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30.ファーリナを救え 1

騒ぎにならない様に偽装していた筈なのにとんでもない騒ぎになっているファーリナの街。

 ファーリナにリムジンで向かった零司たちだが、あまりの混雑に着陸を断念する。


「一旦仕切り直しだな」

 零司の言葉に楓は地上を見るのを止めて(ベンチ)シートの背もたれに体を預けた。

「ローゼさんどうしてるかしら。結局あれ以来会えてないわよね」

 空を見上げながらローゼを想う楓。

 そんな楓の発言にダリルの泣きっ面を思い出してポロッと溢す。

「こんなに人が居るならダリルも何か商売したら上手く行くかもね」

「それだわ!」

 楓が叫んだ。




 館に戻った零司たちは楓を先頭にリビングへ向かう。

 ラチェットがお茶の用意をしている間に楓はソファに座った皆を見渡すと会議が始まった。

「せっかくファーリナの街に人があんなに居るならマルキウさんが言った様にダリルさんも商売人に戻れるんじゃないかしら。わたしはそれを後押ししてあげたいのよ」

 小さなテーブルを両手で叩いて零司に迫る。

「具体的には?」

 張り切っている楓に零司は冷静に訊ねる。

「うっ、それを話し合うのよ!」

 気概はあっても中身が無かった。


「それじゃ俺は情報を出そう」

 零司はさっき作成したデータベースを元に外来客の需要一覧を紙に書き出して数枚のレポートを楓に提出した。

 そこには緊急、早期、長期、常時の四段階の需要と、男女、年齢別、地位別割合、所持金の分布状況など、様々な事が解りやすいグラフなどを交えて書かれていた。

 資料を見つめたまま固まる楓。

 零司は最初、そんな楓を見て資料を真剣に吟味しているのかと思ったが資料を捲る様子も無いのに気付いて楓に声を掛ける。

「え、ええ、見てるわよ?」

 言われて目を動かし始めた楓は、まるで自分が停止していたのを気付いて無いかの様だ。


「ふーん、何が書いてあるのか解らないけど何かきれいよね、それ」

 見易い様に色分けされたグラフを見ているのだろうマルキウが興味あり気に覗き込み、釣られてリリも反対側から覗き見している。

 そこに茶の用意が出来たラチェットが戻ってきた。

「皆さんお待たせしました」

 朝食から三十分も経っていないのだがまあ良いかと零司がラチェットを見るが、ラチェットは零司の視線に気付くと殊更目を合わせない様に顔を零司に対して直角以上にして茶を配り続ける。

