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182.成果発表会 16 (第三部完結)

 休むエーナをベッドに残し、楓が出した茶会セットの椅子に座ると紅茶を楽しむ。


「なーんかこっち来てからずっとこんなことしてっけど、家帰ったら今までの暮らしに耐えられっかな」

 ギーツが溜め息混じりに溢し、紅茶を口にする。

「んー、そうね。それならうちで勉強する時に一緒に料理もやりましょうか。時間はあるんだし」

「えっ!?」

 顔色を悪くしたギーツが引き気味に反応した。

「そんなに構えなくても大丈夫よ。一緒にやってたら帰る頃にはちゃんと出来るから。私にまっかせなさい!」

 自信満々に胸を張る楓だが今までの流れからギーツの心底に不安を呼び起こすのは当然だろう。


そこにエーナの小さな声がした。

「いいなあ」

「あら、もういいの?」

 楓はベッドから起き上がったエーナに即反応した。

 エーナが居るカーテンの向こうに消えると普段着に着替えたエーナと共にテーブルに戻った。

「隣にどうぞ」

「ありがとうございます」

 嬉しそうに迎える楓にエーナも初めての茶会に少しばかり興奮しているのが見てとれる。

「美味しいです」

「喜んで貰えて嬉しいわ」

 それを正面から見るギーツはふたりで微笑む姿に普通の女性の反応ってこうなんだよなと、紅茶を口にしつつやっぱり自分とは違う生き物だと思う。


「それで、いいなって?」

「え、あのごめんなさい」

「もしかしてうちに来るって話?」

「はい。羨ましいなって」

「それわたしも思いました」

 エーナに続いて保健委員も便乗してきた。

「うーん、今回はあまり大人数には出来無いのよ。ごめんなさいね」

 頭を下げる楓にふたりが慌てる。

「その代わりと言っては何だけど… 新学期に何かレクリエーションでもしましょうか」

「「「レクリエーション?」」って何?」

 女たち三人が声を合わせて聞き返す。


「レクリエーションって言うのはそうね、休養を兼ねた楽しみ、かな?」

「「楽しみ…」」

「例えばどんなの?」

「そうね、例えばハイキングとか? 日頃と違った気軽に楽しめる事って感じかな。あ、度胸試しなんてのもあったわね」

「えっ、何それ聞きたい」

 ギーツが度胸の言葉に食い付いたのは強さのイメージに直結してそうな気がしたからだ。

「あー、こっちは悪い幽霊とかそんな伝承は無いから意味ないか。ははは」

「幽霊って何ですか?」

 今度は保健委員が興味を示した。

「幽霊って言うのはね、あの世に行けなかった魂が地上に残ってしまったものね。こちらでは皆スラゴーへ旅立つけど向こうは未練があったりして残ってしまう場合にその苦しみから解放されずに生きる人々に害を為す存在になってしまったりする。って話があるわね」

「マジかよ」

「それは危険なもんって事ですかの」

「一般的には… 色々、かしら? でもこの話は実態の無い伝承や噂話だし。『幽霊の正体見たり枯れススキ』なんて言葉もあるくらいだしね」

 そう言いながら楓は死後の世界について考える。

 『今まで死後なんて真面目に考えた事なんて無かったけど、神として世界を見ると膨大な情報をその場で手に入れられるのよね。この際だし死後について零司と一緒にきちんと調べてみようかな』

 零司と一緒に、なのは怖いからだ。

 こちらの世界では所謂(いわゆる)幽霊や化け物などのモンスターの話などほぼ皆無で伝承にあるのはマルキウや焔の魔神など実在するものだけであり、天使から知識を得られる人間たちは曖昧な存在に振り回される事が無かったのだ。

 比較的穏和な世界であり情報制限をしなくても単純な事実で社会が正常性を保つのに事足りたのも大きいだろう。

 それ故に未知へ向かい限界を突破する精神や行動力も育たず進歩が無いとも言えた。


 楓は暫くお茶を楽しみながらエーナが楽しそうにお喋りしているのを確認すると、時間も押してくる頃かなと次の話を切り出した。

「んー、もう大丈夫そうかな。行ける?」

「はいっ! 今度は大丈夫です」

「さっきはいきなりだったからなー」

「そこは反省してるわ。さっきはテンション上がり過ぎてたしごめんなさいね」

「そんな、私こそすみませんでした。あんなに綺麗な衣装を着るなんて多分一生無いので、だから今度は確りと務めさせて頂きます!」

「ありがとう、期待してるわ。でも無理はしちゃダメよ?」


 ▽


 保健医員に見送られ廊下を歩く。

 さっきとは異なりギーツとエーナは自然で信頼し合っているのが傍目にも判る。

 腕を組んで歩く二人の笑顔は本当の新郎新婦を思わせた。

 

