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175.成果発表会 9

 今まで無かった道具のお披露目にクラスのみんなと一緒に喜んだが何の為に作られたのかを知らなかった案内は突然湧いた自問に言葉が消える。

 見学者の手前、途中で解説を投げ出すのは流石にこの晴々しい発表会にあっては相応しくないと分かっているだけに案内の男は焦燥に駆られた。

 そこへ。


「なあ、これってあっちの滑車と合わせたらさ、重い荷物とか簡単に持ち上げられんじゃねーのかな」

 ここに並ぶ個人製作の道具の前に、授業で扱ったと言う複数の滑車を使った倍力装置のロープをこの道具に繋いだら、人が直接腕を使って直線的に「えいや、ほいさ」といちいち掴む所を変えなくてもあの曲がった棒をクルクルと回すだけで済むのではないだろうかとギーツは直感からそう言い放つ。

 尤も、そう思った、いやインスピレーションを得たのはラナの手を吊り上げた時だったのだが、滑車とラナ吊り(釣り)で閃いたのは間違いない。


 だがこの言葉を正しく理解する者はこの場には居なかった模様。

 引っ張る事自体同じなのに腕を動かすだけで済む所を態々道具を必要とするなんて無駄な手間じゃないだろうか、と。

 それはリリも同じであり井戸の滑車をこの道具に取り換えただけでしか知らなかった。

 ギーツも偶々そんな事を思い付きで言っただけなので賛同が得られず確証の無いアイディアをごり押しするほど意固地でも無い。

 結局そのアイディアは無かったかの様に流されてしまう。


 ギーツの言葉に話の流れが変わり案内人も便乗して次の作品の説明に進んだのでギーツとリリの対話は終わりを告げた。

「それではギーツさん、夕方には荷物を持って白亜の門まで来て下さいね」

 笑顔でそう告げたマリーとリリたちは案内に誘導されてギーツたちを置いて先に進んだ。


「ふぅ~、焦ったぁ」

 肉食獣に睨まれた様な危機から解放されたギーツは盛大に息を吐き出した。

「ははっ、これから偉い方と出会う機会が増えるじゃろうから言葉選びもきちんとせんとの」

 爺はもう一度笑って軽く肩を叩く。



「皆さんお疲れ様です」

 ここは成果発表会運営本部だ。

 お昼の交代で外回りから戻った在校生と卒業生たち運営委員はサーラの労いを受けながら疎らに空いた席へと座り込んだ。

「それでは順番に報告をお願いします」


「んー、初めての割には上手く行ってると思いますね。ただ卒業式と違ってトイレが長蛇の列になってました。その辺りは上手く分散させたりモールに誘導したりしましたけど。あ、ありがとう」

 男は事務役の女子から出されたお茶に手を伸ばし、熱さを確かめるとクイッと一口だけあおった。


「こちらは服飾科で人の動きが遅くて入場制限が必要でした。あの分だとやって来た四分の一くらいしか入れなかったんじゃないかな。楓先生が様子見してたけどあんなに混雑するとは思ってなかったって言ってましたね」


「食堂も立ち食いしてる人が居るくらい一杯だったので外にテーブル席を用意したら大分緩和されてましたけど、厨房が余計に忙しくなってしまったので何人か助っ人に入ってます」

