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2.異世界と天使

 落ちて行く零司と楓。

 二人とも助からないとお互いに分かっていた。

 自然と楓を自分の懐に引き寄せる零司。

 目を閉じて抱き合い、風を切り裂きどこまでも落ちて行く二人。

 キスしようと思えば直ぐに出来るくらい接近していても、相手の声が届かないほどに空気の壁を突き抜ける轟々とした音が増してゆく。


 おかしい、こんなに長時間掛かる様な高さじゃなかった筈だ。

 意を決して目を開けた零司が見たものは、青い空と緑の大地、そして自分達が地上数千メートルくらいの高さで空から落下していると言う事だ。


「なっ! どこだここは。 楓! 目を開けろ! 楓!」

 抱き抱えていた楓の体を少しだけ離して揺さぶる零司。

 その揺さ振りで何を伝えようとしているのか分からないが、何かを言っている事だけは分かった楓は怯えてはいたが少しだけ目を開けて零司を見ようとした。

 その時、楓にも異常な事態がハッキリと分かった。


「何これ、何なの…。ごめんね零司、わたしがあんなこと言わなければ」

 目を開いたものの、既に弱っていた楓は事態の異常さに目を固く閉じて零司にしがみ付き小さくなる。

 零司は楓を揺すった後、またしがみ着いた楓を見て判断の助けになってもらおうとしたが怯えきった楓には無理だと諦め、強く抱きしめてから冷静に周りを見回した。


 空は青い、雲は殆ど無く快晴と言って良いだろう。

 地上は緑が生い茂り、白い山脈が連なる方角と、開けた土地に人の活動の痕跡を示す大きな町や街道があり、結構遠くには海らしき物も見える。

 そして最も目立つ存在がある。

 そう、落ちる直前に手にしていた一輪車だ。

 落ちて行く風の抵抗を受け乱流に揉まれながら滅茶苦茶な動きをしているが、鍛え上げた握力がそれを離さず持っていた。

「はぁ、なんでこんなもの持ってんだろ、俺」


 ボヤいても始まらない、何か良い案がないかと一輪車に心の中で相談する零司。

 『溺れる者は藁をも掴む』

 そんな言葉を思い出し、現状の行く先に苦笑しか出てこない。

 願わくば、この腕で抱きしめた女だけでも助けられないものかと弱気の思考でそれだけを考えていた。


 自分を下にして風の鞭を受けながら空を見上げていた零司はある事に気付いた。

 真上の空が暗い。

 空は海面に近い地上から見る限り一面青いが、高度を上げていくと真上方向の大気の層が薄くなり青みを失って宇宙の色に染まって行く。

 その色に僅かに染まる二人が落ちて来た方向、上空に小さな輝きが見える。

 それは段々と大きくなり、光の粒をまき散らしながらふたりに追い縋るように近付いて来る。

 『墜落する前にあの隕石に焼かれて死ぬのか』

 零司は楓の生存を願う事すら許されないのかと絶望した。



「ちょっと、そこのふたり、止まりなさーい!」


 今なんか聞こえたぞ!?

