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41.希望

今回は後半でちょっと良くない話が出るのでそれ以降読み飛ばしても構いません。シナリオ的には問題ないので。

 毎年の事だが五メートルほど積もった雪も今では林や森など日陰になる部分と山頂付近に残っているだけで、人が活動する殆どの場所で雪は解けて無くなっていた。

 しかし、この世界の人々は雪解けしたばかりの街道が泥濘(ぬかる)んで身動き出来なくなるのを嫌い、街道から雪が消えて二週間ほど間を開けて道が乾いてから使っていた。

 お陰で土はかなり締まっているのだが、表面的には霜柱が立ったりして毎年それなりにフカフカになっていたりする。


 そんなちょっと土埃が立ち易い道を普通の馬車とは異なる大きめの乗り合い馬車がゆっくりと移動していた。

 馬車には普通よりも筋肉が太いがっしりとした二頭の馬が繋がれて大きな馬車を牽いているのだが、山間地でも活躍するこの馬は力はあるが速度が出ないのでリーデルからファーリナまで普通の馬車なら半日のところを一日近い時間が掛かるのだ。

 ゆっくりであれば沢山の人と荷物を載せる馬車にとっては衝撃も少なく、持ちを良くするのに都合が良い。

 それに途中で休憩が入るほど時間が掛かると言っても、馬車への衝撃が少ないのは乗客にとっても同じ事で、少人数の軽快な馬車を利用するよりも体への負担が少なく料金も割安なので出発する時は何時も満員であり場合によっては馭者席の空いた所まで客が乗る事もあった。

 要するにこの馬車はリーデルからモールへの直通便で、一日一便、往復二日で都合二便が交互に走っており、モールへ向かう人々の頼もしい足となっていたのである。


 モールの出現によってリーデルからモールだけでなく他の街を繋ぐ定期便も生まれて、以前の行商主体の街道が今や一般客を乗せた馬車の利用率の方が十倍以上も多いのであった。

 そしてこういった定期便やチャーターでやって来る一般的な馬車はモールの門を通ってもモール内の厩舎に止まる事は無く、モール入り口前で停まってそこで客を降ろした。


「皆さんお疲れ様です『楓とリリのショッピングモール』に到着しましたよ。降りる時は足元に気を付けて下さいね」

 馬車の上で伸びをする乗客たちに地上から手を差し伸べて荷物を下ろしてから乗客を降ろし、そしてまた次の乗客を降ろしてと繰り返して行く。

 この馬車は一般的な梯子ではなく格納式の確りした階段なので年配の利用客も多いのかもしれない。


 客を降ろした馬車は門を出て、去年の夏にファーリナの街で新たに出来た送迎馬車乗専用の安い宿屋に向かう。

 馬車で人を運ぶだけでモールに泊まる訳ではない運送業者にしてみれば、歓楽に来ている訳ではないので出来るだけ出費を抑えたいのだ。

 馬車を馬屋の主人に預けて昔ながらの木で出来た宿屋『ホテル』の半開放扉を開けて中に入る。

 間違え易いのだが宿屋の名前がホテルであって、モールにあるようなホテルではない。


 中に入るとまだ夜には時間はあるものの、同じ運送業の良く見る面々がテーブルに並び、今日はこのホテルに泊まっていくのがひと目で判るほど飲んでいた。

 既に良い感じに出来上がっている連中から声を掛けられ、軽く手を挙げて微笑むとそのままカウンターへ向かった。


「いらっしゃいカジンさん。今年もよろしくお願いしますね」

「ああ、こっちこそよろしく頼むよ」

「いつもの部屋が空いてるのでこちらをどうぞ」

「ありがとう」

「食事はどうしますか?」

「そうだな、『シャワー』を浴びてからにするよ。それと夕食はいつもので」

「はい、用意しておきますね」


 カジンと呼ばれた男はカウンターに出された歪な形の木札を手に取ると、階段を上がって吹き抜けの食堂から丸見えの廊下を進み、木札に描かれたミテールヌ山脈の絵と同じ絵が描かれた扉の前に立ち、その扉にある細長い穴に木札の歪な方を差し込んだ。

 歪な木札は鍵の役目を持っていて、取っ手を持ち木札をそのまま押し込むと扉は押されるままに客室側へと開き、目の前の小さなガラス窓から見慣れたミテールヌ山脈が見えた。


 カジンは荷物を置いて上着を脱ぎ、自前の手拭いを持つと部屋を出て扉を閉めるが、この扉は簡単な構造のオートロック機能を備えているのだ。

 見た目は安っぽくても使い勝手が良いと評判で、木製で簡単な構造だったのを良い事に木工品が主産業のリーデルの職人がやって来て感心しながら技術を盗み、昨年の内からファーリナ以上に行き交う人で混雑して街道に宿屋が建ち並んだリーデルの宿屋でも採用されていた。


