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33.ファーリナを救え 3

▼宿泊所


 商店から階段を上がるとホテルのカウンターが現れる。

 二階が宿泊施設なのはこの世界に合わせてあるからだ。

 そのカウンターでは零司がリーダーを勤め、バンは自分の店を休業して手伝いに来ている。

 価格設定がバンの店と変わらない程度に抑えられているのと、自分の店を開いているよりも収入がずっと多く、仕事内容も限定されるために気が楽になっていた。

 それに零司から学びながら近い将来、この宿泊施設を任されるので悪い選択ではなかった。


 開店して早々一人の客が階段を上がってくる。

 客が二階に上りきって最初に見た物、陽の光が射し込み室内照明と併せて隅々までが影も無く明るい。

 ここは本当に室内なのかと思わせる空間に息を飲む。

 カウンターは木製で艶のある手間が掛かっている物だが落ち着きのあるシンプルな形状に金の装飾でユリのレリーフを配してある。

 カーペットは紅く、硬めだがきれいに織り込まれた物で、端から端まで切れ目がない。


「いらっしゃいませ」

 門を通過してから何回も『いらっしゃいませ』を聞いたが、ここは従業員一同が只の一般人でしかない客に丁寧な挨拶をしている。

 しかも全員がお揃いの(しわ)が無く、目の細かい高価な生地で仕立てたのがひと目で判る服を着ている。

 やっぱり普通の店とは違うなと、マルキウに釘を刺されていた事もあり失礼の無い様にやや控えめにカウンターへと進んだ。


「いらっしゃいませ。ご休憩ですか? お泊まりですか?」

 カウンターの真ん中にいる背が高めの如何にも受付っぽい男性従業員に話し掛けようとしたら先に聞かれる。

「きゅ、休憩?」

 宿泊所なのだから当然泊まる気で居たのだが、休憩と言う意味の解らない言葉を聞いて客は困惑した。

 休憩など何処でも出来る事を態々(わざわざ)お金を払ってまでする者が居るのだろうかと。

「利用する方は限られますが、泊まりはしなくてもちょっと休んでおきたいと言った時にご利用になると良いですね」

 出来たばかりの店で、まるで実例があるような物言いの従業員に少しばかり不信感に似た感情を持つが神の国ではそうなのかと納得する事にした。


「泊まりでお願いします」

「お泊まりですね。それでは幾つかのグレードからひとつをお選び下さい」

 従業員が水面の様にテラテラと光を反射する不思議な紙をカウンター上に差し出す。

 これは一体何なのかと紙質に興味が行って、説明書に書かれる内容を見てなかった。


「説明させて頂きます。当ホテルでは通常三つのグレードがあります。

 『スラゴー』は広めの室内と上質な調度品など特別になっています。

 『ミテールヌ』はゆっくりと出来る部屋です。

 『ファーリナ』は宿泊のみを目的としています」

 客はそのあと料金表を見て唖然とする。

 スラゴーグレードは高過ぎた。

 客が持っている額から桁が二つ上だったのだ。

 ミテールヌも無理すれば泊まれるが他に何も出来なくなる。


「ファーリナでお願いします」

 どうせなら良い部屋に泊まってみたかったが田舎街に行くだけだと高を括っていたので手持ちでは他に選択肢が無い。

 ガックリと項垂れるお客さん。

 マルキウの言葉に乗せられワクワクとした感情が一杯であったのに、いきなり残念な気持ちになってしまった。

 こうしてホテル最初の客は最下グレードを選び失意の中にあった。


 カウンターで客に応対していた男はサーラに案内を頼み、もう一人の女性スタッフを連れて男自らも客の後を着いて行く。

「お客様、こちらがファーリナの部屋になります」

 サーラはファーリナの街章になっているナシャという花を象る装飾が彫られた木製扉の前で立ち止まり、振り替えると説明した。

 後を着いてきた女性スタッフもその言動を見て復習しながらきちんと覚えようとしている。

 見られていると解っていながら淡々とこなすサーラは、兄たちの面倒を見ていたのでとても十二歳とは思えない程に確りしていた。

「扉はこちらの鍵を使って開けます。この鍵はお客様に預けますのでお出掛けになる時は鍵を持って出て下さい。当ホテルを出る場合は鍵をカウンターの方へ返却願います」


