13.何かがいる
光も闇も何もない世界。
そこに突然柔らかな温かさだけが感じられた。
懐かしいような恋しいような心から安心できる温かみ。
わたしを一人にしないでよ。
(お前を護るために俺がいるんだ)
小さい頃からずっと好きだったんだから。
(俺もだ、これからもずっとお前を護る。だから傍にいてくれ)
□
暗い部屋の天井が目に入る。
ああそうだ、露天風呂で。
「ふうっ」
大きく息を吐いたとき、お腹に重みがあるのに気づく。
上半身を起こすと楓がベッド脇の椅子に座りながら突っ伏していた。
「何やってんだか」
「う、うん…零司!…さま」
「ん? ネコなのか?」
「ネコにゃ…」
「借りてきたネコみたいだな」
「零司…さま。 もう大丈夫?」
「ああ、ネコが治してくれたんだろ? ありがとうな」
そう言ってネコの頭を撫でる。
「あれ? 耳がないな。隠せたのか?」
「そうにゃ!」
「ははっ、それじゃ楓と見分けがつかなくなりそうだな。楓が心配するからできるだけ猫耳は出しておいてくれ」
「分かったにゃ」
その時ネコにはひとつ挟んだ部屋から小刻みの小さな声が聞こえた。
「あの、零司、さま? お願いがあるにゃ」
「なんだ?」
「だ、抱いて欲しいのにゃ」
「いいぞ、こっちにこい」
ゆっくりと確かめる様に零司の背中に手を回して凭れ掛かるネコ。
ネコの体は零司の体の影に隠れてしまうほど小さかった。
零司は腰に手を回して優しく引き寄せると回りが静かなせいかネコの早い心音が伝わってくる。
「これで良いか?」
「うん…温かいにゃ」
「それじゃ朝までもう少し眠っておこう」
「うん」
ネコを抱え仰向けになりあっという間に眠ってしまった零司。
「零司のばか」
零司が目が覚ましたときにはネコはいなかった。
□
パジャマのままリビングに来た零司はギャロを見つける。
「おはよう」
「おはようございます」
「昨日は悪かったな。ただの事故だから気にしないでくれ」
「はい」
ただの事故であそこまで酷い目に遭うなんて神様は大変だと思うギャロ。
「お、おはよう零司。次やったら許さないからね」
リビングに来た零司に気づいた楓が顔を出して挨拶と警告をする。
「それとネコが治してくれたんだからお礼言って」
「ああ、事故とはいえ済まなかった」
「あとご飯の前に脱衣所に服が洗ってあるから着替えておいてね、それだけよ」
鼻歌混じりでキッチンに戻っていった。
脱衣所の洗面台で顔を洗って作業服に着替えリビングに戻る。
「今日は街まで行かれるのですよね」
「この世界に来たばかりで昨日聞いた話以外なにも知らないからな。できるだけ自分の足で見て歩きたいと思ってる」
「そうですか。しかしそれだと大変なことになるかもしれませんね」
腕を組んで顎に手を宛て思案顔で零司に話す。
「どう言うことだ?」
詰まるところ、神がこの世界を訪れるのは一般常識だが出会えるのは限られた一握りの人間だけであり普通の人々が会う機会など全くと言っていいほど無いのだそうだ。
そんな人々が神に会えるなどと知ればパニックになるかもしれない。
そう言うことらしい。
「それなら偽装するか?」
「その方が平和に楽しめると思います」
「ならそうしよう。下山する前にギャロに出会えて良かった」
「僕こそとてもよい経験をさせていただきました」
「それじゃ今日も頼む」
「はい! 任せてください」
握手するふたりとそれを横目に見ながら嬉しそうに朝食を運び込む女性たち。
朝食は昨日とほぼ同じだったが鳥肉が追加されていた。
偶々近くで休んでいた渡り鳥をネコが見つけて捕獲。
それをミティが捌いたという。
楓は捌き方が解らなかったので教えて貰った。
「普通に美味いな」
「そう?ならよかった」
「美味しいのにゃ!」
「本当に美味しいですね」
「ネコとミティさんのお陰ね」
「いえ、そんな。カエデさんの料理が素晴らしいからですよ」
「本当に美味しいよね、ミティも家で作って欲しいな」
「それなら大丈夫、ちゃんと楓さんに教えてもらったわ」
「そうでしたか、楓さんありがとうございます」
この世界では組み合わせることのなかった香草や調味料を日本風に使ってみただけだが、思いのほか上手くできて嬉しそうにしている楓はあることを思い付く。
「ねえ零司、暫くこの地域で暮らさない? せっかく知り合えたミティさんとも仲良くしたいし。ここの常識とかも今のうちに知っておいた方がいいと思うのよね」
