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45.新しきもの5 モールを知って

前回44話修正:

 レストランに入ったのが四人とありますが、サーラを除き二人です。

 既に読まれていた方には申し訳ありませんでした。

「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしています」

 目を閉じて味を脳内再現しながら幸せそうにしているイーノ。

「とても美味しかったです。出来る事ならもう一度注文したい程に、あれは私の心を虜にしてしまいました」

 『出来る事ならもう一度』それはお腹一杯でもう食べられないから。

「イーノ、きちんと前を見て歩きなさい」

 少し呆れた様に優しく諭すルールミル。

「あわ、失礼しましたお嬢様(・・・)

「もう、確りしてるのかぽわぽわしてるのか分からないんだから」

「えへへ、済みません」

「お二人は知り合って長いのですか?」

 仲の良い二人に思わず聞いてしまうサーラ。

「はい! おひ……お嬢様とは幼少の頃、パーティーで出会って以来の仲なのです!」

「はぃ……」

 急にテンションが上がり迫るイーノにたじろぐサーラ。

「はあっ、また始まっちゃった」

 ルールミルは大きなため息を吐いて頭を抱えた。

「幼少のおひ、お嬢様はとても可愛らしく、抱き締めてお持ち帰りしたい程に「そこまでにしなさい」……はいぃ」

 高かったテンションもルールミルの介入で急にしおらしくなってしまったイーノ。

「もう、しょうがないわね」

 そう言ってイーノを優しく抱き寄せるルールミル。

「姫様、大好きです」

 小さな声で言うイーノに頬を染めて応える。

「私もよイーノ」

 王宮で育ったので気付いて無い様だが、二人だけの世界に突入してしまったルールミルたちを周りの客が見て和んでいる。

「そろそろ次に行きませんか?」

 サーラが移動を促して商店の果物やアクセサリーに民芸品など、日本の観光地にあるお土産屋と同じ様なラインナップを見ながら、モールの裏手に出る。



 次は果樹園へと案内する。

 果樹園はモールの裏手にあり、白亜の館の門とは離れた場所に入り口がある。

 その入り口の扉はシンプルなのだが、そこから先がこの世界の常識ではない温室の屋根が見えている。

「これは一体何なのでしょうか?」

 ルールミルが訊ねた。

「零司様の説明では温室と言うそうです。部屋と呼ぶには大き過ぎますが、ここでモールで売られている果物などが栽培されているのです」

 イーノが目を輝かせる。

「それでは行きましょうか」

 扉を開けるとそこには収穫されて出荷を待つ果物が箱に入れられていた。

 そしてお土産用の箱に果物を詰めている年配女性の作業員が居たのでチーフの居場所を訊ねたら中で収穫していると言われそちらへ向かう。


 『中』とは果樹園がある温室内の事だが、零司の個人的な果樹園と同じく外から余計な物が入り込まない様にエアーシャワー室が設けられていた。

 違いがあるのは新しい苗の安全性を確認する隔離された部屋が無い事と、先程の詰め込み作業用の広い部屋がある事だろう。

 それなりにモールに合わせた変更が為されている。


 エアシャワーを抜け中に入ったサーラたちは手近な作業員に訊ねて居場所を捜すのだが敷地面積が非常に大きいので見つけるのも一苦労だ。

 零司に頼んで何とかして貰いたいと思うサーラである。

 そして十分ほど歩いた頃にやっと発見した。

「ハスラさん、捜しました」

 ハスラと呼ばれた男性はリンゴを採集していた。

「ああ、もう少しと思っている間に大分経ってしまったね」

 採れたてのリンゴを手にして良い笑顔だったが、籠一杯のリンゴを見て苦笑する。

「ようこそお姫様、ここは魔王零司様がお創りになられたこの世にある異世界です。私が案内しますので何なりと訊いて下さい」

 零司が産み出したハスラ自慢の果樹園だ。



「こちらが桃の木です。モールで一番人気の高い果物ですね、最近はリリ様の花と同じ色なので女神リリの果実とも呼ばれていますが、別の花だと知らない方もいらっしゃる様です。桃は軟らかく非常に傷み易いのが難点で、ひとつひとつ大切に扱われて出荷されますが、今のところは隣街のリーデルへ運ぶのが精一杯でしょう」

