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15.麓

「着きましたよ」

 先頭を行くギャロの声が響く。

 そこはまだ街が見えない山際の森林地帯だった。

 歩く先を見るとまだ緩やかに傾斜してはいるものの生い茂る木も低く、二人が住むには少し小さいと思える家の、周りだけ広く切り開かれて畑も見える土地だった。

 畑には様々な作物があったが日本で見られる様な物も幾つか見つけることができる。


 皆が家の前に着くとギャロは荷物を玄関前に置き、大急ぎで納屋に向かい腰掛け代わりになる木箱を運んできた。

「ありがとう助かるわ」

 楓は礼を言ってラチェットを誘い大きめの箱に二人で座った。

「いいえ僕たちこそ良い思いをさせて貰いましたので気にしないで下さい、それでこの後はどうしますか? 日が暮れるにはまだ時間はありますが街で宿をとるとなれば到着する頃には暗くなってしまいますし」

 零司たちを箱に座らせギャロたちは立ちながら話をしている。

「そうだな、迷惑でなければ少し場所を貸りて楓の家を設置したいが良いか?」

「迷惑だなんて、寧ろありがたいですよ!」

 興奮しているギャロとその後ろで楓とミティが握手をしている。

「それじゃ暫くお隣さんとしてよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」

 ギャロ夫妻はとても喜んでいる。



「こんなもんか?」

「そうね、それで良いわ」

 ギャロの家から奥の土地を借り、その周りの木を自らは動くことなく綺麗に抜きとって枝打ちと切り揃え、最後には一気に乾燥させた。

「薪はこれで当分は大丈夫だろ」

「ふーん、中々やるじゃない」

 零司の頭の上で呑気に眺めているつもりがあっという間に終わってしまい焦るマルキウ。

 この流れで開墾は十分も掛かっていない。

 それを見ていたギャロとミティはただ呆然としていた。


「零司様、ネコも何かしたいのにゃ!」

 零司に抱き着き笑顔でお願いしている。

「そうだな、南側の拓けた土地に畑を造ってくれ」

「了解なのにゃ!」

 零司から離れビシッと敬礼すると南に向いて小さく唸り始めた。

「にゃー!」

 その掛け声と共に南側の開墾された地面が綺麗に四角く豆腐のような形で持ち上がり、また唸ったかと思うと「にゃっ!」と一言発する。

 浮いていた土は石等の不純物を残してふるいに掛けたように細かくなって降り注ぎ、フカフカになった土はこんもりと盛り上がっていた。

 残った不純物は脇に寄せられた。

「できたにゃー!」

 零司の胸元に飛び込み頭を撫でて貰いたいネコ。

「良くできたな、偉いぞ」

「ホント、ネコって何でもできそうよね」

「土木作業だからじゃないのか?」

「なるほど…」

 そう言いつつ零司に抱き着くネコを見ながら複雑な楓だった。


 家の設置も思いのほか短時間で完了したので昼間仕留めた鹿のような獲物を見て貰うことになった。

「大きなクリーテルですね、ここまで大きいのは見たことがありません」

 地元のギャロも見たことがないのは完全に人を避けていたのだろう。

「それでこれは食べられるのか?」

「もちろんです。

 街でも普通に食べられていますし新鮮なら内蔵も美味しいです。

 それに綺麗に捌いてあるのでこの後の処理も簡単ですね」

 ミティが答えてくれたのでこの後は楓たちに頼んでおこうか。

「それならミティに預けるから楓にも教えてやってくれ」

「はい、承りました」

 そう言って微笑むミティ。

「零司はどうするの?」

「ギャロと周りを見てこようと思うが何かあるのか?」

「ううん、それならネコも連れてってちょうだい。ネコにも地理を覚えさせておいて欲しいわ。何かの時に案内ができる方がいいから」

「ならそうしよう」

 懸念はあるものの今のところ無邪気なネコなら大丈夫だろうと零司に張り付かせ、あとで報告を受ける算段だ。

