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177.成果発表会 11

 ギーツたちはさっきの続きで工業練の最後、()学科へ向かう。

 零司もギーツたちの向かう先が見回りに丁度良いと行動を共にする。



「うへぇー、何だここ」

「この匂いは何じゃろか」

 明らかに人が少ない科学科に入るなり妙な匂いが漂いあまり良い気分ではない。

 爺も軽く眉間に皺を寄せ鼻を弄る。


「ここは調査や実験が主体だからな。しかも今回は目で見て解り易い物を並べてるから尚更だろ」

「先生、私たちの仕事を取っちゃ駄目ですよ?」

 零司を最初に発見したこの科目唯一の女子が零司を見上げ苦情を訴える。

 それもその筈、臭いのせいか他の科に比べるまでも無く客が片手で数えられる程度であり、昼休みで出払っている人数を考慮に入れてもお釣りが多過ぎて手持ち無沙汰な卒業生ばかりだからだ。


 彼ら科学科部員に言わせると、今までの当たり前の日常が科学の目で見ると世界観が変わるらしく、それを皆に知って貰いたいと結構息巻いていた。

 だが蓋を開けてみれば最初は大量にやって来た見学客たちも、実験の結果ギーツたちが感じた様に入り口で異臭を感じると早急に立ち去ってしまい、それ以降客足が戻らなかった。

 故にそんな臭いの中で奥まで来てくれる客は限られてしまい案内が(あぶ)れていたのだ。


「それはすまなかったな。それじゃ後は頼めるか?」

「はい、喜んで!」

 笑顔で零司の依頼を受けると早速ギーツたちに向かって挨拶する。

「こんにちは、良くお越し下さいました。ここは科学科の展示場になります。聞きたい事があれば何でも言って下さいね」

「ああ、こっちこそ宜しく。早速なんだけど、何でここだけこんなに臭いの?」

「あっはは、やっぱり匂いますか?」

「うん、どんなって言われても分かんないけど」

「これは実験の結果ですね、この後の実験で判りますよ~、それではこちらへどうぞ」

 後ろにある実験台の向こう側に回ると手のひらサイズの瓶を前に位置取った。

 瓶の中は白っぽく濁り、片方が黒くなっている小さな木の棒が何本か見える。


「これは燃焼に関する実験になります」

「ネンショウって何?」

「はい、燃焼は燃えるって意味ですね」

「ふーん、燃えるって言ったら木が燃えるあれだよね」

「そうですね。その『燃える』を科学します」

 案内の女子は人差し指を立てて柔らかな笑みで宣言する。

 この言葉にギーツと爺はそもそも科学って何だと思い浮かべた。

 案内はそんな二人の疑問もわかっていたがその疑問を残したまま話を進める。


「まず火が燃えるには何が必要かわかりますか?」

「そりゃ木だよね」

「そうですね。でもそれは燃える物、燃料です。木が燃えるには火を着けないと燃えないでしょう?」

「ああ、そうだなー。確かに木だけじゃ燃えないよな」

「うむ、そうじゃのう」

 ギーツたちは軽く頷いて見せる。

「それに木が燃えるには木自体が燃える温度にならないと火が着きません。大きな焚き火の中に丸太を入れても直ぐには燃えないでしょう? 木が燃えるには引火点と呼ばれる高温になってないと火を近付けただけでは燃えないんですね。しかしもう少し調べると実際はそれだけでは燃えないのが判るんです」

 我が意を得たりと言わんばかりの笑顔で瓶の横にあった小さな箱を持ち上げる。

「先ずこの木の棒を燃やします」

 箱の中にある沢山の木の棒の中から二本を取り出すと箱の横に棒の先端を擦り付けた。

 その瞬間、軽い擦れ音と共に棒の先が一瞬で燃え上がる。

「「おおっ」」

 二人はこの娘も魔術が使えるのかと感心するが、この世界でマッチを扱っているのはここだけなので知らないのも無理はない。

 ついでにこれが悪臭の原因かと納得している。

 火の形成に差異はあるものの集中している素振りも見せず一瞬で火を出した手際良さに驚きながらも親近感を覚えている二人の気持ちなど案内の彼女が知る訳も無く、二人が確りとこちらを見ているのを手品師の様に確認してから片方だけを瓶の中に入れて蓋をした。

 手に残る方を瓶の中に落としたマッチ棒と比較する為に近い位置へ持って行くが、並べた頃には瓶の中のマッチ棒の火は白い煙を残して消えていた。


「それって同じ物だよね」

「はい、それではこちらも入れてみますね」

 手持ちの棒も瓶に入れた途端に火が弱りあっという間に不自然な消え方をする。

 その様子が先に入れた棒と同じだったのを確認したギーツと爺はこの瓶の中に何かがあると感じた。

 試しにと指を入れさせて貰ったが特に何かがある様には見えず煙が溢れただけだった。

 ギーツと爺は二人して真剣にこの現象は何なのかを考察するが、通常火を消すなら水や土を掛けたりするのでやはり目に見えない何かがそこに存在しているのだろうという結果に落ち着いた。


