27.好奇心は猫を殺す
リリの痺れを直ぐに消してあげようと楓はネコに回復を頼んだが、それを零司が遮った。
「きちんと最後まで味わうといい」
ニヤリと笑う零司に楓は苦笑いし、ラチェットは自分より小さな楓の後ろに隠れようとするくらいに恐怖している。
零司に掴まれたままのマルキウは零司に拷問の神術があるのかと聞くとそんなものは無いと返される。
悶えるリリを不思議そうに見ているマルキウに同じ格好すれば解ると教える零司。
そして今回の一件は、ただの正座のつもりが神でも脚が痺れるという新事実の発見であった。
脚の痺れが取れたリリは楓に慰められながら手を繋ぎ本館へ向かう。
楓はこれから夕食の準備のためにキッチンヘ向かう様だ。
「そー言えばレージの部屋って何処にあるの?」
言われて思い出す零司。
屋敷を建てたときは内装など無く初日の夜も楓の家に泊まったのでそのまま放置され、昨日の夜もリリの部屋を用意しただけで後はファーリナの街へと向かったので自室が用意されていなかった。
そこで零司はこの後の予定が無いので自室を創る事にする。
「っと、その前に」
リリが住む事になったのでこの外観は相応しくないと一気に本館を白亜の城張りに変化させた。
「きゃっ!」
突然漆黒だった館内が明るくなり驚く女性陣。
変化の瞬間は見えていたのにどう変わったのかが色でしか認識できていなかった楓たちは柱や彫刻などを見回す。
それらは今までの禍々しい物から草花をモチーフとした美しい装飾へと変化を遂げていた。
ひとつひとつの凝った造形が本当に零司によって産み出されたのかと疑問に思うのは魔神疑惑を持つラチェットだけではない。
「ホントに零司って……」
女性の注目を浴びるが気にした様子も無く出来上がった造形をチェックしている零司は普通にしていれば素晴らしい能力を持つ神なのにとラチェットは思う。
◻
零司は中庭にやって来た。
屋敷は上空から見るとロの字形で真ん中が空いている。
建物が白くなった事で中庭も光が溢れ、花壇を造るのも良いだろうと早速作業に入る。
中庭は取り込むとき建物の一部ではなかったので焼けた大地そのままだった。
そこで土と草花を確保しに一旦外に出る。
適当に山でサーチを掛けて目的にあった花を探しつつ飛び回りながら周囲の土を地形が急に変化しない程度に薄く広く回収する。
中庭に戻ると焼けた大地を土質改良で白いブロックに造り替えて花壇の枠を作り、そこに篩に掛けた様にきれいな土を敷き詰める。
零司は果樹園造りで発見した複製術を複数回重ね、ひとつの花が十回コピーするだけで千を越えた。
これを何種類かの草花に対して繰り返し一気に思い描く花壇にする。
「こんなもんか?」
中央に小さな噴水と十字の通路、散策用のカーブを描く小径にベンチなど柵や小さな照明まで設置されている。
さて本題の自室作りだ。
男のロマンと言えば秘密の地下基地である。
零司は中庭に設置した管理用の道具置き場に見せかけた小さな小屋の中に入り口を作る。
そこから無地の味気ない壁と階段が地下に続き、地上なら三階分下った先に大きめの扉を設置する。
扉を開き、その先に体育館ほどの空間を作る。
ここは客を迎える部屋として、その最奥に正面から直接見えない垂れ幕と壁の裏に自室を作る。
部屋は十畳でベッドにクローゼット、机と椅子に本棚、簡易のシャワールームとトイレを設置した。
家具類は階段と同じく特に装飾もない落ち着いた木製の簡素な物で、単に用が足りれば良いとしか思っていない。
自室を簡単に済ませて応接室と呼ぶには巨大な空間に戻る。
自室に近い垂れ幕の外側に椅子を設置。
壁も床も二色で統一して一面を飾り何処かで見たような籏を並べる。
天井には豪奢なシャンデリアを並べてそこそこ明るく、幾つもの彫像や彫刻で飾りたてる。