 昨日の風呂の件もあるので念を入れておくのだった。



 まずは道に出て街方向に歩きながら説明するギャロ。

「この辺りは特に何もありませんが何でも聞いてください」

 周囲は街に向かってなだらかに傾斜している普通の山裾だ。

 説明を聞いているのかいないのか零司は辺りを見渡しながら考え事をしている。

 ネコは零司の腕に抱き着きながら周囲を見回していたが何かを見つけたらしく一ヶ所を見つめ、まるでAIのように報告した。

「零司様、ここから一キロ先の街道に出た辺りで荷馬車が立ち往生しています。にゃ」

「この辺りの夜は安全なのか?」

 零司はネコが指差す方向を見てギャロに訊ねる。

「特に問題はないと思いますがどうしたんでしょうね」

「そろそろ暗くなるし見に行ってみるか」


 現地に到着した三人は既にキャンプの用意を始めていた馭者と思われる中年男性を見つけた。

「おお、こんな所に人がいたんですか、驚きました」

「動けないのか?」

 名乗りもせずぶっきらぼうに訊く零司に対し特に気にした様子もなく答える男性。

「ええ、車軸が折れてしまったので通り掛かった誰かに街へ助けを呼んでいただこうと思っていたんですよ。あなた方は?」

「近くの者だが動かない馬車が見えたんで様子を見に来たんだ」

 零司はそう言って男の後ろの馬車を見たが男の言う通り車軸が折れて傾き転がりそうになっている。

「お父さん、誰か来たの?」

 傾いた荷馬車の向こう側から少女が姿を現す。

 ギャロと同年代に見えるその少女は線が細く病的に色白だった。

「ああっ、ローゼ、こっちは気にしないで休んでいなさい」

 慌ててローゼと呼んだ少女に駆け寄り傾いた荷台に優しく腰掛けさせた。

 男性は少しして戻ってくると突然離れた失礼を詫びて話を戻す。


 男性の名はダリルと言い、二人は親子で零司たちが明日向かうことになっているこの先の街まで行く途中なのだと言う。

 元々は王都に近い街に住み中堅商会を経営していたが倒産した上にその後の過労で嫁に先立たれ娘の健康状態も良くなく、心配してくれていた実家に帰る途中だったらしい。

「ファーリナの街でなら両親も年老いてはいますが健在ですし娘もゆっくりと休めますからね」

 ダリルの話を聞き声を潜めて話し合う。

「零司さん、どうしましょうか」

「直すのは簡単だが例の『目立たない』方法が必要だな」

 この後どうするかを話し合おうとした矢先。

「きゃっ!」

「どうしたロー… ああ、これはマルキウ様、お久し振りでございます」

 ここに来る前に周囲を見てくると離れていたマルキウが戻っていた。

「誰だったかしら?」

「ははは、分からないのも無理ありませんな。少年の時分にここを離れたのでもうお忘れになっているかもしれませんがダリルと申します」

「ふーん、あの泣き虫ダリルがもうおじさんになったのね」

「はは、これは手厳しい。しかし覚えていて頂けて光栄です」

 恭しく礼をするダリル。

「父さんのお知り合い?」

「ああ、こちらの方はこの山の主のマルキウ様だ、ご挨拶なさい」

 安心したのか宙に浮かぶマルキウに向かうローズ。

「先ほどは失礼しました。私は父ダリルの娘でローズと言います。よろしくお願いします」

 ローズも父に習い礼をした。

「いい子なのね、誰かとは大違いだわ」

 言い終わると零司を見て飛び上がり、その頭に着地して憎らしげにペシペシと叩く。

 それを見ているダリルは苦笑いをしていた。


「零司様、戻ったのにゃ」

 そこにまた狩りに出ていたネコが街道の反対側から戻り、猫耳を見たダリルとローゼが驚く。

「遅かったな」

 ネコは(キジ)のような鳥を二羽生け捕りにして抱えている。

「こちらの女性は…」

「済まん、こちらの紹介がまだだったな」

 商売柄腰の低いダリルと歳上でも遠慮のない零司。

「俺は零司だ、こっちがギャロ、そっちのがネコだ。

