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20.それは富士山

 出発してから少し、街道をファーリナの街へ向かって進む一行。

 周囲は未だ木々が生い茂る森の中、東西に延びる道は日が高くなっているお陰で明るい。

 その道はほぼ平坦で小さな丘を縫うように緩くカーブを描きながらファーリナへと延び、路面は数百年間踏み固められただけあってそれなりに均されて揺れも少ない。

 そんな道を馬車と手押しの荷車が連なり荷台の後ろに固まる女たちは、後ろに着けている荷車に横乗りしている男どもを覗き込むように話をしている。

 荷車を動かしているのはもちろんネコだ。

 ネコは男たちと同じく荷車に座って前を見ているだけにしか見えないが、実際は荷車を浮かせて馬車を追尾しているのだ。


 『何か忘れてる気がするな』

 そんな虫の知せにも似た感覚のあと、零司は突然警報を受ける。

 楓の家に設置した警戒警報術式が反応しているのだ。

「ちょっと離れるがあとを頼む」

 一方的にそう言い放ち飛び上がるとあっという間に楓邸に到着する。

 楓の家を上空から見る限り特に変化は見られず、地上に降りようと降下を始めると玄関扉を叩く音がした。


■ 朝食に戻る


 零司はフォークを置き、ナプキンで口を拭く。

「今日は街に行くから目立たないようにするぞ」

「具体的には、どうするんですかぁ?(もぐもぐ)」

 既に馴染んだラチェットが聞き返す。

「そこはギャロ、頼む」

 ギャロは突然話を振られて口の中の物を噴き出しそうになる。

「(んぐっ)は、はいっ」

 水を飲んで口の中を流しながら零司と話したことを思い出していた。



「つまり、お二人の願いを叶えるには目立たない方がいいと」

「それなら、一番目立つ、服装を変えるのが、いいですかねぇ……(もぐもぐ)」

「ラチェットはきちんと飲み込んでから喋れ」

「はぅっ!」

「でもレージが目立たないなんて、絶対に無理だと思うけど」

 零司の頭の上で木の実のカスを溢しながら言う。

「ええっと、今のところ一番目立つのは、その……」

「何だ、ハッキリ言っていいぞ」

「天使様、です」

「えぇぇ! わたし普通ですよ!?」

「天使としては、だろ? いや、天使の中でもポンコツ……」

「皆さんだって普通に接してくれているじゃないですかぁ! それに酷いです、零司さんがまたイジワルしてますぅ!」

「ここにいる全員がそれに同意できない訳だが」

「ははは……」

 ダリルの乾いた笑いが聞こえる。

「そ、それなら猫になれば良いのではないでしょうか!?」

 言葉に続きその場で猫になるラチェット。

「ふむ、天使よりはマシか」

「それじゃ天使が酷いみたいです!」

「ははは、天使様、そちらもまた可愛らしいですよ」

 ダリルが気を効かせてフォローに回る。

「え、そうですか? ならこれで行こうかな」

 チョロい天使は全身を眺めながら嬉しそうにしている。

 食事中は元の姿に戻り、食後にまた猫の姿になったラチェットは楓の記憶で見た猫になりきる練習に余念がない。


 皆が出発の準備に出掛けた頃、ラチェットは静かになったリビングで気が抜けてソファの上で眠ってしまう。

 しかし目が覚めてみれば家の中に人の姿がなく、外に出ようとしても全く動じない窓や扉に震撼する。

 そして目の前に空から降りてくる零司を見つけて早く出して欲しいと懇願するラチェットだったが、鍵は楓が持っているのでラチェットを放置して馬車に向けて飛び去った。

 ラチェットは悟る。

 『ああ、やっぱりわたしはいらない子なんだ』

 と玄関扉に顔を押し付け涙を流し崩れ落ちた。



 馬車の荷台の隅っこで小さく丸まった猫。

「忘れていた訳じゃないのよ」

 楓はうそぶく。

「そ、そうですよね、凄く大変なことがあってすっかり、っ!!」

 すっかり、まで言ってしまったミティ。

「やっぱりぃぃぃ」

 ラチェットのぐだぐだは街の入り口近くまで続いた。



 ファーリナの街は若干傾斜した広い範囲の開けた土地にある。

 周囲に川から引いた水が流れる浅い堀があるだけの小さな街だった。

 街に着く手前にも幾つもの農家や鍛冶屋が一軒あっただけで異世界物の話によくある高い外壁や検問所などはない。

 戦争がない国らしくそういった知識がないのは初日の夜、ギャロで確認済みだ。

「のどかだな」

「なのにゃー」

「静かで良い街ですよ」


 荷車を引くギャロと、後ろの両角を零司とネコが押している。

