56.新しい世界の扉2
遅れました済みません。
言い訳はしません( ;∀;)
楓たちが風呂を上がって解散した後、巫女とルールミルのグループは自室に戻って行く。
リビングには食事の後片付けを済ませた零司がソファに凭れ両手を頭の後ろで組みながら、宙に浮いたフィルムモニターと言うべき大きな透過画像に映る今年度のモールの行動計画を見ながら予定を練り直していた。
「戻ったわよ」
「戻ったのにゃ!」
楓たちが扉を開けてリビングに入って来る。
「新しい風呂はどうだ」
楓の腕に抱き着いていたネコが零司に駆け寄り屈託の無い笑顔で抱き着く。
「呆れるくらい広くて素敵だったわよ、ね?」
「うむ。さすが魔王様、私はもう魔王様無しでは生きて行けない」
リリは抑揚のない言葉を並べてトテトテと長い髪を靡かせ零司の膝上に座ると零司に凭れて顎を上げ、零司を見上げる。
「まるで海岸に居る様でしたねぇ……」
リリの行動を見て恐る恐る楓を見るラチェットだが、思いの外穏やかな楓にどんな心境の変化があったのかとは思うが、平和ならそれで良いとばかりにスルーした。
「コレなんなの?」
マルキウは零司の前に浮いているモニターを指で突つこうとしたがすり抜けた。
「モールの行動計画表……ですか?」
モニターに映る日本語を読み解くサーラ。
夜間の厳しい教育とは日本語教育の事だった。
この世界の文字はカタカナよりも簡単な記号だけなのでサーラがこの一年足らずでどれだけ頑張ったかが窺い知れる。
「サーラさん、これが読めるんですか!?」
驚くラチェットは大変な事が起きたと直感する。
ラチェットにしてみれば零司たちが使っているのは正に神の文字であり、この世界の者で読めるのは目の前に居る少女ただ一人である。
複雑な文字は似た物が多く、楓に教えられた事はあるが混乱して全く覚えられなかった。
「はい、まだまだですがこの文字でしたら」
愕然として項垂れるラチェット。
楓たちの様な高位階の神だから扱えるのだとばかり思っていたのに、田舎で貧しい家庭に育った普通の少女が読めるだなんて、と。
「いえっ、全てなんて読めませんから! ラチェット様お顔を上げて下さい」
サーラは落ち込んだラチェットを気遣う。
「それで、モールは今後どうするのかしら。以前言ってた還元だったかは冬からなんでしょ?」
ネコとは反対側に座って息を吐くと、気怠そうに零司に凭れ掛かりモニターをぼんやりと眺める。
零司は頭の後ろで組んでいた手を外して楓の肩とネコの腰に回し深呼吸して力を抜いた。
「冬は講習だな、その前に説明会がある。まあこれは俺とサーラで進めるから、楓は学校を頼む」
「うん」
その後も続いた作業で楓とネコは零司に凭れたまま両脇で眠ってしまった。
「疲れてる様だな」
転移して来たばかりの頃ならラチェットに『神がご冗談を』と言われそうだが、楓と零司の勤勉ぶりを見た今のラチェットからはそんな言葉は漏れ出さなかった。
そして零司を見上げるリリは何か言いたそうだ。
「リリ、楓を部屋で寝かせるから一旦降りてくれないか?」
「このあと抱いてくれるなら降りる」
「わかった」
受け入れられるとは思っていなかったが言ってみたら簡単に許可されて呆然とする。
「夢?」
「さあ、行くぞ。ラチェットは楓と一緒に居てやって欲しい。それとサーラも来てくれ」
サーラも突然呼ばれて驚く。
『ついにこの時が来た』と。
楓とネコを横に並べて一人でお姫様抱っこをする零司は楓の部屋に向かい二人を静かにベッドへ寝かせた。
「ラチェット、後を頼む」
「はい、お引き受けします。それであの、この後リリ様とはその……」
「如何わしい事はしない。その辺を歩いてくるだけだ」
「そうですか、安心しました。それでは行ってらっしゃいませ」
「ああ」
部屋の外で待っていたリリとサーラを前に、後ろ手に扉を閉める零司。
腰を屈めて二人を呼ぶと両腕で抱き寄せて首に手を回す様に言う。
そして二人のお尻に腕を回し直して腰掛けにすると立ち上がった。
「これから少し付き合ってもらうぞ」
リリはやっと願いが叶うと目を閉じて零司に密着しつつ首肯する。
サーラはさっきとは違い零司から誘われた事に喜び頬を朱に染め、『はい』とだけ小さな声で答えた。
零司は二人を抱えたまま二階のテラスに出る。