 皆ここから少し山に入ったところに住んでいる」

「ネコにゃ!」

「活発そうな方ですな」

 ネコの健康で幸せそうな姿に羨ましさにも似た感覚を覚えるダリルとローゼ。

「零司様、鳥を獲ってきたのにゃ」

 満面の笑みで零司に体を擦り付けて撫でられるのを待っている。

 鳥を抱えたネコを抱え込み頭を撫でる零司。


 ダリルは零司を様付けで呼び哀願するネコを見て、零司が人を従える立場にある人物だと考え失礼の無いようにとローズに目配せした。

 そしてまた話が中断され続けたせいで全く進んでいないと気づく。

「えー、私たちは荷物があるので馬車を離れるわけにはいきませんし、これからキャンプの準備をしようと思うのですが、今日到着すると思っていたので食料がほとんどありません。もしよろしければそちらの鳥を買い取らせて貰えないでしょうか」

 話が元に戻り様子を見に来たのだと思い出すと零司が提案する。

「それなら今夜は家に泊まればいい。

 風呂もあるからゆっくりできるぞ」

 零司を資産家と認識したダリルは急に怖じ気づいた。

「い、いえっ!そのような訳にはいきません、心配して見に来ていただけただけでも十分でございます!」

 ギャロは片手で口を押さえて小さく笑うとダリルを諭した。

「大丈夫ですよ。零司さんは本当に他意なく親切で言って下さってますから。来たらきっと分かります」

 零司が誘ったのならもう『あの件』は気にしなくて良いのだろうと考えて警戒しないように笑顔で後押しするギャロ。

「零司さんも婚約者がいますし、僕も既婚者ですので。それにマルキウ様だっていらっしゃいます。安心していいと思いますよ」

 ダリルはチラリとマルキウを見ると、当のマルキウは零司の頭の上でそれに気づいて告げる。

「まぁ大丈夫なんじゃない? レージならこれくらい何てことないわよね?」

「ああ、それに娘さんをこんな場所で野宿させたくないだろ?」

「もう直ぐ日が落ちるわ。早くしなさい、泣いても知らないわよ」

「ははは、それを言われると断れませんな。それではお言葉に甘えてお邪魔させていただきます。しかしこの荷物はどうしたものか」

 荷台には家財道具が山になっていた。


 零司はこの話を切り出したときあることを予定していた。

「ネコ、あれを家まで持っていけるか?」

「もちろんにゃ!」

「なっ!」

 大喜びで答えたネコにダリルとローゼは絶句する。

 あんな小柄な少女に、馬が曳いても大変な、それも壊れた馬車を運べだなどと、奴隷のように扱われるネコに同情したが、そのネコを見てみればとても嬉しそうにしている。

 これはもしかしたら王都の一部の資産家が行っている虐められて悦ぶ特殊な性癖を持った人なのではないだろうか、獣の耳の飾りを取り付けられて賎しい存在と罵られて悦に入る使用人とそれを楽しむ主人とかその辺りなのではないだろうかと、純真な娘の前でそれらが展開される未来が見えてしまい急にオドオドし出したダリル。

「どうした?馬車ならもう運べるぞ」

「は…い?」

 ダリルが振り返り見た馬車は本来の真っ直ぐな状態だった。

 ただし片輪は外れたままだが。

「こ、これはどういう…」

 馬車に駆け寄り周りを見て歩くが車輪が片方外れている以外に問題は見当たらない。

 寧ろ車輪が片方しか着いていない方がおかしいとすら思えた。

 そして丁寧に見てみれば、無事な方の車輪も僅かだが浮いている。

 馬がいるべき場所にはネコがいて出発を待っていた。

 その光景に声も出なくなり零司をただ呆然と見ているダリル。



 ネコが捕まえてきた二羽の鳥はギャロが抱えている。

 ローゼは歩くのはきついだろうと外されていた馬に乗せられ、その馬の手綱はダリルが握っていた。

「それじゃ行くぞ」

 特に気負うこともなく散歩に出掛けるように、一行はギャロの家に向けて歩き始めるのだった。

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