 一階に戻り階段脇の店の入り口とは別の半開放扉を抜けると二つの扉があり左に入る。

 そこは小さな脱衣所で服を置くスペースがあり、その奥に板張りのシャワールームがあった。

 シャワーと言ってもモールにある様な精緻な金属加工を必要とするものではなく、木製の桶の底に穴を開けただけの物であり、そこに用意してあるお湯を入れて棚の上に置くのだ。

「ふー、やっぱりシャワーは気持ちが良いな!」

 誰にという訳でも無くそんな事を言い放つ。


 さっぱりとした感じでカウンターに戻ると、さっきの酔っぱらいたちとは別のテーブルでひとりほろ酔いの男を見つける。

 カジンはそのテーブルに相席を打診すると喜んで迎え入れられた。

「元気だったか?」

 相席に座るとほろ酔いの男が言う。

「ああ、そっちこそどうなんだ」

「見ての通りさ、うちのも元気だぜ」

 彼は一般的な一頭立て馬車のオーナーで、いつもなら一日一往復運送しているが今回は乗車人数が足りず昼前になってやっと出発したので今日はこっちで泊まりになったのだ。

 当然カジンは途中で抜かれているのだが、抜かれた時に軽く挨拶しているのでこの時間帯に居る殆どの客は既に挨拶済みだった。


 そこにいつもの料理とエールがやって来る。

「こちら、カジンさんのですね、ごゆっくりどうぞ」

「ああ、ありがとう」

「なんだ、またいつものか。たまには良いのを食ったらどうなんだ?」

 雪解け一番の仕事で金が余ってる者は多くないが、独り身で稼ぎの良いカジンなら話は違うのを知っているからこそ出た言葉だ。

「将来店が欲しいから今はこれで良いのさ。店がうまく行ったら美味い物を沢山食べたいね」

「そうか、上手く行くと良いな。ところであの話聞いたか?」

「ん? ああ、王都から話が来たってアレだろ?」

「それだ。なんでもモールの商品を他の街でも作るって話らしいが、噂話だからどこまでが本当か分からないんだよなぁ。カジンは何か知らないか?」

 言い終わるとエールをグイっとひと飲みする。

「んー、そうだな」

 小さな肉の塊『ミートボール』をひとつ口に入れてリーデルの街や乗客から聞いた話を思い出す。

「俺が聞いたのはモールが他の街にも出来るみたいな話だったな」

 話し終わると今度は同じ皿のミートボールの横にあるドレッシングが掛かった白いレタスのギールの葉をフォークで刺して口に運ぶ。

「そうすると早くもこの仕事は廃業になるな。お前の夢は大丈夫なのか?」

 またエールを一口飲む。

「どうかな、噂話は噂話だからな。それに簡単には出来ないだろ?」

「何言ってんだ。『慈愛の神カエデ』様の力でモールが半日で出来たって知らないのか?」

「それは間違ってるな。『慈愛の神』じゃなくて『救済の女神カエデ』様だからな。それと『慈愛の女神』はカエデ様の双子の妹で『ネコ』様な。あともうひとつ、モールをお建てになられたのは『魔王レイジ』様だぞ」

