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49.新しきもの9 サーラの幸せ

 先触れの巫女の付き人たちがやって来た翌日。

 彼女たちの感覚からするとかなり早い朝七時に朝食があり、四人でそれぞれに別の金額が上から数えた四番目までのセットを受注した。

 昨日はレストランの時間外なので楓とネコが付き添っていたが、今回は営業時間内なのでサーラひとりで届ける。

 そして今回も平伏(ひれふ)した彼女たちを見た。

 問題が無いならそれで良いとは思うのだが、逆に問題があった場合には此方の落ち度が判らないままになってしまう恐れがあるので今回は訊く事にした。


「申し訳ありませんが此方に何か不備でも御座いましたでしょうか?」

 平伏す彼女たちに対面する形で正座して訊ねた。

「いいえ、その様な事は御座いません。こちらこそ知らぬ事とは言え、ご無礼を致しました事を心より謝罪いたします」

 更に小さくなり所在無さげな反応を返す。

 サーラは何の事だろうと無礼に関して訊ねた。

「サーラ様の御名が我々の世界に知られて居なかったとは言え、このようなあるまじき待遇を受ける只人(ただびと)である我らにはこうする他に何が出来ましょうか」


 サーラは神術の事かと察しが着いた。

「どうやら誤解で余計な心配をお掛けし大変申し訳ありませんでした。どうぞ顔をお上げ下さい」

 さすがに誤解と言われては顔を上げない訳にはいかない。

 四人が揃って顔を上げ、サーラと同じく正座する。

 向かい合えたので詳しい話を始めるサーラ。


「私は神術を使えますが、これは主である零司様のお力に由るものです」

 この言葉に彼女たちは衝撃を受けるが、神関連の話でそれを見た目で判ってしまう様な教育は受けていない。


「私は元々この街の貧しい農家の家に生まれた何処にでも居る、そう、何処にでも居るただの娘なのです。親は話してくれませんでしたが、知り合いの話では私が産まれた時の我が家の状況はとても苦しく、私も巫女の候補にと声を掛けられたと聞きます」

 この言葉には驚きが隠せなかった様だ。

 巫女の候補は殆どが同じ状況で集められた者ばかりであり、その状況から巫女の候補にならなかった者の話など聞いた事が無かったからだ。

 あり得ない話だが、もし自分も候補として親から離される事が無ければ、などと考えた事すらも無かったのだから。

 そしてその候補にならなかった者が神術を使い、目の前に居るのだから驚かない筈も無かった。


「父は私が物心つく前に、母は物心がついた頃に他界し、五人の兄たちと一生懸命畑を耕して毎日を過ごしていましたが、去年の春、あの心優しき方々と出会ったのです」

 彼女たちは自分にもあったかもしれない、今とは違う人生の話に心を奪われていた。


「今ではどこでも食べられていると聞くあのハンバーグを、最初に食べたと言う知り合いに聞いて今はこちらのモールでホテル部門の責任者をしているバンの宿屋へと行ったのです。そこで初めてのハンバーグを楓様と一緒に作り、兄たちに食べさせてあげる事が出来ました」

 話を句切り、当時を思い出して感慨に更けるサーラに『私たちに構わず話を先に進めて下さい』と言いたそうだ。


 外の生活や文化に馴れていない彼女たちは、普段は俗世に対して情報として以外の関心を見せないが、とても身近な、そしてまるで初めてシンデレラの物語を聞いた小さな子供の様にサーラの話す次の言葉に待ち焦がれながら引き込まれて行く。


 サーラは目を閉じて胸に両手を宛て、一頻(ひとしき)り物思いに更けると僅かに体全体が光を帯びて、本人を含め誰もそれに気づかないまま話を再開する。

「そのあとお礼をして宿屋を離れた直後にあの焔の魔神が現れ、それを零司様が街を護る為に魔神を外に連れ去って下さったのです」

 お付きたちから羨望のため息が漏れ始める。

 そう、自分たちが接待しているリジカーネスはそういった他者(にんげん)に対して施しを行うとか護るといった一切の行為をせず、ただ巫女を弄び続けるだけだったのだ。

 そしてサーラは知らずにある術を行使していた。

 それは零司を慕う気持ちそのものが彼女たちの心にも一方的に直接共感してしまうものだった。


「その日の内に無事戻られた零司様は、偶然居合わせた『戦の女神リリ様』の力により『焔の魔神』が倒されたと告げられました。翌日、零司様、楓様、ネコ様、リリ様の四神は天使ラチェット様を連れ純白の神の乗り物で降臨され、その日が『戦の女神リリ様の日』または『四神の日』となったのです」

 ささ、遠慮なく話しを進めて。(((同意)))