椅子に座って入り口の扉を見る零司は両側の壁に沿って幾つかの大きな像を創り出して向かい合う様に並べた。
歓迎の意を込めて入り口の来客に顔を向けているのも何体か置く。
最後に通り道となる中央通路を挟むようにして大きな像の前にも何体もの像を左右で向かい合わせに並べてみた。
「まだ足りないが今はこれだけあればいいか」
そう呟くと応接室は一応の完成を見る。
零司は趣味全開で真剣に取り組んだ事で時間が結構経っていたのに気付いた。
楓たちが待っているだろうリビングルームへと向かい中庭に出ると、空は既に星が煌めきスラゴーの天幕に包まれていた。
◻
ラチェットは零司を探していた。
そろそろ夕食が出来ると伝えて欲しいと楓に頼まれたのだ。
魔神かもしれない零司のもとに一人で向かうのは気が引けたが、今までの零司を見る限り変な事をしなければ問題無いと気づいたのともうひとつ、零司が自分の部屋を作るとしたらどんな物なのか興味があったのだ。
最初の頃は魔王の椅子と禍々しい屋敷を作ってラチェットを恐怖させたものだが、あれ以来零司はきれいな物、美しく凝った装飾などの他者を心から楽しませる物しか創り出していない。
そしてラチェットは中庭に気付いた。
中庭に続く扉を開けて低い階段を降り、中央の噴水へと自分の意思では無いかの様に周りを見回しながらゆっくりと進む。
天幕の光だけでなく照明によってライトアップされた花壇はラチェットの心を捉えていた。
いつの間にか小径に沿って歩き出すラチェットは夢見心地でフラフラと進む。
中庭の片隅にある小屋が目に入るとその小屋すら興味の対象になり、扉を開けて中を覗き込んだ。
『好奇心は猫を殺す』
そんな諺がイギリスにある。
ラチェットは小屋の中にある扉を開いてしまった。
△
「あら、お帰りなさい。部屋はもう出来たの?」
楓は出来上がった夕食が冷めない様に零司に教えてもらった無限倉庫に格納してリビングで談笑していた。
「お帰りなさいなのにゃ」
抱き着くネコを撫でながら答える。
「ああ、概ね良いんじゃないか」
ネコをソファに座らせて零司も座った。
「レージが来るの待ってたんだからね」
ズドンと音がしそうな降り方で零司の頭の上に乗りそんな事を言うマルキウは早く食べたそうだ。
「ラチェットさんは一緒じゃないの? 零司を呼びに行ったんだけど」
「いや、見てないぞ」
「そう、それじゃもう少し待ちましょうか」
「えー! 桃、桃! あれが食べたいのよ!」
零司の頭を叩いて駄々を捏ねる。
「まあ待て、もう少しの辛抱だ」
「そんなぁ」
楓は気落ちするマルキウへの追い討ちになるとは気付かずに声を掛ける。
「桃は更に美味しくなってる筈だから楽しみにしてね」
この言葉に暴れだす。
「あー、食べたい食べたい食べたい!」
零司の頭は大変な事になり、リリも桃が気になるご様子。
△
小屋の中の扉を開き、その先にもあるだろう美しい空間を求めてラチェットは階段を降りる。
既に階段で飾りが無いと気付かないラチェットは歌まで始めた。
「この先は何が私を待っているの~♪」
明るく軽やかなメロディで進む先には見覚えがある彫刻が施された縦五メートル、横三メートルの両開きの漆黒の大扉があった。
嫌な予感が走るラチェットはさっきまでの心ときめく高揚感が一瞬にして裏返り、押し潰されそうな動悸へと変わる。
「こ、これはぁ~」
嫌な汗が流れ身動き出来ない。
一瞬の思考停止からリブートして引き返そうとしたが楓に頼まれた仕事があるのを思い出す。
この先は確実に零司の領域なのだから必ず零司もいる筈。
そう信じて扉を押したが扉は全く動かない。
ラチェットは女性ではあるが天使なので人とは比べ物にならないくらいの力はある。
にも拘らず目の前の扉は開かないのだ。
そのまま押し続けて弱音が出たとき心が切り替わって気が付いた。
引けば良いのでは?
