58.異世界の門
領主シエルとの話が終わりモールの様子を見に来た零司。
「いらっしゃいませ零司様、何かありましたか?」
事務所で書類に向かっていたダリルは零司に気付いて挨拶すると、レストランのローゼ、ホテルとバーのバン、銭湯のマリルとセーラ、果樹園のハスラ、厩舎のデンクという他の部門のチーフも挨拶する。
チーフになる者は朝から終業までの専業者であり、その部門全ての責任を持っているのでこの時間は事務所に全チーフが集まり、全体の様子などを話し合っていた。
「皆疲れているところで悪いが伝えておく事があって来た」
これにローゼがピンと来た。
帰り際にサーラが言っていた言葉を思い出す。
『終わり無い黄昏の、スラゴーと靡く天幕、そして凍える寒さの中で心暖まる聖地』
「大口商取引部門の隣に冷凍庫を創ったんだが時間がある者は一度見て貰いたい。着いて来てくれ」
凍える寒さは『冷凍庫』だったかと理解するローゼは父のダリルをチラリと見て目が合い微笑むと零司の後を追った。
◻
ローゼ「寒っ!」
ダリル「こっ、この広い部屋全てが冷凍庫なのですか!?」
バン「オイオイ、寒過ぎるだろ兄ちゃっクシュッ!」
門を通過するなり白い息を吐き、他のチーフたちも真冬の寒さに縮こまり身震いした。
スーツ姿のローゼはまだ良いとして、温度管理されているモールからいきなりのこの寒さでバンなど素に戻っている。
「この施設は街の住人が自由に使える様にした。発案はリリとサーラだが俺なりに弄ってある。次に行くぞ」
零司は直ぐ横にある階段を上がり、零司の直ぐ後を行くローゼは突然顔が暖かいと感じて奇妙な感覚に襲われ、階段を上がりきるとそこはモールと同じく過ごし易い温度だった。
「ここは一体……」
後から階段を上がってくる者たちも奇妙な感覚を覚えて不思議そうに周囲を見回す。
そこはホテルのカウンター前に似た空間だが、こちらの方が家庭的に感じられた。
「ここは宿泊施設で一度に三十人まで利用出来るのを目安にしてあるが、ホテルと違ってただ泊まるだけだから色々と雑な造りになってる。それに見れば判るが装飾は何も無い」
ローゼたちは冷凍庫とこの狭い宿泊施設にどんな意味があるのかと考えるが全くわからない。
「次だ、宿泊施設はこれの為に用意した」
零司は更に上へと続く階段を行くが、ローゼたちには次の階の境界線の先が真っ暗なのが階段を上がる前から見えていた。
明るい部屋から真っ暗と思われた次の階に頭が出ると、そこは夕方であり天上にはスラゴーの天幕が見える。
『終わり無い黄昏の、スラゴーと靡く天幕、そして凍える寒さの中で心暖まる聖地』
サーラの言葉を思い出すローゼ。
ここがその心暖まる場所なのだろうかと周りを良く見回すと、この部屋はまるで台の上にあるかの様に天井も側壁も無く、端に寄って周りを見ればここが二階だと判る。
周囲の大地は暗くて良く分からないが、風が吹き荒ぶ比較的平坦な白い大地であり、遠くまで何も無いのが見えた。
風が吹いているのにそれを感じないのは何かがあるのだろうかと手を伸ばすと、そこにはやはり見えない壁があるのが判る。
「零司様、ここは一体どこなのでしょうか?」
ローゼは長い髪を日の光を浴びたムラサキカタバミの蕾が花を咲かせる様に零司へと振り向いて訊ねる。
「ここは北極点だ」
そう言ってカウンターに置いてあった地球儀を持って来ると、フレームから外して宙に浮かせた。
「ここが皆が住んでいる大陸、そして今居るのはここだ」
ローゼたちには理解出来ないのは仕方が無い事だろう。
「その証拠にスラゴーの天幕の特徴的な場所、通称『花園』と呼ばれる星が集まった大星団があそこに見える」
零司はどうして『花園』が低い位置に見えるのかを手元の地球儀を使い実際に見える太陽とスラゴーの位置関係で証明して見せた。
