36.学校と仕事
出来上がるとアップする方向にしたので前回から曜日などがズレました。
今後も曜日に縛られずアップしていきますのでよろしくお願いします。
ショッピングモールの開店から半年が過ぎ、ファーリナの街は人口が倍以上になっていた。
理由はもちろんモールに絡んだ利益とファーリナの街に建設した学校の話を聞き付けてやって来た人々だが、その多くは身の軽い若い世代だった。
モールでは来客も増えたが新人も入っているので全体的に見れば余裕が出来ている。
特に人材育成や素材の収穫に時間と手間が掛かるレストランの調理部でも一部材料の確保以外は順調に引き継ぎが出来ている。
サーラを含めた有望な順応性を持つ者には配置転換を繰り返して各部門の内容を覚えさせたりもしている。
それは将来モール全体レベルで理解して考えられるだけの経験を積ませていると言う事であり、その中から責任者を育て上げる事になっていた。
その責任者の採用基準は学校の成績が優秀である事が望まれるのは従業員採用当時に知らされている為、従業員の多くが仕事と併せて学校へも通っている。
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「おはよー」
「あ、おはよう」
「みんなおはよう」
「楓先生、ネコ先生おはようございまーす」
「おはようにゃ」
そう、楓たちは今やレストランの引き継ぎを終えて、学校の責任者として教鞭を振るっているのである。
「おはようございます零司先生、マルキウ様、それにサーラさん」
「ああ、おはようミティ」
「おはよー」
「ミティさんおはようございます」
零司と共に登校するサーラは巫女然として零司に付き従っている。
周りからもサーラは零司の巫女と認識されてはいるが、実際には家族の様に楓たちから迎え入れられ、既に白亜の館にリリと同じく部屋を与えられて、学校とは別のより高度な教育も受けていた。
故に周囲からは、サーラは巫女として零司の寵愛を受けながら将来モールの責任者になると見られている。
「今日はミティだけか?」
「はい、ギャロは収穫が忙しくて今日は私だけでも行って来いってお休みなんです」
そう言ってニッコリと笑顔を見せるミティはお腹が大きく、新しい命を宿して幸せそうに手を充てている。
ギャロ夫妻は後継となる従業員が必要なだけ育った事を零司に伝えると、風呂の責任者を辞職して自宅での畑仕事を再開していた。
モールで働いている時も二日目に転移門を設置して貰い半日は自宅の畑仕事をしていられる様になっていたので、完全に再開した事できちんと収穫した野菜類をモールに買い取って貰っていたのだ。
「そうか、もうそんな時期か。ミティも順調そうだが一応帰りは俺が送ろう」
「ありがとうございます、でも転移門を置いてくれたので直ぐですからお気遣いなく」
「そうは行かない、ギャロが居ない時に何かあったら申し訳ないでは済まないからな」
「うふふ、相変わらずお優しいんですね。でも本当に大丈夫ですよ?」
「楓の畑も見ておきたいしな、そのついでだと思えば良い」
「それではお言葉に甘えてよろしくお願いします」
これから母親になるミティの穏やかで優しい笑顔で応えた。
学校が建設された場所は中央広場よりも北側に寄った広く土地が空いていた場所で、学校の裏口とモールの裏口が小さめの転移門で繋がれていた。
これはモールで働きながら学校へ通う者たちへの配慮だが、生徒の半数以上がモールで働いているので両方に通う者には一日三食が無料となっている。
そしてモールの勤務形態に合わせて午前と午後に同じ内容の授業が行われていた。
学校は日本の公立学校の平均的な造りで、建設は全てネコが担当して鉄筋三階建ての校舎と、広い校庭にオーバルトラック、体育館とプールがある。
学校が始まってから半年に満たない程度ではあるが、一日辺り三教科ずつ教えて、それが午前午後で六回の授業があった。
内容は語学、算術、生活の三つで、これは毎日一定である。
語学は基本の文字習得から始まり、単語の暗記、文章構築、報告書や手紙に使う慣用文、そして歴史が含まれる。
担当教師は王都近くの街からやって来た聖職者と猫ラチェット、たまに生き字引のマルキウが歴史の証人として参加する事があった。
専属の元聖職者は猫のラチェットが言葉を発し知的な会話をした事に驚愕したが、マルキウと同じく精霊か何かだろうと思い心の平安を得た。
ラチェットが天使だとは誰も教えないので、半年経った今でも彼はそれを知らない。
マルキウは基本的に自由でありモールでも学校でも気が向いたらやって来る感じで、普段は零司たちがやって来る以前の様にミテールヌ山脈周辺を飛び回っている。
それで他の街に寄った時などにファーリナの噂話を聞いた人々からせがまれて色々と喋り捲っている様で、マルキウの話を聞いてやって来たと言う客が結構な割合で居るらしい。