 街の建物を見ると木で骨組みを組み石や煉瓦のようなブロックを積み上げ、隙間を漆喰で埋めている感じの質素な物だった。

 道も石畳すら見当たらず、せいぜい砂利が撒いてあるだけだ。


 零司はその辺りからこの地域の衛生レベルを予測する。

 ギャロとの約束の中にある衛生に関する知識を与えるためだ。

 今のところ僅かだが一緒に生活してみると、あまり酷い状況でもなさそうで教えるのも苦労はなさそうだと感じた。

 ただどの文明でも同じだが、人工が密集すると食料飲み水の確保だけでなく出す方もそれなりに増えることになる。

 日本で言えば江戸時代辺りなら汲み取りしていたのでかなり衛生的であったが、同じ頃の西洋では通りに投げ捨てたりして都市化と共に急速に衛生状態が悪化。

 その結果、流行り病が猛威を振るい多くの命が一時(いちどき)に失われた。

 この国がそう言った経験をしていないとは言いきれないが家の並びを良く見てみると結構離れているのが分かる。


 そしてここでは街と言っているが日本の感覚では農村である。

 『これなら教えるようなことも少ないか』

 自然に土に戻るレベルなら排水関係では特に問題はなさそうだった。

 あとは共同浴場でもあればかなり良くなるだろう。

 幸いにも街の周りの堀にはきれいな水が流れているし近場に森もあるので運営は苦労なさそうだ。

「ギャロ、ここなら銭湯が建てられるな」

 名前を呼ばれ何だろうと待っていたら、あの『セントウ』が建てられると言われて驚き、前の馬車に乗るミティにそれを伝える。

「零司さん、ギャロの話は本当なんですか?」

 ミティはギャロの話に驚き顔を突き出して零司を見詰める。

「ああ、銭湯を建てるのはそう難しくない。だがひとつだけ譲れない条件がある」

「条件、ですか?」

「ああ、楓は分かるか?」

「知ってるわ。でもうちのにはないのよね、答えは……」

「「「答えは?」」」

「富士山よ」

「正解」


「フジサンって何ですか?」

 ローゼも荷台から乗り出すように零司に訊ねるが楓が答えた。

「富士山は私たちの故郷にある一番高い山ね。日本人の心に刻まれた神聖な山とも言えるわ」

「楓さんの所にはなぜそのフジサンの絵がないのですか?」

「それは……(ぼそぼそ)」

「え?何て言ったんですか」

「絵が下手だからよ!」

 恥ずかしさに顔が真っ赤になって、プイッと明後日の方を向いてしまった。

 ローゼはそんな楓を優しく微笑んで見ている。


「と言うわけだ。この世界で富士山を描けとは言わないが、それに相応しいみんなの心にある山を美しく描いて欲しいとは思う」

 楓以外の皆が自分の中にある山のイメージを思い浮かべた。

「まあそれもここに建てる気があればの話だが」

 楓の家でお風呂を知ってしまった皆は既に建てるものだと思っていただけに、今の一言は裏切りにも取れてしまう。

「そ、そんな、建てます! 是非作り方を教えてください」

 ギャロはこの街に住んでいる訳でもないのに妙に熱心だと零司は思う。

 その後の話で判ったがミティの両親に入って貰いたいらしい。

 ギャロの両親が他界しているためミティの両親を大切にしたいのだと言う。


 そしてどこに建てるかという話になった。

 これには水の供給が楽で排水浄化施設が用意できる広さと利便性の高い場所、万が一出火しても安全な場所を要求すると、丁度よい場所があると言う。

 あとは建設の話を領主に掛け合うだけだと少し興奮しているギャロ。

 しかし掛け合うにしても領主に押し付けるのではなく、領主の方からやりたいと思って貰える方向で話をしたらどうかと零司は提案する。

「つまり、それが嬉しいだけじゃなくて皆の健康状態の改善や収入の増加も見込めるとかそんな話だな」

 思いもしない話が飛び出して呆然としている皆だが、比較的冷静なローゼが零司に質問をした。

「零司さん、なぜお風呂が収入の増加に繋がるのでしょうか?」

「良い質問だ。皆も領主も同じことを思うだろう」

 零司はもったいぶった言い回しで焦らすが、これはこの後ギャロたちがやることになるのでしっかり印象付けておかなければならない。


「まずは皆も経験した通り、銭湯や露天風呂は心も体も緊張が解れて体の調子が良くなり、精神的にも余裕ができるようになる。次に銭湯は必然的に人が集まり会話が生まれ情報の流れが早くなる。更に産業の発展には対話が重要だ。自分だけじゃなく他人の考えを柔軟に取り入れて、より効率の良い産業基盤を確立できるようになる」