「お前詳しいな」

「これでメシ食ってるんだから当然だ」

 カジンは乗客の話や見せて貰った案内書を見て神々の名を知っていたが、半日であれが建てられたと言うのはここで初めて知ったがそれは口には出さない。

「それに王都からの話で他の街でも商品を作るって言うのが良く解らないな。何でモールからじゃないんだ? まさか王都がモールに喧嘩を仕掛けるなんて考えられないし」

 今度はエールを一気に飲み干してもう一杯追加注文する。

「さあな」


 それから二人は暫く世間話をすると半開放の扉の向こうは暗くなり、門の鐘の音が聞こえてきた。

 二人は別れを告げ部屋に戻ると明日の為に眠るのだった。



□王都某所


「そろそろ良いのではないか?」

 大きなベッドの上で美丈夫な男が息を荒くした巫女に訊いた。

「あっ、うぅ」

 巫女は答えられない。

 手足を縛られ目隠しをされたままの巫女を嬲るリジカーネス。

「そろそろ良いのではないかと訊いたんだがな!」

「ひゃぅ! あぁっ! あっ! あっ! あっ!」

 その悲鳴を最後に巫女は反応が無くなった。


「ちっ、詰まらん」

 リジカーネスは巫女の尻を叩きベッドを離れ風呂へと向かう。

 そのリジカーネスに二人の面を被った巫女のお付きが付き添う。

 残された巫女は他のお付き達によって部屋から運び出され、巫女の部屋で後処理として身を清められた後に真新しい下着と寝間着を着せられた。

 そのあと一人の付き添いが側に付いて巫女の様子を見ている。


「いつも済みません」

 目を覚ました巫女は面を被ったお付きに力ない声で謝罪した。

「我らの使命は巫女様の全てをお助けする事。何も謝る必要など御座いません」

「いいえ、私が不甲斐ないばかりに何も得られず、貴女たちに負担ばかり掛けさせてしまい、挙げ句の果てにファーリナなどと言う最果ての地であの様な事になるなど……」

 悔し涙を流す巫女を優しく抱く面の女。

「ジーナ、貴女は何も悪くないわ。私たちに代わって一番辛い思いをしているのだもの。誰も貴女が悪いなんて思ってはいないのよ」


 そう、ジーナと呼ばれた巫女は全員が巫女候補だった頃に最も巫女に相応しいと選出された者であり、リジカーネスの世話をする者たち全ての代表なのだ。

 生まれたばかりでここに引き取られた彼女たちには元々名前など無く、ただ番号で呼ばれる存在だった。

 その中で敷地内に咲く花の名前を付け合う様になり、小さかった頃は気が弱く引っ込み思案だった彼女に付いたのは、木陰に咲く、白く小さなスミレの様なジーナと呼ばれる花の名だった。

 

 候補時代を思い出し慰め合う二人の時間はあっという間に過ぎて、リジカーネスが言っていた『そろそろ良いのではないか?』という意味を検討し始めた。

 いま巫女と一緒に居るお付きは、巫女付きの長でありジーナの親友でもある。

 その長と巫女があの言葉を聞き、ついに来たかとあの目論見は失敗したのだと半ば諦めていたのだ。

 目論見とはファーリナの事業を目の前にチラつかせ、リジカーネスにも出来る筈と囃し立てる事で、同じかそれ以上、最悪でも何かひとつ、情報を引き出したかった。

 しかし結果は、ただその時が待ち遠しいと巫女をより責め立て、リジカーネスのどす黒い炎に火を着けてしまっただけだったのだ。

 せっかく冬季閉店まで伏せておいて冬の間にリジカーネスにも考える時間を与えたというのに、それらが全くの無駄になってしまった。


「それではもうあの場所へ行く以外の選択肢は残されていないのね」

「誠に口惜しくはありますがその通りです」

 巫女は大きく息を吐く。

「仕方ありません。ショッピングモールへ親書を送りなさい。受けとるのが人間の従業員だけとは限りません。救済の女神カエデ様と戦の女神リリ様に失礼の無い様にお願いします」

「直ちに親書を用意し、明日朝一番に使いの者を出します。届くのは五日後になるでしょう」

「そう。頼んだわよクーリス」

「仰せのままに」

 クーリスは巫女のベッド脇で深く頭を下げた。



◻某所の風呂


 野外庭園の片隅にある屋根付きの手の込んだ彫刻が施された石風呂で両脇のお付きに服を脱がされるリジカーネス。

 芸術的な美しさを誇るその裸体を晒け出して体の隅々まで丁寧に洗われている間もお付きに目を遣る事も無くつまらなそうに周囲を見渡している。

 

 女癖が悪いリジカーネスが身近な他の女性、お付きの者に興味を持たないのはこの世界に転移して来た当時に付き人にも手を出した事があった時の彼的な教訓からだ。

 あの仮面と服の下に、どれだけ美しいものが隠されているのだろうかとその身のこなしや声色から巫女を重ねてイメージした。

 実際巫女候補だった全てのお付きたちは皆美しく、そう育てられた。

 しかしこの施設の決まり事でお付きになった者たちに義務付けられていた事がある。

 それは巫女が選出された時点で、他の者たちは首回りと手先以外、つまり面と服で隠される場所に醜い模様が施されるのだ。


 これは巫女以外に手を出されてはこの施設の運営に支障が出るので、それを避ける為の措置である。

 そしてその施術をされた元候補たちもそれが不幸な事かは、その後の巫女を見ていれば解ることであった。


 リジカーネスは体を洗われた後、直径五メートル程の浅く(ぬる)い風呂に浸かりながら、モールへ着いたら二人の女神と何をしようかと暗い情念を燃やしていた。

うーん。早朝にアップするつもりだったのに・・・。

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