183 帰還 1 準備
西の地平に日が落ちそうな時間。
学習成果発表会は無事終わりを告げ、来客たちは既に帰途にある。
卒業生と手伝いの在校生たちは後片付けに追われ、職員室では入学式の話が始まっている。
とは言っても準備自体は既に終わっているので軽く確認しているだけだ。
零司たちは年配の専門講師たちと共に茶を啜りながら楽しくお喋りしているとサーラを先頭に卒業生が挨拶に訪れている。
学生だった時よりももっとこれからの実生活に近い様々な話をしている卒業生を見る。
零司たちがやってくる前の生活環境へと立ち返りながらも、新たな知識と技術、何より学校で知り合った多くの仲間たちと共にこれからの時代を創って行くのだろうとその笑顔から明るい未来を感じていた。
卒業生たちは別れと感謝の挨拶を終えて職員室はいつものメンバーだけになり自分達もと帰り支度を始めていた。
「帰るか」
「そうね、ギーツさんたちを待たせてるし行きましょうか」
零司の前には楓、ネコ、ラチェット、マルキウス、サーラがいる。
みな仕事をやり遂げ、ひと区切りをつけた良い笑顔をしていた。
「ケインあとはよろしく頼む」
「はい。それでは皆さんお気を付けて行って来て下さいね」
「ありがとうございます。それじゃみんな行くわよ」
「行くにゃー」
職員たちと挨拶を交わし学校を出た。
▽
白亜の館への転移門前に来ると門横の建物で守衛と化したルールミル専属護衛のダンが敬礼して挨拶してきた。
「皆様お疲れ様です。待ち合わせしていると言う二人組を中で待たせていますが如何しますか」
「呼んでくれ」
「はっ!」
ダンは受け付け窓を開けると中に居るルールミル専属御者グナンに声を掛ける。
「皆様がお戻りになられた。二人を外へ」
「もうそんな時間か。短い時間じゃったが楽しかったわい」
「わはは! こっちもじゃ。帰りにまた寄らせて貰っても良いかの」
「もちろん、いつでも歓迎するぞい」
「では世話になった」
「お世話になりました」
「うむ、確りと学んでくるとええ」
ウルガ爺とギーツは礼を言い、荷物を抱えて外に出る。
「あー、やっと来た」
「わははっ! まだ大して待っとらんじゃろ」
疲れきった表情で迎えるギーツに爺が笑う。
「待たせたわね。それじゃ一緒に行きましょうか」
サーラの言葉に合わせて輝く転移門がゆっくりと開く。
「いつ見てもスゲーな」
「じゃのう。ホンに神々しいの」
手を翳して転移門を見る二人の言葉にサーラは僅かに微笑むと、振り返り軽く会釈する。
白亜の館の住人たちはいつもの様に扉の奥に進みギーツたちも後に続くがサーラは仕事が終わっていないだろうローゼがいる事務所へと向かう。
先に進んだ零司たちは玄関前に並び出迎える住人たちを見つけた。
目立つのは人数が多く同じ衣装を着る巫女たちだ。
左右に別れ整然と並んでいる。
その中には神待宮の作法担当ミリアと三二五期担当の姿も見える。
中央にはリリとお呼ばれしたマリーにルールミルと妹のルーミナル、イーノ、ラナにボーセ、マルキウシスターズたちが待っていた。
「お帰りなさいませ。皆様お疲れさまでした」
「お帰り魔王様」
「ああ、ただいま。ここで話すのも何だ、中に行こう」
「うん」
薄く頬を染めたリリが零司と手を繋ぎ、皆で食堂に向かう。
▽
「お邪魔するぞい」
「こちらにどうぞ。んふふ」
零司と楓が座るテーブルに呼ばれる二人。
「今回はお招き頂き感謝しとりますじゃ」
「それあたしも。んで勉強するって言ってたけど何すんの?」
ギーツの目の前に座る楓は考える。
「まあ学校で言った通り芸術と料理の勉強かしら? まあ他にもあるんだけどそれは追い追いね」
「えっ、他にもあんの? なんかそれってずっと勉強してるだけなんじゃ」
「そんな事無いわよ? まあ時間はたっぷりあるし」
「たっぷりって、一週間ずっと勉強漬けじゃないよね」
騙されたと言わんばかりの顔色で楓を見る。
「まあ折角来たんじゃ、一週間くらいなら目一杯頑張ってみるのも良いんじゃないかのう。わははっ!」
ギーツは爺の無責任な笑いに何故か涙が出そうになってきた。
「実際時間は気にしなくていいぞ。それよりも俺たちと一緒に居る間にやりたい事があったら何でも言った方が良いな。出来る限り支援してやるから安心して相談する様に」
「わしも良いんですかいの」
「ああ、出来る事は支援する」
「ほっほ、こりゃ驚いた。ギーツの目付役かと思っとったわい」
「ふっ、そんな程度で呼んだりはしないさ。── さてと、そろそろ並ぶか」
