66.ある日の○○ マルキウ
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◻ミテールヌ山脈の麓 リーデルの街 辺縁地
「はうっ! マ、マルキウ様なのですか?」
農作物を背負った老年の男性が、遠くに家が点在して見える様な街外れの畦道のような野っ原の細い道を歩いている時に聞き覚えがある声で挨拶されたので、振り返って見た光景に発した第一声である。
「なーによ、アタシが他の誰に見えるのかしら!」
マルキウは仁王立ちしてちょっとだけ怒って見せるが本心ではない。
なぜならマルキウ自身、その原因を解っているからだ。
マルキウは人のサイズになっており足を地に着けている。
雰囲気も変わらず違いはサイズだけなのだが、大抵の人はイーノがそうであった様にマルキウの顔を知らない。
小さな精霊の顔を間近で見ている訳でも無いし、たった一人しかいない精霊なので顔を覚える必要もなく、精霊が居ればそれはマルキウと言って良かったのだ。
それが突然人間サイズになり顔も良く見える様になって、老人の頭脳はイメージの更新で多くのリソースを使われていた。
「これはとんだ失礼を。それで今日はどの様な御用ですか?」
それでも十年振りくらいに出会ったマルキウに礼儀正しく接している。
「様子を見に来ただけよ」
「そうですか、今日は野菜だけで木の実もありませんで申し訳ない」
老人はペコリと頭を下げる。
「気にしなくて良ーわよ、何か変わった事は無い?」
「変わった事ですか……先日の夜の光と音はやはり」
伺いを立てる様に訊ねる。
「あれは前夜祭にレージがやったのよ」
「そうでしたか。街でも騒ぎになってましたで」
「でもきれいだったでしょ?」
「はい」
「レージに伝えておくわね、ふふ」
マルキウは自分が誉められた様に嬉しく感じた。
それから少しだけ、ファーリナの様子を話して次に向かうと告げる。
「それじゃアンタも長生きしなさいよね」
この老人の事も、赤ん坊の頃から知っているマルキウにしてみれば皆弟妹の様なものだ。
「ありがとうございます」
優しい笑顔で答える老人は本当に嬉しそうに目尻に一粒涙があった。
「じゃあね、また来るわ!」
マルキウは振り返る事無くミテールヌへと向かう。
『また来るわ』
以前ならまた数年から数十年後くらいの間隔だったが今は違う。
マルキウは零司と共に設置したミテールヌ山脈各所と白亜の館を繋ぐ転移門を使い、以前とは比べ物にならないほど気楽に各地を移動できる様になった。
ミテールヌ山脈周辺の街をただ通り抜けて回るだけでも四半月ほど掛かった行程も、街へ行くだけなら一日で回る事が出来る。
ただしこれは今のところマルキウ専用として設置された物で各街に近い山の中に隠してあり、マルキウ以外は弾く生体認証鍵を採用している。
生体認証鍵を使う理由はサイズが変わるマルキウでは鍵を与えても困るからだ。
この門を創った時は気にしていなかったがサイズが変わると鍵の携帯に不都合が生じる。
そこで異世界転移門と同じく白亜の館側にシールドを張って出入りを制限していた。
そして他の者を通さないのは、今の時点では転移門による他の街への直接的な流通経路を意図的に遮断する為だ。
もし他の街を全て繋いだとしよう。
その時人々は街を繋ぐ街道を使わなくなり、より身近な交流が起きる様になるだろう。
ここだけを見れば移動にかかる時間を無くして同一の街の様に往き来できるので良さそうに思えるのだが、何らかの理由により門が機能しなくなった時、それがずっと先の未来で街道が森に消えた後であった場合、その街は突然孤立して大変な事態を招くだろう。
原始的ではあるがそういった基本的な部分を失う事は、一般には解放しない方針だった。
そしてマルキウは今日一日を使って各街を回り、明日は山の方へ行ってみようと考えている。
◻ガーデナの街
「キデル、来たわよ」
いつもの様に窓ガラス越しに相手を見つけて声を掛ける。
その声を聞いて書斎で事務をこなしていたキデルが振り向いた。
「!はぅっ! ……マルキウ様、でございますよね?」
窓から覗き込む顔にたじろぎ、あと少しでインク壺を転がすところだった。
「アタシ以外誰がいるのよ! 早くここを開けなさいよね」
ここでも少しだけ怒っている様に見せるマルキウ。
いつもなら小さい姿で窓ガラス一枚分に収まる姿なのだから驚くのは当然なのだが。
