181.成果発表会 15
ギーツが楓に強制的に着替えさせられた服はウェディングドレスの対になる純白のタキシードだった。
姿見に映る自分に言葉を失う。
そんなギーツに楓が
「かっこ良くて凄く似合ってるわよ?」
なんて言う。
タキシード姿の自分を見回しながら楓の言葉に納得してしまう。
ギーツが女性とは言っても比較的早い頃から大工仕事に就き重い資材なども運んでいるのでそれなりに肩幅があり、腰周りに女性らしいアウトラインがあっても上着に隠されているので傍目には格好良い男性にしか見えない。
楓に言われた通りに姿勢を正してみれば、どこのお偉いさんなんだよと鏡の中の自分に突っ込みを入れた。
「これがあたし?」
「ふふーん。やっと自分の魅力に気付いた様ね」
「だってこんな服とか髪型なんて別人じゃん!」
「何言ってるの? 大人の女性はイベントには何かしら着飾るしお化粧だってするでしょ? ギーツさんの場合は女性らしくするのが嫌みたいだしこっちなら良いかな~って」
ギーツは楓と話をしながらも鏡から目を離せず、本当にこれは誰なんだと困惑している。
「これなら嫁さんじゃのうて婿さんになれそうじゃな。わははは!」
爺はあまりの愉しさに勢いでギーツの背中を力一杯ひっ叩いた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
またしても飛ばされたギーツは目の前で見とれていた女子を押し倒しそうになり抱き抱えて危機を回避する。
「痛ったー。あ、えーっと大丈夫?」
顔を真っ赤にしてギーツを見詰める少し小柄な女子の反応が無い。
「あれ、どっか打ったのかな。えっと助けて貰って良い?」
楓に助けを求めるが楓の反応は思っていたのと違った。
「あちゃー、効き過ぎたみたいね。大丈夫?」
横から声を掛けられて初めて自分の状況に気が付いたらしい。
「ふぇっ!? ふぇえええええ!」
突然の大声にギーツは耳を塞ごうと抱き抱えている手を離しそうになったが何とかやり過ごす。
「ごめんなさい!」
顔を真っ赤にしたまま平身低頭に謝罪し続ける女子。
「悪いのはこっちだから気にしなくていいよ。こっちこそごめんな」
ギーツは謝りながら自分の背中を擦る。
「すまんかったの」
爺も反省中だ。
顔を真っ赤にして俯きながら小さく首肯する彼女はギーツを上目使いに見る。
「怪我が無くて良かったわ」
ご機嫌の楓はその女子を確りと目視で確かめるとまた何かを思い付いた。
「ねえ貴女、もしかして手が空いてたりする?」
凄く良い笑顔で彼女の両肩を掴まえる。
「ふぇ… な、何でしょうか」
こんな時は誰でも嫌な予感がするのだろう、ちょっと涙目になる。
「大丈夫かなあ」
ギーツが哀れみに似た感情を滲ませながら溢した。
「えっ!? なに、何があるんですか!?」
「大じょーぶ大じょーぶ、私に任せてー」
狼狽える彼女にギーツは諦めが肝心とでも言う様に目を伏せ深い息を吐く。
「ひゃぁあ、ダメですぅうううう!」
「大じょーぶだから、きっと良い思い出になるから全部私に任せて! んっふふ♡」
ノリノリの楓はギーツにした様に彼女もまた着せ替え人形にしていた。
声だけ聞くと公然と女性ふたりで楽しんでいるかの様で、それを元々保健室に居たふたりは治療中の姿勢のままで固まって聞き耳を立てている。
「じゃっじゃーん! この衣装はどうよ!」
カーテンを勢い良く開けて涙目の彼女を引っ張り出したちょっとばかりハイになっている楓はギーツに向けてその感想を求めるが、テンションが高いせいかちょっとおかしい。
それにいくら校長と言えどもやり過ぎである。
その彼女、楓より少し背が高いが平均的な身長でスタイルも良く、何よりも腰まで届くゆるいウェーブヘアが印象的だ。
そんな彼女は楓の中にギーツと並んだ新婦を想起させた。
まるでこの為にそこに居合わせたのだと奇跡を感じざるを得ない。
楓としては逃がす選択肢など無かったのだ。
「さあこっちに来て」
「ううっ、もうお嫁に行けない。ぐすっ」
真っ白な衣装を纏い楓に引き出され、ギーツの隣に並ばされる。
同じ被害者意識からかギーツに宥められているがその姿はまるで結婚式場の新郎新婦その物だ。
治療中のふたりは自分達が何をしていたのかなどすっかり忘れ、純白のふたりに目を奪われていた。
楓は寄り添うふたりのビジュアルから自分の感性が正しかったと実感する。
「うーん、良いわね。私もこんな感じにしようかしら?」
上機嫌だがこの場にふたりの被害者が存在しているのに気付いていない。
「もしかしてこれって服飾科のあれ?」
ギーツが今になってやっと楓の意図に気が付く。
「もちろん。ギーツさんを新郎に見立てれば女子受けも良いし男が男装するよりも余程見映えも良いからね」