扉を引くとゆっくりと静かに動いたが自分一人通れる程度まで開くとそこで止めた。
何だかとても疲れた気がするがここで引き返す訳にはいかない。
ちょっと怖い気もするが扉の隙間から頭だけ突っ込んでコッソリと中を覗き込む。
「!!!んー!!!!!」
中を見た瞬間思わず悲鳴を上げそうになって両手で口で塞いだ。
そこにあったのは魔王の謁見室だ。
広い空間は薄暗く赤地に黒のツートンで中央奥には例の椅子がある。
その両脇に立つ禍々しい大剣の数々。
椅子に続く中央通路を挟むように向かい合い隊列を組んだ二百を越える武装した兵士たち。
天井には得体の知れない何かが所狭しと取り付き、左右壁際には戦籏が幾つも掲げられ、異形の巨人が並び立ち、入り口近くの何体かが仄暗く光るその眼でラチェットを睨み付けていた。
ただの彫像だろうとは思うのだが神術を習ってから独自に成長して僅か数日で生命を創造した零司の事だからここに並ぶ全てに命が宿っていたとしても不思議ではない。
もし悲鳴を上げたら、その全てがこちらに襲いかかってくるかもしれないと思うと恐怖に駆られてしまい、そこを離れる事しか考えられなくなっていた。
息を殺して頭を引っ込めると静かに扉を閉める。
追いかけられても少しは時間稼ぎになるだろう。
いや、あの巨人なら一瞬の足止めにすらならない。
扉から目を離さず後退りながら階段に到達した。
階段を後ろ歩きで上り、扉が見えなくなると振り返り全力で駆け上がる。
花壇の小屋を出ると扉を閉めて背中で押さえつけた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
疲れたのではない。
あの地獄の兵士たちと異形の巨人が追い掛けてくるのではないかとの恐怖から心拍が跳ね上がり勝手に息が上がっているのだ。
リリの痺れと同じように、神の眷属でも体に異常が発生するらしい。
ちなみに翼のある天使とは言っても、ある一定の条件を満たすと翼が消えて神になる。
そんな者たちを苦痛と恐怖で従える者、零司はやはり魔王と呼ぶのが相応しいのだろう。
軽い仕返しのつもりで魔王称号を与えたのは失敗だったのだろうかと思うと、零司がリリにしたようにラチェットも責め苦を受けるのではないかと更に顔色を悪くして脚が震えた。
△
零司はラチェットの話が出た時に館内走査を掛けている。
当然居場所は特定できていたし結果がどうなるかも予測済みだ。
ラチェットが大扉の前に立った時点で階段を消しても良かったのだが、それではその場で転移して脱出を図るかもしれない。
それでは計画がそこで終わってしまうので現状のまま見守る事にした。
扉を押し開こうとするラチェットに、攻めてくる者が勢いで突入する事を思えば引き戸にするのは当然、『逆だ』と心の中で突っ込みを入れる。
そして扉を開けて中を覗き込んだとき、巨人の目を光らせる。
ラチェットの反応が面白く笑いそうになるが堪える。
その時マルキウが暴れていたので誤魔化すには丁度良かった。
ラチェットが小屋を出たところで階段の扉を消しておく。
そして楓に伝えた。
「どうやらラチェットは中庭にいるみたいだな」
わざとらしいがまあ大丈夫だろう。
「中庭なんてあったかしら?」
「さっき花壇を造ったから後で見てみれば良い。そこにある小屋が俺の部屋だ」
たったいま応接室の奥に作った自室のベッドと机などの家具だけをコピーして配置した。
「アタシ行ってくる!」
マルキウはラチェットが戻ってくるのが待ちきれずに飛んで行った。
「ふーん、中庭の花に囲まれた小屋に寝泊まりなんて、いつからそんなにメルヘンチックになったのかしら」
流石に楓には通じない様だが。
「そんな時もあるさ。楓も遊びに来たら良い、そのために作ったんだからな」
零司は花壇の事を言ったつもりだったが楓は部屋に誘われていると受け取る。
普通なら楓と同じ受け取り方をするだろう。
楓を迎え入れるためだけに用意された花に囲まれた小屋で、零司と二人だけで過ごす自分を想像する楓。
「そ、そう? なら行っってあげても良いわよ」
楓本人は気付いて無いがちょっと悴んだ感じで喋り赤くなりながら目を逸らして答えていた。
零司は楓を見つめて平静な顔で対応するので楓にはバレていないと思い込むし、零司はその原因に全く気付いてない。
◻
マルキウがラチェットを連れて帰った。
リビングの扉を勢いよく開けて飛び込んでくるマルキウと、ドアの陰からコッソリと覗き混むラチェット。
ラチェットは零司がこちらを見ているのに気付いて謁見室の巨人の目を重ね見る。
「きゃぁ! 許してください許してください許してください」
その場にへたり込み一生懸命頭を下げて零司に許しを請う。
零司は事情全をて知っているが知らない振りをしている。
「何やってるんだラチェット。もう飯だぞ」
ラチェットに安心する様に目の前まで進み声を掛ける。
頭の中にある魔王零司像とズレが生じて現実に還るラチェットがあれ? っと顔を上げると、そこには回りには分からない位置でニヤリと悪魔の笑顔で笑う零司がいた。
ぐふふ。




