42.新しきもの2 入学生と新科目
ファーリナの春はここからが本番。
春になりファーリナの街は街章になっているナシャの花が街中で咲き誇り、花の蜜を求める蜜蜂が忙しく飛び回っていた。
温度調節された果樹園で一年中飛び回り繁殖した蜜蜂の巣箱をファーリナの街にも設置したのだ。
この巣箱で採取されたハチミツは無料で街の住人に配られたので人々は蜜蜂に対して友好的だった。
そのハチミツを持って学校が休みの日にギャロの家に遊びに行く零司は長女の誕生祝いと言ってギャロ一家の為に現代日本の様な防火断熱性の高い神築の家をプレゼントした。
これには夫婦揃って多いに喜び、心から感謝される。
そしてもうひとつ、赤子のメープルには悪影響があるから与えない様にと念を押してファーリナ産のハチミツを渡すのだった。
◻
四月の学校入学者受付けを前にファーリナへと引っ越してくる家族や若者が毎日続き、それを予想していた零司は事前に領主のシエルや街の人たちと協議して街の一角で人が住むには適していなかったガレ地に一時住まいの試験的な協同住宅を建設した。
歩くのすら困難だった岩だらけの土地を一度掘り起こし、街から離れた起伏の激しい地域から土と木材を入手して独身用に長屋型協同(集合)住宅、いわゆるマンションと、家族向けの戸建て住宅の二種類で急激な人工増加の緩衝材を用意した。
伝も無く突然引っ越して来ても住む場所は宿屋しかないが、宿屋は数日から長くて数週間程度のスパンを前提とした施設なので、数ヵ月からの『居住』を望む向きには経済的にも適さないし、宿屋も部屋数が足りなくなってしまう。
元々ファーリナには『小鳥のさえずり亭』一軒しか宿屋が無く、その一軒も店主がモールに引き抜かれ普通の宿屋が無くなっていた。
だが馬車乗り付け専用宿屋の様に、モール以外に用事がある外来の為の普通の宿屋も建ったが、それもあの学校が建つと言う話に釣られてやって来た人々の数を受け入れるには間に合わず今回の様に住宅地を別の場所に用意したのだ。
そして前回の密集度の高い居住地域での、今までの状況から問題となっていた『何でも一緒の協同住宅』を止め、家族向けには戸建てを用意したのだった。
将来家を建ててここを去るまでの一時的な居住地なので最低限の物しか無いが、それでも神術で建てられた直線的で近代的な生活のデザインが盛り込まれた住宅は、移住者に非常に高い満足感を与えた。
零司は気付いていないが戸建てに入居した住人は自宅で仕事をする訳ではないので狭い部屋や土地であっても、もう離れる気は無いだろう。
独身向けで見てみるならば、そのほとんどが学生とモールの従業員なので家族が増えるのでなければ特に問題など感じない者が多い様だ。
ただ、当然なのだが独身用協同住宅は男女で離れていたりする。
そう言う訳で今年も零司が予想した通りに人口が増加し続けているが、ファーリナの街は王都周辺地域の様な開けた平地ではなく一種の盆地に近い土地であり、現代日本の地方都市レベルで見れば五万人を受け入れれば御の字程度の土地である。
この世界の住人の基準を考えると精々一万だろう。
一万と言う数字は王都の直近都市クラスだが、ここは最果ての僻地であり、いわゆる『どん詰まり』の土地だ。
王都と周辺の街を繋ぐ訳でも無くそこまで増えるとは考え難いと零司は考えているが、今年の二学年で始める専門科目では余談レベルで都市工学辺りにも触れようとは思っていた。
◻四月
「一学年の皆さん、ご入学おめでとうございます」
晴れ渡る青空の下、桜が舞散る校庭の壇上に少し着飾ったスーツ姿の楓が立っている。
校庭には去年と同じく百を切る程度の一学年の生徒が整列して楓の話を真剣に聞いている。
「私はこの学校の校長で森山楓と言います。皆さんはこれから我が校で多くの事を学ぶでしょう。それらは全て自分のため、家族のため、人のため、この世界のために役立つものです。皆さんの生活をより良いものにするために必要な、高度な知識で溢れる当校での学習に励み、学友との絆を大切に頑張って卒業して下さい」
目の前に並ぶ新入生を見回し、全員の顔付きを見て『良し』と笑顔で頷き壇上から降りた。
次に二学年に上がった先輩となる前年度の一年生からサーラが代表として祝辞と案内が始まる。
「一年生の皆さん、ご入学おめでとうございます。私は二年生代表のサーラと言います。皆さんは学校と言う新しい場所に期待や不安を抱いている事でしょう。しかし私たち先輩が貴方たちを導きつつ、自立した活動をするのを応援するので安心して勉強に取り組んで下さい」
サーラの言葉に新入生たちの緊張が多少緩和したようだ。
「それではこれから当校の案内を始めますね」
その言葉に二人の二年生がサーラの前に出た。
「こちらの二人の一期生と私の三人で大体三十人ずつ順に纏めて案内しますのでそれぞれに集まって下さい。それではお願いします」
