に喜んでいるアーレに誉められ照れ臭いマリーは、ついミートボールを次々と口に運んだ。
そしてミートボールだけが無くなり、レタスに似た白いギールの葉とソースだけになってしまう。
それに気付いたマリーの驚きと残念に満ちた表情にちょっとした笑いが漏れている。
その様子を少しだけ楽しんだアーレ。
「マリー、良かったら私のを食べてくれないか。朝は食べ過ぎたみたいでこんなに食べきれないよ」
アーレの言葉にマリーは悩むが食欲には逆らえなかった。
「ありがとう、アーレ様」
恥ずかしそうにそう言ってアーレの前にあるドリアの半分を分けて貰うのだった。
次回は一気に帰還まで。