 扉を開き客を部屋に誘導すると部屋に入った客は驚く。

 これが本当に最安値の部屋なのだろうかと。

 店の入り口にもあった、何も無いかの様に大きく透明なガラスを通して外の光が射し込み、壁紙で光が反射するのもあって部屋がとても明るい。

 廊下の絨毯と遜色の無い見事な品質の床。

 白い壁は木の板や継ぎ目が全く見えず、一見すると気付かない程に細かなレリーフが隙間無く繰り返される。

 向こう側が透けて見える白く綺麗なレースと、全く光を通さない厚目で緻密に織り込まれた二つのカーテン。

 いかにも柔らかそうにふっくらとした厚目の布団と枕が置かれたベッド。

 一般家庭で使われるよりも容量が少ないながらも質感の高いシンプルなクローゼットやキャビネット。

 リラックス出来そうなゆとりのある対のシートに小さなテーブル。

 そして据え付けの小さな金庫までが置かれていた。

 普通に考えればこの世界ではこれでも高級な部類の部屋になるが、現代日本ではビジネスホテルの最安値クラスの部屋だった。


「お客様、どうかなさいましたか?」

 小さなサーラに声を掛けられてハッとする。

「ここは高級の間違いなのでは?」

 後から高級だと言われて追加請求されては困るので問い質すが間違いは無かった。

 サーラは一般的な宿屋の部屋を知らないのでこのホテルがサーラにとっての初めてであり普通なのだ。

 貧困だったが故に余計な情報を持たないサーラはこれから零司たちの元で急速に能力を伸ばす事になる。


 その後、ホテルは夕方近くになってから急に客が増えてカウンター前は順番待ちの列が出来たり、列に並んで立っているのが億劫な客はカウンター前のラウンジで座って待っている。

 殆どの客は予算の関係で最安値のファーリナの部屋を選んでいたが、今回の客は戦の女神リリと神々が降臨した話を聞き付けてファーリナにやって来た人々なので、時間的に見て木工産業が盛んな隣街の住人だけであり有力者クラスの者は居らず、ミドルグレードのミテールヌの部屋が二件と僅かに居るだけでハイグレードのスラゴーの部屋を選ぶ者は居なかった。

 そのミテールヌの部屋の二件とは女性と親子である。



 西の大地と空が夕焼けに染まり、東の空にはスラゴーの天幕が引かれるそんな時間、門とモール内でホテル以外の終業時刻を伝える優しく少し物悲しい曲「新世界より」の一部、抜粋された部分だけが鳴り響く。

「綺麗な音ですね」

 サーラは目を閉じて、その曲に聞き入っている。

「これはクラシック音楽と言われる曲だ。俺たちの世界では比較的古い物だがこちらでならこの曲が似合うだろうと思ってな」

 音楽に馴れていない人々にとっては現代の新しい曲は恐らく雑音にしか聞こえないだろう。


「さて今日はこれでお仕舞いだ。今日は急な呼び出しで悪かったな。後は俺がやるから皆は帰って良いぞ」

 緊張していた全員の表情が和らぎ、気が抜けていた。

「事務所に行って着替えてから晩御飯と風呂に入って行くように。明日からも頼むぞ、お疲れ様」

 挨拶してカウンター裏のドアを開けて事務所に向かうスタッフたち。

 そして今頃は他の部署でもスタッフが事務所に向かっている事だろう。


 バンは夕方から開店するカウンター目の前のラウンジに用意されたバーのマスターとして働く事になっている。

 バンにしてみればホテルの受け付けも、バーのマスターをやるのも自分の宿屋で働くよりもやることが限定されるだけ楽だと言っているので、バンがやりたい様にさせるつもりだ。

 こちらは手伝いをを別に雇っているので人員的には問題ないだろうし、何かあれば手助けしたら良い。


 ラウンジでバーが開店したのを知ると他で閉め出された客たちで溢れ昼間とは一転して賑やかになる。

 そこにバンの店に通っていた常連客も雪崩れ込んで微妙にカオスに成り掛けている。

 零司はその光景をカウンターから眺めながら疑問を口にする。

「何故ここに居る?」

「零司様に選ばれた以上は巫女としてお側に痛いっ!」

「とっとと着替えて飯食って風呂行ったら兄貴たちと帰れ。それから明日は遅番だから忘れずに昼の鐘が鳴る前に来い」

 サーラは渋々挨拶して事務所へ向かった。

 

