4.ネコと似非猫
一輪車に意思があってどうするというのか。
「つまり『これ』と呼ぶよりは『この子』と呼んだ方が良いでしょう」
更に提案まで貰ってしまった。
「これに意思があったからと言って、それでどうしろと?」
「はい、このままでは意思を持たない道具と同じですが少しだけでも昇華すれば自律的な活動が可能になる筈ですよ」
「筈って、随分無責任だな」
零司は呆れ顔で見ている。
楓は零司の前に立ちはだかるのを止め、後ろのラチェットに向き合う。
「ラチェットさん、こういうのはこちらの世界で普通に存在するの?」
何気に面白そうな話題になったので首を突っ込んで気持ちを誤魔化す楓。
「いえ、こちらに意思を持つ神器というかアイテム全般で存在しませんので『この子』が特別なだけですね。お二人の世界にはあったのではありませんか?」
「向こうの世界でも意思を持つ道具なんて存在しな…あった。人工知能だ」
しかし、意思を持つ一輪車というのも、あまり期待出来ないと思えた。
「ラチェットの言う通り、俺たちの世界には命を持たずに自己判断で活動する人工知能と呼ばれるシステムが存在する。しかしそれは電源が必要で精密な部品を組み合わせプログラムによって制御される物で、意思とは次元も概念も異なる筈だ」
零司は指摘を認めると同時に違いを炙り出す。
だが。
「詳しくは分かりませんが、それは恐らくお二人のどちらか、多分零司さんがそう望んだから、ではないでしょうか」
「俺が望んだ? そういえばラチェットに合うちょっと前に一輪車に冗談で相談したな、って、あれが原因なのか!?」
「人工知能という知識があり相談した、答えを求めた、のでしたら恐らくは」
「零司、どういう事なの?」
「今までの話をまとめると一輪車を含む俺たちは、この世界よりも位階の高い世界からやって来た。そしてこの世界では神の眷属と言える存在として位階の高い一輪車に相談して答えを求めた。この条件で一輪車は意思を持つ存在になった、という事らしい」
更に昇華できれば自ら動き出すと言うのだからこの一輪車の可能性ってどんだけなんだ。
「はあ、なんか考えるの疲れたな」
空を仰ぎ見て目に手を当てる。
「ふふふ、神の眷属がそんなご冗談を」
口元を抑えて微笑むラチェットは嬉しそうだ。
「ねえ、その昇華って今できる?」
楓は一輪車を進化させたいようだ。
「はい、出来ると思いますよ?」
「それって、わたしでも?」
「ええ、大丈夫だと思います。 ただし、知性のある存在に概念の違う意味付けをすると混乱して暴走する危険性もあるので出来たら最初に意思を与えた零司さんがした方が適切な結果を得られるとは思いますが」
少し困った様に答えたラチェット。
「そうなの、残念だわ。それじゃれーじ、さっさと可愛い一輪車にしてちょうだい!」
落ち込んだと思ったら、急に勢い付いてる楓。
「可愛いって楓、一輪車に何を求めてんだ」
少し呆れた顔で返す零司は、既に決まっていたイメージで素早く昇華を済ませてしまった。
「初めまして零司様、楓様、ラチェット様」
三人が見ている目の前で、外観上何の変化も見せていない一輪車が可愛い女性の声で喋った。
「えええぇぇぇ……」
驚きながらも残念そうな目で見る楓。
「汚れと傷だらけのまま可愛い声って、なんか不釣り合いだと思うのは私だけじゃない筈」
「わたしもそう思います!」
そう言った楓は目を見開き集中しているようだ。
次の瞬間、一輪車は汚れが綺麗に落ちてピンク色に染まった。
「これならいいでしょ」
満足そうな楓とラチェットがニコニコしている。
「まあ、お前がそれでいいならいいか」
零司は二人が納得いったので良しとする。
「恐れ入ります楓様」
可愛い声と色がマッチしているので問題はなさそうだ。
ただ『この子』の意思は今のやり取りを見ると現代世界のAI並みかなと思う。
「さてと、ずっと『この子』と言うのもなんだし、名前を付けるか」
「「賛成!!」」
「それじゃ楓」
「ネコ!」
「えっ、猫ってあの椅子の動物じゃないんですか!?」
どうやら楓も一輪車をネコと呼ぶのを知っていたようだ。
「あー、この一輪車は建築現場で『ネコ』って呼ばれてるんだよ。理由は知らないがな」
「そうね、わたしも初めて聞いたときは『どこが!』って思ったけど」
「でもでも、猫はあの…」
チラリと楓が創った椅子を見るラチェット。
その時どこからか猫の声が。
「にゃぁ~、にゃぁ~ん」
「えっ、この世界にも猫が居るの!?」
慌てて立ち上がり周囲を探す楓、それに釣られて一緒に探すラチェット。
「楓様、ラチェット様、申し訳ありません、にゃん」
猫の鳴き声の発生源はネコだった。
「えええええ!」
驚く楓とは対照的に、初めて猫の声を知ったラチェットは楓の椅子を眺めて頬を赤らめ、にゃぁにゃあと小さな声を出していた。
「まあ、コイツもネコで気に入ったみたいだし、名前はネコでいいな?」
「はーい」
「そんなぁ…」
「ありがとうございます、にゃん」
一部受け入れられない者もいるが、多数決でネコに決定した。
「それじゃ私があちらの猫の姿になればいいのでは」
「何言ってるんだラチェット、猫になんてなれる訳…」
ラチェットの居たその場所には楓の椅子にある猫の見た目そのままの猫が居る。
「にゃーにゃーん」
「「ラチェット!?」」
二人して驚く零司と楓、ネコは動じない。
「これでどうですか?」
ラチエットが思い付く猫の動きをしているが、人間を基にした妙な違和感があって気持ち悪い。
「えっとねラチェットさん、猫は四足動物なので二本足で歩かないんだけど」
「そうなんですか? ではこれでどうでしょう」
確かに四足着いているが、関節の位置や向きがおかしかったり、尻尾を引きずってるし、何よりキリッとした顔が怖い。
「あの、凄く言い難いんだけど、怖いです」
「な、なんですとー」
二本足で立ち頭を左右両手で支える様に押さえて驚きを表現するラチェット。
「ラチェットさん、残念だったわね。わたしの記憶を見せてあげられたら良いんだけど」
「え、良いんですか? それならぜひお願いします!」
猫の姿で手足を真っ直ぐ伸ばし、人の動きをする不気味なラチェットが楓に駆け寄る。
「きゃー!」
まるでゴキを見るような目でラチェットに恐怖する楓を見ていた零司は、楓がラチェットをラチェットレンチで叩き潰さない様に襟首を掴んで引っ張った。
次の瞬間、ラチェットの目の前にレンチが凄い勢いで地面に突き刺さる。
ラチェットは腰を抜かしてヘタってしまった。
「わわわわ、わたし何かしましたか!?」
今にも何かで足元が濡れてしまいそうな涙目で尋ねるラチェット。
「はっ、ごめんなさい、あまりのキモさに思わず手が出てしまって」
初めて楓が土下座している所を見た零司は楽しそうに見ている。
「まあ不幸な事故だが、怪我もなかったしそれでいいじゃないか」
土下座スタイルで零司を横目で睨むように見つめる楓。
「なら零司にはこれからそうする」
「ちょっとまて、俺、今まで謝って貰った事ないぞ!?」
「れーじはいいの!」
二人にはいつもの事である。
2019/03/28 再開に向けて若干の修正をしました。内容に変化はありません。