「お二人ともとても良いですね~、ふふふ。それでは今度はこちらの瓶でやってみましょうか」

 彼女はまた柔らかい笑みを見せると別の瓶を横から持って来て、その中に燃えた『マッチ』を投入した。

 二人はまた消えてしまうだろうと思っていたのに今度は燃え続けている。

「どういう事じゃ?」

 爺の声にちょこっと口角が上がる彼女は燃えるマッチの瓶に対してマッチが消えた瓶を近付けると水が入っているかの様に瓶を傾けて行く。

 白い煙はまるで水の様に燃えるマッチ棒の瓶に流れ込み、瓶を全て傾けきる前に火が消えてしまうのを二人はハッキリと見た。

 そう言えば煙は空へ昇るものであってこんな瓶の中に流れ落ちる代物では無かった筈だ。


「どーなってんだこれ、水じゃないよね?」

 手品を見る子供の様に目を大きくして真剣に見詰める二人に自分の時を思い出してつい嬉しくなってしまう。

 零司が見せてくれた実験に興奮してこの科学科で学ぶ事を決めたのだ。

 今まで当たり前だと思っていた自然現象やこの実験と同じく見えない何かの力で世界が動いているのを知る事、実験して理由(メカニズム)を考える事が大好きになった。

 その時の気持ちを分かち合っている気がしてとても嬉しく感じている。



 ギーツたちが実験を楽しんでいる頃、零司は匂いの解決をするべく換気装置を増設して対応する。

 元々学習目的なので大量の通気は必要なかったのだが、実験の頻度が高くなると換気不足になると判った以上はこれに対処しなければならない。

 そうしなければ折角の発表会で沢山の人に見て貰えず発表会に出展する意義が失われてしまうし、何より卒業生の気持ちを考えたら見過ごすなどあり得ない。

 彼ら卒業生が気持ち良く学校から羽ばたける様に、教員たちも一緒に楽しんでいるのだ。



 さてギーツたちは瓶の中身について種明かしの最中だ。

 それはもちろん瓶の中身が高濃度の二酸化炭素で満たされて低酸素状態によるものだ。

 燃焼中の物質に周囲から酸素が供給され続けなければ成り立たない。

 知ってしまえば成る程と思っても、何故酸欠と二酸化炭素が発生するのかについては化学式を用いて説明するがおとぎ話を聞いているのと然程変わらない認識であった。

 この段階ではそれを人の目で直接確認する方法は無いのだからそうだと言われたらそう思うしかないのである。

 目視できるとしても比重が重い二酸化炭素に混じった白い煙を見るだけだ。


 説明に何となく解った気がするギーツたちは次の展示を見る事になった。

 ここから奥には五つの実験台が並んでいる。

 実験台ごとに分類されていると思われる纏まりがあり、それらをひとつずつ案内されるらしい。

 次の台は大小様々な沢山の石がそれぞれ木箱に収められ、分類されているのだろうと思われる並びで置かれていた。


 ここは化石や鉱石の実地調査風景、今後必要とされる素材の特徴や利用先一覧、何の変哲もなさそうな石を割ってみたら先の化石や鉱石に宝石などがあると紹介されている。

 爺は歳なりに変わった石の存在を知っていたが目の前に並ぶ見た事もない数々の煌めく石に目を奪われる。

 ギーツは石などその辺に転がるどこにでもある物くらいにしか思っていなかったので異様な見た目のその多様性に驚いていた。


 その中に一際(ひときわ)目立つ光を放つ石がある。

「こちらは皆さんご存じの神光石です。特徴は透き通った透明で、近くに神が居たら光ると言われていますが学校では先生方がいらっしゃるので常に輝いてますね。零司先生の話では他にも幾つか特徴はあるそうですけどそれは教えて貰えませんでした」

 残念そうに説明するが神をも破壊する爆弾に成り得る素材であるなど人が知らない方が良いし、知ったからと言って人間がどうする事も出来無いので単にある(・・)と説明するだけで充分だった。


