179.成果発表会 13
179.成果発表会 13
「ここは卒業式の会場じゃな」
「面白い形してるよね」
ギーツと爺は巨大なカマボコ形の体育館を見上げながら、波板の屋根しかないコンクリート製の渡り廊下を歩く。
体育館からは普段聞かない大仰な口調の会話が微かに聞こえ、服飾科と同質の黄色い声が聞こえるが波の様に去来している所が違っていた。
そしてここでも順番待ちの列があり、並んでいるのは大半がテンションの高い女子で、彼女たちから小声で聞こえて来るのはリピート客らしい話ばかりだ。
会場や彼女たちの喜び様から女性が喜ぶ物なのだろう。
十分ほど待っている内にそこそこの人数の列は倍以上になっていて、そこに体育館の方から拍手と黄色い声が一層大きく響いた。
「何か動きがあった様じゃの」
爺が体育館へと目を向けると開け放たれた扉から体育館内に籠っていた大きな拍手と声がより大きく聞こえて来る。
「終わったみたいだね」
ギーツがそんな事を口にした時には待ちわびた女性たちの歓喜の声が周囲を支配していた。
体育館から出てくる多くの女たちは皆一様に頬を赤らめてさっきまでの余韻に浸っている。
そしてその三割近くが列の最後尾に並び直している。
そんな光景を見ながら体育館内の受け入れ準備が終わり列が動き始めた。
体育館内に入ると天井が高いのが直ぐに分かる。
窓が多いのもあって明るい館内は隅々までよく見えた。
爺と共に列に続き、折り畳み椅子に座ると気になっていた天井を仰ぎ見る。
天井を支える柱が外壁に近い場所にしかなく、内部は大きな空間を持つ建物であり天井も弧を描いている。
その構造は以前アヤソフィアで零司たちが言っていたアーチ構造であり、一般的な四角い枠の組み合わせの構造とは違っている。
あの時の説明を思い出すが普通の建物なら縦棒の柱と横棒の梁、それに屋根の頂点を支える小屋束、小屋束から外壁方向へ斜めに下がる屋根の骨になる垂木が使われるので基本的な骨組みとは全く異なっている。
ギーツは考える。
この巨大な建物は細い柱と湾曲した梁、そこに薄い外板とガラス窓だけ。
まるで卵の殻の様な一見すると簡単に壊れてしまいそうな作りでしかない。
しかし講習会場で見た数々の画期的な素材たちを思い出す。
鉄板、紙の様に薄いのに大きく広がり手では千切る事も出来ず、今までなら何枚もの板を張ったりレンガなどブロックや土壁などで塞いでいたのをこの一枚で壁ひとつ分隙間無く埋められたり、 保管時にはまるで織物の様に丸めたり、パイプやH型L型の棒材、まだ一般化されていないボルト止めや溶接といった接合法により簡便で強い強度が得られる素材たち。
そんな事を考えながら天井を見上げていると会場は俄に騒がしくなった。
「始まったの」
ギーツが正面を向くと、恐らく役者だろう女子たち数人が壇上に並んでいた。
彼女たちは軽い挨拶と演目を告げると早速演劇が始まった。
最初は女性たちからの支持率が高い『おおお神話』である。
おおお神話と言えば、例の薔薇城お茶会のアレだ。
このおおお神話の元ネタは冬期講習会の若い女性参加者しか知り得ないので、それ以外の人々にとっては噂話とは言え伝え聞く内容に心踊らせ大分大袈裟な話になっていた。
当然ながらその現場、それこそ目の前に居合わせたギーツにとっては演劇の内容はかなり盛られているなあと思わずにいられない。
オペラやミュージカルとまでは言わないが、華々しい口調と大袈裟なアクションで美化されているのだ。
女性ではあるが、男に近い『そこにある物をある通りに認識する』ギーツには理不尽な女性コミュニティが恐ろしい物に見えるのは仕方が無いだろう。
「そんなに大袈裟じゃないっつーの」
呆れたギーツの口からぽろっと、そんな言葉が溢れた。
その瞬間、「はぁーーーー??」と、目を見開いた女子たちの危険な目線を集める。
『あ、やっべ』
そう思った時にはもう遅い。
椅子に座って目を輝かせ、演劇を見ていた筈の女子が立ち上がり、血走った目でギーツを凝視する。
「今なんと?」
目の前の席のちょっと小柄な女子から剣呑な言葉が突き刺さるが、どう見てもその他大勢からも同じ言葉が聞こえてきそうだ。
