32.ファーリナを救え 2
街の人々に手伝って貰い、ファーリナを救おう。
白亜の門が人々の前に姿を現し、ラチェットとマルキウの誘導で寿司詰め状態だったファーリナの中央広場は少しずつ風通しが良くなって来た。
ゲートを通過した人々が目にするのは、大きめのブロックがきれいに隙間無く敷き詰められた馬車用の通路と、中央にあるロータリーの緑が美しい中庭の先にある白亜の平たい建造物で、その背景には草原と森林、その手前に向こうが透けて見える壁があり、森林の更にその先には人々に馴染みの美しいミテールヌ山脈があった。
ロータリーを進む馬車は年配の従業員に誘導されて有料と無料厩舎の説明を受けてから進んだ。
殆どの者が無料厩舎に向かったが、本音では有料厩舎を利用したそうである。
厩舎に到着して馬車から降りた客は利用形態の説明書を渡されてそれを確認しながら馬車を預ける。
この世界の識字率は日常的な単語レベルならその率は非常に高いので図を添えた分かり易い案内書は驚かれ、そして好評だった。
そもそも案内に使われるこの紙の品質はこの世界を基準にしてみれば非常に高い物であり、漂白された滑らかな紙質は厩舎の案内如きに使われる様な物では無かった。
この後の商店へ続く通路でも施設内を紹介している斬新なバードビュー形式のカラフルな案内図と併せて良いお土産になっていた。
馬車を厩舎に預けた客は徒歩でロータリーの外周を歩き、モール入り口までガラス屋根付きの通路を見上げながら進む。
従業員がそうであった様に壁がある筈の場所がガラス張りで、明るい店内が見える事に驚愕する。
特に商会経営する者にとっては衝撃的な経験であり、この建物の構造はどうなっているのか、そしてその店内に並ぶ商品の数々にまた衝撃を受けるのだった。
店の入り口と思われる分厚いガラスが途切れた建物の中央部分が入り口だと案内に書いてあるのだが、少し建物側に凹んでいるだけである。
客は妙だなと周囲を見ていると店内からガラス越しに近付く中年男性が居た。
その男性が目の前のガラスにぶつかる様に歩いてくると、一段凹んだ部分の中央に縦筋が入り、そこから左右に引き込まれて凹んでいた部分はきれいに無くなり入り口になった。
これを間近で見ていた先頭グループの十数人の客たちは悲鳴にも似た声を上げる者、絶句する者、駆け寄って引き込まれた部分を調べる者と、様々な反応を示している。
「「「「いらっしゃいませ」」」、ここは女神カエデと女神リリのショッピングモールです」
ダリルを先頭とする制服姿の従業員が横一列になってお客様を迎え入れた。
『ショッピングモール』現地には存在しない言葉。
以後この世界に於て異界の様式を取り入れた商店を○○ショッピングモールと呼ぶ様になった。
「取り扱う商品は今のところ、レストランで食材として使われる果物や神々の意匠を籠めた小物類、ファーリナの特産品になります」
客たちの目の前には見た事も無い色とりどりの果物が並び、芳醇な香りが店内に満ちていた。
そして開店間際に零司の思い付きで小物類、アクセサリーや筆記用具周辺のファンシーグッズと被るラインナップを用意した。
「一度あちらのレストランで実際にお食べになられて、お気に召したらお帰りになる前にこちらで購入して頂くのが宜しいかと存じます」
客の顔は左へ向かい喉を鳴らす。
「また、こちらに進みますと共同浴場の『セントウ』がございます。
身を清めたい方、疲れを癒したい方にお勧め致します」
今度は客の顔が右に向き、気が和らいだ感じがした。
「そしてこの横の階段を上がると宿泊所がございますので今夜はこちらでゆっくりとお休み頂ければと存じます」
ダリルは恭しく礼をすると商店へ下がった。
休む場所も無く、ただあちらこちらと歩き回るだけで何の収穫も無かった人々は、今夜は馬車で眠り明日朝には帰途に着こうと考えていた夕方を前に、何とも嬉しいサプライズになった。
客たちはそれぞれに思うまま散らばって行くがその殆どは楓のレストランに向かう。
◻レストラン
レストランでは二、四、六人掛けのテーブルにカウンター席がある。
モール正面と側面になる壁はそれぞれ分厚い一枚ガラスが使われ外の景色が見えると同時に大きな窓は大量の光を店内に齎す。
正面側は今も続々と門を潜る馬車の列が少し高い位置から見下ろす事ができた。
客は街の食堂や宿屋、飲み屋でそうする様に、空いた席に座って行くが初めて会った者同士でも話し相手を求めて相席を選ぶ客が多かった。
ウェイターとウェイトレス達が席が埋まったテーブルを中心に注文を取りに向かう。
トレーに適度に濡れたおしぼり、ガラスのコップとピッチャーを載せ、反対の手にはメニューと受注シートを持つ。