キデルは椅子に座る姿勢を正してから立ち上がり、光が差し込む窓へと近付いて窓を引き上げて解放する。
キデルが後ろに下がると、優しく吹き込む風に乗る様に書斎へと入るマルキウは床に足を着けて羽を消した。
「椅子借りるわよ」
いつもは小さな体で宙に浮いたまま目線の高さを会わせて話をしていたが、今日は人間サイズなので普通に人間がしている事を真似してソファーに座っている。
そしてキデルは部屋を出て家政婦に何か口にするものを用意する様に言い付けた。
「イーノは元気よ、ルールミルもね」
その言葉はイーノの父親であるテュリエ・キデルにとって最も嬉しい知らせだった。
そう、ここはガーデナ領主テュリエ・キデルの館だ。
イーノからはマメに手紙が届いてはいるが、親を心配させまいと無理をしていないか心配に思ってしまう。
しかし情報源が日常的にイーノと会っているマルキウであれば信頼が出来ると言うのもおかしな話ではあるが、それで充分に安心は出来るのだ。
そして、イーノが言葉を濁したり話として触れていない様な事もマルキウから聞いていたりするのである。
「今日魔王零司様より届いた新酒ですがご一緒にいかがですか?」
キデルはイーノも新酒造りを手伝い、父にも飲ませたいと願っていたので贈る事にしたと零司からの手紙が添えられていたので父想いの娘を誇りに思っているし、酒は大量に贈られていたのでイーノの話を土産にしてくれた果実酒好きで有名なマルキウにもお裾分けをと思ったのだが断られた。
「それはレージがアンタに贈った物でしょ? だったらアンタが飲みなさいよ。アタシはまだ行く所があるのよね」
まさか断られるとは思っていなかったので少し驚いた様でポカンとしてしまう。
「そ、そうでしたか。これは失礼しました」
キデルは笑顔でマルキウに答えた。
そこへ家政婦がドアをノックして用意が出来たと伝える。
キデルが入るように言うと家政婦が部屋に入ってきて応接セットのテーブルにお茶と木の実が盛られた菓子受けを置き礼をすると部屋を出て行く。
家政婦はお客様に失礼が無い様にと客を見つめる事はしなかったが、もしかしてマルキウなのではないかととても気になっていたのがマルキウからも良く判る程にチラチラと目を向けていた。
「後でちゃんと教えて上げなさいよ」
今日はいつも通りにしているのだが、それがイタズラの様な結果になっているのを楽しんでいるマルキウが言うのもおかしな話だ。
それから木の実に手を伸ばしながら四神感謝祭や白亜の館の近況、イーノたちの様子を伝え、山になっていた木の実が無くなった頃に冷めたお茶を一気に飲み込んだ。
「ごちそうさま、そろそろ次に行くわ」
マルキウは立ち上がりいつも通りに窓から飛び出すと振り返り、また来るわと言ってミテールヌ山脈へと向かう。
テュリエ・キデルはマルキウが見えなくなった後も窓からマルキウが向かったミテールヌ山脈を眺め次の来訪を楽しみに待つ事にして、家政婦にはどうやって教えてやろうかと出来るだけ驚く方法を考えているのだった。
◻夕方 白亜の館 リビング
「はー、今日はたくさん回ったから疲れたわ」
マルキウはネコの頭の上でぐったりとうつ伏せにへばり着いている。
「回復するにゃ?」
頭の上のマルキウに聞いてみる。
「ネコ、マルキウさんを回復してあげて」
楓に言われて頭に手を翳して回復を掛ける。
「我は願う、我が家族マルキウの回復を。にゃ」
マルキウの小さな体が薄く緑の光に包まれている。
そしていつもの様に追加で癒しも掛けた。
「あ、あ……んぁ……ぁ」
元気になった筈がまたぐったりして甘い吐息を吐く。
「ね、ねえ、楓」
少し痙攣しているマルキウ。
「なあに?」
楓はイーノに煎れて貰ったお茶を一口飲んでから応える。
「これって、零司よね」
「「「!!」」」
今は五人しか居ないリビングで、楓、ルールミル、イーノはマルキウの発言に思い当たる事があった。
いつもネコがしてくれる回復はともかく、癒しはハッキリ言って気持ちが良い。
体が痺れる様に一気に絶頂を迎えてしまうが、なぜか実時間を越える長い時間、愛しい人に愛撫された様に印象として残っているのだ。
「レージに、抱かれると、こんなに、気持ち、良いの?」
息も絶え絶えなマルキウに訊ねられるがこれに答えて良いのか悩む楓は、まさかこれが自分が零司に求めている事だなどと口が避けても言える筈が無い。
そしてなぜネコが楓の気持ちを再現しているのかなど、判る筈も無いのだ。
しかし。
