174.成果発表会 8
「こちらのお客様だから、後はよろしく!」
そんな声が後ろから聞こえたギーツと爺。
「あ、あの、お待たせしました。発火具のお話はこちらでしょうか」
そう言ってペコリと軽いお辞儀をして見せる男性が居る。
ギーツは『ああ』と、もう十分くらい前の事を思い出した。
「えっとこれ、だよね」
ギーツはさっきの壊れた圧気発火具に目を向けてもう一度手に取った。
「はい、それは僕が作ったので質問があれば何でも聞いて下さい」
「それなら…… えっと説明見ただけじゃ分かんなくてさ、何で火が着くの?」
「そうですよね、ははは」
男は苦笑いしている。
「一応説明を付けましたけどやっぱり分からないですよね。実は…」
「「実は?」」
「僕にも分かりません」
「へ?」
ギーツと爺は申し訳無さそうに笑う男に対して呆気に取られた。
□
「あー、そう言う事」
「ええ、零司先生の話から作っただけなので理由に関してはそこに書かれたままとしか」
「そーなんだ。でもそんだけでこれを作るなんてすげーよな。もしかしてこれ売ってんの? 売店で見た事無いんだけど」
「これは成功した完成品がひとつしかないので売ってはいないですね」
「勿体ねーな。売れんじゃないの?」
「だったら良いんですけどね」
困り顔でギーツから分解された状態の発火具を受け取って、使う時と同じ様に組み立てると目線をギーツたちに送ってから模擬実演して見せた。
実際に勢いを付けたりしないし打ち込んだりもしないが爺にはピンとくるものがあった。
「なるほどの。じゃから割れたんじゃな」
爺の推察にギーツも納得した模様。
「その通りです」
男は引き抜いて二つに分けようとしたが例の括れた場所が外れてしまい、それを摘まみ上げて苦笑いした。
その時、ギーツたちがやって来た方の廊下からちょっとした驚きの声が聞こえてきたがチラリと目を向けただけで話を続けた。
「そうだったんだ。良かった~」
大きくため息を吐いたギーツに自分が壊したと勘違いしていたのだろうと男も頭を下げる。
「あ、いや、そんな意味じゃないから頭上げてくれよ」
気遣わせたと焦る。
「そいつは一番硬いと言われとるがそれでも力の掛かり方次第では折れてしまうのう」
「なら鉄とかどーかな」
「鉄だと僕では加工出来ないですけど鍛冶屋のヤテルさんなら作れるかもしれませんね。もし機会があれば試作して貰いたいですけど…!」
突然話が途切れて目線がギーツたちの後ろに行ったままの男に何があったのかとギーツたちも振り返った。
そこには講習中に息抜きで庭の椅子で休んでいる時に見た空へ飛んで行った姉妹たちがいた。
「ああ、リリ様ですね」
「へえ、あれが」
ギーツは成る程と納得した。
「ははっ、『あれ』とはおぬしも中々肝が据わっておるの」
「うぇっ、そんなんじゃなくってさ、つい出ただけだから」
初見の女神を前にして只人のギーツがつい漏らした『あれ』。
「ん?」
そんな騒ぎに目を向けるリリたち。
『あ、やっべ』
リリたちだけでなく、リリの目線を追って回りの人たちの視線もギーツに集中した。
王族や零司たちとの会話は当人たちと了解の上で馴染んでいるが初対面の女神を相手にしては流石のギーツも気を引き締めなければならない。
「んー」
リリはギーツを見つめると頭を傾げ暫しの思考タイムに入る。
そんなリリと手を繋いでいるマリーは珍しく余所行きの衣装を纏い特別な日であるのを感じさせる。
更にその後ろにはリリに隠れる程度にはまだまだ小さなラナと、その両手には白銀と黒鉄が手を繋ぎ、リリとマリー越しに前方の状況を覗き見している。
ラナの後ろには護衛のエルが居て、ラナの身の回りを世話する従者たち三人はどうやら別行動らしい。
「どうしたの?」
立ち止まったリリを覗き込むマリー。
すると頭上に!マークが飛び上がった様に目を見開く。
「思い出した、ギーツ」
その言葉にマリーは『ああ』と相槌を打つ。
ギーツは突然名前呼びされて『何で!?』と身に覚えの無い目線に後退りしそうになる。
「何じゃ、リリ様はお主を知っとる様じゃな」
「あたしは見た事あるだけ、かな」
目線を寄越す爺にコソッと答えるがリリからは目線が外せない。