 『楓、手伝いは必要か』

 『ネコもいるし今の所は大丈夫かな』

 『必要ならいつでも言ってくれ』

 『ありがと。その時はお願いするわ』


 ギーツは馴れないハイヒールを履くエーナを気遣い余裕を持ってゆっくりと服飾科に向かうが前方から何か騒ぎが近付いているのを確認した。

「あのさ、前からなんか来るみたいだけど」

「んー大丈夫。そのまま進んで」


 そのまま進むと騒ぎの原因が見えた。

「ん、また会った」

「さっき振りですね」

「あー、うん」

「みんな楽しんでる?」

 リリたちにどう答えるのが正しいのかよく分からないギーツの後ろから楓が顔を出した。

「あ、楓さん」

「楓」

 リリが何かを聞きたそうにしている。

「なに?」

「ここは何も無い」

「こっちは展示用じゃないから何も無いわね」

「そうなんですね。混雑してるから何かあるのかと思って」

 マリーも残念そうにしているがリリたちは丁度全ての科目を見終えた所だったらしい。


「それならこのふたりのお披露目しようとしてた所だから一緒にどう?」

「気になってたんですけど、ふたり共とってもとっても素敵ですね。新婚さんなんですか? ってギーツさんは女性ですよね」

「そうよ? この衣装は向こうの世界で一昔前に結構一般的だったのよね。今は少し控え目になってるけど女性から見たらやっぱりこの純白のタキシードとウェディングドレスは憧れるからね」

「えっと、衣装と言うか同姓でも結婚出来るんですか?」

「あー、それね」

「はい」

 集まっている人たちは楓たちのやり取りに聞き耳を立てている。


「場所によって、かな。向こうでも同姓婚は普通は無いからね。極一部地域では認めてるけど婚姻の意味がこっちと向こうでは少し違うってのもあるから」

「どんな所が違うんですか?」

「うーん、こっちはお互い認め合えばそれで婚姻出来るけど、向こうは国に届けて認められる必要があって、納税とか補助金とか手当てなんかで違いがあるのよね。制度が物凄~く細かくて全部分かる人なんて殆ど居ないんじゃないかしら」

「それじゃどうしてるんですか?」

「ま、向こうは人が多いから。沢山の人が手分けして専門の人たちが担当するし、対処できなければ別にチームを作って解決を図るとか色々あるからね。さてと、ここで喋っててもしょうがないし服飾科へ行きましょうか」


