31.救済の女神
説明回みたいな感じになってしまいました。
午後三時半前、領主を呼びに行かせた住人が戻って来た。
「お待たせしました」
続いて息を切らせながら幕の中に入って来る領主のシエル。
「来たか。とりあえず中を見て欲しい」
「は、はい」
今にも死にそうに息切れしたまま両脇を住人に支えられながら顔を上げ、純白の石造物を見上げるシエルは死を目前に神に願う病人にしか見えない。
その後回復したシエルは零司の後を着いて施設内を歩き、短い時間だが教育されたファーリナの住人たちスタッフを見て感想を述べる。
「す、素晴らしいです! 本当にこの様な事をして頂いて宜しいのでしょうか?」
「ああ、迷惑を掛けたからな。その詫びだと思って欲しい」
「詫びだなどと、とんでもない。感謝しこそすれその様な事まで、本当に心から感謝しています」
ここ二日、街を思う苦悩から解き放たれるのを予感し、両手で力強く握手するシエル。
「それじゃ始めよう」
目の前の住人全員が無言で力強く頷いた。
幕の外に出たシエルの言葉で外で待機していた住人たちが一斉に幕を取り外しに掛かる。
外来者で広場に居たのは休憩していた一部の者たちだったが、何か動きがあると直ぐに噂が広まり今ではかなりの人で混雑していた。
あるものは馭者席から、あるものは幌の上に登って、それ以外は垂れ幕近くに陣取り、事の成り行きを見守っている。
そして幕が張られてから半日も経っていないその場所に外から何がが持ち込まれた訳でも無く、突然に幕で囲われた中から現れる美しい楓とユリの彫刻が掘られた大きな白亜の門が現れた。
門を通過する者が確実に目にする門の中央部に楓の葉とユリの花の彫刻が並びその下に現地語で名前が刻まれている。
それを見た人々はリリの名を口にして感謝の祈りを捧げる為に跪くと同時に『カエデ』とは何なのだろうかと考えた。
その間にも柱の撤去作業が行われ、門だけが残される。
門は大きめの幌馬車が余裕で対面通行出来る大きさで、幅広の凱旋門を思わせる形状をしている。
そして最も人々の目を引くのは門を通過した向こう側だ。
門が設置されたのは広場の外縁であり、その外側は広場を取り囲む堀になっており、そこには川の水が流れていた筈だった。
しかしそこにあったのはあるべき背景ではなく、切り取った様な別の風景だった。
これは零司が転移を可能とした後、時間のズレ問題から直接自身が転移する危険を犯さずにゲートで空間同士を固定しておけば元の場所に帰る事が出来るのではと、同一空間で実験的に創ってみたら何の問題も無く成功したのでその成果がこの計画に盛り込まれたのだった。
住人を含む広場の人々はこれがどう言う事なのか訳が分からずポソポソとした話し声が聞こえていたが、そのゲートの向こうに翼を持つ美しき者『天界の使者ラチェット』と、この周辺の街の者ならば誰もが知る『ミテールヌ山脈の主、精霊マルキウ』が現れ、その二人がゲートの向こう側からやって来て、広場の皆に見える様に宙に浮いて話し始めた。
「地上の皆さん、ようこそファーリナの街へ。異界の神『戦の女神リリ』に祝福されたこの街が今、大変な事になっているのは皆さん既にご存じと思います。今のまま人々を受け入れ続ければこの小さな街は遠からず破綻するでしょう。その未来に心を痛めた『救済の女神カエデ』が『戦の女神リリ』と共にこの街を救うべく、異界の神の国の一端を降臨させました」
ラチェットが人々に向けて放った言葉に現地住人は驚きどよめきが発生する。
まずリリが関係している事、これは先の焔の魔神を倒した神の名で、天使が各都市、各街に通達されたので今この世界で最も有名な神である。
次に初めて聞く『救済の女神カエデ』だ。
この神が今の我々を救済をして下さるのだろうと。
そして極めつけに『神の国の一端を降臨させた』である。
これに驚かない者など存在する筈も無い。
だがこの様な形式での天使の言葉を遮るのは憚られるので小さな声で話す者は居ても騒ぎ立てる者は無かった。
「みんな、アタシの事は知ってるわね! カエデはみんなを心配してここを創ったわ! だから安心してこの門を通って良いわよ!」
マルキウは精一杯大声で叫んだ。
天使よりも親しんでいる精霊マルキウの言葉に人々の心は落ち着きを取り戻しつつあり、そこに最後の爆弾が落とされた。
「この先はとっても美味しい物が沢山待ってるわ!」
救済の女神カエデと戦の女神リリが彼らの為に用意した神の国の沢山の美味しい物。
想像すら出来ない甘美な響きを持った誘惑で、一瞬で人々の心を鷲掴みにしてしまった。
人々はもう門の先へ進む事しか考えていない。
そこへ。
「ただし! お行儀良くしない子は直ぐに追い出すからちゃんと案内の言う事を聞きなさいよ! 分かったら門の近くの馬車から中に進みなさい!」