 喋りながら切り取った採れたての完熟桃をルールミルとイーノに渡す。

 手に取ったルールミルたちはその独特な肌触りと形からあるものを思い浮かべた。

「面白いでしょう? 『リリ様の果実』以外にもその見た目から『安産の果実』とも呼ばれ、妊婦にも人気なんです」

 笑うハスラと恥じらうルールミルとイーノ。


「しかし来年の春に、零司様の果樹園で創られたこの世界の土でも健康に育つ品種が他の街に配られるので、痛み易く手に入れられなかった人たちにも(いず)れは普通に食べられる筈ですよ」

 笑顔のまま説明するハスラに違和感を覚えたルールミル。

「確かに他の街にもこんなに美味しい果物があれば(みな)が喜ぶでしょう。しかしそれではこちらの収益が減ってしまうのではないですか?」

 ハスラはルールミルの尤もな言葉に、どう説明して良いのか分からず困ってしまう。


 そこにサーラの助け船が入る。

「それも零司様と楓様のご意志です。今はまだ詳しくは話せませんが、リリ様の館で生活する様になれば(いず)れお話を聞く事になるでしょう」

 神の意思と言われては返す言葉も無い。

「ただ、零司様楓様のお二人は、この世界をとても大切の想って下さっているのは確かです」

 笑顔で言うサーラの言葉に少し緊張していた周囲も和らいだ。




「こちらは銭湯と言う浴場になります」

 赤青二色、二つの暖簾が架かった入り口の赤い方に進み、暖簾の前で案内している女性にルールミルが貰った一日無料券を見せて中に入るサーラたち。

 中は鍵状に曲がった通路の先に広い脱衣場があり、その入り口に二人の案内役が待っていた。

「あら、来ましたね。いらっしゃいませ、ここは銭湯です。日頃の汗を洗い流してゆっくりと休んで行って下さいね」

 案内役の同僚に挨拶する。

「こんにちは、こちらは女湯のチーフでセーラさんです」

「「こんにちは」」

 奥の方で裸の女性が数人かたまって話をしながら風呂に入る準備をしているのをチラリと見ながらセーラに挨拶したイーノは少し顔が赤い。

 ルールミルはセーラだけを見ていたので他の事は気付かず、それでもイーノが少し変なのだけは判った。


「はいこんにちは」

「今回は見学だけになりますので案内をお願いします」

 サーラの要請に応えるセーラ。

「解りました、では早速案内させて頂きます。

「ここは風呂場の手前で脱衣場になります。風呂へ進むにはここで服を脱ぎ棚の籠に服を入れて下さい。場所はどこでも構いませんが何処だったか忘れない様にきちんと覚えておいて下さい。湯から上がった後は、あちらのマッサージ椅子で更に体を解す事も出来ます」

 言われたマッサージ椅子を見ると浴衣を着た二人の女性が使用中で、二人とも小さく甘い喘ぎ声を漏らし、されるがまま体を揺らしているが、全身が火照っているのは湯上がりのせいなのか、それともマッサージのせいなのかは判別できない。

 それを両手で目を塞ぐ様にして目線だけは確保しながら真っ赤な顔して見ているルールミルとイーノ。


 次に浴場の方へと移動するが、浴場入り口の両脇が例の分厚いガラスで、しかも結露しない処理を施されているため非常にクリアな状態で浴場内を見渡す事が出来た。

「ここは屋外なのでしょうか?」

 ルールミルの極普通の疑問にチーフのセーラが答える。

「いいえ、こちらモール内の全ての場所に共通する天窓による明かり取りをしています。夜も照明があるので利用出来ますよ」

 営業スマイルではない、初めてやって来る客が驚いてくれるのが嬉しくて笑顔になるセーラ。

「ここでは思い思いに好きな場所で休みながら湯を楽しむ事が出来ますよ」

 銭湯や露天風呂の様な場所ではお湯の温度が下がらないので、浸かりっ放しだとあっという間に茹で揚がってしまう。

 そこでちょこちょこと小まめに湯から上がっては草木が生える奥の東屋で歓談しながら休んだり、湯の直ぐ横にある一段高いベッド状のちょっと傾斜した段差に寝転がったりしながら自分なりに調節して楽しむのだ。

