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180.成果発表会 14

 爺に押され服飾科に入ったギーツが最初に見たのは日用品だった。

 どこの家にもある普通の代物からファーリナに来て初めて見た物などが並んでいる。


 その中でギーツが気になったのはカーゴパンツだった。。

 カーゴパンツとは奥行きのある大きめな容量のポケットがついているズボンの事だ。

 こちらの世界では大きなポケットは作業用の前掛けに付いていたが、普通のズボンには無く、あっても小さな物しかなかった。

 大きなポケットが必要な場面は仕事(作業)中になるので、必然的に汚れ避けの前掛けにあるのが便利だった。

 前掛けを使わない大工などでは腰に小さな革袋を吊るしてたりするのだが、新しいデザインのカーゴパンツはギーツの心を惹き付ける。

 何となーく、今までよりも多くの道具を持ち運べたら、もっと仕事が出来る様な、そんな気がするのだ。

 それにカッコいい。

 今までに無いこのズボンを履いていたら目立つんじゃないだろうかと。

 そして人よりも優れた仕事をこなしている自らの姿を夢想する。


「かっこいいーな!」

「それが気に入ったの?」

「変わったズボンじゃの」

 爺は顎髭を弄りながら細部まで見ている。

「これなら一杯持てるし仕事も捗るんじゃないかな」

「ふふっ、さすが大工さんね。向こうの世界でも建設工事関係で使われてるわ。私と零司もこちらに来た時はこのカーゴパンツを着てたのよね。このパンツと一組になってる上着もポケットが一杯付いてるし、凝った物になると材質自体が高性能だったり色んな細工があったりするわね」

「えっ、これパンツなの?」

「ん? あー下着じゃないわよ? 下着にポケットなんて意味ないしね」

「高性能って、何があんの?」

「そうねえ・・・こちらでは木綿しか素材が無いけど、ナイロンって言う丈夫で継ぎ目の無い糸を混ぜて作るとふんわりとした手触りで風通しの良い丈夫な生地を作れるから、軽くなったり汗をかいても早く乾いたり、寒い時には暖かかったり、繊維自体に色が付いてるから色落ちしないとかね。他にも色んな素材があるから用途別に使い分けてるわね」

「ふーん、なんか分かんないけどすげーんだな」

 ギーツのこの反応に楓はちょっと面白い話を付け足してみる。


「そうねー、このナイロンって実は女性を美しく見せる可能性の塊なのよね」

 楓の口角が上がりギーツの反応を待つが、ギーツは頭上にクエスチョンが幾つも飛び出して見える程に『それが何か?』といった体で反応が悪い。

 考えてみたらギーツは同じ女性ではあっても女性が好む事に全く関心を示さないのを忘れていた。

 そして楓が思っていた相手とは違う場所から声が上がる。

 会場内の客たちが楓の話を聞いていないなんて事は無かったのだ。


「か、楓先生」

 楓は他の客を忘れていたと気付く。

「あら? 何かしら」

 展示室内は楓の言葉が聞きたくて静まり返り、外の音や声が良く聞こえた。


「あの、女性が美しくなるって本当ですか?」

 爺の後ろに並んでいる小柄な女子がちょこんと手を上げて質問をして来た。

 その言葉に他の客たちも同意と言わんばかりに静かに首肯し楓の言葉を待っている。


『あー、この話は軽率だったかしら』

 現状こちらの世界でナイロン繊維の生地を生産する手段が無いのを考えると今話しても絵に描いた餅でしかなく、期待だけさせて実物は手に入りませんだなんて残酷過ぎるだろう。

 楓は今までの人生の中で一番困った。

 自分が不幸な状況よりも、これだけの人たちに無い物ねだりさせてしまった状況に。

 そんな良い物があると知ってしまったのに、手に入らないと知り絶望させてしまうのはこの学習成果発表会であってはならないのに。

 (水泳教室などで使った水着は水着として創った物であり、素材が何なのかは不明)