四人でトレイを受け取り順番待ちに並んだ。
□
「美味かった~」
「ほんに美味いのう」
「御馳走様でした。喜んでもらえて嬉しいわ。今回の当番は巫女の皆さんね。うちの料理は素材から特製だからね」
「へえ~。もしかしてここでしか食べられないって事?」
「うちが直接関係した時だけかしら? あ、そうそう。言ってなかったけど今夜から暫く出掛けるからね?」
「えっ!」
「そりゃあどういう事ですかいの」
「それは行ってからのお楽しみです」
「お楽しみって…」
「まあ、行ってみれば分かる。ギーツにはかなり良い経験になると思うぞ」
「そうなの?」
「ああ、時間はたっぷりあるしな」
「なんか分かんないけどそこまで言うなら期待しとこっかな」
「わしも期待して良いんですかいの」
「勿論期待して欲しいね。と言う訳で、この後風呂の後に一休みしたら行くから準備しておく様に」
□ 南国ビーチ風露天風呂
「ふあぁ~」
「お疲れみたいね」
「ううっ、今日は色々あったかんなー」
「こっちは楽しませて貰ったけどね。ふふっ」
湯船と言うよりは湯の海に浸かった楓は成果発表会終了間際の衣装作りと着せ替えで確りと楽しんだがギーツは振り回される人形の様に好き放題されたのだからお疲れなのも当然と言えば当然だ。
「ギーツさんは何か良いものは見つかりましたか?」
サーラに問われ腕を組んだギーツは空を見上げる。
「そうだなー、正直全部良かったと思うよ。凄い物ばっかで来て良かったと思う」
「そうなんですね。みんなが喜ぶと思います。それと報告で知ったのですがギーツさんと一緒にいらっしゃった方が魔術を使えたと聞きました」
「あー、あれ。なんかさ、あたしと一緒に居たのが理由って感じのことを零司様が言ってたっけ」
「ひとりでは発現しないということでしょうか?」
「うーん、もう少し集中したら出来るって言ってたと思うけど」
「え、そうなの?」
全く報告を受けていなかった楓が話に割り込んだ。
「う、うん。なんか零司様が調べてくれて言われた通りにしたら出来たんだよね、ははは」
少し申し訳なさそうに気の抜けた笑いが出た。
「いま出来るかしら」
「どうなんだろ。やってみるか」
ギーツは見守られる中、既に馴染んだメンバーに囲まれているのと風呂に入っているせいもあるのかかなりリラックスした状態からイメージを構築する。
校庭でベンチ椅子に座り桜を見上げながら舞う花びらに心奪われ、ただそれだけが全てだったあの感じを思い出す
風呂に浸かっているのもありなんとなく緩くふわふわな、力が抜けきった中で実験で見たマッチの炎を思い浮かべる。
零司の検証から得られたそのタイミングで、感じたままに目の前に上げた手のひらから小さな淡い光と共に蝋燭くらいの炎が出現する。
揺らめく炎に目を奪われるギーツ。
「おおっ! できたーっ!」
喜びと共に立ち上がりガッツポーズする。
当然手のひらの炎は握り締められ消えてしまったがそんな事はどうでもよかった。
「出来たわね」
「おめでとうございますギーツさん」
楓とサーラから祝福されるとその騒ぎに他の女たちも目を向けるが何の事かはわからなかったので嬉しそうなギーツを見て微笑んでいた。
現在風呂には楓を中心としたグループとリリと狩猟組にラナたち、ルールミルなど王族組と神待宮組の四つに別れて今夜の『お出かけ』に期待する話が出ている。
「もうすぐ魔王様が育った時代に行ける。むふっ」
「んふふっ、この前までは戦争が続いてたけど、零司さんたちの時代は平和だって言ってたから楽しみだねー」
リリの期待にマリーもつられて吐露する。
「ラナ様が健やかに過ごせると良いのですが」
「私が守るから安心してね。むふっ!」
「僕だってラナのこと守るよ!」
「白銀ちゃん、黒鉄くんありがとう。んっふふっ」
胸を張って宣言する白銀と黒鉄にラナはふたりに抱き付いて嬉しそうにしている。
「あなたたちの場合は寧ろおとなしくしましょうね。ふたりが騒ぐと大変なことになるのは解ってますか?」
「そうだねー、すぐに壊しちゃうから力加減を忘れないようにしないとね」
エルはふたりを嗜め、マリーは三人まとめて優しく抱き締めた。
「大丈夫、ふたりともまだまだ」
「リリちゃんと比べるのはどうかな~。あはは」
「フィーとイシューもこっちにきて」
「ワン!」
ラナが呼ぶと浅い方で娘の相手をしていた母狼のフィーがかろうじて足が着く深さのラナたちが居る場所にやって来た。