「あー、…」
男が男装するよりってなんだ? と、ギーツは言葉が出てこない。
「ぐすっ、た、確かに」
なだめられていた彼女もギーツを見上げながら、未だ見ぬ将来の夫がこんなに格好良くて優しくしてくれる人だったらなと思う。
だが女だ。
「まあ私のやりたい事が解ったって解釈で良いのかしら」
「はいっ、わかります。私もこちらの方みたいな人が夫になってくれたらなあって」
「えっと、ごめん。あたしにはわかんねえ」
「とーりーあーえーず、ふたりとも服飾科へ行くわよ!」
「えー」
「きゃっ♡」
「中々大変な事になったのう」
「「・・・」」
「お邪魔したわね。それじゃみんな行くわよ!」
「えぇー! マジかよぉ」
「わははは!」
「ぽっ♡」
騒がしく保健室を出て行く四人。
目を点にしたまま固まり見送るふたりだった。
▽
「ほら、背筋伸ばして。真剣に、軽く微笑んで」
ゆっくりと優雅に服飾科へと向かうギーツと並ぶ新婦役の彼女の後ろで楓が囁き、その少女エーナの手を掴みギーツと腕を組ませる。
「痛たた」
「ごめんなさい!」
周囲からの圧倒的な注目度で緊張していたエーナはギーツの腕を組むのに力が入り過ぎていた。
「あ、大丈夫。だけどもう少し弱くしてくれると助かるかな」
「はいっ!」
苦痛に歪めた顔も、今はブーケを持ったエーナを気遣い楓が指導した笑顔で優しく対応してくれる。
そんなギーツに本気で恋をしてしまいそうだった。
こちらの世界では女性同士の関係でもある程度許されてはいるものの、将来的に夫を持つ者の方が多い。
別に浮気とかそんな話ではないが子孫を残す行為にはある意味積極的でもある。
積極的に子孫を残すと言えばサーラの上に兄が4人居るがこれは多い方だ。
平均的には二三人が多く、積極的な行為の割には人口爆発はしておらず、緩やかな人口上昇に留まる。
主に栄養や衛生面などの影響が大きいが、今後学校で得た知識により一時的に人口爆発が発生する可能性がある。
その一方で高度な知識を得た事で生活が豊かになり子を沢山残す意義が失われる可能性も否定出来ない。
だがそんな話は今はどうでも良いのだ。
目の前にある誰もが目を奪われるふたりがそこにいるのだから、それが同姓かどうかなど些細な事。
ギーツが女性だと気付ける一部しかそこに目を向ける者など存在しないのだから。
「これマジでやべーよ」
薄く微笑みながら真顔で歩くギーツが周囲の反応からそんな言葉を漏らす。
「はい、私もその… 倒れそう」
心臓が高鳴り抑えられないエーナが吐露する。
ふたりが進む廊下はモーセの奇跡の如く人垣が割れ、進む先を教えてくれる。
当然こんなイベントなど予定していない騒ぎに運営委員まで事情聴取にやってくる事態になっている。
『楓、そっちで何か面白い事をしてるみたいだな』
『あら、もう話が行ったの?』
『騒ぎを感知したらそれなりに確認するぞ』
『あー、そうね。あんまり楽しかったから連絡するの忘れちゃったわ』
『それとさっきのナイロンの話はどうなった?』
『そっちは卒業生で幾つか試作する事になったから。思い付く範囲で良いから色んなナイロン生地とセットの糸、それに例の生地もお願い』
『りょーかい。帰る頃には準備出来るぞ』
『随分早いわね』
『打診の後で直ぐに試作を始めたからな』
『あら休憩中?』
『いや、新大陸と同じくバックグランドでやってるぞ』
『…零司ってアレよね』
『何だ』
『ホント中二病よね』
『ふははっ、誉め言葉だな』
楓と零司が話しているとエーナの足運びがふらついた。
ハイヒールを履いているのに加え、普段ではあり得ない密集した中での人々からの注目とギーツと並んで歩いている現実に緊張から眩暈を起こした。
「おっと」
ハイヒールなので転倒すると危険なのを事前のレクチャーで叩き込まれたギーツは、それを素早く支えてそのまま持ち上げた。
いわゆるお姫様抱っこである。
その瞬間、見える範囲の女性たちから体育館の演劇どころではない絶叫に等しい声が学外まで届き驚かせる。
目の前で展開される純白のふたりが織り成す物語の中にすら存在しなかった夢の様な光景に女たちの目の色が変わる。
あり得ない数の目線にあてられたエーナとは逆に、純白のふたりに心までやられてしまった女子は多く、卒倒する者まで出た。
「これはやり過ぎたかな~?」
楓は皆を驚かせようとしたのは事実だが今回のは完全に事故だ。
「大丈夫?」
ギーツはエーナに具合を聞いてみるが両手で顔を隠して耳まで真っ赤になっていた。
「ちょっといい?」
そこに楓が横から顔を出してエーナを診ている。
「うーん、ちょっと休んだ方が良いかな」
ついさっき歩き始めたばかりなのだがエーナの心的な負担は結構大きい。