大体三つに分けられたグループ毎に案内をする先輩の名前を聞き、この後の流れを簡単に説明する。
最初に出発するのはもちろんサーラのグループで、教室以外の場所を見て回った。
教室を抜かしたのは教科担当が適切な教室へ案内するので、それ以外の教員室にトイレやシャワールームと保健室など、殆どは校内を隈無く歩いて回る事で後々迷わない様にしている。
◻
三階の空いてる三つの教室に別れてホームルームが始まる。
こちらのサーラが居る教室は零司とマルキウ。
他の教室では体育祭の給食を担当したリーダーのアーリーに楓とネコ。
そしてサーラと並ぼうとして挫折したウェンと語学教師のケインに猫ラチェット。
五十人教室で席に座る二期生は皆が望んで来ただけに前の席が空くという事も無く、全体的に前寄りで席が埋まっていた。
しかし二人だけ、どこかの主人公よろしく一番後ろの窓際の席とその隣に座っている者が居る。
それは二人とも女子で身成りから領主以上の身分を持つ者だろうと一目で判る。
二人とも壇上に立つサーラを見てはいるが、サーラの方が大分年下に見える事もあり、あまり良い印象を持っていない様に見て取れた。
「皆さん席に着いた様ですね。それではこれから零司先生とマルキウ様のお話がありますので良く聞いて下さい。ではお願いします」
最初に零司が教壇に立った。
「皆引っ越しや就職の準備で大変だったろう、とりあえずお疲れさまと言っておこう」
後ろに居る窓際の女子が怪訝な表情を浮かべる。
「そしてこれからこの学校で学ぶ君たちに、ようこそ当校へ、と歓迎しよう。ただし、それはやる気がある奴だけだ」
最後の言葉に教室内のサーラを含む全生徒が息を呑む。
「そしてやる気があるものだけがここに残ればそれで良い。後は苦しみも楽しみも分かち合って困難を乗り越えて行け。それだけだ」
更に重ねる零司の威圧にも似た言葉に生徒たちが萎縮してしまった。
「勉強の事には厳しいので少し緊張しましたが、普段はとても優しい零司先生の話でした」
サーラのフォローでほんのちょっとだけ生徒の表情が和らいだ様に見える。
「では次に、マルキウ様、お願いします」
サーラと入れ替わり壇上に立つマルキウ。
窓際の女子生徒の目付きがキツくなり少しだけ怒っている様にも見えた。
「はーい、アタシがマルキウよ。知ってる子も多いと思うけどミテールヌ山脈の主なんて呼ばれてるわ」
しかしそれを良しとしない者が立ち上がった。
「異議あり!」
全ての生徒が一斉に窓際の少女に目を向けた。
異議を申し立てた女子生徒は周囲の視線など物ともせず、マルキウを睨んでいる。
そしてその横に座っていた恐らく一緒に来たのだろう、女子生徒は慌てた。
「ひめさっ……ばっ! そう、姫鯖! いつ姫鯖がお食事に出るか楽しみですね姫様、!はあっ!?」
更に慌てて自分の口を両手で塞いで机に突っ伏した。
慌て突っ込む事、風の如し。
自爆する事、ボンバー●ンの如し。
姫様と呼ばれた窓際少女は頭を抱えていた。
姫様と呼ばれた少女に生徒たちがザワつく。
そしてその妙な空間を切り裂く一言が。
「そこのアンタ、何が異議ありなのかしら」
マルキウは何ら臆する事無く言い返す。
しかしおかしな指摘が反って来た。
「貴方があの気高き精霊、マルキウ様だと言う事ですわ!」
マルキウを力強く指差し、まるで裁判の様だ。
指摘を受けたマルキウは意味が解らないと、表情には僅かに怒りを浮かべる。
「なーんでアタシが! 見た事も無いアンタにそんな事を言われなくちゃならないのかしら!」
僅ではなかった、大声で教卓を両手で叩きながら結構怒っている。
その剣幕に気圧される窓際少女。
「ひっ……だ、誰が見てもマルキウ様の筈がありません!」
一瞬怯んだものの、直ぐに持ち直して果敢にも攻める。
「アンタの目は何処に着いているのかしら! アタシ以外にマルキウなんて居る訳無いじゃない!」
対立が続く二人にサーラは戸惑い、零司、マルキウ、窓際の少女を見ていたが零司は腕を組んで静観していた。
そこに引き戸が外から開かれて楓とネコが顔を出す。
「何やってるの!」
少しだけ驚く窓際少女だが。
「カエデ校長! その者がマルキウ様だなどと嘘を言っていたので糾弾していたところです! どうか正当な裁きを!」
言われた楓は気が抜けると同時に苦笑いになった。
「楓、言ってやれ」
冷静なまま楓の答えを促す。
「あー、それね。さっき校庭で言っておけば良かったわね」
教室の全員が楓に真剣な目を向けている。
「そのマルキウは大きくなったマルキウよ。偽物じゃないわ、私も驚いたのよね」
楓と零司、サーラに苦い想い出が甦る。
「そんな! マルキウ様はとても人想いの素晴らしい方と聞いています。その様に口汚く威圧的な訳はありません!」
『ここに人を全く悪く言わない環境で育った人間が居ます』神に祈るような気持ちでそんな事を楓は思った。
