176.成果発表会 10
ギーツはリリの視線から外れ緊張が緩んだせいか、何となくお腹が空いた様な錯覚を覚える。
混雑を回避するのに早めに食べたのだがそれほど時間は経っていない。
ファーリナに来て以来聞き慣れたお昼を告げる鐘の音が聞こえたのも原因のひとつかもしれない。
「腹減った」
「はははっ、もうかいの」
意識無くぽつりと溢すギーツにまさかの言葉を聞いた爺はまた笑う。
「うぇっ、いや、何となくだって」
自分が発した言葉に気付き恥じらうギーツの言い訳も楽しそうだ。
「まあそうさの、少しばかり休みを入れるのもいいじゃろ」
二人は一旦校舎の外に出ると校庭壁際の桜並木にあるベンチに座って賑やかな校舎を仰ぎ見る。
大きく伸びをしながら深く息を吸い込むギーツは、まだ花を残す桜の花びらが舞い散るその風景を心のキャンバスに写し取る。
暖光差すその光景に柔らかな平穏を覚え、桜のそよ風を胸一杯にして目を閉じる。
目蓋に写し出されるキャンバスに、自分という存在が消えてしまったかの様に気持ちが同化してゆく感覚がある。
こんな経験は始めてだが存外悪く無いと思う。
穏やかに何かを想うギーツに爺も静かに桜の木を見上げ美しい光景を楽しんでいる。
日常とは異なる中々得難いそんな時間を暫く無言で過ごす。
麗らかな陽気に誘われ油断したらそのまま眠ってしまいそうになった時、跳ねる様な音が響いた後に声が聞こえた。
【只今より新学期から導入される高度研究開発部門と採用者を発表します】
賑やかだった校舎から聞こえた声が小さくなった。
【新しく設置される部門は二つ。ひとつは現在展示中の神術魔術科がそのまま神術魔術研究開発部門となり、継続して全員採用となります。もうひとつは指輪製作部門になります。こちらは一名が採用されました。両部門採用者は以下の~】
採用者の名前が次々と発表される度に僅かに騒がしくなるが概ね静かにそれを聞いている。
【続きまして来年度より正式に発足する新大陸調査団の第一次団員募集要項を発表します】
突然の新大陸の言葉に騒がしさが戻ってくる。
案内では指示された通りの内容で放送されたが反応は芳しくなかった。
サーラが指摘した通り十年以上の現地勤務がネックとなり、条件を満たしている卒業生では独身が多く新天地と言えど新規開拓なら出会いの可能性があるこちらの大陸で間に合っているからだ。
比較的穏やかな民族性のお陰か冒険心を持つ者が少なかったのもその理由のひとつだろう。
詳しくは各所に貼り出される募集公告を見る様にと伝えてはいるがどの程度集まるのかは未知数と言える。
募集対象がファーリナと王都になっているのは、ファーリナは零司たちの日常に馴れた学校の卒業生を見込んでいるのと、王都に関しては学者に近い研究をしている者たちが存在しているのを知っているのでそれを見越してであった。
何にせよ新大陸調査団採用は周知期間を長めに設定したので面接は数ヵ月後になる。
「ふぁぁ~、新大陸かぁ~」
大あくびしながら爺に話し掛けた。
「面白そうじゃの、若ければ行ったかも知れん。それにしても零司さまは幾つの事業を手掛けておるのやら。神とは言えお体の方は大丈夫なんじゃろうか」
爺は笑いながら返す。
「うーん、そう言えば零司さまの疲れたところって見た事無いな」
「じゃのう、じゃが以前倒れた時にサーラ嬢に救われたとは聞いとるが」
「ふーん、サーラってあんなちっちゃいのにスゲーんだな」
「じゃの。お主も今夜から向こうに行くじゃろ、サーラ嬢も身近になるじゃろうし少しくらい見習うのはどうかの」
「あたしあんな黙ってられっかな」
「そうじゃのぉ、静かにするよりは落ち着いて周りを良く見るのが良いじゃろ。サーラ嬢を見てるとその辺りが実に良く出来とる。零司さまに呼ばれて館入りしたと聞いとるがその辺なのかも知れんの」
ギーツは微妙にのどが渇いたのと小腹を満たすのに何か無いかと手提げに入っている野菜の中から一番上にあったトマトを取り出しお茶代わりに口にした。
「やっぱ美味いなこれ」
口の中に広がる僅な酸味と瑞々しさで溢れたうま味を味わいながらあっという間に食べきってしまう。
「お主は食い気の方かの。帰る前に空袋になってしまいそうじゃな、わははは」
そんな二人に突然横から話し掛ける人物がいた。
「楽しんでるみたいだな」
「うぉっ!?」
周りに人の気配など無かった筈だが、と声の方へ目を向ける。
零司は二人の位置を確かめて転移して来たのだから気配などある筈も無い。
「びっくりしたー」