神の国の美味しい食べ物で頭が一杯だった人々に、当たり前の事を思い出させて事故が起きない様に促すマルキウはやっぱり親切な精霊だった。
人々は自分が乗ってきた馬車に戻り美味しい食べ物を思い浮かべ心を踊らせながら自分の番が来るのを待っている。
▼幕の内側、二時間前
「集まったな、それじゃこれから中に進むが離れない様に」
零司の前には若い男女合わせて三十人くらいが居る。
その中にはローゼにサーラとその兄弟も居た。
零司を先頭に門を通り抜けた先は、広大な黒い土地にある白亜の館近くに新たに建設されたショッピングモールであった。
当然ながら見映えを良くするためにファーリナの中央広場を圧倒する広さの空間に周囲を草原と森林に変えて汚れが着かない分厚いガラスを壁代わりにして、その内側に二階建てのモールを創り上げていた。
ここを見た住人たちはここが一体何なのかさえ見当が着かなかったが、シンプルな線で構成された白く美しい建物と周囲の緑が自然ではあり得ない美しい配置になっている事に気付き、ありとあらゆる物が継ぎ目やズレなどが無いシンメトリーな空間に驚いていた。
そしてそのモールの前で立っているラチェットとその肩に座っているマルキウがスタッフ候補が来るのを待っていた。
「ようこそファーリナの住人の皆さん。話は聞いていると思いますが、ここは神の国の一端を降臨させた商業施設です。貴方たちにはこの施設で自分に合った場所を見つけてお客様を相手に商品の販売をして頂きたいと考えています。売る物は大きく分けて三つ。一般商品、食事、お風呂です。それ以外に宿泊施設、厩舎、物流があります。
いきなりこれだけの事を覚えるのは大変なので、これから順に見ていきましょう」
ラチェットが直接語り掛けたらローゼ以外はラチェットに見とれていたのできちんと聞いていたのかは怪しい。
「ここからは俺が説明するからみんな着いて来てくれ」
零司は最初に一番近いモールへ入る。
モール中央の正面にある低くなだらかな階段を上がった先にある広い入り口は左右がガラス張りで建物の中も明るく外からでも良く見えた。
これは天井の一部にガラスを使っているからで、日の光を積極的に利用しているこの施設全てに共通した物だ。
そして入り口の目の前にあるのは商店である。
商店の責任者は勿論ダリルと露店でギャロの隣に店を構えていた筋肉親父のジャリ、商人の経験がある年配者だ。
ここは零司が創った果樹園で採れた日持ちの良い果物やファーリナの露店で売られていた商品などが並んだ。
今のところ品数が少ないが、この施設が出来た事で来客が増えると予想して施設全ての容量が多目になっている。
「ここは露店みたいなものだ。置いてある商品を売って欲しい。値段は決まってて交渉はないから入れ物に書いてある値段で交換してくれればそれで良い」
出来るかな、なんて声がちらほら聞こえる。
次に来たのは同じモール内で商店の左側にあるレストランだ。
レストランの責任者は楓と補助のネコだ。
カエデが女神だと知っている若者から喜色の声があがる。
「ここでは用意された食事を客に提供する。今のところ君たちにして貰うのは受注と配膳だけだ。料理はこちらで用意するが、今後空いた時間で作り方を覚えて行って貰う。それとこの施設内で働いている時はここの食事を朝昼夕と三回の内、二回を無料で食べられるし、弁当を持ち込んでも良いから時間になったら順番に交代で従業員専用の部屋で食べて欲しい」
これには嬉しそうな声が多く聞かれた。
特に女性に気に入られた様だ。
レストランから商店を挟んでモールの反対側にある風呂の入り口。
責任者はギャロとミティ夫妻だ。
「ここは沢山の人が同時に利用できる風呂で銭湯と言う。男女別に仕切られているが、入るのに簡単な手順が必要なのでその手本を見せたり、タオル、洗剤の販売、清掃などもやって欲しい。
この説明のあと全員に実際に入って覚えて貰う。当然ここも従業員は無料だ。仕事前や汗を掻いた後の帰りにでも利用すると良い」
ここも女性に人気がある様だ。
商店の奥に階段があり二階に上がるとそこは宿泊スペースになっていた。
階段目の前の受付から左右に建物横方向の目一杯まで部屋が並んでいる。
責任者は零司とバンだ。
「ここは寝泊まりするための場所だ。このカウンターで手続きしてから部屋の鍵を渡して利用して貰う。ここの主な仕事は部屋の清掃とパジャマ、タオル、シーツなどの洗濯になる。天候が悪くても洗濯と乾燥が出来るように、特別な設備があるのでそれを使って欲しい」
『特別な設備』に興味がある者が居る様だ。
モールを出て門に近い厩舎へ来た。
