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35.新しい朝が来た

楓が自爆した翌朝。

 ホテルカウンター前のラウンジはとっくにバーも閉店して静けさを取り戻し、天窓には天幕が開かれる様に明るくなりつつある空が見える。


 バーで気持ち良く騒ぎ、酔い潰れてしまった人たちも、手首に付けられる鍵に記された番号のお陰で自分の部屋に運ばれて、今はベッドの上でいい夢を見ている頃だろう。

 この鍵は風呂へ入る時にも無くさずに済む様にと、日本の銭湯などでで採用されている方式を採用していた。


 バーの店主バンとスタッフたちも既に家で寝ている頃だろうその時間に、零司は静まり返ったモール内を見回りながら商品補充や、モール完成時に保存していた設備のイメージとの差異が発生していないかを現物と重ね合わせる事でチェックしていたが特に問題となる所は見つけられなかった。

 この方法は小学生の頃に間違い探しで二つの絵を見比べる時に『寄り目』で見る事で簡単に違いを探し出せるのを発見して採用した。


 そして常に走査を使いモール内の人の動きを観察していたが大きな問題も発生しておらず、初日としてはトラブルも無く大成功と言える。

 これはマルキウの言葉が大きく影響しているのを零司は知っている。

 とは言え、細かな問題まで無かった訳ではない。

 客たちも全く知らない様式のシステムに戸惑い慌てる事も多く、レストランの冷水が入ったコップ事件など問題の内に入らない。


 最たる事案と言えばトイレの使い方だろう。

 トイレは簡素化されてはいるが洋式水洗トイレであり、板の割れ目に落とす『ぽっとん』とは全く異なっている。

 この辺りも古代ローマよりも遅れた文化なのが分かるのだが、やはり流すのを知らないので便器内にそれが残ったままになったりしている。

 当然客も困ってしまうのだが、座った時に目の前になる場所に図で説明しているのだがそれでも解らず放置になっていたりする。


 零司は通路で渡す案内書にトイレの使い方を追加すると共に、客が個室から離れても流されなかった時の為に自動で流す機能を追加した。

 ここだけ見れば見た目はモールの方が綺麗だが、用を足した後に客から『それ』が見えるのを考えると現地の穴トイレの方が清潔に見えるかもしれないと零司は思う。

 しかし大抵の客は、トイレなのに『それ』の臭いが無く清潔だと驚いているのも事実だ。



 それから一時間ほど経った頃、天窓から空の明るさで目を覚ました客がロビーにやって来るようになる。

 昨夜の大騒ぎとは異なり静かに話をしているのは他の客に対する配慮なのだろう。

 椅子に座り談笑する彼らの顔は皆揃って幸せそうであったが、隅っこで話をしていた一組の男たちは何やら真剣な顔付きでボソボソと話し合っていた。


 スキル、零司イヤー発動。

「……いアレは良い、是非うちの商会でも扱わせて貰いたいね」

「ほう、それ程ですか。実はうちの方でも良い物を見つけましてね、何とか取引先を探し当てたいものです」

 どうやら業者間取引を希望しているようだが、今は人材育成と果樹園の運営をどうするかが優先で、取引はまだまだ先になるだろう。


 それと朝食はまだ先だが、水が入ったピッチャーとコップを客のテーブルに置く事で客の体を覚まし易くしておく。

 この世界の食事は朝は九~十時頃、夜は日が暮れてからの二回が普通で客にしてみればまだまだ『朝飯前』のずっと前、の時間帯である。


「おはようございます零司様」

 後ろで挨拶が聞こえたので振り向く。

 今は走査を掛けてなかったので誰が来たのかと少し考えてみたが直ぐに分かった。

「ああ、おはよう。だが早くないか?」

 一般スタッフが出てくる早番までまだ二時間あるし彼女は午後の遅番だった筈だ。

「はい、零司様の望む女に成れる様に精一杯尽くします。どんな事でも言って下さい」

 頬を赤らめながらも、それこそ今のサーラの精一杯の気持ちで零司の目を真っ直ぐ見上げサーラは宣言する。

「そうか……それなら頑張って貰おう、期待してるぞ」

「!っはい!」

 目を輝かせ、静かなラウンジにも響き渡る良い返事だった。


 サーラは昨日の帰り道、兄たちから自分達の事は自分達で何とかするからサーラは零司の元で幸せになれと後押しされていた。

 幼いうちから兄たちの為に母親と一緒に頑張って家事をこなして来た可愛い妹に、神である零司の巫女として生きろと言っていたのだ。

 他の神々の噂を聞く限りほとんど利益と呼べる(情報)が得られないそうだが、零司や一緒にいる神々はとても友好的で人に対して優しさがあるのをバンの店で見て知っていた。

 それに普通は巫女になると、その家族が生活していける程度のお金が支給されるのだが、零司たちからは既に生活していける以上の利益が約束されていた。

 普通に親しく様々な事を教えて導いてくれる零司や楓に今は亡き母に似た何かを感じている。

 母を亡くしてから寂しかった心の、空っぽだったその空間を急速に零司への想いが埋め尽くそうとしていた。


 零司はサーラが自分の巫女だと思っているのは知っている。

 だが今回の彼女の言い方ならやる気を受け取る事で確りと支配人としての教育が出来ると思い、彼女の気持ちを裏切る事になるのを分かっていながら応えたのだった。