「それは誰が入ってるのか確認出来ますか?」

「あ、はい。おばちゃんに頼んでノートに名前と時間を書き込んで貰ってるので大丈夫かと」

「そうですか、では料理長と補助に入った人たちには何か追加報酬を用意しましょうか。対応ご苦労様でした」


「あー、こっち。神術科でちょっと揉め事が…」

「何でしょうか?」

「えっとですね、見学者の能力検査で魔術が使える人が居たんですけど、本人は使えるだけで学ぶつもりは無いと言われましてそのままお帰りになってしまったんですが…」

「問題と言うのは?」

「えーっと、その方が使えたのが火の魔術で放置しても大丈夫なのかって話で神術科のメンバーで揉めてるんですが」

「なるほど」

 サーラは零司に確認を取る。


 『零司先生、今よろしいでしょうか』

 『ああ、大丈夫だ』

 『いま神術魔術科の見回り担当から魔法を使える見学者がいたと報告が上がって来たのですが、これはどう対処したら良いでしょうか』

 『ちょっと待て、こちらで確認する』

「少し待って下さいね」

 サーラは報告者にそう伝えて零司からの返事を待つ間、記録簿に報告の内容を書き込んだ。

 それを書き終えると直ぐに零司からの返答が来た。


 『サーラ』

 『はい』

 『それはこちらで対応しよう。冬期講習会の参加者で顔見知りだしな。それ以外も特定出来たから神術魔術科へは俺が直接対応しよう』

 『分かりました。対応ありがとうございます』

 『また何かあれば俺でも楓でも連絡する様に』

 零司との会話はそれで終わる。


「零司先生に確認しましたがあちらで対応するそうなので安心して下さい。報告ありがとうございました」

「良かったぁ」

 少し深刻な面持ちだった報告者の彼だが神術魔術科の彼らの不安を思うと早目に解決出来て肩の荷が下りた感じだろう。

 その後も細かな報告は上がってくるが現場での対処が完了している結果報告ばかりであり、応援や放送による誘導などを必要とする事態は発生していない。


 そんな中でもそこそこの空いた時間も出来たりする運営本部では、お茶や茶菓子などに手を伸ばして今後の生活について夢を語ったり在校生の心配をしたりと楽しい一時(ひととき)を過ごしていたりする。

 この成果発表会が終われば卒業生は皆それぞれの道を行く。

 元々学校やモールが無ければ集まる事などほぼ無かっただろう出会いがまた元に戻るだけなのかもしれないが、そこには一緒に学んだ級友たちとの思い出と共に何らかの事業上の相談や集まりもあるだろう。

 それに来年度では今年度を遥かに上回る他領地からの新入生が確定しているのでより遠隔地との繋がりが出来上がる事になる。

 彼らの多くは自領で学校を設立する為にやって来る者や商人としての高度な知識とファーリナや各地の繋がりを求めていたり、モールで修行する者も多い。

 各地で先人と成らんとする意思を持った(持たされた)者たちだ。


 当初零司と楓が考えていた規模など大幅に越えた結果に向かっているが二人にしてみたらやり甲斐のある現状と助け合える人々との触れ合いに充実した日々となっている。

 特に零司の場合は責任はあるもののやりたい事を好きに出来るこの世界をとても好ましく思っている。

 もし日本であったなら、既に線引きされている国に管理された土地を自由に弄るなんて事は到底出来ないだろう。

 神と言う覆し様の無い力で強制するのは簡単だが、それは零司にとって後々に良くない結果に陥るのは火を見るよりも明らかだ。

 現在信仰されている様々な宗教をたったひとりの存在によって否定し、新たな実在する対話可能な神として君臨する、または政治的に君臨させられたり、在来宗教から悪魔の如き存在として徹底抗戦される可能性もあり、比較的安定している秩序を一瞬で破壊してしまうだろう。

 特にそういった方面で野望など持っていない零司としては、ハッキリ言ってそんな面倒な事は避けたいのが本心である。

 それは楓も同じであり、田舎の街に住んでいる普通(・・)の女子としては絶対にあり得ない避けるべき未来だ。


 但し零司としてはこのあと日本でのイベントで、最低でも一度は神の力を行使するのは確定している。

 ただそれを大々的に周知させる様な使い方はしないだけで、ある程度の範囲では知らせる必要性はあった。

 楓との関係性もその理由のひとつだ。

 転移前の零司たちを思えば楓が零司と手を繋いで歩くなど両親たちや楓の願望の中にはあっても仕事初めのたった一日でそれほど仲睦まじくなるなど考えられないのだから。



 サーラは零司に連絡した後、運営メンバーと共に昼食を摂りながら、食後の校内放送の予定を確認し合う。

「最初に高度研究開発部門の採用者の発表ですね。こちらは卒業生なら全員知っているので本来発表する必要は無いのですが、一般向けに周知する意味で公表するそうです。後はこちらで把握している方以外にも追加で採用する可能性もあるそうですが現状では先生から聞かされてはいませんので皆さんが知っているメンバーで確定でしょう。そちらは私を除く神術魔術科全員と、楓先生の指輪を作ったキニーさんですね」

「えー! あの指輪ってキニーさんだったのね。凄く素敵だったから零司先生からの贈り物かと思ってたわ」

「そうですね、それほどの出来映えだからこそ選ばれたのだと思います」

「なるほど、それじゃ選ばれるのも当然だね」

「楓先生が絶賛してらっしゃいましたので。そのままお誘いになったそうです。高度研究開発部門はこの二組だけになりますね。こちらに名簿があるのでお昼を過ぎたら放送をお願いします」

