51.対価
『見よ! この美しい私を! そして誉め称えよ! 我が名はリジカーネス、この世界で唯一、貴様たちに喜びを与える神だ!』と思っている。
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リジカーネスが現れ、その美しい姿を人々の前に見せる。
巫女が姿を現した時に見せた周囲のどよめきが今は静かで皆片膝を着き俯いた聖堂で礼拝する際の姿勢を取っているのでリジカーネスを見てはいない。
しかし自分の世界に入り込んで周りの事など見えていないリジカーネスの頭の中では大きな歓声を以て迎え入れられているのである。
右手を挙げて人々の歓声に応えるリジカーネスが降着すると、楓とリリは並んでリジカーネスと巫女に向けて歩き出した。
特に笑顔と言う訳では無いが愛想笑い程度には微笑んでおけと零司に言われていた二人だが、楓は特に思う事も無いのでいつも通りで、リリは零司の様に好きな相手と言う訳でも無いので無表情だった。
そして握手出来るところまで進む二人。
巫女は楓とリリの容姿を自ら確認した時、その見た目から流石に背が小さいこの二人なら食指も動かないだろうと内心で安堵していた。
しかし当の本人、リジカーネスは違った。
リジカーネスは重度のロリコンだったのだ。
二人を見たリジカーネスはさっきまでの暗い情念も更にやる気でみなぎり誰が見ても判る程に興奮している。
これに最も早く気付いたのは最も彼を知る巫女である。
この世界を基準とするならば目の前に居る成人したての様な小柄な女神と、更に小さいながらも美しい見た目の少女にしか見えない女神の未来が良くない結果になった場合、何の功績も残していないリジカーネスを擁護する事が出来ず、自分たち巫女の存在意義が更に失われる懸念材料を抱えてしまった。
これはお付きたちにも伝染する。
そんな巫女側の心配など楓たちには判る筈も無く、楓は笑顔で挨拶を始めた。
「ようこそお越し下さいましたリジカーネス様。私たち一同は貴方の来店を心より歓迎いたします」
楓の社交辞令にリジカーネスは気を良くしたが、直ぐに興味を失う。
隣に居るリリは面食いのロリコンであるリジカーネスの、正に『弩ストライクゾーン』だったのだ。
当然近くでそれを見ていた者たちにはハッキリと判ったので、これは何かおかしいぞと警戒心が生じる。
これに対して敏感に危機を感じたのは巫女側である。
『本当に危ない』そう思い始めたその時。
「おお、これは麗しいお嬢様だ」
楓に返礼をするどころかリリの前で片膝を着き手を差し出すその仕草は、本気で言っているそれである。
リリは零司たちと出会うまで殆ど一人だったので他者とのそう言ったやり取りはした事が無いものの、手を差し伸べられた女性が相手に手を差し出して手の甲に口付けされるくらいの事は知っていた。
「貴方にその様な苦痛の顔は似合わない、どうか私の為に笑って欲しい」
リリは無意識に嫌悪感を持ち、その感情が顔に出ていた様だ。
そこへ更にこの言葉である。
「ハハハ」
棒読みである。
一瞬何が起きたのかと反応が停止するリジカーネス。
「ははは、これは愉快なお嬢様だ。私は気に入った、どうか貴方の素晴らしい術を私にも与えてはくれないだろうか。それが叶ったのなら私は貴方に素晴らしい幸せを返す事が出来るだろう」
リジカーネスは勘違いをしている。
見た目が美少女で儚げに見えなくもないリリを見て勝手に救済の女神と勘違いしたのだ。
リリは無言の無表情でリジカーネスの嫌な笑顔を見ながら思案する。
そして振り返って零司を見ると、零司は悪い笑顔で頷いていた。
心の中でサムアップするリリ。
その様子を見ていたリジカーネスは零司に睨みを効かせるが、零司は知らん顔だ。
リジカーネスに目線を戻したリリ。
「わかった」
ただ一言。
「おお、それは素晴らしい。では早速お願いしよう」
リジカーネスはこの女神はもう自分のモノだと確信した。
「ここで?」
「勿論だ、私は我慢出来そうに無い、是非ここでとお願いしよう」
また零司に振り返ると零司は親指と人差し指で『リルビッツ』とやって見せる。