『えーっと、零司。いま良いかしら?』

『ああ』

『あのね、ナイロン繊維の生地って、こっちで生産出来る?』

『出来るかどうかで言えば出来るぞ』

『ホントに!?』

『ああ本当だ。だがナイロンと言ってもかなり幅があるからな。具体的に何が必要なんだ?』

 楓がいま必要としている物と言えばさっき発言した女性を美しく見せる物だ。

 パッと思い付くのはストッキングや肌着、寝具の類いだろう。

 他にも丈夫な糸を生かした透けて見えるほど薄い生地を使ったシアートップスなど薄着に重ねるレイヤースタイルの代物になる。

 厚手の生地で木綿との違いを出すとなれば、ジャージなど伸縮性の高い生地で女性らしい体のラインで魅せる様な代物ゲフッ

 楓はダメージを受けた。


『どうした?』

『何でもない。そ・れ・よ・り・も! この際神だから出来るナイロンより優れた生地とか出来ないかしら』

『出来るな』

『・・・出来るの?』

 零司の言葉に楓は息を飲む。

『ああ、出来るぞ』

 零司とのやり取りに集中し過ぎてすっかり忘れていたが目の前の状況に意識を戻してみれば、皆待ち切れない様子で楓の言葉を待っていた。

『あっ、ちょっと待ってね』


「えーっとね、ナイロンって言うのは短い繊維を縒り合わせる木綿と違って細い一本の糸が切れ目無く続いてるのよね。普通の糸の何倍も切れ難いから凄く薄い生地を作れるの。当然その分軽くなるし生地を厚目にしながらふっくらと柔らかくしたり隙間を多めにして風通しも良くなったりするわね。織り方次第で伸縮性も高くなるから今まで無かった着易い服とかが作れるわ」

 良い所だらけにしか思えないその素材に女子たちの食い付きが良過ぎる。

「例えばー… こんなのとか」


 楓は自分の倉庫から新聞紙見開きサイズの大きな紙を数枚取り出すと、まるでファッション誌の写真にしか見えない絵を瞬時に描き出す。

 さっきのシースルー系のトップスや最大限に伸縮性を発揮しているチューブトップ、ロングセーター、キャミソールや大人なインナーなどが次々と現れて卒業生の手によって壁に貼られてゆく。