「こちらは神光石と同じく透明ですが六角形の柱状で有名な水晶です。神光石は特に決まった形は無いみたいですけど」

「これなら洞窟で何度か見たのう」

「へえ~。あたしは初めて見たな」


「次の真っ黒いのは石炭ですね。これは燃料として使えます」

「これも鍛冶屋で見るのう」


「続いてこの金色の四角がいっぱい付いてるのが黄鉄鉱です。見た目から金と勘違いされ易いですね」

「確かになー。あたしなら金を見つけたって見せびらかしてんだろうな」

「はははっ、ギーツらしいわい」


「こちらの宝石はオパールの中でも燃えるような美しい赤味がある事からファイヤーオパールと呼ばれたりします」

「ほんとだ。本当に燃えてるみたいできれーだな」

「こりゃ美しいの。わしもこんな石なら家に飾ってみたいもんじゃ。これはどこで手に入れたんじゃろか」

「これはと言うかここにあるのは全部零司先生が用意してくれたので実際どこかは判りませんごめんなさい」

「謝らんでも良いんじゃ、こっちこそすまんの」

 お互いにちょっと笑うと話を続ける。


「続けますね。これはニッケル、錫、クロム、モリブデン、グラファイトなど、今後大量に必要とされると言われる鉱石の数々です。グラファイトは鉛筆の芯にも使われてるのでご存じですよね」

 二人とも似た様な銀色に輝く塊が気になるらしく、それらを見比べた後でグラファイト(黒鉛)に目を向けるが石炭との区別はどうなるのかと似た鉱物同士を見比べる。


「そしてこれらの素材を混ぜるとこんな物が出来ます。こちらの板はジュラルミンとステンレススチールと呼ばれる今の私たちには作れない特殊な合金です」

「ごうきん?」

「色々な金属を混ぜ合わせた金属の事ですね」

「ふーん、合金ねえ」

 ギーツは爺の癖を無意識に真似て顎に手をやりシンクロする。

「ちょっと手に持って頂けますか?」

 案内が両手に持って見せているのは厚さ数ミリの手のひらくらいの板で、ギーツにジュラルミンを、爺にステンレススチールを手渡すとそれぞれの反応が返ってくる。

「へ? これ金属だよね」

「はいっ、白っぽくて軽いですが確かに金属ですよ。あ、あと出来るなら折り曲げても良いですよ」

 そう言ってギーツはジュラルミン板を軽く叩くとまるで木板でも叩いた様に軽めの音がする。

 それを不思議そうに確認すると言われた通りに折り曲げようとするが当初木板と同程度に考えていたので壊さない様に加減していたが全く曲がる気配がない。

 そこで今度は力一杯やってみるが顔が赤くなるだけで全く変形しなかった。


 爺の方はと?言えば、二人のやり取りを見て同じくステンレススチール板を軽く叩くがこちらはゴツゴツとした反応で普通に『鉄』な感じだ。

「こっちは鉄とは違うんかいの」

 その言葉に待ってましたと目を輝かせる案内女子。

「はいっ! こちらは錆びない鉄なんです!」

「錆びない? 鉄は錆びるもんじゃろ」

「それが錆びないんです! しかも鉄よりも硬くてしなやかで強いので将来性の塊なんです!」

「そう、じゃな」

 鼻息荒く身を乗り出し爺に迫って説明する彼女に一歩引いたが引いた分だけ乗り出してくる力の入れ様に隣のギーツさえ引いてしまった。


 客の態度の変化に違和感を覚え、少しばかり冷静になって客観的に自分を捉える。

「あ、コホン。失礼しました」

 実験台に乗り四つん這いで迫っている事に気付いて『またやっちゃった』と頬を染めて元の位置へと戻った。


 驚きはしたが特段気にせず話は続く。

「えーっと、この『じらみん』?ってさ、やっぱり金属ってより木みたいに使うの?」

「うーん、ジュラルミンとステンレススチールは今のところ零司先生が作ったその二つしか有りません。なので先生の受け売りになりますが将来的な用途を紹介しますね」

 現代日本での二つの金属の代表的な用途を挙げるがジュラルミンでは『飛行機』なんて言われても分かる筈もなく、ステンレススチールは強度・耐腐食性が高い金属であり刃物や高精度の機械・金具など、鉄の上位互換として使える。

 こちらの世界で大抵は木製の食器や調理道具類などに使えば、一般的には丁寧に使えば腐食しない(しにくい)のでほぼ半永久的に使えるし、表面を滑らかに仕上げられるので水を弾き洗浄も容易になり衛生的な利用が出来ると紹介する。


「ふーん、すげーんだな」

「ですよねー」

 ギーツの言葉に喜ぶが、その喜びも一瞬でトーンが下がる。

「ただ難点もありまして、鉄よりも多くの手間が掛かるので高価になるそうです」

「どんくらい?」

「今のままだと十倍以上だそうです。ははは」

 彼女の乾いた笑いにギーツと爺も笑ってしまった。

今回も読んでくれてありがとう。.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.


発表会に時間掛け過ぎと思いながらも止まらない作者ですw


※ファイヤーオパールの説明で「燃えるような美しい赤味がある事から」とありますが実際は虹色のような見た目を持つ様々な色合いを持つオパールを指すようです。

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