何か素敵な奥さん的なものを装っている気がしないでもない。
「ああ、楓がそう言うなら構わないぞ。好きにやってみるといい」
◻
朝食を終えて出掛ける準備を始めた。
楓は出発する段になって家を手放すのが残念そうだったので丸ごと無限倉庫に保管したら皆が驚いている。
ついでにネコが建てたマンションと自分の屋敷を取り込む。
零司の後を着いてくるままに屋敷を見てしまったギャロ達はその禍々しさに恐怖した。
ラチェットは説明を求められたので仕方なく何でもない風を装い答えたが零司が魔神なのではないかと噂になるのを予見し悔やむのだった。
さて、この世界における魔神とはただひとり、西の生物が存在しない黒く焼き尽くされた大地に眠ると言われる別の世界から追放された焔の魔神だ。
魔神は元いた世界を焼き尽くそうとしたがその世界の神々と人々が協力してこの世界へ跳ばした。
魔神はやって来た当初に暴れたが次第に今いる場所に落ち着くと数年に一度目覚めて周囲を焼き尽くしてはまた眠っていた。
もちろんこの世界の神や天使たちも何もしなかった訳ではない。
暴れないように貢ぎ物をしたり、生け贄的なものを差し出したりしたのだが全く相手にされなかった。
どうしたら良いのか分からず迷走している間に魔神はいつしか暴れる頻度が減って今では先の通りとなったのである。
理由については諸説あるだけで本当のところは誰にも分かっていない。
□
高地から歩くこと二時間ほど、辺りは既に森林と化している。
ギャロが先頭に立ちミティが採取対象を説明しながら進む。
歩きながらも皆であーだこーだと探しつつ時に寄り道しながらハイキングのように楽しんでいる。
「そう言えば昨日の地揺れは何だったのでしょう? 空が一瞬だけ明るくなりましたしとても気になります」
「わたしの居た世界だとあれくらいなら普通にあったのよね。光は分からないけどあれで世界がとか言われてもピンと来ないわ」
「本当に位階が高い世界は大変な場所なんですね。楓さんの世界では私なんて生きていけません」
「あはは…そんなこと無いわよ。ラチェットさんは可愛くて綺麗だから寧ろ楽なんじゃないかしら」
「それだけで違ってくるんですか!? なんて過酷な世界なのでしょうか」
楓の世界に興味があったが過酷さに気落ちするラチェット。
「カエデさんの能力はその世界に鍛え上げられたからなんですね」
「いや、本当に大したことないわよ?」
女子三人がそんな話をしている間、ネコは時折走って離れると口をモゴモゴさせながら帰ってくる。
そしてその全てでペッぺと吐き出していたので何を口にしているのかは聞かないでおこう。
□
ほぼ中腹までやって来た。
そろそろ昼飯にしようと訴えるとギャロ達は不思議そうな顔をする。
ああ、確か一日三食になったのは地球でも近代に入ってからだった。
中世くらいの文化では『朝飯前』と言う言葉があるように朝は一仕事して今で言う十時頃に朝食を、そして夜の二食が普通だったか。
確か一日三食はエジソンが広めたはずだ。
とは言え食材も昨日の夜と今朝で結構使ったから足りるのか?
「そうね、そろそろ良いかもね。と言うわけで零司、何か採ってきて」
「まあ言い出しっぺだし探してみるか」
「適当に火を起こして準備しておくから頼んだわよ」
「ネコ、行くぞ」
「いくにゃ!」
早速鑑定で『人間が普通に食べられる食材』で見回す。
人間が、というのはギャロ達のための保険だ。
自分達が不死の存在になっていることを思えば当然だろう。
最悪でも人が食べるには無理のある、ギリギリの物を避けるために。
この辺りを見る限り食用草は結構あるのだがそれでは物足りない。
道から外れ森の奥に進んでいくと大きめの生物が探知範囲に入る。
インフォメーションチップを見ると大型の鹿のようだ。
距離は大体五百メートルくらいか。
ネコに静かに着いてくるように言って素早く接近する。
影から見ると鹿の肩までの高さは二メートルを越える。
体重も四百キロを越えているだろう。
角も大きく正面から突っ込まれたらただでは済まない。
しかし楓に食材を持ち帰らない訳にはいかないので狩るのは確定だ。
「ネコ、やれるか?」
「任せてにゃ!」
小型の動物を捕まえてはいたが大型はどうかお手並み拝見だ。
ネコは猫のように静かに素早く鹿の後ろに回ると一瞬で首を跳ねる。
鹿は全く気づいた様子もなく狩られてしまった。
見た感じ手刀のようだが鹿とは離れているので何らかの術だろう。
