7.術の勉強
「それじゃ具体的にこれからどうするかを決めるか」
「とりあえず近くの町へ行ってみようよ。上から見た時は結構近そうに見えたけど距離はどれくらいなの?」
「ああ、あれな。大体20kmくらいあるんじゃないか?」
「20キロってここ山の上よね? ここは大したこと無いけど少し行くと急斜面や森林地帯だったから歩いたら1日以上掛かるよね?」
いきなり躓きそうな課題だ。しかしラチェットが居るのを忘れている。
「でしたらここで基本的な術を学んでから移動しませんか?
そうすれば今後は楽になりますしどうでしょうか?」
いい提案をしてくれる。流石案内人だ。
「分かった、それで行こう」
「では先ず簡単な家を建ててしまいましょう。
旅先で野宿なんてしたくありませんよね?」
「そうね、お風呂にも入りたいしベッドで寝たいわ」
「それじゃ皆さんで家の創り方を学びましょうか」
手本を見せるためにふたりの前に家を建てて見せようと零司に振り返ると、そこには既に家、ではなく禍々しい屋敷が建っていた。
「「えぇぇぇ・・・」」
呆然とするラチェットと楓。
「どこから!? スポークさんが建てたのですか!!」
何もない岩だらけの草原に突如として現れた屋敷にラチェットは他に何者かが居るのではないかと周囲を見回すが誰もいない。
当たり前だ、創ったのは零司なのだから。
さっきの椅子同様、中二病の特技で妄想内の屋敷は詳細な設定まできちんと出来ているので家具を用意すれば直ぐにでも住める代物だった。
「まあ、こんなもんだろ」
「零司、貴方って本当に中二病なのね」
満足している零司に楓は力の抜けた呆れ声で言う。
「なんで、なんで、こんな物がいきなり出来るんですか!? 零司さんはアレなんですか、私なんか要らないんですかあ!? 酷いですぅ!」
涙を流して恨めしそうに零司に詰め寄り、握った両手で零司の胸を叩く駄々っ子が居た。
「まあまあ、零司はアレだから私に教えてくれる?ラチェットさん」
「はいぃ、楓さん、ふたりで作りまじょうね」
ふたりは少し離れた場所へ移動して楓の家を創る様だ。
「零司様、私も家を建てみたいにゃん」
後ろに居たネコが興味を持ったらしい。
「そうだな、出来るならやってみるといい。この際だお前の力を見てみたい」
「嬉しいにゃん。早速やってみるにゃん」
ネコはプルプル震え出した。
数分そのままの状態が続いて『にゃぁー』と叫んだと思ったら地面から生える様に凄まじい音を立てて10階建てマンションが現れる。
「おおー、良くやったネコ。
お前は素晴らしい一輪車だな」
「ご主人様に褒められたにゃん。とっても嬉しいにゃん!」
離れていたふたりがこちらを見て顔色悪くプルプル震えているのが見えた。
それから30分ほど経って楓の可愛くてこじんまりした家も建った。
「これなら納得だわ」
それはまるでおとぎ話の絵本に出てくる角を丸くデフォルメした家だ。
楓とラチェットの顔付きが緩くなっている。
「なあ楓、お前の言動でその家はちょグォ!」
柔らかい眼差しで我が家を見ていた楓の目はギラリと光を宿し、光の速さで零司に駆け寄りレンチがめり込んだ。
「零司、貴方は何も分かってないわ」
「そーだそーだ」
ラチェットも楓の言葉に乗って反論して来た。
「そうか? でもそれじゃひとりしか住めないじゃないか」
少ししてからある事に気付いた楓の顔が真っ赤になって俯いてしまう。
「そ、そうよね。これじゃ零…じゃない、みんなが入れないわね」
「そう言われたら確かにそうですねぇ。でも可愛さは大切だと思います!」
暫くして作り直した新たな楓の家が完成した。
「これなら文句ないでしょ」
「だな、これなら十分な広さがあって全員が個室を使えるな」
零司の話を聞いてまた何かを考える楓はもう一度創り替える。
「これでいい」
ただ一言、それだけを言い完成形とした楓の家は、大き目のリビングがひとつ、大き目の部屋が1つ、小さな部屋が2つ、キッチンとバスルーム、トイレに倉庫があった。