責任者はこの世界の馬や馬車の扱いに馴れた現地の年配たちだ。
「ここでは馬と馬車を預かり、馬の手入れや馬車の修理など馬車全般を担当する。それらを必要としない客には自分で面倒を見る専用厩舎があるからそちらへ誘導して欲しい。基本的に力仕事になる」
これなら俺たちにも出来ると喜ぶ兄弟の声がする。
厩舎とは入り口を挟んで反対側にある物流センターへ来た。
「ここは大口の商取引専用の取引窓口だ。今のところ扱える量に限りがあるから開く事は無いが、将来的に用意できる品が増えれた時に開けば良いだろう。ここで必要とされるのは人の顔と名前を覚えられる事、文字が書ける事、計算が出来る事、礼儀正しい接待が出来る事だ」
ガッカリと項垂れる者が続出する。
「しかしこれは今後ファーリナの街に学校が建設されて無料で教育を受けられるから、その中で成績の良い者を優先で採用する。最終的にこの部署の責任者がここの最高責任者として全てを任される。つまり、若い君たちが将来的にここの全てを任される事になる。この世界で最高の場所に、ファーリナの街にして欲しい」
大きなどよめきと共に若者たちの目付きが変わった。
「それから重要な事だ。君たちの報酬は基本的に同じ額になる。これは仕事量の度合いを同じ程度にすると言う事だが、向き不向きもあるだろうからそれを仕事を続けながら調整して行こうと思う。今は自分が出来そうな所を選んでくれ。
と言う訳で、各自今から現地で待ってる責任者の下に向かって欲しい」
まるで修学旅行の自由時間に入った様な騒がしさで移動を開始する若者たち。
その中で最年少のサーラは兄たちと共に厩舎に向かおうとしていたのを零司が呼び止める。
「何かご用でしょうか?」
兄たちもこちらを向いて零司の言葉を待っていた。
「ああ、サーラには俺の所に来て欲しいんだが良いか?」
瞬間兄たちは固まり、驚きを隠さず涙を流す者まで居た。
当のサーラは冷静にそれを受け入れた。
「この身がご所望とあればご自由に痛っ!」
零司はこの場に楓が居なくて本当に良かったと心底思う。
小さなサーラの前で方膝を着き、純粋で真っ直ぐな目を見る。
「俺が必要としているのはサーラの労働力だ。だから安心して俺の所に来てくれ」
目を長男のバローに向けて問う。
「構わないだろ?」
兄どもは全員で大きく頷き、サーラにエールを送ると肩を抱き合い涙を流しながら厩舎に向かった。
完全に誤解してるなと思いながらサーラに目を向けると緊張していたので鼻から息を抜き笑顔で軽く頭を撫でるとサーラも緊張が解けた様だ。
零司はサーラと共に宿泊施設へと向かう。
途中商店内を通るがそこには若手が男女十人くらい居た。
熟練者が一番多いこの商店なら大丈夫だろう。
現状では露店形式と商会店舗の様な案内形式の両方を採用している。
将来的には現代日本のレジスター形式にしたいとは思っているが、それには先に学校教育が必要なのだ。
商店を通り抜け階段を上がると、そこには自分の宿屋を経営する店主のバンと三人の女性が居た。
女性とは言ってもこの世界の成人は十五歳以上なので、零司たちから見ればまだ十分少年少女の年齢である。
しかし実際に大人として生きている彼らは見た目もそれなりに落ち着いて確りしていた。
「待たせたな」
「サーラか、兄妹一緒じゃないのか?」
「俺が連れて来た。兄妹で厩舎に向かおうとしてからな、女の子だしこっちの方が良いと思ってな」
「そうか、それで最初は何をするんだ?」
「まずは挨拶だな」
零司の下準備は続いた。
◻
そして新人教育が終わった順に従業員専用食堂で楓の賄いを食べて幸せになり、その後風呂へ行き肌を磨くと、真っ白な肌着と真新しい制服に着替える従業員たち。
その姿は背筋を伸ばし自信に溢れ、明るい夢のある未来に目を輝かせた若者たちだった。
そしてそれを指導し、見守るオッサンたち。
「もう直ぐ開門する。みんな落ち着いて分からない事は部門責任者に聞いて、とりあえず今日の日没まで頑張ってくれ。夜から朝までは責任者が担当するから、皆は明日、昼前と昼過ぎの二班に別れて仕事をしてくれればいい」
現状ファーリナの人々は既に仕事を持ち、自宅でしなければならない事がある。
それを差し置きここの仕事だけで一日、今後ほぼ毎日を全て使い切ってしまう訳には行かないのだ。
「それと昼前班は朝と昼食が無料で食べられる。昼過ぎの班は昼と夕食が無料で食べられるからその辺りにも気を付けてくれ。後は追々通達や指導するからそのつもりで。おっと、忘れていたが、俺たちの事は客には内緒にする様に。最後に楓から何か言ってくれ」
零司の横で控えていた楓が前に出る。
「それじゃあ……皆でファーリナを救いましょう!」
歓声を上げて応える従業員たちに楓も笑顔で応えた。