 楓たちが出勤して零司と挨拶を交わすと業務開始の準備を始める。

 最初は出勤してくる従業員用の朝食の準備だが、この世界の労働は非常に緩いものばかりで理由の多くが食事の質と量から来るカロリーや栄養の不足だ。

 体を動かしたくても日常的な労働量の増加は体を疲弊させてしまい、結局倒れて元の木阿弥(もくあみ)なんて事になる。

 一見恰幅が良く養分を蓄えていそうでも、脂肪だけで栄養が足りない者が殆どだった。

 そんな世界の若者たちに今までと同じ食事だけで昨日よりも多くの時間と労働量をこなすだけの力は無い。

 そこで日本と同じだけの食事を与えて頑張って貰おうとしているのだ。


「ふんふふんふふんふーん♪」

「機嫌が良さそーね」

 朝食のオリジナル(・・・・・・・・)を作りながら鼻唄でリズミカルに手を動かす楓に、それを見ていたマルキウが声を掛ける。

「え? そうかしら、いつもと同じよ?」

 とぼけて見せるが端から見れば一目瞭然である。


 楓はあの絶望的な自爆の後に零司の寝室で眠った。

 零司が帰って来ないと分かっていたから零司のベッドで休む事でささやかながら癒されたかったのだ。

 それに加えて夢の中で零司に背中から抱かれ空を飛ぶ夢を見たのが切っ掛けになったのかは判らないが、目覚めてから試しに浮いてみたら当たり前の様に浮く事が出来たのだった。


 そんな楓の幸せ一杯の愛情を込めた朝食が作られていた。

 出来たのは確りとした質量の全粒粉を使った編み込みドイツパンと、牛に似た一般的な家畜の上質な肉のカツにソース、半熟目玉焼きとサラダにドレッシング、具がたっぷりの野菜スープ、そしてミルクだ。

 この世界でこんな朝食が出るのは恐らくここだけだろう。


「そろそろだな、朝食に行っていいぞ」

「はい、行って来ます」

 サーラは礼儀正しくお辞儀して食堂に向かう。

 彼女はまだ殆ど業務が無い時間帯に来たため、零司の指導で昨日よりも一歩進んだホテルの業務内容を知らされていた。

 これによりサーラはバンに次ぐチーフ候補になった事を意味した。

 零司はホテルだけでなく他の部署の内容でも理解出来る様に、ある程度の配置転換を予定している。

 最終的に取引部門を経由してモールの責任者になって貰うが、その道のりはまだ遠い。



 零司は各客室にモールの営業形態を書いた案内を置いていたので、それを見た客は既にチェックアウトしており、ラウンジで一階の商店とレストランが開店するのを待っていた。

 従業員の食事も終わり全員各部署に着いた頃、門の鐘が鳴って営業が始まった。

 客たちは椅子から腰を上げるとゾロゾロと階段を降りて目当ての店に向かう。

 客同士で名残惜しそうに別れの挨拶をしたり、中にはカウンターに軽く別れの挨拶をする客も居て様々な人たちの反応が見られた。


 一階では商店とレストランのシャッター代わりの分厚いガラスが下降して床と同一面まで下がると、昨日品切れで購入出来なかった客が早速買い付けている。

 零司が昨日よりも売れるのを予想して三倍の商品を用意していたので、今日は品切にはならないだろうとダリルは踏んでいた。

 それと神の世界の果物と並んで売れていたのがショッピングモールのパンフレットだ。

 無料で配られる簡単な案内書と違い詳細な内容で、今回の宿泊客が垣間見る事の無かったスラゴーグレードの部屋も写真付き(・・・・)で紹介されている。

 表紙は当然、朱と山吹色のグラデーションに染まる楓の葉とライトピンクのユリの花で、ラミネートコーティングされている。

 所謂(いわゆる)オーパーツに相当するお土産だ。


 そしてレストランでは帰途につく前に、神の世界の馴れない時間帯の朝食を求める客が多く、その殆どがレストランで朝食を食べると幸せそうな顔でモールを出て行く。

 内容は従業員に出された朝食を更に洗練した物で、見た目にも配慮されていた上にうさぎカットされた甘いリンゴが付いていた。


 ホテルでは客たちがホテルを出た後ここからが忙しく、客室の清掃とシーツやタオル類の入れ替え、そして洗濯が待っている。

 大量のシーツ類が山になったランドリールームにバンを除くホテルのスタッフ四人が集まっている。

 零司が五つある自動洗濯機の一つを使って見せて、一人ずつ実際にやらせる事で覚えて貰う。

 次に乾燥機を使い、粗方乾燥させると裏庭に出て一枚一枚物干し竿に掛けると風で飛ばない様に端にロープを掛けて行く。

 これを担当が手分けしてこなして貰うのが若手の中心的な仕事になるのだ。



「ミティ、起きて」

 肩越しに耳元で囁く声。

「う……うーん、あれ……ここは?」

 目を擦りながらカーテンの隙間から差し込む部屋で目覚める。

「そっか。部屋、使わせて貰ったんだっけ」

 回りを見て急速に覚醒すると素肌の背中に感じる愛しい人の体温。

「昨日は頑張ったね、うふふ」

 頬を染めてギャロに甘えるミティ。

「時間はあるからもう少し頑張ってみるかい?」

 駿巡したミティは風呂で汗を洗い流してからねとベッドを出てカーテンを開けると朝日に照らされながら露天風呂に向かった。

今回でショッピングモールの立ち上げ回はおしまいです。

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