 楓はついでとばかりに今回用意出来なかったウェディングドレスのインナーやストッキングにガーターベルト類なども解説付きで紹介する絵を用意した。

 そのあいだ服飾科の阿鼻叫喚が学校中に響き渡る。

 貼られた内容が内容なので、急遽入り口に男子禁制の紙が貼られる事態になった。


 興奮しざわめく室内で楓は続ける。

「ただねー、今の所それを生産する術はないんだけど、生地自体は用意出来るから、一度誰かに試作品を「「「はいはいはいはーい!!」」」…」

「私たちがやりまーす!」

「私もーっ!」

 生産出来ないと聞き落胆したのも束の間、今度は卒業生からの挙手と共に大騒ぎになった。

「あっはは、まあいいかー。それじゃ近いうちに生地とデザイン帳渡すから、卒業生の皆で試作してみましょうか」

 歓喜の声がまたも学校中に響き渡り、廊下に居た人たちは窓の外に頭を出して声のする場所を探したりする。


 そんな中、服飾科内にただひとりの男性である爺がどうしたものかと思案する。

 やって来る前の話とは状況がかなり変化しているからだ。

 壁にある絵だけを見ても男性が見て良いとは思えない物が並び、現代日本の女性用下着売場に居る様な居心地の悪さを感じているが、それはある意味ギーツも同じだった。

『あたし何でこんなとこに居んだろ』

 それはキニーの言葉に逆らえないから。

 下着姿の写真も並び気恥ずかしさもあってか更に騒がしくなった服飾科内で疲れ切ったオジサンの様に悄々(しおしお)で途方に暮れるふたり。

 騒ぎの元になった楓を待っているが、今の所まだこちらに話は戻って来ていない。



「お待たせ。向こうの話はついたからこちらの話を続けましょうか」

 笑顔を見せる楓だがギーツにしてみると中々にキツいものがある。

「さてと、どこまでいったかしら?」

「このズボンの話だったんだけど」

「ここね、それじゃ続けましょうか」


 この後様々な縫製品の説明を受けながらギーツなりに仕事で使えそうな物やかわいい小さな動物のぬいぐるみを手にとって眺めたりそれなりに楽しんでいる。

 そんな感じで壁際に並ぶ展示物を見ているうちに出口付近まで来ていた。




「ふふん、ここからが本題ね」

 楓はそう言うと壁際に並ぶ展示物に背を向け中央を見る。

 楓の目の前には多くの見学者が詰め掛けているので展示物の全体は見えず、低い段上に設置されているのもあり人形が頭に被るベールだけは良く見えた。

「頭しか見えねえ」

「皆ウェディングドレスを見たいから仕方ないわよね。女性で気にならないなんてギーツさんくらいのものよ?」

「あたしは結婚する気なんて無いし。それより仕事出来なきゃいつまでも半人前だから仕事頑張らなきゃ何も出来ないよ」

 そんな言葉を連ねるが楓と話しているうちに最前列に辿り着いた。

「どう?」

 楓は一言だけ言うと、真剣にウェディングドレスを見るギーツを観察する。


 ギーツはこの今日の発表会で見た数々の新しい発見を見る時の様に目の前にあるドレスを見る。

 緻密に仕立てられたレース生地は勿論、細部にわたり目を凝らしてその出来映えに息を漏らす。

「これ… すっげーな」

 やはり他の女性たちと目線が違うなーとギーツの感想に苦笑しているが隣に居る爺も気持ちは同じ様だ。

 普通の女性たちは少し引いた位置から全体を見る位置取りをするのだが、ギーツはどう見ても鑑定人の様に生地を手に取り細かな仕事を調べている。

 その姿は多数の女性の中にあっても、やはり浮いて見える。

 そんなギーツの姿を見ながら楓はある事を思い浮かべてしまった。


「ギーツさん、見学が終わったらちょっと手伝って欲しいんだけど良いかしら?」

「え、うん、良いけど。これで最後だからもう大丈夫かな」

「何か為さるんかいの」

「そうね、ギーツさんなら丁度良いかなと思って。んふふ」

 笑顔で頼み事をして来た楓に嫌な予感が走るギーツである。


 ▽


 保健室にやって来た三人。

「ギーツさんとふたりになりたいのでこちらでお待ち頂けますか?」

「わしは外で待っとるんで後はお願いします」

 爺はペコリと頭を下げて外に出た。

 保健室には一年女子の保健委員と、膝の擦り傷を見て貰っている男性が居た。

 消毒の最中だった様でズボンの裾を捲ってちょっと痛そうにしている。

「ちょっとそこ借りるわよ」

「はーい」

 空いているベッドに向かいながら治療で手が離せない保健委員に確認を取る。


 ベッドの奥にギーツを押しやり楓はカーテンを閉めた。

 その光景を治療を受けていた男性が見ている。

 何故ふたりでひとつのベッドに? と疑問が湧いたが特に気にしなかった。

 しかし次の瞬間。

「!ちょっ!? 何すんの!?」

「あ、ごめんなさい。急だったわね、ちょっと全部脱いでくれる?」

「あ、ちょっ!!」

 治療中の保健委員と男性が盛大に吹き出して楓たちが居るベッドの方を凝視する。


「ほら、騒がない。とりあえずクリーンで。それじゃちゃんと見せてね」

「ぅぁぁぁぁ…」

 消え入りそうな声が漏れる。

 唾を飲み込む部外者のふたり。

「うん、綺麗よね。(筋肉)付きも良いしほんと理想的だわ。ちょっと後ろ見せてくれる?」

「ぁわわわ」

 突然の出来事に保健委員が慌てているが何をしたら良いのか頭の中がパニックを起こしている。

「お尻も良い感じよね」

「もっ、揉まないでっ!」

 ちょっと悲痛な声が漏れた。

 男は鼻血が出ているのに気付かず放心している。

「ふむふむ、良い感じだわ。それじゃ真っ直ぐ立って両腕も横に伸ばして、足も少し広げて貰えるかしら」


 それから少しして出て来たふたりに、治療していたふたりは想像していた事が恥ずかし過ぎて顔を真っ赤にしながらそっぽを向いていた。

「お邪魔したわね」

 楓はそれだけ言うと保健室を後にする。




「ほら、背筋を伸ばして、笑顔笑顔」

 ギーツの体に触れながら姿勢を正してから顔を捏ねて笑顔を強要する。

「ほほう、こりゃあ凄いのう」

 楓が作ったギーツの姿に驚く爺は顎髭に手をやり嬉しそうにしている。

 この学習成果発表会で一番驚いている様だ。

「うーん、もう少し格好い笑顔で」

「うぇえ、カッコいい笑顔ってどんなの」

「ほら、また弛んでる。こんな感じでやってみて」

 楓は規律っとした顔つきになると少しだけ微笑んで見せた。

「分っかんないよ自分の顔なんて」

 少しいじけてる気がしないでもないが楓に従い笑顔を作ってみるが楓目線では全く足りない。

「ほら、鏡見て」

 突然現れた姿見を見てギーツが一番驚いた。

「うぇっ! これ……あたし?」

 今頃気付いたかと楓と爺はにやけてしまう。


 そこに映っていたのはウェディングドレスと対の衣装、純白のタキシードで身を包んだギーツだった。

今回も読んでくれてありがとうございます!

前回は今朝アップしたので今日は二度目になります。

前回の後書きを入れ忘れてついさっき追加しましたけどこれから読む程の内容ではないので読み返す必要はないです。


気持ちの上では去年のうちに日本へ帰っておくつもりだったのに結局二話分しか投稿できなかったのですが、今回はちょっと時間を取れたので一気に二話上げました。

いつもの事ですが今回も楽しんで貰えたら嬉しいです。

     .+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.

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