客には最初におしぼりを渡して手を拭いて貰う。
そしてピッチャーから水を注ぎ配られるコップとメニュー。
出したメニューはファミレスに良くあるラミネート加工された写真付きの大きな物で、製造技術などを考えると分厚いガラス以上にこの世にあって良い物では無い。
メニューを見た客たちはそのリアルな写真を見て最初はそれが何なのか分からなかった。
しかし幾つかの写真を見て行くと、見た事があるパンやステーキがあり、それが食べ物の絵だと気付いたときそこに並ぶ全てがそうなのかと驚き、それだけで話題になりウェイターたちが質問攻めにあっている。
自分もそうだったから解るその衝撃を共有しながら楓から教わった簡単な説明を添えて注文を取って戻るウェイトレスたち。
ウェイターが離れたテーブルで客達が落ち着いて手元を見てみれば、そこには表面が小さな丸い粒で覆われた透明な厚めのコップに水が入っていた。
『結露』を知らない客たちは変わったデザインの、初めて見るガラス製のコップの造形に感心しながら手で掴んだ。
そして驚く。
「うわっ!」
叫ぶ様に声を上げる一人の客に、他の客と接客していたウェイターたち、商店にまで届くその声に沢山の人々がそちらに目を向けた。
周囲からただ一人注目を集めるその男は手に持った筈のコップを離して手の平を見つめている。
「おい、どうしたんだ?」
隣の席にいた男が訊ねるが答えが返って来ない。
男が見つめている手の平を見ると水で濡れていて、さっき一瞬だけ握ったコップの表面にあった粒は無くなっていた。
不審に思った男は自分の前にあるコップにゆっくりと手を伸ばし、それに触れた。
ヒヤリ
「うわっ!」
二の舞を演じる。
その声に最初に声を上げた男も自分の世界から復帰した。
「これは一体何なんだ」
まるで透明のガラス容器を通り抜け滲み出しているかの様に、じわりじわりと粒が大きくなっていく。
他の客も手を出せずにいたが、ここでローゼが登場。
「皆さん、驚かせて済みません。そちらのコップには冷水が注がれています。触ると冷たいとは思いますが、食事前に喉を潤してお待ち下さい」
厨房で楓とネコの補助をする事になっていたローゼは店内の叫びを聞き付けると、健康になったその細身の体で颯爽と店内に現れて客に注意喚起を行い、皆が自分を見て話を聞いていたのを確認するとペコリと頭を下げて厨房に下がった。
颯爽とした凛々しいローゼを見た客の一部と従業員たちは女性ですら一目惚れしてしまう。
若い男性客は注意喚起された冷たい水を飲むのも忘れ、目に焼き付いた美しい少女に心を奪われてしまった。
一方、そんな事になってるとは知らずローゼはネコの下に戻り、注文に応じた皿が上がって来るとウェイトレスたちに回す仕事に専念した。
◻銭湯
この世界の文化からすると一般性の低い入浴は三大欲求から外れていたり、呼び込みの時にマルキウが『美味しい物』と発言した事もあり、身綺麗にしたいと普段から思っていた一部の客しか来ていなかった。
「いらっしゃいませ」
銭湯の入り口には日本語で男湯女湯と、青と赤で書かれた暖簾が下がっている。
その入り口で男女一組が立たされて入り口を間違えない様に誘導しているが今のところ男性客しかやって来ない。
それもその筈、ファーリナの街に外からやって来たのは殆どが男性であり、女性は午前中にバンの店に居た二十歳半ばの女性と、リリの話を聞き父にお願いして親子でやって来た九歳の少女の二人だけだった。
そしてその二人はまだ門を通過していなかった。
数は少ないものの、そこそこの人数が暖簾を潜った男湯に対して女湯は従業員の数も多く、脱衣所と流し場で準備万端やる気で満ちている。
男風呂を覗いてみると従業員は責任者のギャロを除けば二人だけで、その内の一人は入り口で案内をしている。
脱衣場に入ってくる客はある程度人数が揃うのを待ってから纏めてロッカーの使い方を教え、流し場で蛇口とシャワーの使い方を実践して見せ、湯船の浸かり方も一緒に入って体調の変化に気を付けながら入浴を楽しんだ。
湯から上がった人々は初めて確りと湯に浸かったために逆上せ気味で、そのまま上がっても汗が止まらないだろうと風呂場と繋がる小さな庭園で腰にタオル一枚巻いただけで体調が戻るまで椅子に座り、知らない者同士話し合ったり歩いて回ったりして楽しんでいた。
すっかり普通な感じに戻ると今度はどの辺りまでなら大丈夫かが分かったので客それぞれが自分の丁度良いところまで温まると、最後にシャワーを浴びて脱衣所に戻って来た。
「銭湯はいかがでしたか?」
ギャロは自信はあるものの、どうしても聞いてみたかった。