そして太陽の周りを回る公転周期が一年である事、冬に太陽が低い理由が公転軸に対して地球の回転軸が傾いている事や、その影響で日照時間が減り冬が寒くなる事、そしてこの極地域では日の出、日の入りと言う見かけ上の一日が一年である事を証明し、ここは一年を通して寒冷な場所だと説明していく。
しかしローゼは零司の説明を聞いていてもサーラが言った『心暖まる場所』とは何処を指しているのか分からなかった。
「零司様、質問があります」
それはまるで美人秘書を思わせる、そこら辺の男たちなら一目で惚れてしまうだろう真っ直ぐな眼と立ち姿だった。
「なんだ?」
「サーラさんから少しだけ聞いていたのですが、心暖まる聖地、とは何処なのでしょうか?」
周囲が少しざわつくが直ぐに収まり、零司は直ぐに思い当たる。
が、太陽の活動や地磁気などを見ても、今はそのタイミングでは無いので『利用していれば何れ判る』と言うに留めた。
◻白亜の館
零司はリビングに顔を出すとリリがソファに寝転がり、マルキウがそのお腹に俯せで眠っていた。
「あ、魔王様。お帰り」
リリが急に起き上がるとマルキウが転げ落ちた。
「いったー、ちょっとリリ、何すんのよ!」
「ああ、ただいま。楓たちはキッチンか?」
「さっき始めたところ」
「そうか」
ソファーの指定席に疲れた様に座る零司にリリがテクテクと歩み寄り、零司が組んだ足を外して広げ、そこに座る。
零司に凭れ掛かり、昨日の様に零司を見上げる。
「魔王様、抱いて」
純粋な目で零司を見上げるリリに、いつもなら確実にチョップしているのだが、今日はリリを引き上げてお腹に両腕を回して密着している。
「ありがと、嬉しい」
恥じらうその笑顔は零司には見えてはいないが何となく判る。
「あーあ、それならアタシも抱いて欲しいな」
マルキウは零司の頭の上に着地した。
「後でな」
「ホントに?」
零司の顔を上から逆さに覗き込む。
「ああ」
零司はその言葉を最後に眠ってしまった。
マルキウは今まで見た事も無いくらいに疲れきっている零司を心配して楓を呼びに行く。
リビングに来た楓はエプロンを外してテーブルに置くと、リリを抱えたまま眠る零司の隣に座った。
「何があったの?」
「わからない。零司の力を感じない」
零司も神である。
いつもの様に自分を回復すれば良いだけの筈だが、零司はそれをしていない。
神力に敏感なリリでさえその力を感じない程に零司の力が弱まっていると言う。
つまり、零司は自分を回復させるだけの力も残されていないのだろうと楓は考える。
それはいつからだったのだろうか。
リリにもう一度訊ねると朝もそんな感じだった気がすると言う。
昨日の夜から朝に掛けて、零司の神力を失わせた何か。
「昨夜のあれが原因でしょうか?」
サーラが昨夜の事を話し、楓はそれを黙って聞いている。
「それは無い。館に帰って別れる時、零司は元気だった」
その後に何かがあったのだが、それ以降は朝まで誰も会っていないので結局原因は判らなかった。
「ネコ、零司を回復してあげて」
楓は辛そうに零司を見詰め、その肩に額を当てる。
▼十四時間前 某所
五層を成すシールドを展開した地下深く。
平らな白い一枚岩の上に人ひとり通れる程度のアーチが在った。
「今度こそ上手く行ってくれよ」
零司は独り呟くと、自分が生まれ育った家の近くにある林をイメージする。
明確にこの世界とは異なる日本の、自分が育ったあの場所をイメージしながら、アーチに手を触れて強く念じる。
「我が名を以て彼の地を繋ぐ門と成れ、オープンザゲート!」
この世界同士を繋ぐ転移門と違い、異世界を繋ぐ転移門は零司の力を半分ほど奪い、虹色の輝きが広がるとその強さを増して一面真っ白になる。
その光も僅かな時間で消え、アーチでしかなかったそれは転移門へと変わった。
ただし、それは今まで毎日の様に繰り返した三百を越える実験が未だに成功していないのを見れば判る様に、今回も成功したかは未だ判らない。
「とりあえず何処かに繋がったな、問題はここからだ」
そう、今まで全く繋がらない事もあったが、その大半で何処かには繋がっていた。