算術は楓の独壇場だ。
零司も出来るのだが楓には敵わないので、楓に手伝いとしてネコが付いている。
内容は簡単な算数と最終的に三角関数まではやる予定だが、一年で詰め込むので三角関数はおまけの要素になりそうだ。
実際には四則演算と九九、円周率に体積の求め方辺りまで出来れば上等だろう。
生活は楓と零司が担当する事になる。
内容はそれこそ書いて字の如くではあるが、体作りの体育は主に柔軟体操とランニングであり、スポーツを教える時間も意味もない。
あとは衛生教育、保健、基本的な調理方法、日常生活で有用な簡単な工作である。
食事を十分に摂れる様になった生徒たちに十分な運動をさせて健康な体作りを促し、衛生教育で不要な病気などの回避と、保健で怪我や病気に患った際の対処を教える。
この辺りは既に民間療法が広まっているが、それらを授業中に調査した結果、迷信が殆どであった事が判明している。
しかし一部にはきちんと効果がある事も確認されている。
今まで当然の事として行われていたが実際には効果の無い筈の行為でも楽になったと思い込むプラシーボ効果が如何にひとの心に強力な影響を与えるかを思い知る授業でもあった。
調理は衛生観念が根付いたところで食材の最適な取り扱い方を知り、レストランで出される半熟卵を作る時に必要な、衛生的な玉子を如何にして生産するか等も交えている。
こうして第一期生は沢山の若者や年配たちも一緒に学んでいた。
夏にはプールで水に浸かる為の準備運動や水中で目を開けたり、水泳まで行っている。
これは万が一の時に生存率を上げる為の予防策であり、競技的な方向性を持たないので水着と着衣での違いまで確かめていたりする。
もちろん生徒用の水着は大正時代にあった様な緩やかな物であったが、楓と零司は中学生の時に着用した肌に密着したタイプだったので生徒たちから黄色い声援が飛んではいたのだが、二人とも水泳は普通に出来たので余興的にクロールによる泳ぎを見せると生徒たちはその早さに驚き、真似をしようとする生徒が続出していた。
そして秋と言えば文化祭、と言いたい所だが、この世界では学校など始まったばかりでそれどころではなく、もうすこし簡単に出来る体育祭が開かれる事になった。
現代日本は温暖化の影響で体育祭を年度始め辺りに持って来る所も多いが、それでも暑くなって来たので将来は無くなる可能性すらある絶滅危惧イベントだ。
しかしここファーリナではヒートアイランド現象など起きよう筈も無く、寧ろ丁度良い気温であり開催しろと言わんばかりである。
そして体育祭は街全体を巻き込む一大イベントになっていた。
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学食で十分な朝食を食べた生徒たちが教室に入ってくる。
ここは制服など無いので皆私服だった。
僅か半年ではあるがファーリナの産業は緩やかに変化を遂げ、その服装にも変化が起きている。
以前は草臥れたとまでは言わないがひとつの服を長期間に亘って着るのが多かった人々も、小さいながらも綿花畑と生地の生産工場が建ったので複数の服を持てる様になり、同時に女子は生活の授業に組み込まれた工作の時間で作った簡単なアクセサリーで飾っていたりする。
ひとクラス定員五十名で空いている席はあるが、生徒の都合で午前午後を選択しているので今日は午後に生徒が片寄るのがひと目で判る。
そして鐘が鳴りホームルームが始まった。
「起立、礼、「おはようございます」着席」
「おはよう。もうすぐ運動会があるのを忘れない様に。お前たちからは何かあるか」
「はい。当日、モールのお客様はどうするんですか?」
「客次第だな。体育祭に参加するも良し、ホテルで寝てるも良しだが参加すれば飯が無料になるから殆どが参加するだろうな」
「はい、当日雨になったら……すみません何でもないです」
「そんな時は俺が何とかするから安心しろ」
『『『『やっぱり!』』』』
「それから体育祭前日は早めに休んでおけ、以上だ」
零司たちが神なのは住人の生徒たちには当然の事として認識されているが、外向きには黙っておくのが暗黙の了解だった。
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「……なのでここは発音とは違いこの文字が充てられます。間違い易いので確りと覚えて下さいね」
「それじゃこの式を解いて貰うわ、今日は二十三日だから二十三番のひと、前に出て黒板に書いて……」
「ペースが落ちてるぞー、もう少し頑張れー」
こうして今日も午前の部が終わり、学校備え付けのシャワー室で汗を洗い流している生徒たち。
「あー、今日も疲れたわねー」
シャワーで体を洗いながら隣の小柄な女子に話し掛ける。
