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24.スラゴーの天幕

 零司は二階へ上がり大きめの部屋に入る。

 他の部屋もそうだがこの部屋も内装は何もなく、がらんとしている。

 零司は王宮の寝室をイメージしながらも明るめの配色を心掛けた。

 毛の長いフカフカの絨毯、天蓋つきの大きなベッド、寛げるソファ。

 他にも大小のキャビネットやクローゼット、机に書棚などの家具。

 壁紙にはリリの名前から、以前ネット上で偶々見つけたリリライトピンクをモチーフに模様を(あしら)う。

 照明もこれに合わせてピンクのユリの花を象り美しい装飾を施した。

 寝室が出来上がると隣の部屋に向かい、こちらはさっきの部屋と違い落ち着きのあるインテリアでまとめてある。


 リリのために二つの寝室を用意したのは零司なりの心配りだ。

 気持ちを落ち着かせるにはそれなりにシックな方が良いとは思うが、今までずっと暗い場所で過ごした思い出を捨て、これから先は気持ちを明るく持って欲しいとも思う。

 これからまた女神として復帰するリリのために、永く悲しみに沈んだ時間を癒してあげようとしたのは同じ中二病患者として通じるものがあったからだ。

 そしてリリの記憶にあったマンガを零司は知っている。

 リリがこの世界に封じられてから既に数百年以上経っているのを考えると、異世界間で移動するときに時間のズレが発生すると考えられたが世界と時間が違っても同じ漫画を愛する者として放っては置けない。

 今はまだ落ち着かない状態なので口に出しこそしないものの、いつか仲間として語り合いたいと思っている。


 次に屋敷の裏に回り外に出ると、零司は屋敷よりも高く浮き上がり、意識を集中する。

 学校のプールくらいの範囲で地面が改質されて白い一枚岩になる。

 岩が持ち上がりながら零司のイメージ通りに変形してゆく。

 出来上がったのは古代ローマの公衆浴場のような列柱が配された風呂だ。

 楓の家の二つの風呂を合わせたよりも広く、流し場やライオンの湯口、湯中りなどで横になるためのビーチチェアを連想する台座など、装飾にも凝っている。

 更にすぐ隣には庭園を造り、東屋と噴水まで用意している。

 一言で言うならローマンジャングル庭園銭湯風露天風呂だろうか。

 大まかな造りが出来上がり、庭園側に降りると実際に利用を考えながら歩いて回り調度品などを設置してゆくが樹木を含めて全て作り物だ。


 最後に屋敷から少し離れた風呂に繋げる通路を創った。

 ローマの水道橋のようなアーチを描く二階の高さの通路に、風呂側には屋根付きの脱衣場を設ける。

「こんなもんか」

 そこそこ満足した零司は楓たちが待つ客間へと向かった。


 

 リリと楓たちは『マンガ』という名前から日本の神の存在に関する話に発展し、今や日本神話、中東から広がる信仰、ギリシャの神々、ケルト神話まで、楓から齎される異界の神々がいかに多種多様であり、人間が神に昇華するのが楓の世界での認識であり、実際に楓自身もそうだと話がまとまった。


「ちょっと待って」

 楓が頭を抱えている。


 『私が日本の神? いやいや、そんな事はないでしょ。日本史上、女性の神といえば伊邪那岐神(イザナミノミコト)が有名だけど、そんなの文献にあるだけの本当に居たかどうかも判らないおとぎ話みたいなもので実際に居るわけ無いじゃない。でもそれじゃ私は……』

「考えなくても楓は現に女神ではないか」

「ですよねぇ」

「楓様は女神様なのにゃ!」

「あーあ、そのまんまだわ。もう少し気を使ってやりなさいよ」

「め、女神? はは、は」

 リリを見つめて何故か渇いた笑いが出た。


「戻った」

 ドアを開けて入ってくる零司に皆の目線が集中する。

「零司、私、女神になってた」

「だな」

 女神といえば目の前にいるリリのような美しい少女、または女性だと思い込んでいたため、ラチェットが楓を神だといっても、それを受け入れていたとしても、女神だとは思いもよらなかった。