 商店は入り口からホテルと風呂への通路を残して地下から分厚いガラスがせり出し、レストランへも通行出来なくなっている。

 そして今頃は街の人々が初めての銭湯へ入浴するためにこちらに向かっている事だろう。

 昼間の内に住人を十人ほど招いてあり、ギャロとミティに入り方を教えて貰っている筈なので、押し寄せる住人にも対応できるだろうと考えている。

 殆どの住人は歩きでやって来て、門から真っ直ぐロータリー中央の花壇の通路を進み、入り口を通って風呂に直行する。

 本来は街の人の手で銭湯を建てる筈であったが、緊急的な回避策とは言え零司の力で建ててしまったのは仕方ないと考えるしかない。

 将来的にファーリナの街に住人の手で銭湯を建てて貰うための見本にするとしよう。


 しかし、この銭湯だけでなくこのモールが世界に与える影響は大きく、今後更なる来客数の上昇と人口流入によりファーリナの街は都市化に向かっているのに気付いているのは零司だけだった。



「零司様、本日は誠にありがとうございました」

 領主のシエルと年配者たちが閉店のメロディーでやって来た。

「気にしなくて良い、元々こちらが原因で起きた事だしその後始末をしただけだ。それに街の皆が手伝ってくれたからな」

 シエルは事前に零司から話を聞いていたものの、具体的なイメージが浮かばず零司の言う通りに許可を出しただけだった。


 そして零司からある提案が出された。

「それでと言っては何だがサーラが欲しい」

 一同の顔に罫線が入る。

 『ああ、こんなに親切な神と言えど、まだ十二歳の少女を求めるただの弩変態だったのか』と。


 住人一同の極端な態度の変化に流石の零司も気付いた。

「ああ、サーラを欲しがってるのは俺じゃなくて楓と言った方が正しいかな」

 追加の話で更に混乱する住人たち。

 『まさか女同士でとは』

 『もしかしたら双子でも』

 『さすが神は違う』

 などと妄想し始める住人たち。


「理由は幾つかあるが、その中で一番重要なのは将来ここを任せたいからだ」

 最初の一言からは思いも寄らない厚待遇に一同は理解が追い付かない。

「それはどう言う事で……」

 シエルが聞き逃したのか何かは零司には解らなかったので最も解りやすい答えを差し出した。

「簡単に言えば養子に欲しい。将来俺たちがここを離れた後でもここを使える様に、あの子に管理を任せたい。ただそれには多くの知識が必要だ。その知識を与え、技術を伝え、維持管理出来るようになれば、恐らく王都の学者を越える力を持てるだろう」


 零司は初めてあの兄妹を見た時に、全員のインフォメーションチップを確認していた。

 その中で彼女サーラは特殊な性質を持つ子供だと判った。

 その性質とは非常に高い感能力がある事だ。

 もしも親が手放して巫女になっていたら、それはそれで巫女どころか王都で高位の役職や、状況が合致しさえすれば女王になっていた可能性もある。

 それくらいの素質を持っていたのだ。

 これを放置するのは勿体無く思えて楓に口頭で伝えていた。

 楓はこれを快諾して既に迎え入れる気満々である。


 ただ、彼女だけを迎え入れた場合、男兄弟の生活が苦しくなるのは目に見えているので男共も雇い入れる必要があるのだが力仕事が出来る者が居た方が助かるのも事実なので彼ら兄妹(きょうだい)を纏めて雇い入れた方が互いに助かる筈だ。

 それにサーラはあの兄たちを尻に敷いてるので丁度良いのかもしれないと満場一致で決まっていた。

 あとは本人次第なのだ。


「それ程とは……」

「サーラが望んだ場合でも確実にその結果になるとは言えないから、周りで押し付けたりそれを前提に高望みしないであげて欲しい。全ては彼女次第だ」



「こちらは無事終えました」

 商店の店仕舞いを終えたダリルはホテルのカウンターに居る零司へ報告にやって来た。

「お疲れ様、一番大変な所を頼んでしまって済まない」

「その様な事、このモールでやり直せる機会を与えて頂いた事を思えば些細な事、どうかこれからも娘共々よろしくお願いします」

 挨拶と報告を済ませたダリルは零司に手伝いを申し出るが、明日もあるからときちんと休んで欲しいと言われ、感謝して事務所へ向かった。


 商店の売上は予想を上回り、果物類は完売したそうだ。

 当初は明日帰る前に販売数が最高になるだろうと予想されていたのだが、どうやら売り切れる前に確保しようと持ち金を使い切る勢いで買って行く客が続出したらしい。

 明日の開店時間までに商品補充が必要だが、これは果樹園から確保した出来が良い数個のオリジナルを箱に入れて無限倉庫に保管してあり、倉庫内で個数を指定して複製してから取り出せば良いだけなので手間は掛からなかった。