今までに一番多かったのが、人が住めない過酷な環境に晒される何処かの星だった。
転移門による同一世界での接続は問題が無いのに、異世界を指定すると途端にランダムな場所に接続されてしまうのだ。
今までの傾向を記録してはいるものの、そこに法則があるのかは判明していない。
直接の転移では時間の問題が解決していない以上選択は出来ないので、このやり方で成功させる以外に方法が無いのだ。
リジカーネスにあの条件で訊くのは無理があったのでそちらは論外である。
それと今までの失敗の経験から保険的にシールドを多重化しているが、それはこの世界と言うか、この地球を護る為である。
これまでの試行の中で最悪な失敗はブラックホールと思われる暗黒の超重力に接続した時だ。
瞬時に引き込まれ、自分の身長というとても短い距離ですら重力に大きな差が生じているのを確認して門のこちらに転移した直後、転移門が崩壊して向こうの世界に飲み込まれた。
幸いにも門が飲み込まれた事で接続が断たれたが、もしも門が消失しても繋がったままだった場合、枠の役割を果たす門と言う境界線が無くなり、世界そのものが繋がってしまう可能性と、更に危険な本物の超新星に接続する可能性を考えれば、大事をとって多重化させるのは当然と言える。
そして、そういう過去があっての今回だ。
零司は向こうとの圧力差から生じる衝撃などを避ける為にアーチの内側にもシールドを膜状に張ってある。
そして門の向こう側の大気の状態を把握する為にプローブ代わりに人差し指を貫通させてインフォメーションチップに表示させると、そこは人が生活出来る場所だと判った。
事前に見えた範囲ではよく見る普通の林だったので余り警戒はしていなかったが、それでもきちんと手順を踏むのは大切だと考えて調べたのだ。
少なくとも人が住める場所に接続したのを確認すると、一呼吸して門を通過した。
門の周囲はやはり林であり、木々の隙間から周囲の風景が僅かに見えている。
零司はこの地上に存在するだろう生命のデータベースを自動で構築している間に門をシールドで護る。
そして真っ直ぐ上空へと飛び上がった。
眼下に見えるのは僅かな雲とその下に広がる草原、周囲をV字に取り囲む山脈。
街道が見え、その先にある街は街道と共に打ち捨てられて時が経っているのを示す草木に覆われていた。
今までにこうした場所は何度か見てきたが、人が居る世界なら天使が現れても良さそうなものだ。
しかし転移ではなく転移門で移動しているせいか、その世界の天使が迎えに来る事は一度も無かった。
転移と転移門では根本的に何かが違うのかも知れないと零司は思う。
それと神光石は行く先々で見つけるので確保しているのだが、それはファーリナ周辺でも同じである。
零司たちが初めて行く場所は神光石が生成されるのでそれを自動で回収しているのだ。
それら今まで集めたうちの幾つか良さそうな物をジーナに持たせたので神待宮へは良い土産になっただろう。
門をマーキングして打ち捨てられた街道沿いに移動すると、そこには小さな村があった。
緩やかな丘陵地の川沿いにファーリナよりもコンパクトで密集した住宅地域と周囲には疎らに畑が広がっている。
上空から見る限り、住宅は石を積み上げ木で屋根を載せた中世以前の様式で、人々の格好もそれなりであった。
それを見る零司はここが零司達が居た世界ではない可能性を考える。
そこにデータベース構築完了の知らせが来た。
データベースから見る世界人口は約三億人である。
零司たちが事故で落下した当時の世界人口は七十億を越えた辺りの筈であり、人口に差があり過ぎるのでまた失敗かとは思いながら、どうせ来たのだからと調査を継続する。
ここがこの世界から見てかなりの僻地なのだと判ると、一気に衛星高度へと上昇し、蒼い空は色を失い星が煌めく宇宙へと到達する。
そこから見る地球は、零司が良く知るものであった。
これは元の世界なのか?