 言葉も動きも無いが、彼女たちはそんな事を思う。


「後日、外からやって来た人たちにより混乱するファーリナを見た楓様は街を救うべく立ち上がり、零司様と共に神の世界の施設『楓とリリのショッピングモール』を現界させたのです。しかしそれだけに留まらず学校と言う神の国の高度な教育の場を私たちに無償で提供して下さっています」


 サーラにより語られる内容は、お付きの者たちにはまるで別世界のお伽噺である。

 自分達がそれを得る為に存在しているにもかかわらず、あのリジカーネスは全く何も与えるどころか溢す事すら無かった。

 リジカーネスについたこの五年に満たない間ではあるが、今までに何百と存在したそれまでの歴代巫女たちの中でも自分達の世代だけが全く成果が無いのだ。

 そんな彼女たちが零司たち四神に出会えていたなら良かったのにと思うのは仕方の無い事だろう。

 そしてその成果をある程度ではあるが知っていたからこそ、現巫女ジーナと付き人の長クーリスはリジカーネスをけしかけたのだ。

 だがそれも失敗し、成功どころか奇跡の発展を遂げるこの街に足を運ぶ羽目になるとは、今代の巫女たちにとって屈辱に近い心境であった。


 何故なら、この街を発展させた四神には巫女が付いて居ないのである。

 巫女が付いている神よりも付かない神の方が利益を産み出すと言うのならば、それは巫女の存在意義を揺るがしかねない。

 そしてここに核爆弾発言が。


「私は零司様の巫女として選ばれ、家族として神々の館での生活と、学校とは異なる異世界の高度な教育、零司様の力の一部を借り受けた、それがこの力なのです」


 お付きの者たちは確かに聞いた。

 『巫女として選ばれた』と。


 巫女は王都の、ある特別な施設で育てられた候補の中から、神が降臨した際にだけ選出される特別な存在であり、同期の者一同がチームとなって神に尽くす代わりに異界の有益な情報や品を手に入れる、いわばシステムそのものを指した言葉でもあった。


 今回の零司たちに関しても、巫女の育成施設で零司の巫女を選出すべく動きがある筈だ。

 しかし今までに一度も女神が降臨した前例が無く、今回は三柱もの女神が降臨するなど施設の方ではどう対応するのか混乱しているのが手に取る様に分かる。

 それにあの施設では他の世代の巫女候補たちとも接触出来ないので憶測にしかならないが、自分達の年齢幅から推察すれば次のチームは恐らく大半が一五の成人年齢に達しない者ばかりだろう。

 そんな事情もあり男の神である零司の巫女チーム選出すらも遅れているのだ。


 そして選出が遅れている間に『自称巫女』が、しかもまだ成人に達しているとは到底思えないその小さな体で堂々と言い放った。

 最初は神術を行使出来る人間など、巫女養成施設の長『アーレ』しか知らず、そのアーレですらサーラが使って見せた何も無い所から物を出し入れする術を使えないので、それを見てこの少女に見える者も神なのではないかと失礼が無い様に平伏したのだ。

 そしてさっき、サーラが発動した強制共感術がお付きの者たちにも影響を与え、零司を心から想う気持ちが嫉妬になってしまった。

 彼女たちはその感情に自分ではおかしいと思っているのに、術を発動中のサーラによってそれを止める事が出来ない。


「サーラ様、巫女とは私たちの様に赤子の頃からそれだけの為に厳しい教育を受けて育てられた者の長たる存在であり、異界の神に専属でお仕えし、この世界に利益を得る為だけに存在するのです。貴女は零司様の巫女を名乗る資格はありません」


 サーラは物語の人物になった様に日頃から自分を巫女だと思いたくて言ってしまったが、それを本職の巫女に支える、巫女に成れなかった人たちに指摘されて驚き、本当は分かっていたが自分が巫女ではないという事実を突き付けられてしまった。

 さっきまで幸せそうにしていた優しいその目は見開かれ、涙が溢れる。

「そ、ぇ?」

 何と答えて良いのか言葉が浮かばない。

 今のサーラは零司と出会ってからずっと想い続けた気持ちが否定されて混乱していたのだから当然である。


 サーラはただ彼女たちが何故自分に平伏しているのか知りたかっただけ、それが勘違いなら普通にして欲しかっただけなのだ。

 零司がいつも言っていた『普通の人として扱って欲しい』だけなのだった。

 そしてお付きたちは突然途切れた零司に対する慕情が消えた事に気付くが話に浮かされただけだろうと本来の役職柄から表には出さなかった。

 涙を流しながら言葉を探し続けるサーラは結局何も言えずに立ち上がると深くお辞儀をして静かに部屋を出るしかなかった。



 ホテルのカウンターにある三つの小さな鈴のうち一番右の鈴が鳴り、スラゴーの一番近い部屋からの呼び出しが掛かったのが判る。


 臨時でホテルのカウンターに詰めているサーラは即座に部屋へ向かった。

「お下げいたします」

 そう言って取り込もうとしたが何も起きない。

 もう一度やってみるが何も起きない。

 しかし今まで仕事熱心で慣れ親しんだ食器の取り下げはまるでオートマチックで、器を重ねてトレイに載せると予備で持っていたポケットに入っているフキンでテーブルを拭き、丁寧に挨拶をして下がる。