 それを否定していたのに零司にすら肯定されてしまいどうしていいのか分からなくなってしまう。

「神だろうが人間だろうが楓は楓だろ?」

 そう言われて楓は成る程と気持ちが落ち着いた。

 確かに零司の言う通り私は私、神になったからと気にする事じゃなかったのだ。

 ただ、楓の中の女神のイメージが崩れたのは確かだった。



「私は今まで食事をしなかったが、これはとても良いな」

 目を見開き、フォークの先にあるクリーテルのハンバーグを見ている。

「喜んで貰えて嬉しいわ」

 楓の女神化とリリの女神復帰祝いを兼ねて、少しだけ豪勢な食事を振舞う。

「これも中々に美しい」

 カトラリーには楓の鍵と同じくピンクのユリが象られていた。

「気に入ってもらえて光栄だ」

「零司さんって本当に男性なんでしょうか?」

 ラチェットは零司が創り出す繊細な装飾品を気に入っているが、その反面不思議で仕方ない。

「失礼な奴だな」

 軽く脳天チョップを食らわせる。

「いだっ、て、あんまり痛くないです」

「俺を何だと思ってるんだ、まったく」

 このときあることを思い出すラチェットは軽い悪戯の気持ちで言ってみる。

「ま、魔王とか?」


 漫画の影響で中二化したリリは零司が魔王と聞いて黙っていられない。

「魔王!? 零司は魔王なのか!?」

 新たに設けた食堂のテーブル越しに両手を着いてリリは零司に問い質す。

「そんな訳あるか」

 行儀の悪いリリにもチョップを食らわせる。

「ぃたっ! んふふ、私も貰ってしまったな」

 満更(まんざら)でもない様子。

「そーなの? レージなら神より魔王の方が似合うと思うけどね!」

「零司様は魔王様だったのにゃ、んぐっ」

 フォークにハンバーグを刺したままモグモグと喋るネコ。

「ネコまで……零司、もう魔王になっちゃえば?」

「楓がそれを言うのか」

「だってこの世界で最も恐れられた魔神を倒した零司なら魔王に相応しいんじゃない?」

「そうだな、零司には是非私の魔王様になって欲しい!」

「「「え!?」」」 

 楓とラチェット、マルキウが驚き会話が止まる。

「私は元々パートナーを求めて魔人になったのだ。私を倒した勇者が私を仲間にする、これが私の夢だ。その願いが一つ叶った今、残りの願いも叶えたい。どうか私を魔王様の仲間にしあてっ!」