「零司様に可愛がられると凄く嬉しいのにゃ。(ぽっ)」
ネコは両手を頬に貼り付けて『にゃんにゃん』と頭を左右に揺らして恥じらっていた。
振り回されるマルキウはまだ余韻が抜けていないのに揺らされて、気持ち良かった筈が吐き気へと変換されそうになった時、やっと揺れが止まった。
マルキウは何とか飛び上がりイーノの頭にへばり着く。
楓はネコの発言にまさか零司としたのではと一瞬だけ勘繰るが、流石にそれは無いと冷静になって考え直した。
そこへ零司がやって来るとネコは走って零司に抱き着いて早速甘えている。
「どうした?」
いつもの様に入って来た筈の零司は周囲の様子がおかしいのに気付いて訊ねてみると、全員一様に顔を真っ赤にして目を背ける。
「な、何でもないわよ? れ零司も来たしそろそろろ準備するわ」
立ち上がる楓に追従するルールミルとイーノは零司に軽く一礼するとキッチンへと向かった。
それを見たネコも零司に頭を撫でて貰うと楓の後を追う。
マルキウはイーノの頭に乗ったまま皆が食事の用意をしているのを眺めているが、さっきの一件のせいか料理の手筈以外、皆無口だった。
そして余韻も抜けて体が正常に動く様になったマルキウはリビングへと戻り零司の頭に着地するが、その時既にリリが帰って来て零司に甘えていた。
その姿を見たマルキウはリリが零司に抱かれたいと主張する気持ちが解った様な気もするが、何となく違う様にも思える。
ただ、少なくともあの気持ち良さは、また味わってみたいと思えたのだが、マルキウには備わっていない器官の感覚が妙にリアルでちょっとした憧れが芽生えた。
◻南国ビーチ風露天風呂
「楓!」
風呂上がりの飲み物を丸一本楽しむ為に人間サイズになっていたマルキウが体を洗っていた時に叫ぶ。
「どうしたの? マルキウさん」
呼ばれた楓以外にも何事かとその目を向ける。
「体が変なのよ!」
全身泡だらけのマルキウが楓の目の前にやって来て、零司に見せた様に楓にもそこを見せる。
「ちょっ! マルキウさん何してるの!」
顔を背ける楓だがマルキウは止めたりしない。
楓の前にあったシャワーで泡を流してもう一度楓に押し付ける様に見せつけるマルキウは泣きそうだ。
「楓、ちゃんと見てよ!」
楓はマルキウの懇願に仕方なくチラリと目を送ると、以前零司の風呂に侵入したマルキウのつるんとしたそれとは違い、普通に楓たちと一緒に居るのが当然な姿がそこにあった。
「え? どういうこと!?」
楓は声を上げ、思わずマルキウのそこを凝視するが直ぐに客観的な目線に気付いて顔を反らし、マルキウの腰を両手で掴み座らせてから顔を見た。
泣きそうなマルキウの目を見ながら問い質す。
「どういう事なの?」
「分かんないわよ! さっき気付いたらこうなってたんだ」
楓は直ぐに思い当たる。
「まさかネコの回復が原因?」
「ネコは知んないにゃ」
直ぐ隣に居たネコが答える。
暫くマルキウと話し合ってみたが結局答えは出ず、楓はある仮説を立てていた。
元々性別など無かったマルキウだが、さっきの癒しを受けてそういう風に変化、または進化してしまったのではないだろうかと。
もしそうだとしたら、それはマルキウが零司に抱かれたい、または愛される存在になりたいと自らを変化させた可能性があるのだ。
マルキウに自覚は無いが楓の推測は正しい。
精霊は自然界に存在するとき人の様なひとつの意識体としてではなく、同種の膨大な数の生命体の淡い意識の総体として生まれる存在であり、マルキウもそれは理解している。
マルキウは人間ではないし対となる者を必要とせず単独で存在し続けて来た。
しかしここで今、零司と言う対を求めた事で、対に相応しい機能を手に入れたのだ。
楓には悪いが次々と現れる家族と言う名のライバルに悩まされる日々が続くことになる。
◻夜
マルキウは皆が寝静まった頃、心臓が高鳴って眠れず、ぼうっとしたまま夢に浮かされる様に寝室を抜け出して零司の部屋へとやって来た。
そして零司のベッドに潜り込み、癒されたいと裸で抱き着く。
「零司」
「レージ」
「「・・・」」
「「!!!」」
掛け布団をひっくり返して起き上がる二人。
「「ここで何してるのよ!」」
楓とマルキウがお互いを牽制し合う。
「なに?」
そこにネグリジェを装備したリリもやって来た。
零司のベッドの上で零司に抱かれたいと楓に詰め寄るマルキウとリリの攻防が朝まで続くのだった。
楓のお苦悩は続く。 Ψ(`∀´)Ψケケケ