 しかし最後には零司に配らなくてはならないのだ。

 そんな時、ラチェットの頭脳にアイデアが閃いた。

 『皆と話ながらなら零司に顔を向けなくても良いのでは?』

 ラチェットはカップだけを見て注ぎ始め、皆の会話に混じる為に首を捩った。

 しかし、誰も会話をしていない、終わった。

 冷や汗がラチェットの首筋を流れ落ちる。


「注ぎ過ぎだ」

 注がれ続ける零司のカップから勢い良く溢れるお茶。

 顔を背けた時に急須の角度が変わり勢いが増してしまった。

 零司に言われるまま急須を上げるがあまりに焦っていたために足を滑らせ来る衝撃に目を閉じた。

 しかし衝撃が無いどころかふんわりとしている。

 おかしいな、と目を開けるとラチェットはあろう事か零司にお姫様抱っこされていた。

「ひゅわっ!」

 思わず零司の目を凝視してしまうラチェットが見たのは真剣な目でラチェットを気遣う零司だった。

「大丈夫か?」

 イメージのズレに言葉を失うが、これって何処かで見たような? そんな既視感に囚われ言葉が出ない。


 アウアウやってるラチェットは他の女性たちの注目の的だ。

「ラチェットさん大丈夫?」

 楓に声を掛けられてハッとするラチェット。

 楓に向かって振り向く。

「すみません、失敗しちゃいました」

 申し訳なさそうにしている。

「降ろすぞ」

 いつの間にか立ち上がっていた零司は静かにラチェットを立たせる。

 言葉以外は丁寧な扱いを受けたラチェットは吃りながらもきちんと礼を言って溢れた筈のカップを見るが丁度良い感じで注がれていた。

 はて? これは騙されたのだろうかと瞬間的に思ったラチェットは充分に零司不信に陥っているが、実際のところ溢れたお茶は楓が綺麗にしてくれていたのだった。

 それでも今回のイベントでは恐怖の魔王が顔を見せる事無く終わりラチェットを安堵させた。


 楓はテーブルに拡げられたレポートを真剣に見比べている。

「んー、この資料を見る限り緊急の項目は外せないわね」

「何が書いてあるんですか?」

 ラチェットも見ているが天使と言えど日本語は読めない。

「少しだけ読めるがこれが何なのか全く分からないな。楓、これは何なのだ?」

 漫画で使われた文字しか読めないリリは少し悔しそうだ。

「これは今ファーリナの街で起きている事とこれから起きる事、必要な事が書かれているわ」

「ええーっ! 零司さんは預言まで獲得したんですか!?」

 楓の発言だけならそう聞こえるのだろう。

「流石私の魔王様、抱痛(だいて)っ!」

 零司は速攻でリリにチョップを食らわせた。

「ふーん、それで何をするの?」

 マルキウはチョップされて喜ぶリリを横目に呆れながら方針を聞く。

「基本は私たちが原因で起きているファーリナの騒ぎを収める事、そのついでにファーリナの収益に変換してしまおうと言う事、そして商売に詳しいだろうダリルさんに手伝って貰う事、かな」

 楓は一旦言葉を止めて皆を見回す。

「その為にはここも利用しないとね。良いんでしょ、零司?」

 零司を信頼し真っ直ぐに目を見る楓は言葉として発しただけで、実際にはもう使う前提だった。

「ああ、それを見る限り不可避だからな。

 使わなくても出来るだろうが、街の損失が大き過ぎる」

「ほんっと、レージたちって変わってるわよね」

「何かとても楽しみになってきましたね、うふふ」

「ここに居る皆でやるのだろう?」

「ネコもやるにゃ!」

「もちろん皆にも手伝って欲しいわ」

 まだ何も具体案を示していないが力の入った協力要請は全員の共通認識となった。



 計画が決まり楓たちは白亜の館で準備に取り掛かる。

 それぞれに役割分担して行動しているのだ。


 零司は今ファーリナの街に一人で潜入していた。

 リムジンでは目立ち過ぎてパニックになる可能性すらあるので、単独で街に来たのだ。

 そして領主のシエル、元商人のダリル、友人のギャロに会い、事を起こす前に確認を取っておく。

 まず領主のシエルと会う前にダリルとギャロに接触しようと街に走査を掛ける。

 二人とも小鳥のさえずり亭に居た。

 早速来訪者に偽装しながら小鳥のさえずり亭へと向かうが、さっき上から見た様に人だかりになって順番待ちをしなければならないようだ。


 小鳥のさえずり亭の主人バンは勝手口の扉が開いたのに気付き厨房を覗き込むとそこに零司を見つける。

「裏からで済まん」

 バンは驚いたが今以上に騒ぎが大きくなるのを直感して冷静に対応する。

「兄ちゃんか、びっくりしたぜ。また来てくれるなんて嬉しいが良いのかい?」

 久し振りに会った友人の様に受け入れてくれたバンだが相当参っている様だった。

「こんな騒ぎになるとは予想外だったな。それで助けに来たんだが話を聞く時間はあるか?」

「ああ、兄ちゃんの話なら大歓迎だ。ダリルやギャロもここに居るから喜ぶぞ」

 バンは店仕舞いして店内をスッキリとさせるが全ての扉が閉じられたので店内は外壁の隙間から差し込む筋状の光だけで真っ暗になった。


 暗くなった店内に零司が照明を点けて明るくなると、突然現れた零司にギャロとダリル、他の地元民数名が驚き名前を出しそうになり、零司は口に指を宛てそれを制した。

「騒ぎになって済まなかったな、今回は街を助けに来た。それについて話があるから手伝って欲しい」

 住人たちは零司の話を三十分ほど聞いて納得するとそれぞれに他の住人に声を掛けて手伝って貰える様に伝令に走った。

 零司は領主の館へ向かう。



◻領主邸


 今年生まれたばかりの娘を抱えてあやしながら館の二階の窓から門の外に並ぶ人の列の中に零司が居るのを発見したシエルの妻は、同じ部屋で寛いでいた義母に慌ててそれを告げる。