「近くに休めるとこってある?」
「それじゃ保健室に行こっか」
今さっき出てきたばかりの保健室へ戻る事になった。
「ちょっと借りるわよ」
またも突然保健室に踏み込んでベッドへと直行する様に、保健委員はさっきの楓とギーツを思い起こすが今回は楓がカーテンを抑えてギーツがエーナを抱え運び込んでいる姿に緊急措置だと判断して直ぐに駆け寄った。
「何があったんですか?」
心配しながらも自分に出来る事を把握しようと楓に訊ねる。
「ちょっと人の気にあてられただけだから休んでたら大丈夫よ」
衣装を脱がされて横になったエーナの額に手を当てながら優しく伝えた。
「そうですか、良かった」
胸を撫で下ろして息を抜く。
「ごめんなさい。ご迷惑をお掛けして」
「大丈夫よ。こちらこそ押し付けてごめんなさいね」
「いえ! そんな事無いです」
顔を赤くして上掛けを捲し上げギーツを見つめるがギーツの方は意味が分かっている様には見えない。
そんなやり取りを見ている保健委員は今更ながら純白のふたりに興味を持ち、目の前のギーツをまじまじと見る。
「ところで楓先生、こちらの方は…」
「え、あたし?」
「ああ、ごめんなさいね。こちらは冬期講習会に参加してたギーツさんて言うの。よろしくね」
「はい。よろしくお願いしますギーツさん。ってさっき連れ込んでましたけど零司先生には内緒にした方が良いですか?」
「んんー???」
思いもよらない気遣いの言葉に楓は思考で停止する。
なぜ零司が?
・・・!
「ああ、ギーツさんは女性だから大丈夫よ?」
「神の国では同姓ならカウントには入らないんですか?」
「んんんんーーー???」
楓は頭を抱える。
『そー言えばこっちって同性同士もOKだった』
ガックシと肩を落とした。
「あーっと、良い?」
ギーツが割って入る。
「はい、何でしょう」
「あたしはその気は無いから。さっきのも無理矢理着替えさせられただけだし」
ジーっとギーツの顔を見つめて本気なのを感じとる。
「そうなんですね。私はてっきり」
保健委員はチラリと楓の方を見るが意気消沈したままだった。
「そぉっかー、そんな風に見られてたかー」
目を瞑ったまま歯軋りが聞こえそうな苦い顔で漏らす。
「ただの勘違いですし、私はもう大丈夫ですよ」
「私は、か。あははは…」
「そういやもうひとり居たよね? その人は?」
「あの方は手当てが終わったのでお戻りになられました」
「その人は何か言ってたかしら?」
「いえ別に… うん? 去り際に何か言ってた様な。うーん」
それきり思考に耽ってしまい反応が無い。
「ま、いっか。あまり気にしても仕方ないし、この話はこれでおしまいっ」
「あはは、楓校長でもこんな事あるんですね」
エーナが口元まで布団を引き寄せながら微笑んでいる。
「んー、校長って体裁があるからそれなりにきちんとしようとしてるけど、私だって元々人間だし。今までだって色々とやらかしはあるんじゃないかしら」
「そうなんですね」
ふーんって感じで楓の話を聞いている保健委員。
「そうだ、状況に馴染んで忘れてたわ。ちょっと待ってね」
効果があるかは不明だが楓は耳に手を当てた。
『ネコ、今大丈夫?』
『大丈夫にゃ』
『それじゃ今保健室に居るんだけど少し付き合ってくれるかしら』
『直ぐ行くにゃ』
耳の手を外して笑顔になる。
「今ネコが来るから「来たにゃ!」…早いわね」
「何してるのにゃ」
「これからギーツさんたちふたりのお披露目をしようとしてたんだけどね。ちょっと人目が多過ぎて緊張しちゃったみたいだからリラックスさせてあげたいんだけど」
「わかったにゃ。それじゃいくのにゃ。怖がらなくても大丈夫だにゃ」
ネコはベッドの横に回り込み布団の上からエーナのお腹に片手を翳してもう片方を額に軽く当てた。
手のひらが淡く光るのと合わせる様にエーナの力が抜けて行く。
「ふぁぁ」
急に眠気を感じる程に脱力したが意識は保っている。
「うーん、一応もう少し休んでおきましょうか」
「はい、ごめんなさい」
「大丈夫。今はちゃんと休んでね」
今回も最後まで読んでくれてありがとうございます。
今年の卒業生の皆さんおめでとうございます。ついでに過去の卒業生の皆さんもおめでとう。この物語の時間軸が現実とは数年遅れてるので一緒におめでとう。
.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.
さあ今回もまた新キャラ(犠牲者)が登場しましたけど後に繋がるのかまでは考えてませんが、話の流れとしては本当にあとちょっとで日本に帰れるのに何故か話が盛り付けられて行く不思議に困惑してます。
早く帰してあげたいのに (;゜∇゜)