□
「さて家は建った訳だが、生活するには最低限ベッドが欲しい」
そう、布団を敷いたベッドの形をした硬い台を創る事は出来るが柔らかい布団を創る事は出来ていない。
「ベッドはどうやって創るのかしら? ラチェットさん」
素材を土や岩とした場合は固めた土か岩の変形で創られる為にどうしても硬い物しか出来ない。
土で柔らかくしたとしても一度圧迫してしまえば戻って来ないのだ。
「ふふふ、やっと零司さんもわたしの力を必要としましたね」
「まあ出来る事はやる、それだけだ。別にラチェットを虐めたい訳じゃない」
ぽかんと口を開けて零司を見るラチェット。
「そ、そうですか。それは失礼しました」
軽く頭を下げて笑顔を見せる。
「それではここで出来る簡単なお布団の作り方を説明します」
それから土を使った工作物よりも複雑な工程を必要とする作業を学んだ。
□
「こんな感じでしょうか」
ラチェットが創ったのは木のフレームと簡単な無地の布団セットだった。
生地も引っ掛かりがない程度には滑らかである。
「ふむ、急場の凌ぎだしこんなもんか」
創ったベッドに零司が飛び乗るとブヨブヨと揺れ動く。
そこにあるのはウォーターベッドだった。
「な、何ですかこれはー!」
ブヨブヨと揺れ動くベッドと飛び跳ねる零司に驚愕するラチェットはその言葉を発してから暫く固まっていた。
「ウォーターベッドを知らないのか?なら乗って確かめてみたらどうだ?」
零司に言われて恐る恐る近付くラチェットが指先でベッドをツンツンと突いて感触を確かめると、満面の笑顔で俯せに大きくジャンプした。
ラチェットが零司の横に着地しようとしたその時、突風と共に『バスッ』という音がしてベッドが割け、水が流れ出してペッタンコになる。
ペッタンコで水浸しになった皮一枚の地面にラチェットは着地した。
『ベタンッ!』
「いいいい痛いですっ~!」
全身を打って蹲りラチェットが泣いている。
「あーあ、零司が不良品を創るからラチェットさんが酷い事になったわ」
しれっと言い放つ楓。
「なあ、今のはどう見ても楓がキュッ!」
もう一度突風が吹いた。
「ラチェットさんが濡れてしまったわねって、零司はあっち向いてなさい!」
零司を牽制した後ラチェットを見たら肌色一色だと一目で分かり零司の顔を無理やり反対に向かせたら変な音がした。
「ラチェットさんとりあえず私の家に行きましょう」
そう言ってラチェットを隠すように速攻で連れて行く。
「か、楓のやつ、無茶しやがって」
おかしな方を向いていた頭は無事元に戻ったがまだ不安定で転げ落ちそうだ。
楓が居なくなったので少ししてから改良型ウォーターベッドを創り直した零司。
□
楓の家に入ったふたりは零司から見えない家の裏手のバスルームに居た。
「やっぱり暗いわね」
小さな窓しかないので当然ながら暗い。
「これでいいですか?」
掌に光の玉を浮かせたラチェットはそれを部屋の真ん中辺りの宙に浮かせた。
「うん、これなら問題ないわね」
ふたりで見合い、笑顔になっている。
「それにしてもごめんね、零司がバカで」
自分でウォーターベッドを切り裂いた事を棚に上げて零司のせいにしているがラチェットにはバレていた様だ。
「わたしこそすみませんでした。いくら呼ばれたからとは言え楓さんの旦那様のベッドに入るなど許されませんから」
「だ、旦那様!?」
「そうですよ、先ほどプロポーズをお受けになられたばかりの新婚夫婦に割り込んで初夜とは言わないまでも初めての寝所を共にするのがわたしでは新妻の楓さんに申し訳ありません。本当にごめんなさい」
「しょ、初夜…(プシュー)」
確かに楓は今の家を創るとき大きな部屋は自分と零司が夜を過ごす部屋と意識していたが、明ら様に他者から言われると頭の中が真っ白になってしまった。
2019/03/28 再開に向けて若干の修正をしました。内容に変化はありません。