 義母も窓から確認すると嫁にこの部屋に居なさいと言い付けて急いで一階の応接室に向かう。

 応接室には様々な理由でやって来て外で並んでいた者が領主のシエルと順番に面談していたが、接客していた使用人の婆やを呼んで部屋の外に出た。

 シエルは何事かとは思ったが自分に話が来ないならそれだけの事として面談を続けている。

 婆やはシエルの母の言い付けで玄関から外に出ると鉄柵の通用門扉を開く。

 次は自分の番だと意気揚々としていた中年男性が一歩前に進み出ると婆やは相手にする事無く列の最後尾に進んだ。

 それを並んだ全ての人が不思議そうに眺めていた。


「大変お待たせして申し訳ありませんでした。領主の母、ダーナがお待ち申し上げております」

 深くお辞儀をする使用人の婆や。

「行こうか」

「恐れ入ります、こちらへどうぞ」

 静かに歩く婆やの後ろに着いて門を抜けて館に消える男に、並んで待つ者たちは囁く様に憶測をしていた。


 応接室ではなく客室に通される零司。

「あの様な場所でお待たせして大変申し訳ありません。わたくし領主シエルの母でダーナと申します。以後お見知りおき下さいます様、お願い申し上げます」

 跪いて目を閉じ胸に手をあてるダーナに零司も応える。

「ダーナさん気にしないでくれ、俺たちは普通に扱ってれくれたらそれで良い。今回は今のこの街の問題を解決する方法を伝えに来た。住人たちにも手伝って貰う手筈になってる。その許可を貰いたい」

「我が街を気遣って頂けるなど望外の喜びにございます。領主シエルもこちらに向かっておりますがきっと喜ぶでしょう」

 普通に接して貰うという零司の願いは却下された。


 その後シエルとの話し合いが持たれ、夜が来る前にこの街に発生している問題の大部分を解決してしまおうとシエルは喜んで許可を出した。

 領主邸を離れる時に過剰に見送りされると周りに感付かれて予定が狂う可能性があるとして婆や一人が門外で丁寧にお辞儀をしただけだが、それでも過剰に思える零司だ。



◻中央広場


 移動出来ない程に広場は馬車がすし詰め状態だった。

 そこに街の人々が大量の木材を持ち込み、狭い広場が更に狭くなっていた。

 広場の一角、露店が建ち並んでいたその場所が撤去されてそこに柱が次々と建って行く。

 柱と柱の間は零司が用意した大きく厚い白い垂れ幕で中が見えなくなった。

 それは工事現場で良く見る足場と防護布である。

 広場に居た外来者は何事かと一部始終を見ていたが出来上がった物が何なのかさっぱり分からず、近くに居る作業に参加していた住人に話を聞いてみるが彼らも指示されただけで、これで何をするのか知らないのだと答えていた。

 そこに領主邸から戻って来た零司がギャロに案内されて幕の内側に消えた。


 幕の内側はギャロにダリル、バンとギャロの露店の隣に店を構えていた筋肉オヤジのジャリ、それに一部の年配の住人だけだった。

 他の住人はここの作業が終わるまでは中に人が入らない様に見張りとして周囲を取り巻いている。

 そしてこの建造物は広場の(へり)に沿った横に細長い土地で幕の高さは二階建ての家の屋根くらいの高さがある。

「これだけあれば十分だ」

 零司は土地面積を確認して作業を始めた。

 ここで大体午前十一時くらいだろう。



▼零司の館、二時間前


「リリさん、これ見ててくれるかしら? 煮立ったら火を止めてね?」

「引き受けた」

「それと空いてる時間でお皿を大量に創って欲しいんだけど頼んで良いかしら?」

「了解した、任せるが良い」

「ネコ、ここの食材をコピーして、出来上がった料理も鍋ごとお願いね」

「分かったのにゃ」

「カエデー、頼まれたもの持って来たわよ」

「私も運ぶの手伝いましたー」

「ありがとう二人共、そうしたらあそこで零司と合流してね」

「わかったわ、それじゃ行くわよ!」

「行ってらっしゃい、頼んだわよ」

「任せて下さい! 行ってきますぅ!」


 白亜の館では楓が急ピッチで何種類もの料理を作り、それをネコが服でそうした様に料理にコピーを重ねては楓が無限倉庫に取り込んで行く。

 マルキウは果樹園でその鼻を生かしてきちんと熟れた果物類を選び、ラチェットが丁寧に切り取って運んでいた。

 そして楓が望んでいたある物を零司は朝食前に用意していたが、それが今回の料理から使われる。




 零司は幕の中である物を建てた。

 白亜の館の様に純白の、一枚岩を繰り抜いた様な石造建築物だ。

 幕の中に居た住人は建築物もそうだが、その建築物の機能に驚愕している。

 幕の内側に居た責任者クラスの住人と外に居た数名の住人を引き連れ、周囲と機能を入念にチェックしながら説明していく。

 設備の担当者に説明と設備自体の確認を完了して街で手が空いている人を集め、各担当者の下に着かせて教育が行われた。

「こんなもんか」

 楓が主導する救済策の幕開け式典の為に領主を呼びに行かせた。

 このとき凡そ午後三時、夕方には余裕であった。

楓がしたい事って大体分かると思います。

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