 そんな王宮よりも自由な銭湯にルールミルはちょっとした憧れを持った。



 次が最後、モールの二階にあるホテルだ。

 階段を上りきった目の前には明るく広いカウンターがあり、とても建物の中とは思えない。

 振り返ったルールミルはラウンジを見つける。

 少なくない人々が思い思いに椅子に座り談笑しているのだが、そこもカウンター同様に天窓から光が差し込み奥の方に居る人の顔もハッキリと見える程に明るいのだ。

「ここは何でしょうか」

 ルールミルと共に振り返ったイーノがぽそりと呟く。

「ここはホテルと休憩室、夜になればバーが開いていますよ」

 イーノは突然の声に振り返る。


「私はこのホテル部門を任されているバンと言います」

 そこには少し《・・》お腹の出たハゲ頭のバンが居て、一年の間にすっかりお腹の脂肪が落ち、あのでっぷりとしたお腹が懐かしくさえ思える。

 そして変わったのはお腹だけではない。

 あのぶっきらぼう(・・・・・・)なバンとは思えない丁寧な言葉で、本当にホテルの責任者然としている。

「こんなに広い休憩室ですか?」

「ええ、そうです。ここは商店とレストランに銭湯、そしてこのホテルがありますが、お時間が余ったお客様はこちらで歓談する方が多いですね。こういった場所では見知らぬ者同士で話すのも楽しみのひとつだと思います」

「なるほど」

「もしこういった場所が退屈でしたら遊戯室の方へ足を運んで頂ければ楽しめるかもしれません、遊戯室はあちらの扉を抜けた先にあります」

 ルールミルとイーノはその扉に目を向けて確認した。


「さてと、それでは各部屋を見学して頂きましょうか」

 バンはカウンターに目配せすると、カウンターで話を聞いていた受付嬢が手元で何かをした後で静かに歩いてバンの下にやって来る。

そして三つの色が違うキーホルダーが着いた鍵を手渡した。

「ありがとう。では参りましょうか」


 バンを先頭にして進むと、一番近いファーリナグレードの部屋を最初に選んだ。

 ファーリナは廉価なビジネスホテルクラスの部屋で、泊まれれば良いと言う程度の構成だが、中に入ったルールミルたちは簡素ながら質の高い部屋に驚く。


 まずガラスが使われた大きな窓と天窓が凄い。

 部屋は明るく角まできちんと見える。

 ファーリナに来るまでに宿泊した宿屋では有り得ない。

 これは王都でも事情は同じだろう。

 次に目に入ったのは極めて細やかで滑らかな布を使った純白の寝具で、いかにも軟らかそうにふんわりとした厚みがある。

 木製家具の全ては表面が綺麗に平らであり、かつ、鏡とまでは言わないが大きな窓から差し込む光が反射するほど滑らかな肌触りをしていて表面に保護材が塗られているのが一目でわかった。

 壁を見ると白一色の壁紙が貼られ、しかも繊細なレリーフを伴う細かな模様が延々と隙間無く続いている。

 これは光を乱反射させて部屋中に軟らかく光を届けたり、音が直接的に響かない様にする工夫でもある。

 カーテンは太い糸を密に織り上げた厚手の光を遮る物と、厚手の遮光カーテンと同じく窓一面を覆う一般人が利用する安宿で使うなど有り得ない大きさの繊細なデザインのレース生地を使ったカーテンが備えてあった。

 足元も単色で厚手の絨毯が敷かれ、歩く音が消されている。

 そしてこのホテルの絨毯が土で汚れ難いのは、外のロータリーの長い通路を歩かせる事で土を落とさせ、入り口の中外(なかそと)にあるマットでとどめの削ぎ落としをしているからだ。