客を差し置き二度もリリに視線を向けられる零司に内心で憤慨するリジカーネスに零司は一言だけ警告した。
「後悔するなよ」
その一言にキレそうになるリジカーネスに巫女側が動こうとした時、リリに誘われた。
「こっち」
キレそうだった事すら忘れリリから誘われたと零司に勝ち誇る見下した目線になる。
『俺の勝ちだ』
そう言いたそうだった。
巫女側も危険な状況が回避出来たのを心から安堵したが、またいつそうなるか判らないので緊張しっ放しである。
「零司、あれ良いの?」
離れた二人を見て零司にアイコンタクトする楓。
勿論、とリジカーネスの欲望などとっくに見抜いている零司が悪い笑顔で応えた。
巫女は零司の笑顔に不信感を持つが、理由が判らないので今のところは静観するしかない。
これ程の緊張を強いられるのはリジカーネスに初めて面会した時以来であり、それはお付きたちも変わらず巫女同様に仮面の下で緊張しているのだった。
観光客が利用する厩舎のある通路とは反対側の出口方面に当たる通路に移動した二人は零司の球状シールドで外界と遮断されるが、全くの透明であり屈折率なども変わらない事から音が通らなくなる事以外判断材料が無い。
突然周囲の音が無くなった事に気付いたリジカーネスだが、これからリリと契約同然の儀式にも似た術をリリから受けられるのだからと敢えて無視した。
これからリリが行う術よりもその後の『貴女に素晴らしい幸せを返す事が出来る』のを楽しみに頭はもうその事で一杯だった。
「マイクロヘルズガーデン」
特に身構える訳でも無く、ぽそっと。
「ぎゃあ!」
言うと同時に発現する極小地獄庭園で焼かれるリジカーネス。
「マイクロブルーワールド」
「ひぐっ!」
「マイクロホワイトノヴァ」
(プシュー)
「まだやる?」
黒こげの消し炭になっているリジカーネス。
リリは特に変化無く、やる気の無い無気力な顔で訊ねた。
零司は匂いが籠ってもリリが可哀想なのでシールドを解放してそよ風の様な『浄化の風』を送る。
その様子を呆気に取られ何も反応出来なかった巫女たちは突然我に返った。
「きゃぁーー!! リジカーネス様ーー!!」
お付きに手を添えられてリジカーネスだったモノだけを見つめて青褪め近付く巫女。
楓たちも様子を見に近付くが、民衆は顔を上げて良いのか判らなかったのでそのまま待機している。
巫女がリジカーネスだった物に手を触れようとした時、リリがそれを遮る。
「何を為さいます、どうか私を通して下さいませ」
目尻に涙を乗せながら懇願する巫女。
「触ると崩れるからダメ、ネコ来て」
「呼んだにゃ?」
「コレ、戻して」
「ネコ、出来るの?」
「判らないにゃ」
「やるだけやってみろ」
「解ったにゃ」
そっと人差し指の先を着けるネコ。
「我は願う、変態リジカーネスの「ちょっと待て」何にゃ?」
零司が止めた。
「どうせなら『性格の良いリジカーネス』って言ってみろ」
「解ったにゃ。我は願う、性格の良いリジカーネスの復活を。にゃ」
消し炭だったモノは光を纏い、徐々にその光が増して目映く輝いた。
「ぎゃぁぁ! はっ! な、何だ今のは! 夢か!? あれは何だったのだ!!」
騒ぎ喚くリジカーネスに巫女が声を掛ける。
「リジカーネス様、先程の術は夢では御座いません、全て真実です。リジカーネス様は先程まで炭に為っておられました」
それは不滅の神が死んだ事を意味する。
「バカな! 私は神だぞ! 矮小な人間どもの様に死ぬ事などあり得ん!」
「ですが事実、先程までとても生きているとは言い難いお姿でした」
「ならどうして私は傷ひとつ無いのだ! おかしいではないか!」
「それはこちらの『慈愛の女神ネコ』様がお救い下さったのです」
目の前に居る先程二人並んでいたもう片方の女か、と、『救済の女神楓』の区別が付かない混乱したリジカーネスはリリが戦の女神だったのかと自らの勘違いを正し、そしてまた間違えた。
「先程は済まなかった。良く見れば貴方は……貴方は美しい。助けてくれた事に礼を言う」
性格の良いリジカーネスになっているだろうか?