 サーラはカウンターから業務通路を通りレストランの厨房で食器を渡すとレストランの事務所へ入った。


「ローゼさん、相談があるのですがいま良いでしょうか?」

 仕事中に相談など普通なら後にする様に言っただろうが、仕事に対して真摯に向き合って来たサーラを知っているローゼは何かあるのだろうと()している事務仕事を止めてサーラに応接セットのソファへと座って待つ様に指示する。

 厨房からお茶セットを受け取り対面で座るローゼはゆっくりとお茶を入れて差し出した。

「熱いから気を付けて」

 いつもの元気は微塵も無く、テーブルの汚れでも発見したのかと思うほど俯いたままのサーラを見ながら茶を啜り待つが、話を切り出す様子も無いのでローゼから訊ねた。

「何があったの?」

 優しく、安心して話せる様に。


 ローゼの問いにも暫く黙っていたサーラだが、突然泣き出した。

 そんなサーラにローゼは慌てて立ち上がりハンカチを取り出すとサーラの横に座って肩を優しく抱き締め、そのまま落ち着くまで待つのだった。



「忙しいのにお時間を取らせて済みません」

「良いのよそんな事。それよりもどうしたの?」

 既に対面座席に戻ったローゼは冷めてしまったお茶を口にする。

「実は零司様から借り受けた力が突然使えなくなって……」

「そう、それで何か心当たりはあるのかしら」


 サーラは多分さっきの巫女のお付きたちとの会話が原因ではないかと話す。

「難しい問題ね。そうねえ、鍵は光っているのかしら」

「いいえ、いつもは光を抑える様にしていますから」

「それを光る様には出来る?」

「いえ、今は何も出来なくて、零司様に申し訳……」

「大丈夫よ、きっと直るわ。だから気を落とさないで」

 ローゼは辛そうなサーラにこんな事しか言ってあげられない自分を情けなく思う。

 その反面、サーラが朝食を運んだ後くらいの時間に、急に零司に会いたくてとても切なかったのを思い出し赤面する。


 そこに普段は管理室で一日中ゴロゴロしている筈のリリが現れる。

「リリ様!」

 サーラはローゼのその声に慌てて涙を拭いて普通にしようとするが、泣き腫らした目は誤魔化せない。

 リリはローゼの隣にストンと座ると抑揚の無いいつもの声で一言だけ言った。

「グッジョブ」

 サーラにサムズアップして見せる。


 サーラはリリが何を言っているのか解らず呆然とする。

 もちろんグッジョブとサムアップは零司がたまに誉めてくれる時にやっているので知ってはいるのだが、何故それをここでやっているのかが解らず困惑している。


「さっきのは良かった。またやって欲しい」

「何を、でしょうか?」

「魔王様の温かな愛情が私にも流れ込んだ。あれはとても良いものだ(じゅる)」

 そう、ローゼがさっき思い出した事も、リリが感じた愛情も、サーラの想いが世界中の人々に届けられたのであった。

 だがそれでもサーラにはリリが何を言っているのか解らなかった。

 サーラは自分がそんな術を使っていた自覚が無いのだから。


 リリは元々魔神だった時に零司の力の残渣を辿ってやって来たくらいには力の流れに敏感で、今回も零司の愛情が流れ込んだ元もサーラだと直ぐに気付いた。

 その後も(・・・・)力を使おうとして出来なかった事も含めてだ。


「サーラよ、鍵を出すが良い」

 サーラはリリに言われるままシャツのボタンを外して取り出し、リリへと渡った鍵は淡く輝く。

「ぁ……」

 それはサーラが光らない様に設定してあったのを解除したので神光石の特性が戻り、リリが居る事で光っているだけだ。


 つまり、サーラは念願を叶えるチャンスがやって来たのだ。

 要は神光石に蓄えられた零司の膨大な力はサーラの想いを世界中に届けるという大規模神術を使った事で底をついてしまっただけなので、もう一度零司に補充して貰えと言う事である。

「確かめられる様に少しだけ足してやろう」

 リリに力を注がれた鍵は少しだけ輝きを増してサーラの元に戻された。


 大切な鍵を両手で優しく包み込み、祈る様にして日頃から大切にしている零司から貰った文房具を取り出した。

「あぁ、出来ました! リリ様見て下さい、出来ました!」

 悲しくても嬉しくても涙を流すサーラ。

 それを見守る二人もサーラの喜びに幸せを感じているのだった。

補充が少しだけだったのは、リリもサーラの望みを知っていたから。零司に補充して貰える様にという配慮でした。


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