散歩のような軽快さで戻ってくるネコが満面の笑みで抱き着く。
「零司様、できたにゃ!」
「良くやった。あれを回収に行くぞ」
得物を目の前にして見ると圧倒されるサイズだ。
しかし既に物となった鹿は処理されるのを待つばかりである。
「血抜きと内蔵を処理しないとな」
首は落としてあるから後は四肢の先を落として吊るか。
近場にあった蔓を束ねて一瞬で乾燥させると簡単に編み上げる。
玉掛けの要領で木に吊るした。
「大き過ぎるか?」
調理するにももう少し手間が掛かりそうだと気づいたので鹿はまた後で食べるとして、もう少し簡単に調理して食べられる物を用意する方が良いかもしれないな。
とりあえず鹿は血抜きが終わってから内蔵の要らない部分を捨てるからこのまま暫く放置するとして、その間に別の物を探そう。
鹿から更に奥へ進むと沢の音が聞こえてきた。
魚なら調理も楽で丁度良いかもしれない。
進んで行くと幅二メートル高さ三メートルの小さな滝があった。
滝壺や岩陰に結構な数のヤマメに似た魚がいる。
「結構いるな。先に入れ物を作るか」
土から中空構造で断熱効果のあるクーラーボックスを造り出す。
「ネコ、これはクーラーボックスだ」
そう言ってから構造を理解させるために切り刻んでいく。
「作ってみろ」
「やるにゃ!」
少しの間中腰でプルプルとしていたが掛け声と共に造り上げた。
出来たばかりのそれを切り刻む。
「きちんとできてるな、良くやった。それじゃもう一個作ってくれ」
「にゃ!」
今度は一瞬で作ってしまったのでやっぱりネコの性能は高い。
零司とネコは川に近づきネコを回収係として零司が魚を倒す係。
滝壺に小さな雷を落とす零司。
すると滝壺周辺の魚が一斉に気絶して流された。
それを下流で待機していたネコが回収するが魚が多すぎる。
零司はクーラーボックスを造り出し対応するが少し考える。
「捕りすぎは良くないな」
浅い場所に石を集めて生け簀を作り、川上に逃げ口を作る。
そこにネコが捕まえた以外の魚を入れて放置した。
「気がついたら勝手に戻るだろ」
魚の入ったクーラーボックスを倉庫にしまって鹿に戻る。
マーキングしておいた場所に戻ると鹿の血は抜けきったようだ。
内蔵を処理して倉庫に仕舞うが、一応もつ煮の材料は確保した。
当然この辺りは血とウンウンの臭いで一杯になっている。
次からは穴を掘ってから作業するのを忘れないようにしよう。
「戻ったぞ」
大体三十分くらいだろうか。
「お帰りなさい、何取ってきたの?」
楓は焚き火を前に腰に手をあて訊ねる。
無限倉庫から土色のクーラーボックスを取り出す零司に楓が近寄る。
蓋を開くと川魚で一杯だった。
「沢山獲ったわね」
「ネコがクーラーボックス作って魚を集めてくれたからな」
「頑張ったにゃー!」
楓に抱きつくネコの頭を撫でるちょっと複雑な心境の楓。
「保管できるから使う分だけ取ってくれ」
納得したのかひとり二匹として十二匹焼くことにした。
「魚なら簡単に焼けるわね。
女子で捌くから零司は串を作ってくれるかしら?」
「分かった」
零司はギャロを連れて周囲の金属を取り出せそうな岩を探しながら話し相手になってもらう。
目当ての大きな岩を見つけると粉砕して金属を集め串を作る。
ギャロはその光景に驚くが神のすることなので何も言わない。
「とりあえず街に行ったら街の人の生活を見てみようと思う」
「生活ですか?」
「ああ、それ次第ではお前に俺の知識をある程度教えるよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
「必要ないかもしれないが主に衛生面で教えようと思う」
「えいせいとはなんでしょうか?」
「それは「見つけたわ!」・・・?」
零司の話を遮り現れる小さな何か。
●
ここは黒い土地の爆発地点の直ぐ近く。
そこに蠢くものがあった。
「うう…。 けほっ、けほっ」
真っ黒い大地で真っ黒い何かが咳をした。
あれは何じゃったのか。
気持ち良く寝ていたら遠くに気配を感じて気にしていたんじゃが。
何か飛んできたと思ったらいきなり燃え上がるなど、あんな物は初めて見たわ。
焔の魔神たる我ですらダメージを負うなど有り得ん。
まさかこの世界の腰抜け共がやる気になったとでも言うのか。
それならそれで面白いがの。
じゃがその前に回復はしておかねばならんのぅ。
どうせなら全力で楽しませてもらわねば。
「くくっ、くぁーはっは、けほっ、けほっ」