ギーツは目の前しか見えていないので、突然の騒動に演劇も止まって会場は静まり返っているのに気付かないが、ザワザワとした女子たちの心の声が聞こえている気がしないでもない。
「いやっ、あー、別に、うん、何も」
目を合わせる事も出来ず天井の梁を見て、しどろもどろになりながらも誤魔化そうとしたが、そんな言葉が通じる筈も無い。
「詳しく聞かせて貰えませんか?」
危ない笑顔でギーツには詰め寄る女子たち。
ギーツの隣に座る爺はとっくにもみくしゃにされて姿が見えない。
女たちにしてみれば、演劇でしか詳細を知る事が出来ない神話に相当する話を、演劇よりもより真実に近い情報を持っていると自ら宣言したに等しいギーツに詳しく聞きたいと思うのは仕方ないだろう。
ヒュッ
そんな音が自分の喉から聞こえた気がしたギーツ。
『ヤバイヤバイヤバイ』
「きゃっ!」「そいつを逃がすな!」
そんな声を掻き分けて無我夢中で脱走を図る。
人の壁を抜けると事情を知らない他の客が座っているのが目に入り、こちらに驚いて後ずさりしている。
これ幸いと出口に取り付き扉を勢いよく開いて外に飛び出すと、そのまま本校舎へと逃げ延びた。
▽▽
「全く、何をやっとるんだか」
騒然となった体育館で若い女子にもみくしゃにされながら何とか外に出た爺は、階段の端に座り込んでいるギーツを見付けると隣に並んで笑っている。
「はー、あれはまずかったかー」
「ははっ、そうじゃのぉ。楽しみに水を差されて良い気はしないからの」
ムスッとしながらあの時を振り返る。
「だってさあ、あんな変な喋り方してなかったし」
「お前さんも居たんじゃったか」
「うん、講習会の若い娘全員居たんじゃないかな」
「ほう」
「んでさ、あたしなんか目の前だったし」
「目の前?」
「楓様と同じテーブルだったから」
「ほほぅ」
「楓様が良い物見せてくれるって話で外に行くのにネコ様と零司様を呼んでさ」
「ふむ」
「んで零司様が来た時にこう、・・・アレになった」
「あれ、のう」
「うん」
「まあ言い難い事もあるじゃろ。これ以上は言わんでも良いからの。第一、神々の為さる事を見世物にするのはどうかとは思うが、例の何とかビジョンで気持ちが緩んでおるのかも知れん。まあいずれ気付くじゃろ」
「多分無理じゃないかな」
「まあ、いずれにしても零司様たち次第じゃな。ははっ」
ギーツの肩を軽く叩いて爺は笑う。
「零司様がどうかしたにゃ?」
両手を後ろで組み、こちらを覗き込んでいるネコが居た。
「おお、ネコ様がいらっしゃったわい」
ネコは首を傾げてふたりを見ている。
「あはは。えーっと、演劇見てたらちょっと違うかなーって」
「あれにゃっ!」
いつもふわふわな感じのネコが突然力が入る様にふたりは驚く。
周囲の見学者たちもネコの声の大きさに何事かと目を向けている。
「ご主人様と楓様がラブラブなのは本当の事にゃ。それに朝の方が演劇よりももっとラブラブなのにゃ」
嬉しそうに話すネコの発言に周囲はどよめく。
特に女子の反応が凄まじい。
「毎朝とってもラブラブなのに゛ゃっ!」
軽い脳天チョップを貰うネコ。
「こんな所でそんな話するんじゃない」
ネコは脳天チョップした後ろの人物に振り返ると抱き付いて喜んでいる。
「また会ったな」
「あー、うん」
情けない顔つきで零司を見上げる。
理由はもちろんついさっきの騒動の大元だからだ。
もしあの会場で取り巻いていた連中に、またこんな場面を発見され様ものならどんな目に遭うか分かったものではないだろう。
「またなにかやったのか?」
「むぅー」
「わははっ! 演劇で要らん事を溢してしまっての」
「ギーツは真っ直ぐだからな。事実と違った話が気に入らなかったか」
「まあそんな所ですわい」
「だってさー、零司様たちがあんなキラッキラな訳無いじゃんか」
「ふっ、ギーツは良く解ってるじゃないか」
「あんな零司様が居たら気持ち悪いっての」
うぇっとした仕草をして見せる。
「まっ、ギーツみたいに全部本音で話す奴も中々珍しいからな。だから楓も気に入ってるんだろ」