「行くぞ、落ちない様にきちんと掴まってろ」
そう言って、ゆっくりと夜空に浮かび上がる。
スラゴーの明かりと照明で美しく照らし出された白亜の館を見下ろす。
「館がとても綺麗です」
帰りの目印に今ある照明以外に敷地を取り囲むシールドの大地との接触線に沿って地面を光らせた。
「これからお前たちにこの世界を見せてやる」
その言葉の後、加速感も風の抵抗も無いまま直上に向けて加速していく様は、巨大スクリーンに写し出された急速に地面から遠ざかるCG映像を見ているかの様だった。
夜空はスラゴーの星雲に支配され、大地はその輝きでぼやっとその地形が確認できる。
更に上昇すると西の地平線が筋状に輝き、太陽が昇る。
星雲の輝きと太陽を背にその中にポツリと浮かぶ地球は小さく、そして青く三日月状に輝く。
零司たちが飛び立ったファーリナの街がある大陸は真っ暗で、所々ごく小さな明かりが見えるだけだ。
その中で一際明るいのはもちろん白亜の館である。
「これがサーラたちが住む星だ。俺も初めて見たからもう少し見て行こう」
とても不思議な現実離れした光景にサーラは言葉を失う。
まさか自分たちが住む場所が、空に輝く星と同じものだとは思いもしなかったからだ。
現実には空に輝くのは太陽の様な恒星であり、地球の様な惑星ではないのだが、それでもスラゴーの天幕の中に浮かぶその様はスラゴーの一部であり、魂が帰る場所と言えた。
零司は赤道方向を西へと進む。
太陽が西から昇る異様な光景を目の当たりにすると同時に地球は真っ青であり、ファーリナがある大陸以外にこの地球は海しか無かった。
ぐるりと巡ってみるが一周しても大陸はひとつだけで点々と小さな島があるだけの様だ。
「パンゲア大陸かって、陸地が少な過ぎだろ」
陸地は全体の一割すら程遠いが、水深五十メートルよりも浅い場所が全体の三十パーセント程度と結構あるのが等高線のオーバーレイとグラフから判る。
それにより浅い海域の周辺では潮汐による海流が早い。
この地球には月が無いので零司たちの地球のような強い潮汐作用は働かないが、太陽の引力によりそれなりに満ち引きはあり正午に満潮を迎えるので判り易かった。
そして当然ながら極地方には氷の大地が広がっているが、こちらも氷の下を見ても海抜を越える陸地は存在していなかった。
そんなこの地球を見て、暇が出来たら陸地を創ってみようかと思う零司だ。
「折角だし北極に寄ってみるか」
地球を興味深げに見ていたリリとサーラは零司の言葉に振り向く。
「ホッキョクとは何だ?」
零司は笑顔で答える。
「行けば解る」
◻北極点
「寒過ぎ!」
「さ、さっ、寒いでキャァー!」
ザクザクの雪が厚く積もったそこは、この季節零下十度以下の風が吹き抜ける土地で、真冬の平均気温は零下四十度以下だ。
太陽は地平近くを横に滑り常に夕方であるかの様だった。
そんな世界で突然シールドを解除されたリリとサーラは強い風に浴衣も捲れ、素肌にその風を浴びたサーラは悲鳴を上げた。
シールドを張り直して中を適正な温度に上げる。
「済まん、試しにどれくらいかと思ったがお前たちは浴衣だったな」
震えるサーラは零司に力一杯抱き着いていた。
それを見たリリも『寒いー』と棒読みで零司にしがみ付く。
しかし零司はいつもみたいに怒ったりしないのをリリは不思議に思っているのだが、それでもこうして浴衣一枚で零司に触れるのは、初めて抱かれたあの日を思い出して幸せな気分になれた。
「ふぅ、もう大丈夫です零司様。ここは何なのですか?」
サーラは密着していた上半身を離して零司の横顔を愛しそうに見つめてから周囲を見回し訊ねる。
「さっきも言ったがここは北極だ。地球の一番北と南に同じ感じの場所があって、こっちは北の北極、反対側の南には南極がある。太陽の光が届き難い地域だからずっと凍ってるし、氷だけで出来た土地で海の中まで凍ってるぞ」
「生き物は居ないのでしょうか?」
心細いのだろうか、再び零司に抱き着きつくサーラ。
「調べてみたが動物も植物もいないな」
零司の答えにサーラは、何も、誰も居ないこの場所に対して悲しそうに吹き抜ける風の向こうの平らな土地を眺める。
「魔王様、リリはここに三人だけの秘密の部屋を所望する!「フンッ!」ガウッ!」