泳いでついて来たまだ小さなイシューもラナに抱き上げられて嬉しそうにラナの顔を舐めている。
楽しそうに笑う声と二匹の声が響く。
リリたちの向こう側、こちらは王族組だ。
今まではほとんどの場面で王妃トリーノと第二王女ルーミナルにはイーノが付いている事もあり身の回りを世話する専属従者は来ていなかったが今回は異世界なのでホウシラン王の命令で帯同することになった。
過去にサトーキビの街で実験をしていた時にはトリーノ王妃の専属従者が来てはいたのだがその時は城の人手が空いていたというのもあった。
そして今回の件で現在専属従者がいないルーミナル第二王女の従者として一時的にボーセが付く事になっている。
ボーセの方がふたつ年上だが危険から身を護る事を最優先しての採用である。
ただ従者とは言ってもイーノがそうであるように友人や家族に近いものであった。
「ボーセさん、これから宜しくお願いしますね」
「はい、至らないところはありますが宜しくお願いします」
笑顔ではにかむルーミナルにボーセは少し緊張しながら姿勢を正してお辞儀する。
だがサーラから学んだ挨拶を実践しているので姉のルールミルとイーノの仲睦まじい姿を見ているルーミナルとしては他人行儀のボーセの姿勢は物足りなく感じてしまう。
他の四人はふたりを見ながら自分達のときを思い出してその微笑ましい光景に和んでいる。
最後に神待宮組だ。
若返った三二五期担当と共に美女集団となるジーナたちはどこにいても目立つ存在だがその中にひとり、高齢でありながら十代前半にしか見えない作法担当ミリアが混じる。
そのミリアは小柄で細身ではあるが巫女候補グループとして選抜されていたので見た目には美少女と言って申し分ない。
ミリアは零司から教えられた本当の出自について誰にも伝えてはいないが神待宮側から見れば零司から特別な対応を受けた事実から何かあるとは思いつつも、何事も真剣でありながら丁寧さのある人柄だったがそこへ更に柔らかみを感じる様になっている事にある種の安堵感を持っている。
先のパライソで零司との約束で色よい返事を貰っていたのもあり神待宮側としては僅かではあるが零司たち神々への恩返しが出来ていると考えていた。
それと三二五期担当だ。
日本へ行く場合に問題となる名前について話し合いが行われた。
三二五期担当とは役職でありながら事実上の名前でもある。
ジーナたちがそうであったように一般的な名前を持たない神待宮従事者たちだったが、今回三二五期担当が日本へ行くにあたり名前が無いのは良くないとして神待宮全体で固有名を持つ事になった。
アーレは外向きの接触も多い神待宮最高責任者の役職名である。
三二五期担当は皆で考える中で零司がポロリと溢した語呂合わせのサニイからサニーと命名された。
晴れや日だまりの様なイメージだと伝えると、本人曰く自分には勿体ないと言うがジーナたちから見れば正にぴったりだと好評で三二五期全員一致の推薦でサニーに決まった。
こうして全員個人名を持ったものの、日本へ渡るなら名字が必要となる。
こちらはホーシラン王から領主などと同じく神待宮をひとつの権威があるグループとして新たな法の下に認め、従事者を示す名字として日本語発音でシンタイグーが採用された。
神待宮従事者全てが領主と同じく名字を持つ様になり特別な地位を持つ。
そしてサニーで言えばシンタイグー・サニーとなり、日本語表記では神待宮サニーである。
神待宮三二五でも良いのではと思うかもしれないが片仮名のサニーの方が通りが良いのでそうなった。
心から崇める神から名を頂いた神待宮の女性たちはここ暫くその名前を嬉しそうに口にしては微笑む姿が見られるらしい。
「結局私も神々の世界に行く事になったわ」
ミリアは軽く溜め息を吐くと並んで湯に浸かるサニーへと話しかける。
「アーレ様のご指示ですから。それにこの度ミリア様も作法担当から白亜の館へ転属になり、こちらで新たな教育を担当するのですからこちらでの最高責任者として活動して頂かねばなりません」
「まさか今更この様な重要職に就くとは思いもよらなかったわ」
「神々の世界を知り今後の教育に役立てよ、ですね」
「ジーナたちから基本的な話を聞いてはいますが未だに想像すら出来ない事が多過ぎるのよ」
「聞いた限りでは楓様の時代では比較的平穏で安全とは聞いていますが、知人であっても信用し過ぎない様にと…」
「難しいのね」
そこにお付き長のクーリスが説明を始めた。