「了解でっす」


「続いて第一次新大陸調査団団員募集のお知らせですね」

「新大陸って?」

 ここでサーラは新大陸は一部関係者しか知らされていないのを思い出す。

 一般的な認識では祭りなどで公開された映像の中にあったこの大陸しか存在しないのだ。


「新大陸は零司先生が最近になって作られた新しい大地ですね」

 事も無げに述べるサーラに運営メンバーは固まっていた。

「えと、ちょっと待って。新しい大地って?」

「ですから新しい大地が新大陸です」

 周囲を囲んでいた全員が驚きの声をあげる。

 それはつまり大地の創造であり、正に神話として相応しいものだから。

 この世界の人々にとっては新たな世界が創られたに等しい。


「はーっ、何かやる事が段々大きくなってきてるよね」

「そう、でしょうか」

 サーラは零司たちの世界を比較対照として見ていた。

 新大陸を含めたこちらと比べたら、向こうは何と広大なのだろうかと。

「それで、新大陸ってどんな所なの?」

「今は草木の生えいてない荒れ地でした」

「ふーん、そこを調査する人を募集するんだ。どのくらいの大きさなのかな」

「見た限りではこちらとあまり変わらないくらいでしょうか」

「結構広いね。でもそこを調査って言ってもまさか徒歩じゃないよね」

 生活授業の長時間走を思い出す面々は、まさかこの時の為にあったのでは? と思い至る。


「そちらは現地に調査団専用の基地と車両が用意されています。募集に関する内容は…こちらを見て下さい」

 サーラは彼らの不安を他所に、後ろの壁際に置いた箱の中にある紙束の中から数枚を取り出して配った。

「放送するのは中央の線より上の概要になります。詳しくは学校の掲示板や各街など主要各所で確認する様にと流して下さい」

 その募集チラシにはこんな事が書かれている。



    ~~~ 第一次 新大陸調査団 団員募集のお知らせ ~~~


 新大陸査団は新たな大地の開拓に先立って各地の調査や種蒔きが主な仕事です。

 第一次団員は長官と補佐の直轄部隊として状況に応じた様々な活動を行う実働部隊です。

 勤務地は新大陸中央地域の基地となり、基本的に休日以外は現地で生活する事になります。


採用条件

・心身共に健康

・学校卒業程度の学力

・問題無く共同作業が出来る

・基本的に十年以上の長期に亘り従事出来る

・採用枠は十二名

  内訳(調査員八名、通信士兼事務員二名、厨房担当一名、敷地内の維持管理一名)

・今回の募集は様々な状況を鑑み、王都とファーリナのみになります


 ─────────────────────────


雇用条件

・一日八時間労働 昼休みあり

・衣食住福利厚生完備

・現地の調査と種蒔き、報告書の作成

・報告書のまとめと通信業務

・多種多様な機材の取り扱いと日常的な手入れ

  ・

  ・

  ・

 ─────────────────────────



 食べながらチラシを読む実行委員と共に昼食を摂りながらサーラの話は続く。

「私たち卒業生はこの条件をほぼ満たしていますが、十年以上現地での活動が必須となりますので、そちらが問題になる方は無理でしょう」

「調査地域ってここと同じくらい広いんだよね?」

「はい」

「それじゃ基地から一番遠い場所の調査ってどれくらい掛かるんだろ」

「街を置く予定の土地に転移門を用意して移動時間の短縮が出来ると言ってました。それに調査用の車両を用意しているので何も無い荒れ地でも安全に調査出来る手筈になっています。仕事は基本的に現地の調査と共に草木の種子を蒔いたりしながら人が住める土地にするとか。移住までどれくらいの時間が掛かるのかまでは聞いていませんが、仕事は『定時上がり』が前提みたいですね」

「今の生活とあまり変わらないペースで仕事が出来る感じかな? それなら俺やってみようかな。他に条件ってある?」

「最終的には面接で決めると言われました。それと本格的な調査活動は第二次からになるそうです。今回は準備期間になると言ってましたね」

 全員がチラシを眺めて考え込んでいる様で、一時だけ静かになると校舎内の賑やかさが場を支配する。



「んー、それにしてもサーラさんのお弁当を食べられるのもこれで最後かー」

 そんな言葉にまた明るい笑いと笑顔が戻り、日常だった皆との会食もこれで終わるのだと少し寂しさを覚えながら、楽しい会話で盛り上がるのだった。

今回も読んでくれてありがとう。

楽しんでもらえたら嬉しいです。.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.

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