そんなギーツに詰め寄って来るリリはその顔に特に感情らしき物を見せていない。
しかしギーツはリリが室内に入るなり不用意な発言をしてしまった事で周囲の気を引いてしまい、展示物そっちの気でギーツをガン見、オラオラ接近する肉食獣に食べられてしまいそうな心境である。
今まで特にこれと言って誰に対しても遠慮などしてこなかったガサツで男勝りのギーツだが初対面の戦の女神から目を付けられ名前まで覚えられている事に戦慄し、おまけに講習会に来てから零司たちと接する事でギーツなりに礼節を覚えたせいか今回の本人を前にした『あれ』発言で気を引いてしまい本気でヤバイと感じた。
黙って接近するリリ、何故か嬉しそうに見ている同行者たち。
まるで見世物みたいに見ているその他大勢とまたしても楽しそうな爺だがそんなのはギーツの目に入る筈も無く、身動き出来ずにリリが来るのを待つしかなかった。
急角度に見下ろす位置までやって来たリリに爺も横に退いて既に二人だけで対面である。
「ギーツ?」
「はい!」
まるで新兵の様に背筋を伸ばして答えたギーツを首を傾げて見定めるがいつも通り力が抜けたまま話を進める。
「ん。楓から伝言。夕方には荷物を持って門の前に来ること。それだけ」
じっとギーツを見上げるリリ。
「わかった?」
「はい!」
「ん」
リリはギーツの答えに満足するとマリーの元へと戻る。
リリの話が終わった事で一瞬にして元の賑やかさを取り戻した見物人たちは伝言の中にあった門に強い関心を示している。
門と言えば一般的にモール入口とモールを繋ぐ学校の通用門、そして白亜の館への門しか知られていない。
しかしそのどれにしても楓からの呼び出しである以上、荷物を持って行くのならと同じく白亜の館に呼ばれたサーラやローゼを重ねて零司や楓に見初められたのではないかと噂が立つ。
芸術科で直接話をしていた時にはそんな騒ぎにはならなかったのに、何故かこちらでは大きな反響を呼んでいる。
理由の多くは先程までギーツに目を向けていた男たちによる色目基準から来るものであるとは本人は知る由も無い。
「皆考える事は同じじゃの」
満足そうな笑顔を見せる爺。
「いや、それは無いから」
リリが去って気が抜けたギーツが『ヤレヤレ、何も分かってないなコイツら』なんて思う。
あれ程の美女才女ばかりが集う白亜の館に自分みたいなガサツな女が行った所で『お目汚し』にしかならない事くらい自覚しているのだから。
それにリリたちは案内と共に見て回るらしくそれきりこちらを気にする様子も無いのでギーツにしてみたらこの後向かう白亜の館でキニーたちに目を付けられたのと同じになるよりはずっとましであった。
工業科の見学を終えたギーツたちは直ぐ隣の選択科目機械科に入る。
リリたちの事などすっかり忘れて作品の数々を見ていたギーツたちではあるが他の科目よりも時間を掛けて楽しんでいるので割とゆっくりとしている。
だが案内役の説明だけでさらっと見学しているリリたちグループはあっという間にギーツに追いついてしまった。
ギーツと爺が作品を手に取ってそれが何なのかを熱心に考察していると不意に声が掛かる。
「それは何」
抑揚も張りも無い力の抜けた、そんな声が二人の隙間越しに見える作品の説明を求める。
「ん~、何だろな」
「わしもこんなもんは初めて見るぞい、ははっ!」
「ん?」
ギーツは既視感を覚える。
「おわっ!」
「おおっ、これは驚きましたな」
二人の後ろにいたのはリリだ。
案内の説明よりも楽しそうに話し合っている二人に興味が湧いて口を突っ込んで来たのだ。
「突然ご免なさいね」
「リリ母さま私も混ぜて下さい」
「姉さまだけなんてズルいです、僕も混ぜて下さい」
「私も~」
そこにマリーや白銀と黒鉄に加え二人と手を繋いだラナも嬉しそうに入って来る。
「みんな一緒」
振り返って微笑むリリにギャラリーの男たちが撃沈している。
男たちのミーハーさに呆れる女子たちだがしかしそれにしても、と、リリを母さま呼びしている白銀に目を向け、そう言えば容姿がリリに似ている事、もうひとりのクロガネと呼ばれた黒髪の男の子が零司に似ている事に興味を引かれた。
至る結論は当然ながら零司とリリの子供なのではという事。
最優先にしている楓を差し置いてリリと子作りしていたのか?