「ならアンタの隣に居る『イーノ』に聞いてみなさいよ!」
突然話を振られた少女は口に手を充てたまま起き上がり、窓際少女とマルキウの間を目線が行ったり来たりしている。
「どうなのイーノ、あれはマルキウ様なのかしら? ハッキリ言って良いのよ」
イーノはマルキウを見るがイーノが知っているのは小さな精霊である。
しかも確りと見た訳ではないので顔までは良く判らない。
だがあの喋り方は怒気こそ含まれているが確かにマルキウを連想させる物だ。
「判りません。でもお声は確かにマルキウ様のものです」
「ちょっと、アンタがお祭りで転んだ時に助けたのは誰だったかしら?」
イーノは思い出した。
まだ幼かった頃に誰かに助けられた覚えはあったが、こうして言われてみれば確かにマルキウだと。
「あのとき助けてくれたのはマルキウ様だったのですね、遅れましたが大変お世話になりました、ありがとうございます」
幼き日を思い出し少し微笑むと、落ち着いて深々と頭を下げてお礼をした。
当然これに対して驚いたのは窓際少女である。
「イーノ、それは本当なのですか?」
一瞬目を見開き驚きを見せるが、冷静にイーノを見つめ訊ねる。
「はい、あの方はマルキウ様で間違いありません」
その言葉に諦めた様に息を吐くと、姿勢を正してマルキウに向き直った。
「知らぬ事とは言え、マルキウ様を疑い名誉を傷付ける発言をした事をお詫び致します」
きちんと相手に伝わる様にゆっくりと謝罪する窓際少女。
ここでは完全に自分の間違いなので『お許し下さい』などと言う甘い言葉は出せなかった。
「解れば良いのよ。二人とも座りなさい」
マルキウも深く吸い込んだ息を吐き、気持ちを戻した。
「話は着いた様ね。それじゃ私は戻るわ」
「ああ」
楓も顛末を見届けると元の教室へ戻って行った。
「それじゃ話を続けるわよー。アタシは語学の助手をしてるだけだからたまにしか顔を出さないけどちゃんと覚えておきなさい。それといつもは元の大きさだから間違えないよーに」
それだけ言い終わると後ろに下がり零司と入れ替わる。
「俺は実務系を中心に教えている。他も出来ない訳ではないが専門で担当している教師が居るのでそう言うのはそっちで聞く様に」
今では比較的簡単なこの国の言語も普通以上に理解している。
それから授業の形態や卒業までの流れ、そして二学年から任意で受けられる幾つかの授業について案内する。
この二学年からの授業は一学年と異なり、毎日二時間の専門科目として以下のものがある。
服飾 (製糸、裁縫、デザイン、製作)
農業 (農工、畜産、林業、治水)
工業 (木工、金工、土木、建築)
商業 (流通、経済、会計、予測)
そしてもうひとつ、専門科目の後に空いた時間を使い選択科目が曜日に対応する形で週一回一時間設定されていた。
社交 (様式、姿勢、発声、話術)
芸術 (文学、絵画、陶芸、音楽)
機械 (構造、材質、技術、製作)
化学 (気象観測(継続)、地質学、化け学)
天文 (天体観測(継続)、地球、計算、計測、天体図の作成)
神術/魔術 (適正検査で可否、基礎、神術と魔術)
これは初と言う事もあり現在予定している内容に変更が加えられる可能性は高い。
そしてこの選択科目は義務ではないので、何も受けなくても、逆に全て受けても良いが、事前予約制となっている点が異なった。
また、この科目はそれぞれに専用の教室が割り振られるので、個々人で授業以外の時間を利用して活動しても構わない。
更にこの選択科目は卒業後、一般に向けて展示が行われる予定である。
先輩たちが成し得た成果を、後に続く者たちに展覧する事で希望を大きく持って欲しいと言う願いが込められたイベントだ。
それと『週一回』、つまり零司はこの世界に一週間と言う概念を持ち込んだ。
この世界の人々は学校とモールのようにシステムチックで時間を明確に区切る生活はしていなかったので、ここで活動する者は一般的な生活をする人々よりも負担が大きくなっている。
そこで一週間の概念を持ち込み休息日を設けたのだ。
これにより今期以降の学習時間を第一期生の一学年が五月下旬から始まったのと同じ程度に出来た。
因みに今日は日曜日だ。
説明が終わると帰る前に教材の配布が行われる。
自習で利用出来る様に多めのノートと筆記用具、通学に使う鞄が配られる。
他の教材は適宜配布されるので今はこれだけだったが、専用の鞄を見たサーラは自分が一年生の時にも欲しかったなと少しだけ嫉妬した。
「全員黒板に書いてあるだけ行き渡ったな。無い奴はこの後で取りに来なさい。それじゃ今日はここまでだ、帰って良いぞ」
明日から第二期生の学校生活が始まる。
またポンコツキャラが増えたのだろうか。それとお姫様はいったい何をしに来たのか、次回明らかになるのかはちょっと不明です。何故ならば、今から作るのでノリ次第ですw