「おお、これは。態々こんな所まで何かご用ですかな」
爺は驚きを隠せないギーツを楽しそうにチラリと見て零司に訊ねる。
「ああ、神術魔術科の件でな」
そう言って二人と相向かいになる場所に無限倉庫から同じベンチ椅子を取り出す。
□
「ふむ、なる程のう」
「まあうちの卒業生が心配してる以上様子見に来たが、若いのと違って注意すべき事はもう分かってると思うしな」
「心配せんでも火の取り扱いなら心得とるよ」
零司は神術魔術科の問題はこれで解決したと判断する。
今回の件に関しては一番安心出来る爺を最後に、神術魔術科を優先して対応していた。
そのお陰で今後は時間的余裕があるので折角目の前に居る暇な魔術スキル持ちに実験参加して貰おうと考えていた。
「それじゃ休んでるついでに少しだけ手伝ってくれないか?」
爺は突然の申し出が自分に向いている事に若干の困惑を見せる。
こんな爺に神の手伝いなど出来るのか、手伝うなら若手の方が何でも出来て都合が良いのではないだろうかと。
ギーツも若干驚き視線を零司から爺へと向けた。
「ワシに出来る事なら良いんじゃが」
「そうか、それじゃ早速頼む」
零司は爺の了承を受けて、魔術に関する研究を進められる可能性に微笑む。
「最初に火を出して貰えるか?」
「それならお安い御用じゃ」
爺は右手を零司の前にやり、軽く枝でも掴む様な仕草をすると目を瞑る。
心を落ち着かせて薪に火を着ける種火をイメージしてそっと目を開く。
その瞬間爺の指先に小さな火球が現れる。
爺は当たり前の事として火を出せる今でも寒い冬の夜に暖炉の炎を眺めるが如く、その小さな火球を子供の様な純粋な目で見つめている。
零司は一連の流れをモニターしながら爺と周囲の変化を記録している。
以前館の住人相手に同じ事をしていたが、こちらでも個人差程度以外の違いは見られなかった。
「水は出せるか?」
「火しかやっとらんから判らんの」
「やってくれ」
指先の火を消して、今度は川の水を手で掬うイメージにする。
器代わりの掌に掬える程度の水で満たされる。
爺はそのまま泉から湧き出る水をイメージすると、今度は大量の水が掌から溢れ出した。
「おおっと」
足元に広がる水溜まりから足を上げる三人。
その光景に爺は水を止めた。
「こりゃ失敗だわい」
失敗と言いながらも水も出せた事実に爺は喜ぶ。
零司は足元に広がる水を消し去ると早速次の注文を出す。
「風を吹かせられるか?」
「やってみよう」
神妙でありながらも零司の要求をこなせるのか楽しみになって来た爺とそれを見守るギーツ。
零司としてもデータが取れるなら成功と失敗どちらでも構わないのだが爺は今回の注文も成功させる。
発表会場でも神光石を使った神術検査で風を起こす検査をした筈だが、その時には全く無反応であった。
「ほっほ。これも来よったか」
「やるじゃん、凄ーよ!」
「ふむ、問題無いな。次は土の掘り起こしだな……少し待て」
確りと踏み固められた校庭の土一メートル四方をネコがギャロ邸でした様に浮かせて粉砕すると元の場所へ戻す。
「まずはこれでやってくれ」
爺は返事するのも忘れ、土を弄ると言えば、と畑を耕すイメージで見えない鍬を振るう。
しかし柔らかくした土質に仕上げてあっても全く反応しない。
「どう?」
小さく唸る爺だが出来る前提で待っていたギーツは気が逸る。
それから少し待ってみるのだがやはり変化は無かった。
「むぅ、出来る気がせんの」
爺は緊張を脱して大きく息を吐く。
零司はモニタリングである違いを見つける。
前三つと違い、土に作用する動きが見られなかった。
何故その違いが発生しているのかを知る為に爺に問う。
「これまでと何か違うイメージをしなかったか?」
爺は顎に手をやり考える。
「ふーむ、違い…」
本人は特に違いを見出だせない。
「それじゃ実際にどんな事を考えたか言ってくれないか」
「そうじゃのぅ、火は小枝の先に種火を着けた感じかの」
零司はモニター上でリアルタイムに文書化して行く。
「水は手で掬った後で湧き水ですな。風はそのまま風が吹いとるのを思い浮かべたんじゃが」
「んじゃ土は?」
「土は~、鍬で畑を耕す感じかのぉ」
「ふむ、なる程。多分だが原因は判ったぞ」
「「おお」」
「俺が思うに手で直接土を捏ねてみたらどうだ? と言っても頭の中でだが」
爺はイメージを整理すると実践に入る。
土の山を見つめ手で捏ねるイメージをしてみる。
「やった!」
「出来たな」
ギーツの歓喜に爺もにんまりとした笑顔を見せる。