 またしてもチョップを食らう。

「誰が魔王だっ、まったく」

 リリの願い、それを零司は知っている。

 だがあまり深い関係になるつもりはなかった。

 リリを助けたいとは思っても、今は楓を最優先にしたいのだ。


 零司以外が魔王推進派の中、本人の一言で魔王零司案は却下された。

 皆はブー垂れていたが風呂を用意したと伝えると手のひらを返す。

「風呂か、(たらい)で水浴びなら自分で浄化した方がましだろう?」

 リリは和風の風呂に入ったことが無いのだから仕方がない。

「零司さんが創ったカトラリーをご覧になりましたよね。あの感じで大きなお風呂だと思いますよ?」

 うーんと顎に人差し指をあてながら考えるリリの思い浮かべる風呂、それはキレイに装飾された大きな盥だった。

「はー、考えるより見た方が早いわよ」

 マルキウは忘れられた仕返しにちょっと意地悪な言い方をしてみた。

「皆が言うなら行ってみよう、どんなものか楽しみだ」



「はわぁぁ、何ですかこれはー!」

 ガラス越しに見えるローマンジャングル風呂に驚くラチェット。


「確かに、これは素晴らしい眺めだな」

 古代ローマを彷彿とさせる美しい彫像と石柱、風呂を構成するパーツ全体が調和された銭湯だ。

 銭湯である以上絶対に欠かせないもの、正面の大きな壁に描かれた美しい富士山があった。

 その横には風呂から直接遊びに行ける温室庭園に美しい花を咲かせる蔦が絡み付いた東屋まである。

 庭園には湯が流れ込み温められているので体が冷めない工夫がなされていた。

 風呂と庭園の足元は継ぎ目の無い真っ白な物であり裸足でも安全だ。

 そのすべてを風呂の間口から見回すリリ。


「何でもできるとわかったらホントにやりたい放題ね、中二病って何なのかしら」

 楓は呆れた。


「ナニよココは、見たことない草や樹ばっかりなんだけど」

 山の主だけにすぐに気づいたマルキウは真っ直ぐ庭園へ飛んでいった。


 案内だけして屋敷に戻ろうとした零司の手をリリが掴まえる。

「零司は一緒に入らないのか?」

 楓とラチェットは違う意味でダメと言う。


「零司さんは男性なので別の時間ですよ?」

今日は(・・・)リリさんがいるから駄目だからね」

 楓は恥ずかしくてもリリの手前、自分に優先権があると印象付けたい。

「私は構わないぞ?」

「「ダメです!」」



 楓たちが風呂に入っている間、零司は一旦街に戻ろうと飛び上がり、ファーリナの上空にやってきた。

 街を見下ろすと小鳥のさえずり亭周辺に松明の明かりが幾つも見え、そこだけ妙に明るい。

 騒ぎになっているのが容易に判るので少し離れた暗い場所に降り、そこから歩いて行く。

「ああ、零司さん、お帰りなさい」

 ギャロが店の前から零司を見つけて喜んでいたが、周囲はバンから話を聞いているので戦々恐々だ。

 駆け寄るギャロに零司が謝る。

「すまん、遅くなったな」

「そんな謝らないで下さい。戻って来てくれただけでもありがたいですから」

「話は宿で」

 ギャロを先頭に人垣が割れて小鳥のさえずり亭へと向かった。


 店に群がる人々にカウンターで相手をしていたバンは零司の帰還をギャロの声で知った。

「領主様、戻ってきたようですね」

「ああ、そのようだね。うっ……」

 ナヨナヨした領主は芯が強そうだったが、相手が神かもしれないと思うと胃が痛くなり顔色が悪い。

 店内にいた沢山の人は零司が入って来られるように領主の指示で外に出る。

 中にはバンと領主だけが残り、全員出たところにギャロの姿が見えた。

「零司様が只今お戻りになられました」

 その言葉に零司は内心では突っ込みを入れたかったが今は仕方がないと納得する。

「そうかご苦労だった。彼と一緒にこちらに来てくれないか、ギャロにも話を聞きたいからね」


 そのあと零司はこの店で起きた顛末を順を追って話す。

 領主のシエルは話を聞いている最中に『ああやっぱり』と額に罫線が入る。

 そして最も重要な事がこの街に、いや、世界に(もたら)された。


 『焔の魔神が倒された』


 それは店の外で聞き耳を立てていた住人たちにも伝わり騒ぎになる。

 魔人は本当に倒されたのか、が議題だ。

 シエルは焔の魔人を倒したのは零司なのかと尋ねる。

 しかしその答えはノーである。

 では誰なのか?


 『たまたま現れた戦の女神』


 人々の議論は更にヒートアップする。

 情報は零司からしか得られないのにお互いに訊ね合い、空論が続く。

 最終的に焔の魔人は葬られ、もう危険はないと伝えられた。

 この時代、魔神の活動は限定的であり人々の生活に影響を及ぼすことは無くなっていたが、それでも(いにしえ)から伝わる実在する魔神が居なくなったのは歴史的な事件であり、人類にとっての新しい時代の幕開けでもあった。


 零司はこの件で街に来たのは、ある事に対する根回しだった。


 『絶対に魔王の称号は貰わない』



 リリは楓に背中を洗われながら何かむず痒い感じがして体を捩る。

「あっ、動かないで」

「そうは言っても、これは何というか、その、あんっ」

 リリの体はまだ子供のようだ。

 敏感な感覚を刺激されて思わず反応してしまう。

「生粋な女神様っていうのもあるんでしょうけど、本当にきれいな肌ね。羨ましいわ」

「そうなのか? 私はこの容姿よりも零司と共にある楓が羨ましい」

「え?」

「いや、聞き流してくれ。ただの戯言だ」


 リリの銀髪は腰下まであるロングで斑もなくきれいに輝きシルクのようだった。

 その髪をゆっくりと時間を掛けて手入れする。

 ここでも楓は自分の髪が縮れのツンツンだと比較して気落ちしている。

 ラチェットもきれいだが、リリは更に輪を掛けて綺麗なのだ。

「はあ、貴女を見てると軽く嫉妬しちゃうわ」

「そうなのか? それは済まない」

「ふふ、零司みたいに謝るのね。別に貴女のせいじゃないから気にしないで」

 純粋なリリに嫉妬しても自分が惨めになるだけだと、零司を見てきた楓は知っている。

 そんな楓も十分純粋なのだが。


 体を洗い流して湯船に向かう二人よりも前にラチェットとネコが既にお湯に浸かっていた。

 ラチェットはすっかりお湯になじみ、目を閉じてほんわかしている。

 その頭の上にある手拭いをベッド代わりに、仰向けで大の字に寝転がる逆上せたマルキウ。

 ネコは楓に教わった手拭いに空気を閉じ込めたり水鉄砲で遊んでいたが、その水鉄砲が正確無比なレーザービームのように夜空に飛んでいた。

「楓様、どうぞにゃ」

 結構段差のある風呂なのでネコは手を差し伸べる。

「ありがとう、ネコ。リリさんもどうぞ」

 先に湯船に入った楓がリリに手を差し出す。

「うむ、ありがとう楓」

 体が小さなリリは楓の手があって助かったので素直に礼を言った。


「ふぅっ、これは凄いな。この感じは焔と違ってなんとも優しい」

「でしょ? 日本ではほぼ毎日風呂に入ってるから私たちはお風呂に浸かると何か安心するのよね」

 富士山と夜空に棚引く天幕を見上げる楓の目線を追い、同じく見上げるリリ。

 原因不明の異世界転移をしてから不安はあるものの今日も不幸なく過ごせたことに感謝して、明日も良い日でありますようにと願う楓だった。

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