そしてここまでは良かった。
しかし次の瞬間、リジカーネスはネコを力強く抱いてしまった。
「にゃっ!」
抱き締められるネコを見て真っ赤になる楓。
ネコの体は楓と瓜二つ、いや、耳以外は同じなのでこれを楓は看過出来なかった。
恥ずかしさのあまり我を失った楓の右手だけでなく左手にまで召喚される通常の十倍の質量を持つラチェットレンチたち。
突進してラチェット二つを並べて真っ直ぐに突き出すそれはまるで槍術の様である。
「ぎゃうっ!」
リジカーネスの横腹に突き込まれた二本のラチェットレンチはあばら骨を粉砕しリジカーネスを吹き飛ばす。
飛んだ先に回り込みスピンしながら何発も叩き込まれるラチェットレンチ。
「がはっ! ぎょぇ! ぐぉ! げほっ! ごふっ!」
延々と続く連続攻撃は弾き飛ばされる度に反対側へ回り込み打ち込んでいるので幾つ目のコンボか数え切れない。
そのあいだ中、ずっと『キャーキャー』と喚きながら攻撃を繰り返す楓もやっと一息ついた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「楓、気は済んだか?」
「え? はぁはぁ……きゃあ!」
襤褸屑になって転がるリジカーネスを見つけるなり叫んだ楓。
「零司、私、私、人を殺しちゃった……」
泣きそうな楓を急いで抱き締め、大丈夫だと慰める。
それにこいつは神なので人殺しではなく神殺しなのだ。
抱き締められた楓を羨ましそうに見ているリリが言いたい事は解るがメインヒロインは楓なので我慢が必要だった。
だが楓に人殺しや神殺しなどと言う過去を背負わせるなど出来ない零司は一役買って出る。
「大丈夫だ、俺に任せろ。巫女さん、ちょっと一緒に来てくれ、それとネコもだ」
そう言うとリジカーネスの亡骸の様なモノと巫女、ネコと一緒に転移した。
◻
「安心しろ、ここは俺の個人的な趣味の部屋だ」
突然周囲が真っ暗になり巫女には何も見えなかった。
しかし目が馴れるに従い周囲が見えてくる。
ぼんやりとした光が見え、光が反射した何かがあるのが判る。
「ひぃっ!」
周囲に広がる数々の異形の影に息を飲み込む巫女。
両手を口に宛て、身動きも目を逸らす事も出来ないまま震える膝で立ち尽くす。
何故か? 灰暗い紅い目の異形たちに目を向けられているのだから仕方の無い事だろう。
この魔王の謁見室を閉鎖する原因になったラチェットと同じ気分を味わっている哀れな巫女だった。
「安心しろと言っただろう? と言っても何でここに来たかを先に説明した方が良さそうだな。ここは俺の趣味で創った部屋で害を与えるものじゃない。気分的にはそう言う事が有るかも知れないがそれは知らん。まあそれは良いんだが、コイツを起こす前にひとつ聞いておきたい」
零司の言葉を聞いてもまだ震えが止まらない巫女だが、零司に目を向ける事は出来た。
しかしまだ混乱しているので零司が何を言っていたのかまでは正確に受け取る事が出来なかった。
「良いか、良く聞けよ」
コクリと頷く巫女、
「まず第一にコイツは、ここでお前たちが楽しんでくれる様にと精一杯頑張って今日の準備をして来た俺の女たちと、俺の大切な女が挨拶をしているのにそれを無視した」
巫女は零司の静かで冷静な言葉に自己を取り戻しつつ、零司の言葉の意味をきちんと確認していく。
「第二はリリを騙して自分の玩具にしようとした」
これに巫女はやはり気付かれていたかと観念する。
「第三に俺の女と同じ体のネコを無断で抱いた」
「四つ、最後だ。経緯はどうあれ全ての世界の中で俺が最も大切にしている女を悲しませた」
巫女はもう自分の命を対価に許しを乞う事しか考え付かなかった。
確かにリジカーネスが招いた事態ではあっても、諸々の事情を考えれば言い逃れなど出来ない。
歴代巫女の中で唯一、何の成果も無く、更に他の、しかも歴史上最もこの世界に貢献している神々に迷惑を掛けてしまったのだから、ただで済ませられる筈も無い。
いま自分の身が置かれた状況よりも、唯一この世界で心を通わせる大切な親友のお付き長クーリスも処分を受ける事を想うと、そちらの方が恐ろしく感じられて涙が止まらなかった。
「魔王零司様、御身の怒りは当然の事と存じます。ですが今回の不祥事は何卒わたくしひとりの命だけで許して戴きたく願います。どうか御慈悲を」
自分の命よりも他の者たちを助けて貰える様に願う事しか出来ない巫女は真っ赤な絨毯に平伏して『どうか御慈悲を』と繰り返す事しか出来なかった。
巫女さん、どうなるのか。
リジカーネスは……どうでも良いかな(笑)
2019/08/03
幾つか言い回しが適切で無かった所を修正しました。