見た感じからラナよりも少しだけ幼い風には見えるがそれだとこちらの世界にやって来る以前でないと歳が合わないし、楓が許すとも思えない。
神の常識は知らないものの零司たちの経歴は一般人にもある程度知られているのでラナと同じく何処か他所の子供を預かっているのだろうと話が落ち着いた。
そして三人の子供たちを優しく抱き締めるリリに周囲の雰囲気は何とも温かい空間へと変わっていた。
『え、何これ』と、またしてもギーツは自分の前で展開される今まで無かった事態に直面してどうすれば良いのか不明なまま冷や汗なのか少し寒気が来る。
さっきの連絡ならともかく今回は全く意味が分からない。
あまり人前に出ないと言われるリリなのでこんなに気安く話し掛けられるとは思いも寄らなかった。
そう、ギーツは完全に油断していたのだ。
「はは…」
引き気味にリリから離れるギーツ。
さっきの伝言など比較にならない、それこそベッタリと張り付く様な至近距離に居たリリに適切な距離をおいたとも言える。
だが小さな子供たちを抱き締めて安心させたリリは体を捻ってギーツを見上げて同じ質問をする。
「え~っと、何だろ? あたしにもわかんねぇ…じゃなくて分かりません!」
リリは二人の話に混ぜて貰おうとしただけなのだがどうも相手の方は乗り気ではないのを察する。
楓が家に呼んだ親しい客なら今までやって来た者たちと同じく気軽に付き合えると思っていたのだがどうやらギーツはそういった類いでは無いらしい。
僅かに落胆を覚えるリリだがそれだけでギーツに対する態度を変えるほど狭量な心の持ち主ではない。
答えが出ない事で話が進まない二人に、リリたちの案内をしていた卒業生が介入する。
「そちらはロープの巻き取り機ですね」
男は失礼しますと言い、二人の間に割り込み巻き取り機を手に取ると箱から出ている短いロープを引き出す。
同時にクルクルと回るカギ形に曲がったクランク棒を不思議そうに見詰める人々。
「ん、これは知ってる」
リリは元の世界でも見たらしく、そんな事を言う。
「流石です、リリさまの世界ではもうあったんですね」
驚きながら尊敬する様にリリを見詰める案内の男。
そして元居た世界の人々の文化なのにリリは鼻を高くしている。
そんなリリを白銀と黒鉄は目を輝かせて見上げる。
周囲も初めて見るその道具に目を引かれた。
白銀たちの視線に更に鼻が高くなるリリはご満悦の様子。
「お母様凄いです!」
「僕だってお母様は凄いと思います!」
「私も~、んっふふ」
意味が解っている訳では無いが自分の事の様に喜ぶ白銀と、姉に負けない様にリリに賛辞を贈りつつ逆に誉めて貰いたい黒鉄や、護衛だったエルが離れる時間が多くなるにつれてボーセや白銀たちと一緒に居る時間が増えたラナは同世代とは言えないものの白銀たちと一緒の時は同調傾向にあったりする。
そんな子供たちに囲まれながらもっと誉めろと言わんばかりにまた一段と鼻が高くなる。
ロープを一杯まで引き出した案内は、その手をクランク棒に持ちかえて回りを一通り見回した。
「ここからがこの道具の見せ場ですよ~」
案内は客が驚くのを想像して嬉しそうにクランク棒を回すと見物人たちの方に向けてあったロープがスルスルと吸い込まれて行く光景に様々な声が漏れた。
さっきロープを引っ張り出した時にクランク棒が回っていた事から関連性を認めつつも箱に隠された構造が思い浮かばず神術でも使っているのかとさえ思えてくるがここは工業科であり卒業生が作り上げた道具類が置いてあるのだともう一度思い浮かべる。
だがそんな中でも服飾科の卒業生や糸車を知る者だけは原理が思い浮かぶのだが糸を巻き取るだけなのでそれが何だと言うのだろうと考える。
引き込まれるロープの端を楽しそうに掴まえたラナに案内人はにこりと笑顔を見せ、引っ張られるロープと一緒に吊り上げられるラナの可愛い手に握手して見せる。
喜ぶラナの頭を撫でるリリ。
アドリブとは言えラナとの握手は微笑ましいのだが、この箱が何なのかについては相変わらず意味がわからない客たちであった。
客たちの反応の鈍さに理由を考える案内人。
『あれ? これって何に使うんだっけ』
今回も最後まで読んでくれてありがとう。
.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.
投稿間隔が延びていますが読み続けてくれる読者の皆さんに感謝。
状況は今後も著しい改善は見込めませんが良ければお付き合い下さい。
ヽ(*´∀`)八(´∀`*)ノ