 楓も明瞭に聞こえるその声に目を開けて俺を見る。

 俺は胸元に頭を強く押し付けていた楓が離れたのを感じて楓の目を見た後、例の隕石を見ると光はさらに近付き、その中に人の影が見えた。

 ただし、その影には大きな翼があったが。


「ちょっと、待ちなさいって言ってるでしょ。なんで止まらないんですか、無視しないで下さい~!」

 なんか泣きそうな声で懇願してるな。

 死を前におかしな幻覚を見ているのだろうか。


「無視しないで下さいって言ってるのに酷いです~。こうなったら実力行使ざぜでいだだぎまず!」

 もう泣きじゃくって鼻水流してそうな声だな。

 光の中の人影は顔を確認出来るくらいに近付いて、こちらに両手を向けた。

 次の瞬間、今まで付きまとっていた轟々とした音が消えていた。


「き、急に止まらないでっ! って私がやったんだはー」


 大きな翼を持つ人影は、直ぐ横を物凄い勢いで通り抜けて行った。

 空気が当たる轟々としたあの感じは無くなったが、重力を感じないのでさっきの有翼人種?の言うように本当に止まっているのかは判断出来ないが緊張感が薄れたのは確かだ。

 腕の中の楓も変化に気付き恐る恐る目を開けて周りを見ていると、さっきの人物が戻って来た。


「えー、こほん。さきほどは見苦しい所を見せてしまい失礼しました」

 突然現れた有翼人種と思っていた人物はよくよく見ると天使とかそっちの方がしっくりと来る。

「いや、こちらは落下を止めてくれて助かった。ありがとう」

 零司は感謝を伝える。

「はて? 『落下を止めて助かった』ですか?」

「ああ、もうこのまま地上に落ちて死ぬと思っていたからな。感謝してる」


 何か腑に落ちない顔の天使。

「えっと、失礼ですが貴方達は異世界からやって来た旅行者ではないのですか?」

 『異世界の旅行者』、なんだそれは。

 よく分からないが天使がいるとか、こんな気軽に話掛けて来るなんて聞いた事も無いし、この場所の説明がつかない。

 そして中二病の零司は気付く、『異世界転移ってやつか!?』


 冷汗が流れて黙ってしまう零司、代わりに状況を確認していた楓が口を開く。

「良く分かりません。工事現場で落下事故を起こして気付いたらここに居たんです」

「それは自分の意志でここに居るのではない、と言う事でしょうか?」

「ええ」

「なるほど。でも貴方たちであれば落ちて死ぬ事は無いと思いますけど」

「ええっと、それはどういう事でしょう?」


 その後、天使と話をする限りでは俺たち二人は異世界からやって来た異邦人という扱いらしい。

 空に現れて落下していた理由は分からないが少なくとも二人とも自分で飛べる力がある筈なので落下して死ぬ事は無いという。

 だから停止命令を出しているのに無視されていると思ったのか。


「ところで、自己紹介が遅れましたが(わたくし)、天界の観光課で案内(ガイド)を担当しているラチェットと言います。よろしくお願いします」

「ご丁寧に有難う御座います、わたしは森山楓です。気軽に楓と呼んで下さい」

「俺は時崎(ときざき)零司、零司でいい、よろしく」

 運命の悪戯か、天使のラチェットさんと出会った。


「それではお二人とも、話の続きを宜しいでしょうか?」

「はい、突然の事で何も分からないですがお願いします。ね、零司?」

 精神的に衰弱した楓が力なく零司に同意を求める。

「そうだな、そもそも異世界なんて妄想程度の知識で知っているだけだしな」

「そうですか、でしたらゆっくり出来る場所でお話致しましょう。それと先ほどの話ですと飛び方も知ない様ですし私がお連れしますね」

 そう言ってラチェットは零司の肩に手を置き、地上へ移動を始めた。


 降下して行く間に、もう一度地上の状況を見ていく。

 日本と同じ前提で今を午前10時頃と推定すると北に深い山脈が連なり、東は大きな町が見える。

 この直ぐ下の近い場所にも小さな町があり、大きな町につながる街道が見える。

 南のずっと先には海が見えるが、あの位置だと100km以上の距離だ。

 西の先は焼けた様に真っ黒で生命活動がある様には思えない。


 そして、降りるらしい場所は山頂から少し下、草木が生える限界高度の直ぐ下辺りで丈の低い草しか生えておらず岩が露出している。

 その下の木が生える場所までは結構距離があって中々広く見通しが良い。


 それから2分ほど掛けて開けた草原に降り立ちラチェットの光が収まると、零司と楓は両足を地面に着けて立てる安心感を噛みしめた。

 楓は自分から零司に抱き付き、零司からも片手できつく抱きしめられて密着していた事に今更気付いたが、負けた気がして自分を許せなくなりそうなので気付いてない振りをした。

「はぁ、助かった。ラチェットさん本当に有難う、貴方は命の恩人です」

「そんな大袈裟です。お二人とも神の眷属なのにそんなに畏まらないで下さい」


 今なんて言った、『神の眷属』だって!?

2019/03/27 再開に向けて若干の修正をしました。内容に変化はありません。

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