「いやはや、これほど簡単とは」
今回もモニタリングしていたが最初の三つと同じ力の動きが見られた。
前回は鍬のイメージが強かったのか土とは関係の無い場所に力の流れがあったのを確認していた。
最初の火は枝の先という概念はあっても火その物にイメージが集中していたのだろうと判断出来た。
「結局現物をイメージしろってところか」
「その様ですな」
首肯しながら爺は答える。
この結果に零司は呟く。
『ギーツに適正は無かったらしいが今でも同じか?』
その疑問はさっきの実験中に爺だけでなくギーツも一緒にモニタリングしていた中で確認した魔力放出を示す小さなスパイクが関係している。
ここで言うスパイクとは時間軸に沿った平坦な線グラフ上に瞬間的に大きな値が記録された状態を言う。
そのグラフがスパイク状に見える事からそう呼ばれる。
スパイクは爺のグラフと重ねてみると実際に現象が発生したタイミングでスパイクの頂点が重なっている。
これに疑問を持った零司はギーツに目隠しすると爺には地面に指示を書く。
「……できんのぉ」
爺はさっきまで出来た事が全く出来なかった。
出力を示すグラフはさっきと変わらないのだが結果としてそれは起きていない。
「ふむ、こんな事もあるんだな」
零司はモニタリングしていたからこそ分かる答えを導き出す。
「ついでにギーツにもやってもらおうか」
「うぇっ! あ、あたしは出来ないよ?」
目隠しされたままのギーツは不意打ちされて驚くが零司がそんな指示を出すなら何かあるのだろうかと内心では少しだけ心が浮き立っていた。
俄に歓喜しているのが見て取れる頬を染めたギーツに二人は苦笑する。
「それじゃ今度はウルガ爺さんが目隠しだな」
「じゃの」
「そんじゃやってみっか」
ギーツは神術魔術科での適正検査のリベンジとばかりに鼻息荒く全身を緊張させて気合いを入れる。
目を瞑り息を整えると大きく息を吐いて目を開ける。
「……なんか出来る気がして来た」
その言葉に目隠しされた爺が吹き出す。
「なっ!? 何だよ、良い感じだったのに」
若干拗ねるがそんなに悪い気もしない。
「まあ落ち着いてやってみると良いじゃろ」
「そうだな、ギーツは落ち着かないところがあるからな。力を抜いて何も考えずにそれだけをイメージする様に自分自身を上手くコントロールしてみろ」
「うーん、良く分かんないけどやってみるよ」
零司は早速水を出せと地面に書いて指示する。
ギーツは指示されるままにさっき見た爺の手から溢れるイメージを思い浮かべる。
水を掬う様に両手で椀を形取り水が湧くのを待っているがいつまで経っても一向に変化を見せない。
モニター上のグラフを見なくても一目瞭然な程に焦れて来たギーツに零司は声を掛ける。
「落ち着け、寝る時みたいに気楽にやってみろ」
零司の言葉にそう言えばと、零司が来る前のあの感じを思い出す。
ギーツはモードを切り替える様にスッと意識が変わる。
モニタリングしていた零司はグラフの大きな変化を観測した。
下の方で揺らぎ幅の大きかったグラフの波が一気に高い位置へと収束する。
一瞬間を置いた次の瞬間、ギーツの手から水が溢れ出た。
「うっわ! 出たっ! やった!」
「ふむ、ギーツは結構な逸材かもしれないぞ」
さっきまでの精神集中と言うより無心から一転、また騒がしくなった途端に湧き出す水が止まった。
「あれ? ちょっ、何でだよー!」
成功してもしなくても賑やかなギーツに爺の楽しそうな笑い声があがる。
「まあ結果を見てみればウルガ爺さんとギーツの力で発動してたって事だな」
「うーむ、なる程のう。言われてみれば確かに簡単過ぎると思うとった」
「ま、爺さんの方もあとちょっとだ。静かな場所でなら直ぐにでも出来るだろ。馴れだ」
「あたしはアレだよな、静かにしとけば出来るって事だよな」
「平たく言えばそうだな。ギーツが静かに出来るかは判らんが」
これに爺が大笑いして零司もつられて笑う。
だがそんな二人の笑いなど気にもせず、ギーツは自信を持ち鼻息を荒くして微笑んだ。
今回もお待たせしました&最後まで読んでくれてありがとうございます。
今年は今回を入れて僅か5話しかアップされてない事に作者自身愕然とし、来年はきっと日本に帰れる.と良いなぁと本気で思っていますがどうなるのか。
さてと、皆さんの一年が良いものであったならおめでとう。良くなかったなら来年は良い年であります様に。
+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.