この銭湯は零司の世界では普通の人々が利用している物と聞いてはいるが、実際の銭湯を知らないギャロにしてみればいま現実に神である零司が創り上げた異世界の文化であり、これを通じて今のファーリナの街を混乱から救い、ついでに街を良くしたいと言う思いがあった。
「とても素晴らしかった!」
恰幅の良い中年男性が腰に巻いたタオルが落ちるのも気にせずギャロに駆け寄り両手をがっしりと掴んで言い放つ。
それに釣られて一緒に入っていた人たちも感謝と取れる言葉を口にして喜び合っていた。
ギャロも同じく感じられたので、うんうんと心の中で相槌を打つのだが、椅子に座り次の案内の順番を待っていたグループがその光景を引き気味に見ていた。
ここの銭湯は白亜の館のローマンジャングル銭湯風露天風呂をベースに大衆向けに修正を加えた物で、大人数を受け入れられる様に面積を広く取り、清掃が楽に済む様にシンプルで奥まった凹みの少ない滑らかな造りになっていた。
「今回説明を受けた皆さんは次から自由に風呂へ行って良いですよ。もし知り合いを連れて来られた場合でも自分で教えるなら構わず入って下さいね」
客たちは何か称号でも得たかの様に順番待ちをしていた人たちに対して誇らしげに胸を張っている。
そして案内の順番を待っていた人たちを連れてギャロは再び風呂へと向かった。
◻厩舎
門を潜った馬車が一列に並んで順番を待っているが、終わりはまだ見えない。
「こちらをどうぞ」
そう言って馭者に厩舎利用の案内を渡し、簡単な説明をしてから無料厩舎か有料厩舎か選んで貰う。
「そんじゃあっちへ進んでな」
無料を選択した客に無料厩舎へ進むように促した。
直ぐに無料厩舎へと到着した客は従業員の誘導で前に来た馬車の隣に並ぶと無料厩舎の使い方を教えて貰った。
『一、馬の手入れと餌やりは客自身が行う。
二、水場と餌は小屋に用意してある。
三、馬車の修理は有料で受け付けている。』
説明を受けて納得した客はファーリナに到着してから今まで馬の世話をしてあげられていないものの、美味しい物に釣られてもう少し我慢してくれと言い訳して店に向かう。
この無料厩舎は地元住人が利用するのを前提にしているのでお金を払わなくても利用できる様にと設定されたものだからだ。
有料厩舎を選んだ者は厩舎に到着すると従業員に誘導されてガラガラの厩舎に他の馬車と間を空けて誘導されて停めると、馬車を降りて説明を受ける。
『一、馬の手入れと餌やりは店側が行う。
二、店側で馬車の点検を行い軽微なものは無料で修理する。』
説明を聞いて後は従業員に任せ、客は店へと向かった。
料金は一般的な食堂での三食分程度だ。
馬車を持たないバロー兄弟は経験豊富な年輩の責任者から丁寧に指導されながら言われるままに頑張っている。
今まで自分達のために頑張って来た小さな妹のサーラが零司の元に呼ばれたのならと、サーラが可愛がって貰える様にここで役に立とうと慣れないながらも奮闘しているのだった。
◻商店
入店する全ての客は商店目の前の自動ドアを通り抜けるが、案内書を見ながらも迷っている人が居れば、商店のスタッフが声を掛けて客の望みに合った選択を促していた。
そしてレストランで確りと神の国の食事を堪能した客がポツポツと商店に戻り始める。
「お食事はいかがでしたか?」
戻って来た青年に声を掛けるダリル。
幸せなのが誰にでも判るその笑顔で青年は答えた。
「ああ、あれは素晴らしいです」
それだけ言うと目を閉じて唾液を飲み込む。
それを見ていた何処に行くか迷っていた人たちは、我先にとレストランへ向かった。
レストランで食べたクリーテルのシチューと桃のシロップ漬けを思い浮かべながら何度も唾液を飲み込む青年は暫くして満足したのかゆっくりと目を開けてダリルを見た。
「満足頂けた様ですね」
青年はにっこりと微笑んでそれを肯定した。
「それではこの後はどうされますか?」
シチューと桃で頭が一杯だった青年は我に返り、そう言えばまだあったと思い出してバッグから案内書を取り出した。
「次は……風呂ですかね!」
レストランは一般的な食堂よりも価格は高めだったのだが、味や神の国の食べ物と、希少性を考えれば十分にリーズナブルだと思っていたので、次に選んだ風呂も凄いのだろうと思うと、入ってもいないのに既に夢心地であった。
目の前に美味しそうな商品はあるのだが物色は風呂に入ってからゆっくりとでも良いだろうと風呂へと進むのだった。
それからも商店前を通る者は価格と空腹感を気にしてとりあえず食べるか、窮屈な中で移動し続けた気疲れなどから風呂へ向かう者が多く、商店での買い物は最後に回すものが多い。
次回はサーラの意外な事実?