「えー、そうなの? あたしには何でなのかサッパリ分からないんだけど。むしろ気軽過ぎてちょっと怖いかなーって」
「なんじゃ、ギーツも遠慮があるんじゃな。わはは!」
「おうっふ」
爺に肩をひっ叩かれた。
「ははは。ギーツは素直で良いが、もう少し他人の事も気を配ってやれる様にした方が良いかもな。まあうちに来た時にその辺りも何とかなるだろうが」
「うぇっ!? また何かやんの?」
階段に座ったまま零司から引いて、手すりに身を寄せた。
「そう言えばギーツは白亜の館で何をするんじゃろか。忙しいと聞いとるがたった数日で出来る事はそんなに多くないと思うんじゃが」
「その辺はうちに来てからになるからギーツは遊びに来る感じで気軽に来たら良い。その方がこっちも楽だしな」
「うん、さっき工業棟でリリ様にもそんな事言われた」
「そう言う事だ。何ならウルガ爺さんも来るか? ギーツとは違った楽しみがあると思うぞ」
「おおっ! 本当ですかの! こりゃ参ったわい、わはははっ!」
額に手をあてて驚く爺。
「しかし本当に大丈夫なんかいの。確か来週には入学式の筈じゃ。色々と準備なんぞで忙しいと思うんじゃが」
「ああ、その辺りは気にしなくても大丈夫だ」
「ではお言葉に甘えてわしもお邪魔させて頂くとするかの。それでは零司様、よろしくお願いしますじゃ」
零司は楓にウルガ爺さんも呼んだ事を伝える。
『りょーかい。そっちはそっちで対応よろしくね』
楓はそれだけ言うと話しは終わった。
「それじゃ今日の夕飯前にギーツと門の前で待っててくれ」
それから何故かまた零司と共に見て回る事になったギーツと爺は、ネコも零司の付き添いで並んで歩いている。
それは当然目立つグループなのだが初見は遠巻きに、慣れ親しんだ地元民と講習会参加者は軽くアイコンタクトや見学先の相談などしながら特に問題無くゆっくりとだが進んでいた。
そしてまた、ギーツを先頭に食堂へやって来た。
「そろそろ良い感じかなー?」
「何が良い感じなんかのお、ははは!」
腹もこなれてきたし、昼を大分過ぎた食堂も空いてきたんじゃないかと予想するギーツは次は何を食べようかと思案している。
実際に覗き込んだ食堂は並んでいる人もほぼ無く、テーブル席もちらほらと空きが見てとれた。
「やったね。これで思う存分食える」
既に腹一杯食べる気満々である。
「んー、今日の夕御飯はすっごく美味しいのがイッパイなのにゃ。そんなに食べて大丈夫にゃ?」
ネコの言葉にギーツが振り返り、微妙な顔をして見せる。
「そう言えば呼ばれたの夕飯時だった。ははは…」
情けない顔をしたギーツに爺がいつもの様に笑う。
「そろそろ服飾科に行かんとの、門の待ち合わせまでに支度の準備もあるじゃろ。今回は食べとる時間は無いかもしれんの」
「あぁー、そう言えばそんなのあったっけ」
零司はギーツの言葉に楓へと話を付けて、服飾科前で待ち合わせにした。
「いらっしゃい。待ってたわよ」
楓は楽しそうに来客の相手をしながら入り口前で待っていてくれた。
「ここからは頼む」
「ええ、ギーツさんには確りと楽しんで貰うつもりよ」
零司と楓のやり取りにギーツは少しばかり及び腰だ。
「あはは・・・あんまり気が乗らないんだけどお願いします」
「まあそう言わないで、早速行きましょ」
楓にバトンタッチした零司とネコはまた巡回に戻る様だ。
「さあ、うちの子たちの渾身の作を見て頂戴」
入り口から力が入っている楓に対して、後ろから爺に肩を掴まれ押されて入るギーツの顔色は悪い。
かなり遅れましたが今回も読んでくれてありがとうございます。
投稿時に後書きを忘れたまま上げてしまったので読者数から考えるとこれを見た人は少ないと思います。
その辺りは申し訳ありませんでした。
さて今回はまたギーツの受難が発生してますけどやっぱり自業自得かと。
そして次回はなんと、今回と同日午後6時頃になります。
本当なら去年の時点で日本に帰っている筈だったんですが今年こそはペースを上げて行きたいと思ってます。
それでは続きを楽しんで貰えたら嬉しいです。
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