 楓の為の果樹園から毎日採取する必要は無いのである。 


 終業から一時間ほど経った頃、従業員たちの夕食が終わり片付けを済ませた楓たちがカウンターにやって来た。

「零司、お疲れ様」

「お疲れなのにゃ!」

「お疲れ様ですぅ」

「ほーんとお疲れ様よね」

「零司、疲れたから抱痛っ!」

「皆お疲れ様。

 ネコ、マルキウを癒してやれ」

「零司が冷たい」

「零司様、了解にゃ! 我は願う、我が友、マルキウに癒しを。にゃ」

「あぁーん、なんかこれ、気持ちいいわ」

「そうなの? ネコ、試しに私にも良いかしら?」

「楓様も癒すのにゃ! 我は願う、我が愛しき人、楓様に癒しを。にゃ」

 淡い緑の光に包まれる楓は目を閉じてモジモジしている。

「どうした」

「はっ!? な、何でも無いわ!」

「ネコに何回か掛けられてる筈だが、そんな覚えが無いな。ネコ、俺にも「ダメ!」……」

 楓に止められてしまい断念した。

 零司が掛けられたのは再生治癒回復、楓が掛けられたのは楓のコピーの様なネコにとっての癒しである。


 零司は報告を聞いた。

「こっちは思ってたよりも余裕があったわね。まあ、今の時点で余裕が無い様だと困るけどね。空いた時間で簡単な料理から教えられてるから任せるのはそんなに難しくないわ」

 レストランは思っていたよりも順調らしい。

 ただ、仕込みで時間が掛かる材料もあるのでそちらは教育に関わらず時間は掛かると言う。


「そーね、こっちも特に問題は無かったわ」

 マルキウ、ラチェット、リリの三人は事務所のセキュリティルームで監視カメラを使い施設内の動向を調べ、ついでに金庫の番をしていた。

 金庫は閉店してからお金や帳簿が入ったのでそれまでは空だったのだが。

 この部署の担当三人は最初は物珍しくて面白がっているが、暫くすればマルキウの様な活発な妖精などあっという間に飽きてくるだろう。

 今のところは現地人を使えない部分であり、暫くこの三人で頑張って貰わなくてはならない。


「そうか、なら皆も今日は上がって良いぞ。後はこっちでやるからゆっくり休んで明日に備えてくれ。明日は朝から頼むぞ」

 楓の発案で始まったファーリナ救済事業は初日から成功で終る。

「零司も出来るだけ休んでね」

 優しく零司を気遣う楓は、真っ直ぐ目を見て微笑み首肯で答える零司に胸が高鳴った。

「さあ帰るわよ」

 恥ずかしさにネコの手を引いて皆を連れて行く。


「何故ここに居る?」

 楓たちは帰ったのに一人だけ残っている。

「零司はいま検討すべき事があると思うのだ」

「どんな事だ」

 零司は意気揚々として語るリリを腕を組んで見下ろしている。

「例えば疲れきった部下が居たとしよう」

「ふむ」

「ああ、疲れ過ぎて明日は出てこられないかもしれない」

「ほう、それから」

「だが上司が確り部下を癒せれば明日も頑張れると」

「なるほど」

「そしてここにそんな部下が居るのだ」

「それで?」

「上司である零司は部下の私を一晩中抱痛っ!」

「まったく、さっさと楓たちと帰れ。それともお前もここで寝ずに番をするか?」

「!! それも悪くないな。あの寝室は素晴らしいが零司と夜を明かす方が有意義に思える。決めた、私はここで零司と初めての朝を迎えるぞ!」

「人聞きの悪い言い回しをするなっ」

「たっ!」

危うくまた入院しかけました。

でも様子見と言うことでまだ続けられます。

頑張れわたし。


それと今後は良い感じで出来上がったら直ぐに上げちゃおうと思います。

なので、今までの様な水土曜日ではなく不定期になるのでよろしくお願いします。

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