ヘッドバットを食らい、仰け反るリリ。
甘えてもチョップされないと油断して調子に乗った結果である。
「リリ様!」
零司の突然の新たなお仕置きに慌ててリリを呼んだ。
「フフフ、魔王様の愛情が心にしみる」
頭痛が襲っているだけである。
「だがまあ、ここに部屋を作ってみるのはアリだな」
「「!?」」
二人の脳裏にベッドで零司に可愛がられる自分ともう一人の姿が浮かぶ。
そう、ネコがいつもされている様に抱かれて頭を撫でられる姿が。
しかしその妄想は直ぐに崩れた。
「ここに天然の冷凍庫を創って門で繋げば街で役に立つな」
力無く項垂れる二人に気付いた零司は仕方が無いなと、二人の為だけにと言う訳には行かないが部屋を作ると約束した。
「穴を掘る」
地表から地下一階分の大きな四角い穴を掘る、と言うか無限倉庫に取り込む。
「壁を創る」
無限倉庫に保管してある膨大な土の中から僅かに数十トンの土を取り出した。
一旦ふるいに掛けた様に細かくしてから外気に触れさせ温度を馴染ませてる。
土を穴の壁面と底に均一な厚さで位置決めして固めてから風呂の足元と同じ白く硬い一枚岩に変化させた。
「転移門設置」
荷馬車が余裕で通れる程度の幅の転移門を地階の角の壁に創るが、今は対になる門が無いので只のアーチだ。
「階段設置」
地階となる底面壁際に転移門を設置する。
転移門の直ぐ横に地上階へ上がれる階段を設置して地下の部屋に壁と同じく白い天井を創る。
「照明設置」
幾つかの神光石を使い常時点灯の照明を作ると日中の様に明るくなった。
籠めた力は千年は照明として使えるとインフォメーションチップに表示された。
「地上階設置」
地下室の天井として出来上がった一階床を少し嵩増しして円形に仕上げ、ぐるりと壁だけで取り囲む。
この階は三十人が生活するのに必要となる物と部屋を用意したが今まで創って来た建造物の様な飾りっ気は一切無くとてもシンプルだ。
「階段設置」
螺旋階段の様に壁に沿って二階へ続く階段を設置。
ついでに天井も設置して照明を取り付ける。
「シールド」
二階に上がった零司は壁無しで半球状のシールドを展開。
このシールドは白亜の館と同じ物で空気は通すがそれ以外は通さず、空調の役割も果す。
「ラウンジ設置」
ゆったりと寛げるソファーセットやカウンター、衝立の向こうに簡易ベッドを用意した。
キングサイズの簡易ベッドに三人揃って寝転がる。
「添い寝?」
僅かに期待するリリは頬も僅かに紅くなる。
「空を良く見てろ。もう直ぐだ」
零司は風を止めてその時を待つ。
言ってる意味が良く分からないが、二人とも零司と手を繋いで言われた通りに空を見た、そしてそれは始まる。
「光の幕が……」
三人の目に映ったのはオーロラだった。
風に靡くカーテンの様にゆらゆらと動く不思議な光景に、サーラは目を輝かせて零司の手をぎゅっと握り締めた。
揺れ動く光の幕を夢中で見ていたサーラはふと思い付く。
兄たちにも見せてやりたい。
だがそんな願いも直ぐに叶えられるだろう。
何故ならここは街の人が自由に使える場所にするのだから。
◻白亜の館
北極の天体ショーも終わり、転移で帰って来た三人。
リリとサーラは少しだけ寒い思いをしたものの、零司と一緒にオーロラを見られて幸せな気持ちのまま眠りに着いた。
今日は色々あったサーラには休む様に言ってあるので勉強は無く、零司も予定が空いて『南国ビーチ風露天風呂』へと向かう。
誰も居ない筈の時間に十人が風呂に浸かっているのを確認した零司は時間をずらそうとしたがどうも様子がおかしい。
走査でジーナたちなのは既に判っていたのだが、インフォメーションチップを見ると全員逆上せて気を失っているらしい。
一般家庭の風呂ならあっという間に温度が下がるのだが、生憎この風呂は温度が一定に保たれているので逆上せて倒れたらそのままだろう。
仕方なく零司はジーナたちが入っている風呂へと進み、彼女たちを回復して逆上せた時に使うチェアベッドへと一人ずつ寝かせる。
回復してあるし温暖なここなら風邪をひく事も無いだろう。
零司は浄化だけで済ませ、今夜も夜の間にこの世界を調査するのだった。
零司が来るのを待っていたジーナたちは大量の湯に浸かった事が無く、待ってる間にのびてしまいました。