 零司は適当に聞き齧った言葉を並べてみた。

「「「「「おぉぉ……」」」」」

 感心した風に皆は零司を見ているが、楓だけは中二病が発症したのを見逃さず良くそこまで言い切れるわよねと呆れている。

「そろそろ着きますよ」 

 ダリルの声に全員がそれぞれの準備に気持ちを切り替える。



「ん、んー。ここがファーリナの街かー」

 楓は馬車を降りて伸びをすると周囲を見渡す。

 街の中心広場とは言っても農業や林業が主体のこの街では建物の密集度が低く、建物と建物の間は普通にスカスカで遠くの方まで見える。

 唯一見通しの悪い場所が少し離れた所に見えるがそこが領主の館なのだろう。

 広場の周囲には少ないが商店があり、露店の数も多くはないが買い物客がひと所で用を済ませられるように縁日のように広場の縁に沿って一列に並んでいる。



「それでは僕は向こうへ行きますのでまた後で会いましょう」

 ギャロは露店が並ぶ方へ行き、ミティは実家へ届け物をするのだと離れて行った。

「私たちも一度実家へ行って荷物を預けたら『小鳥の囀り亭』へ行きます。マルキウ様、後はよろしくお願いします。それではまたのちほど」

 ローゼも荷台から深く挨拶すると馬車は動きだした。


「さてと、辺りを見て歩きたいがチェックインが先だな」

 マルキウが広場近くの小鳥のさえずり亭へ案内する。

「いらっしゃい、ご用は何かな?」

 大きく開かれた入り口を抜けると頭の禿げ上がった恰幅の良い男がカウンターの向こうから声を掛けてきた。

 中は食堂で奥に階段が見えるから二階が宿のようだ。

「バン、来てあげたわよ!」

 零司の頭から飛び上がり、亭主に話しかけるマルキウ。

「おお、これはマルキウ様、本当にお越しいただけるとは」

「あんたがしょんべん垂れの頃の約束だけどきちんと来てあげたんだからあの約束も守ってもらうわよ」

「これは本当にマルキウ様は良く覚えてらっしゃいますね、ははは。それでは特別待遇でお泊まりいただけますよ。それとそちらのお方はどのようなご用件ですか?」

「この子たちはねー、聞いて驚きなさいよ? ぷぷ、きゃっ!」

 嫌な予感がした零司はその場で捕まえて顔を合わせる。

「マルキウ、黙ってろって言ったよな?」

 じっと見詰め合う二人。

「分かったわよ、つまんないの、ふーんだ」

 零司が手を離すと楓の方に逃げた。

「騒がせて済まないな主人」

 男は胸の前で両手を広げて見せ、気にするなといった仕草をして見せる。

「俺たちは旅をしてたんだが今はギャロのところで厄介になってるんだ」

「ほう、あのギャロのね、ミティは元気かい」

「ああ、一緒に街に来たからギャロは露店、ミティは実家に行ってるよ」

「ふむ、それでうちには何のご用かな?」

「少しの間この街に居ることになってな、それでここに泊まりたいんだが空いてるか?」

「ああ、空いてるさ。今の時期は行商の買い付けも少ないからな」

「なら頼む。俺は個室で良いが女は一緒でも良い」

「だったら楓たちはアタシと同じ部屋で良いんじゃない?」

「マルキウ様がそれで良いのでしたらこちらは構いませんが」

「楓、どうする?」

「それでお願いしようかしら」

「ではそういうことで。部屋を案内するよ、荷物はそれだけかい?」

「ああ」

 零司は楓が作った肩に掛ける鞄をたすき掛けにしている。

 本来は必要ないが目立たないように最小限の荷物として鞄を持ってきたのだ。


 案内された個室に鞄を置いてベッドに腰掛け、そのまま横になる。

 ベッドと呼ぶには少し硬く足がはみ出してしまうがまあ問題ないだろう。

 部屋を見回せば小さなベッドふたつも置けば何も置けない広さで、空いたところに衣装掛けらしき簡単な棚と浅く口の広い箱、それにベッドの脇に机代わりになる板が張り出していた。