「馴れるまでは外出時には必ず楓様か零司様の同行が必要と栞に書かれていました」
「しおり、とは何かしら?」
「異世界へ渡る際に携行する冊子です。旅行の助けになる事柄や予定などが記載された物となります」
「それは私が見ても良いのかしら」
「部屋に戻りましたらお渡しに参りますが、事前に準備していた我々が熟知しておりますので何かあればお訊ね下さい」
「わかりました。そのときは頼りにします」
それから少しして女性たちは風呂を上がり、零司とウルガ爺がやって来た。
「ほっほ、これはまた凄いのう。端まで行くのにどれくらい掛かるやら」
「確かに。見映えばかり考えてそのまま放置してたからあまり気にした事はなかったが・・・ ふむ、使わない向こう側は熱帯雨林の植生でも試してみるか」
そう言うと簡単な仕切りを創っておいて残りは帰ってからにしようと考える。
「おっふ、また随分と思い切りが良いの」
「言われてみれば確かにと思っただけだ」
「ところでねったいうりんとは何じゃろか」
ふたりは話しながら座って蛇口を捻る。
「そうだな、一年を通して気温が高く裸でもいられる様な気候で大地は水で潤い植物が育ち易いから湿度が高いな。土が栄養豊富になるから果実類も素晴らしいぞ」
「ほほう」
「ただな」
「うむ?」
「暑いんだ」
「ははっ、そりゃしょうがないのう。わははは!」
隣に座る零司の背中をひっぱたく。
「おお、見た目でもわかっとったがやはり良い筋肉をしとりますのう」
まじまじと零司の肉体を見ながら肩廻りの筋肉をグイグイと力を込めて確かめている。
「鍛えてるからな。ふっ」
布束子を手放して例の大剣を取り出す。
突然目の前に現れた巨大な鉄の塊を片手で持ちウルガ爺にニヤリと笑って見せる。
それを片手で座ったまま軽く素振りして見せた。
「なるほどのう、道理で良い体をしとる訳だわい」
いつもの笑いも忘れて爺は真剣にその様子を観察している。
「まあこんなところだ」
零司は大剣を仕舞うと話題を変えて体を洗い始めた。
「さてと、それじゃ本題に入るか」
湯に浸かりながら大きく息を吐いて脱力するとこの後の予定を話し始める。
「食事の席でも話した通り、今夜から出かけるぞ」
「行き先はどこですかいの」
「俺と楓が生まれ育った世界だ」
「おお、なんと」
微妙に声が震えている爺は目を見開き零司を見る。
「全員の準備が整い次第向こうへ行く事になっているからふたりとも持ち物は必要最低限でも良いぞ。足りない物はこちらで用意するから安心して良い」
爺は本当に信じられないものを見る様に言葉を失ってしまった。
「まあ心配は要らん。さっきも言ったがやりたい事があれば言ってくれ。可能な範囲で手伝おう。それともうひとつ、望むなら学習や行動し易さを考えて若返るのもアリだな」
爺の顔つきが急にシリアスになる。
湯に浸かっているからなのだろうが額を伝う汗が深刻な事態を思わせた。
「家族はどんな感じなんだ」
「・・・子供たちはとっくに家を出て今はひとりで好きにやっとりますでの。わしが居らんでも特に問題はないじゃろ」
「ふむ。だが冬期講習会に参加したからな。帰ってやる事はあるだろ?」
「ですなあ。若返ったらわしの事をわかるもんがひとり、ふたりくらいですかな。若い頃から一緒だった奴らならわかるかもしれん。じゃがやはり・・・ わしだけ残されるのはちと辛いかもしれんの」
「そうか。まあギーツたちと一緒に活動する事になるだろうから可能なら若い方が良いんだが。んー、こっちに帰ったら一時的に戻して事業を終えたらこっちに来てやり直すのもアリだ。そのあたりは柔軟に行こうか」
「そう言う事ならお願いしますじゃ」
爺はそれきり黙り込むと真剣な顔つきで考え事に集中していた。
ウルガ爺さん大変お悩み中。
大変お待たせしました。
少しづつ進めてはいたのですが少し間を置くと細かい設定などを思い出すのに時間が掛かり、読み直しするだけで終わってしまうこともしばしばあったので遅れに遅れてしまいました。出来たら三月中に投稿したかったのですがこればかりは仕方ないので次回もゆるりとお待ちくだい。
それと昨今外国人の不法滞在や違法行為による強制退去などの事案が多発しているのもあり外の世界から日本へ連れて来るというアクションに対してかなりネガティブな印象があるのも否めませんが構想時点を基準にこれからも物語を続けて行きたいと思います。
今回も最後まで読んで頂きありがとうございました。
皆さんの新年度が良いものであります様に。(*´∀`*)