 この最安値の部屋は確かに備え付けの備品を一覧にすれば点数も少なく彩りなどの華やかさは無いものの、基本的な素地は王宮に匹敵するか越える物だ。


「これは本当に最安値の部屋なのですか?」

 息詰まるルールミル。

「ええ、値段も以前私が経営していた宿屋とそう変わりませんよ」

 窓を開けて風に靡くレースのカーテンをバックにして笑顔で語るバンは嬉しそうだ。

 当然だが、明かりを背に窓辺に立ち笑顔を見せるバンをルールミルが王子様と見間違える事は無かったのはハゲ頭が輝いていたせいではないだろう。


 その後ミドルグレードのミテールヌを見るが基本は同じで複数人で利用する事を前提とした広く利用し易い構成と要所に装飾を施した物だった。



「こちらが高級グレードのスラゴーになります」

 中に通されたルールミルたちは絶句する。

 部屋の幅だけある大きな窓の外に中庭と露天風呂が見えたからだ。

 部屋の装飾も凄い。

 ありとあらゆる物が繊細な装飾と造形で出来ており、ただの取っ手ですら王室レベルのデザインで造られていたのだ。


 ルールミルは王宮にある自分の部屋を越える調度品の数々に圧倒されながらも、なんとか驚きの声を上げるのを抑える事が出来た。

「これ見て下さい姫様! とても綺麗な花ですよ!」

 しかしイーノはルールミルの手を引き零司が再現した薄いピンク色のユリの花に誘導する。

「本当に綺麗ね、これは何と言う花なのかしら?」

 ルールミルがバンに訊ねる。

「そちらは『戦の女神リリ』様に因んだ零司様の世界に咲く『リリライトピンク』と言う花だそうです」

「リリ様の花……」

 これはモール向けの果樹園で栽培している物で、部屋の手入れと同じくその手間でこの部屋の利用料金が跳ね上がっていると言っても過言ではない。


 そしてもうひとつ付け加えられた。

「夕食の時間までルールミル様とイーノ様はこちらをご自由にお使い下さい」

 嬉しそうなイーノと、恐縮気味のルールミルだった。


 二人だけになるとキングサイズのベッドに腰掛けて手を繋ぎ仰向けに倒れたイーノ。

「ぶはー。なんか凄い事になっちゃいましたね」

 気楽に笑いながら言った。

「そうね本当に夢みたいだわ……。まさか本当に、こんなに簡単に」

 倒れたイーノに続いて自分も倒れたルールミルは零司の言葉を何度も何度も繰返し思い出しているので天井にある見事な装飾も見えていない。

 『ルー、ルー、ルー、ルー、ルー、ルー、ルー、ルー』

 ひとつ呼ばれる度に零司の様々な顔が過り、その度にルールミルの心は打ち震えるのだった。

 そんなルールミルを頭を転がして眺めるイーノもまた嬉しかった。


「そうだ!」

 突然イーノは手を繋いだまま勢い良く起き上がり、ルールミルの手を引いて起こす。 

「姫様! この部屋を使えって言う事は……」

 外に目を向けるイーノに続いてルールミルも目で追った。

 そこには露天風呂がある。

「お風呂ね」

「そうですよ! きっとお食事の前にお風呂で清めて来なさいと言っているのではないでしょうか?」

「……うん、そうよね。時間はまだ十分にあるし大丈夫よね?」

 二人はローテーブルの上にある案内書を読み、呼び鈴で店員を呼んだ。

 そして露天風呂に入るに当たり、護衛に着替えの入ったカバンを持って来る様にと伝えて貰う。

 その間に入浴案内を読むと、この部屋にもあのマッサージ椅子が置いてあるのが判ったので早速使ってみるが、ただ痛いだけで銭湯で見た女性の様に気持ち良さそうな感じにはならなかった。 

 暫くして護衛の男が大きな旅行カバンふたつを持ってきて部屋に置くと護衛は戻った。


「本当に気持ち良いわ」

「そうですね~」

 王宮の風呂よりも温度が高いので、既に二人とも茹で蛸になっている。

「さっきセーラさんが言ってたし少し冷ましましょうか」

「さんせ~」

 湯から上がって風呂の縁に腰を掛けると、春の風は天気の良い日でもまだ涼しくあっという間に体も冷めた。

 これを何度も繰返しながら二人で話をしつつ、一時間くらいがあっという間に過ぎて日が暮れそうな時間になってきた。

「髪も乾かさなければなりませんし、そろそろ上がりましょうか」

 ルールミルは胸に懸かる程度の髪なので乾燥させるのにあまり時間は掛からないが、それでも余裕は見ておくべきである。


 二人で髪を交代で梳き合い、きれいに纏まった頃には西の空が紅くなり始め、東は天幕が引かれていた。

 中庭にあるリラックスして座れる木製のチェアに二人で腰掛けて夕日を眺めていた。

 門は閉店の曲を奏で、二人を優しく包み込む様な少し悲しさのある曲を流しファーリナの人々に染みて行くのだった。

次回は白亜の館に向かう二人です。そのまんまですね。

それと門が五時に流す曲は小学校で下校の曲として使われた、ちょっとブルドッグに似たドヴォルザークの『新世界より』を抜粋したものです。懐かしい。

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