「零司様は教える時には容赦しないから」
サーラは白亜の館に住む様になってから伸ばし始めた髪が漸く胸に掛かる様になっていた。
痩せ細った体も今は零司に愛されるに足る巫女になろうと、零司の身近にいる背丈が近くて美しいリリや楓、背は高いがローゼの様な体型になろうと日々努力している。
「ねーねー、いつもチーフ、じゃなかった零司先生とは館に戻ってから何をしてるの?」
「きゃー! それ私も聞きたい! 貴女たちも聞きたいでしょ?」
「もっちろん! ねーサーラさん、私も前から聞いてみたかったのよね、良かったら聞かせてくれないかしら?」
いつの間にか小さなサーラを女子たちが取り囲んでいた。
しかしそんな状況でも堂に入ったもので、サーラは動じる事無く淡々と答える。
「そうですね……帰ってから最初にするのは楓様の料理を手伝う事でしょうか」
「楓先生って自宅でも料理するのね」
「はい、楓様は毎日工夫を凝らした料理を楽しそうに作られています。それに白亜の館、リリ様の館とは別に楓様のご自宅がミティさんの家の隣にありますね」
「噂には聞いてたけど本当にあったのね」
「楓様のご自宅はとても可愛らしい素敵な家でした。あそこは何と言うか、とても心が暖かくなる家です」
両親を早くに亡くしたサーラには優しい目上の人々との生活は十分に心が満たされる場所だった。
しかしその優しさに埋もれていてはいけないと、サーラの心は囁く。
零司の巫女としてそこに居る以上は、零司の望む女でなければならないのだ。
「良いなー、私もサーラさんみたいになりたかったなぁ。でも他の巫女とサーラさんは随分違うみたいだけどどうなの?」
「他の巫女の話は皆さんが知っているのと同じくらいしか知りません。ただ夜は、零司様の、その、要求が凄くて……私ひとりであれだけの量を受け入れるのは大変ですが……何とか満足して頂けている感じでしょうか」
サーラは零司の要求に応えきれていない自分の不甲斐なさに俯き、手をぎゅっと握り小さな体を引き絞る。
シャワーの熱だけが原因とは思えない火照りを見せる肌。
燃え上がる女子たちの炎、その矛先は当然零司である。
まだ十三になったばかりの小柄なこんな可愛らしい女の子に何と言う事をするのだろうか、『あれだけの量を受け入れるのは大変』なんて言葉を言わせるなんて、どれだけこの小さな体に求めるつもりなのだろうかと。
零司があまりに親しく神であるのを忘れ、今にも女子たちが気勢を挙げて零司撲滅運動に発展しようかとしていたその時。
「一晩で終わらせるには厳しい、とても多い宿題が出るのです」
「「「あー……」」」
力が抜ける女子たちであった。
零司がサーラを特別視しているのは誰でも判るくらいに公然としたものであるが、以前誰かがサーラと同じだけの指導をと願い出た事があったらしいが、あっという間に脱落したのも有名な話である。
もちろんサーラ同様に一晩掛けて宿題をすれば次の日には使い物になら無いので零司が回復してくれるのだが、それでも二日目にはギブアップしていた。
これは単純な話、サーラの努力の源が零司の側に居たいと言う純粋な部分が大きく影響しているのは間違いない。
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サーラは午後の遅番でモールに出勤する。
「おはようございます、ローゼさん」
「あらおはようございますサーラさん」
ローゼはレストラン部門の責任者となり、営業開始時間から終業会計まで行い、そのあと日中に学校へ行けない人を対象にした学校教育を受けていた。
ただその内容は今の第一期生向けとは異なり、より高度な来年度一般向けに解放される専門科目の教育方針を固める試験的な物だった。
しかし一般向けに使われるのは今ローゼたちに教えている内容の半分から精々六割程度になる見込みだ。
これは一般向けに必要かどうかの判断をローゼたちと調整しながらであり、時間が掛かる割に必要性が低いもの等を切り落とす作業をしていたからだ。
ローゼたちは基本的な事はある程度知っているので、それよりも上司として必要な事を中心に教育を受けている。
それは零司やネコが回復してくれるとは言えかなりの負担の筈なのだが、ローゼは何故かやる気に満ちてまだまだイケるくらいの姿勢で授業を受けていた。
「それじゃ皿の片付けをしながら資材管理をお願いするわね」
微笑むローゼにサーラも笑顔で応え、早速午前の早番メンバーと仕事を換わる。
「今日はお客様が多くて大変だから助かるわ。それじゃ後よろしくね」
ウェイトレスの彼女がサーラとタッチする。
そしてローゼに挨拶して事務所に向かうと、サーラは店内に向かい皿の片付けをするのだった。
零司はいつか魔王として討伐されたりするんだろうか。