 つまりカプセルホテルとビジネスホテルの間くらいの部屋だった。


 ここを良く利用するのは行商人だが、商品は馬車に乗せて納屋に入れてあったり、帰る前に受け取りにいくのが普通なので身一つ置ける場所があれば問題なく、それ以外なら大部屋か広場に停めて馬車の中で寝たりもしている。

 ここに泊まると言うことは実質下の食堂で情報交換するのを目的としているので、飲んだ後ですぐ眠れる場所があれば良いくらいにしか思っていない。


 横になった零司は頭の上に幾つかある一番下の小さな蓋のようなスライド式の明かり採りの小窓を開けて換気した。

 そしてここはガラスなど一切使われていない。

 ガラスは一般では手に入らないのかもしれないと零司は考える。



 楓たちは部屋の確認を済ませてネコが零司を呼びに来た。

 ネコに引かれて一番奥の部屋に入ると、木が剥き出しで暗かった零司の部屋と異なり、内装と呼べる明るい生地で室内が装飾されていた。

 足音が響かないように絨毯が敷かれベッドに至ってはキングサイズだった。

 ベッドの横には引き出し付きの机、衣装棚、小さいが納戸とソファセットまである。

 奥側のソファに本来の姿に戻ったラチェットと楓が座りこちらを見ていた。

「いらっしゃい零司、こっちに座って」

 微笑む楓が零司を呼び、後ろに回ったネコが嬉しそうに背中を押した。


「造りは大分違うみたいだな」

「そうなの?」

「ああ、向こうは板張りのままだ」

 ベッドが気になった零司は少しだけ楓越しにベッドを見た。

 目線を辿って後ろを見た楓は零司が何を求めてベッドを見たのか気になるが、既に目線を楓に戻している零司に見詰められて恥ずかしくなった。

「このあとはどうするんだ?」

 零司に目線を合わせられず少しだけ挙動不審になってしまったが、話を振られたお陰で零司を呼び出した理由を思い出した。

「さっきの話で思い付いたけど、私たちは風呂職人ってことにしない?」

「そうだな、そうすれば風呂建設も楽だろうな。実際あれ(銭湯)を作ったのは楓だし大まかな部分はそれで良いと思う」

「そこなのよ。使うのが私たちだけならあれでも良いけど、普通はあり得ない部分をこの街の人たちが自分で作れないと後で壊れたときに困るのよね」

「だな」

「そこを零司にやって貰いたいのよ」

「どういうことですか?」

「そーよ、あのまんま作っちゃえば良いじゃない」

「んー、つまりだな、俺たちは普通の人間としてここにいるんだ。だがあれは普通では機能しない部分があって出来上がってる。それはこの世界の人が、そうだな、普通の人が作れる形で完成させないと今後修理や他にも作ろうとしたときに出来ないってことになる」

「そうですね、なるほどわかりました!」

「もー、めんどくさいわね!」

「まあ、この街から拡がる文化ってことにしたら良いのさ。他から来る人間が真似をして拡がるのも前提にしてるからな」

「レージはさ、巫女も抱かないのにそんなにしちゃって良いの? 他の神様なんてこんなことしないで出し渋ってるくらいなのに」

「俺は巫女には興味はない、楓がいるからな」

「ふーん、ホントに変わってるのね、レージは」

 マルキウは零司の肩に座って頬にキスをした。

「なっ!」

 突然のことに驚いた楓は声を漏らしたが相手は小さな精霊だと直ぐに気づいて心の平静を取り戻す。

「アタシの口付けは幸運を呼ぶって話だよ!」

「話か」

「ふーんだ、レージは可愛くないんだから!」

「そうですよ!零司さんは酷いと思います!」

「「そーだそーだ」」

 勢いに乗ったマルキウとラチェットが合唱している。

 そこになぜか零司の隣に座るネコが気弱そうに零司に抱き着いた。

「ご主人様は悪くないにゃ」

 いつも元気なネコが零司のお腹に顔を埋めて泣きそうな小さな声で主張する。

 そんなネコを見てさすがに気落ちしたマルキウは謝った。

「う……悪かったわよ、でもレージはもっと素直になりなさいよね。ホントにもう、魔神なのかしら」 

 酷い言い様だった。

読んでくれてありがとう。

今更ですが公開は水曜と土曜です。

最初の連続小説「注連縄さん」でペースが分からず突っ走った結果、中止になった経験を踏まえてストックを持てる程度にしてあります。


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