 リリたちも同意してその場を離れた直後に零司から連絡が入る。

 『楓、今良いか』

 『何かしら』

 『そのまま服飾科へ行くのか?』

 『そうね、それがどうかしたの?』

 『授業で使ってない物を生徒の成果に混ぜて良いのか?』

 『あ… ははは。そうよね、これ生徒の作品じゃないし授業でも使ってないから混ぜちゃダメだよね』

 『だな』

 『うん、そうよね。ありがとう助かったわ。気付かずに持ち込んだら大変な事になってたわね。それじゃどうしよっか』

 『外なら空いてるぞ』

 『んー、それならオープンテラスはどう?』

 『時間的に食堂の混雑も大分緩和されたから行けるか? サーラ、オープンテラスを使っても大丈夫か?』

 『問題ありません。こちらでテラスの確保と整理に人員を派遣します』

 『ありがとう助かるわ。それじゃ私たちはゆっくり向かいましょうか』


「ギーツさん、場所が変更になったわよ」

「え、どこ?」

「食堂の外に席があったでしょ」

「あったかな。そっちは見てなかったから分かんないな」

「まあ食堂に行けば大丈夫。但しゆっくりね」

「何で?」

「委員の人たちが場所の確保をしてくれるそうだから、それまで時間稼ぎしないとね」

「んじゃ少し遠回りした方が良いのかな」

「宣伝になるしそれも良いかな」

「あ、あのー」

「何かしら」

 エーナが申し訳無さそうに話に割り込んできた。

「そろそろ移動しないと身動き取れなくなりそうなんですけど」

「そうね、それじゃ皆で行こっか」


 楓たちは本校舎の中央階段を昇る。

 ギーツに手を引かれてゆっくりと足元を確かめながら進むエーナはやっとの想いで屋上に出た。

「うわぁ」

「へえ、こんなとこあったんだな」

 柵越しに見るファーリナの街は観光地化された中心部と長閑な風景とが隣接したこの世界では最先端の街並みが見渡せる。

 麗らかな春の風がふたりを祝福している様に優しく包み込む。

 そんな雰囲気を手を繋いだギーツと共に分かち合っていると妄想するエーナは頬が緩みっぱなしだ。


 そのふたりの幸せそうな姿を見ながら楓は『これは早過ぎたかな』と、ちょっと嬉しそうな笑顔を見せながら残念に思う。

 思いつきでここまでやってしまったが、冷静になってみたらやはりやり過ぎだと素直に反省した。

 今日は第一期生の晴れ舞台なのだ。

 卒業生の頑張りを一時とはいえ忘れていたなんて校長失格なのではないだろうか。

 急速に頭が冷えてくる感覚と共にしなければならない項目が浮かんでくる。

 『このまま続行しても各会場から客が引き上げてしまっては本末転倒か』

 楓にはまだ始まってもいないのに後始末がやって来た。



 『サーラさん今良いかしら』

 『はい』

 『頼んでおいて何だけど、発表会はやっぱり止めておく事にしたわ』

 『そうですか。では整理に向かわせた人員も引き上げてよろしいでしょうか』

 『うんそうね。お願いするわ』

 楓はサーラに状況の解除を伝えると目の前の二人にも取り消しを伝えた。


「えー! そんなぁ」

「はー、助かった。かな」

「うううう」

 微妙に泣きそうなエーナと心底安堵しているギーツの二人を見て爺が笑っている。

「まあ仕方無いの」

「そんなぁぁぁ」

 エーナのやる気に満ちた気迫はネコに頭を撫でられながら青い空へと消えていった。


 結局御披露目は無くなったものの記念写真とふたりのマネキンを作り、服飾科へと寄贈する事にした。

 ギーツのマネキンは当然ながら男性として作られ扱われる事になる。



 ▽▽


 保健室で着替えを終えたふたりは盛大に溜め息を吐く。

「ごめんなさいねふたりとも」

 ここにはもう楓とギーツに爺、エーナと保健委員しかいない。

 ネコは見回りに戻りリリたちはそろそろ帰ると言い去って行った。

「とんでもないです! 普通じゃ出来ない経験をさせて貰ってとっても嬉しかったです」

「あー、あたしはまあ、うん」

「ふふっ」

 ギーツのいつもの反応に楓もちょっと安心した様だ。

「結局御披露目はしなかったんですか?」

「ええ。まあ私の思い付きでやっちゃった事だし、今日の趣旨とは違うなって気付いたからね。あ、写真撮ったから見てみる?」

「「見たいです!」」


 日本と遜色の無い綺麗に仕上がったふたりの写真を額に入れて皆で眺める。

「素敵ですね」

「私もそう思います!」

 保健委員に同意するエーナの鼻息が荒い。

「あたしは女だかんね?」

「そんな些細な事はどうでも良いんです! こんな素敵な方と結婚出来たら幸せだろうなって思いません!?」

「あたしに聞かれてもなあ」

「わははっ!」

「あたっ!」

「ギーツは人気者じゃのう、ははは!」


「そして、こっちはさっきのね」

 保健室に戻ってから皆で撮影した写真も綺麗な模様の額に入れてみた。

「!? こっちには私も居る!」

 ネコと保健委員も一緒に写った少し大きめの写真だった。

「これはこっちに飾っておこうかな」

「ありがとうございます! 大切にしますね」

「それとこっちは皆で持って帰って良いからね」

 さっきのふたつの写真だけでなく、気分で撮影した皆が笑顔で写っている写真など十二枚の写真をフォトブックに仕上げて人数分用意した。

 一番最後のページには日本の発行物と同じく楓が製作した事と日付が記されている。



「まっ、今回はこんなとこかしら。私は見回りに戻るけどギーツさんたちはどうする?」

「うーん、全部見たし宿舎に帰って準備かな」

「荷物はどれくらいあるのかしら」

「重いのとか土産なんかは先に帰った連中に頼んだから身の回りの物とここで貰ったのだけかな」

「なら荷物は全部持って来た方が良いわね」

「ワシの方も似た様なもんじゃから全部持ってくかの」

「そんな感じでお願いします」

「んじゃあたしらも行こっか」

「うむ」


「ギーツさん今日はありがとうございました」

「こっちこそ」

 エーナとギーツは一時とはいえ支え合った存在としてあの時の腕を組む様に握手した。


「それじゃ最後にこれを受け取って頂戴。皆には内緒よ?」

 楓はそう言って微笑むと手作りのお菓子セットを詰め込んだ大きめの手提げを保健委員とエーナに手渡す。

「わー、良いんですか?」

「ありがとうございますー、嬉しいです!」

「喜んで貰えて嬉しいわ。さてと、私はこれで行くわね」

「んじゃあたしたちも行くよ。じゃあ元気でな」

 三つの大きな手提げ袋を持ち上げると軽く手を挙げた。

「校門までご一緒しますよ」

「あ、うん。じゃ行こっか」

「はい!」

「お疲れ様ー」

 保健委員に見送られながら帰路に着いたギーツたち。



 こうして楓の思い付きで始めたウェディングドレスの話は終わりを告げた…かに思えた。

 楓はひとりでスッキリとして本来の職務に戻ろうとしているが既に一部学生たちに見られていた事で噂話が学校内を駆け巡っていたのを知るのはこの直ぐ後である。

最後まで見てくれてありがとうございます。

前回からかなりの月日が流れていますのでもう忘れられているのではないかと思っていたりしますが楽しんで貰えたら嬉しいです。

 .+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.


ちょっと半端な感じですが発表会が長過ぎたのでとりあえず今回が発表会の最後になり、次回から帰還編(第四部)に突入予定です。

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