121.王城へ1 会議とお茶会
ファーリナを発った王族と領主たちは神待宮を見学する機会も無く直ぐに外へと導かれる。
城からは少しばかり離れているので歩くのは遠慮したい距離であった。
とは言ってもこの世界の人々なら遠くはあるが歩きで行けないと思うほどの距離でも無い。
王族の従事者が乗る馬車を先頭に長く連なる列は城下町でも今まで見た事が無い出来事でありそれを見る人々は通り過ぎるまで物珍しそうにずっと眺めていた。
「お母様、私があの館へ行ったら何をするのかしら。お母様は聞いてる?」
ボーセは呼ばれはしたが何をするのかは聞いていない。
噂話を元に普通に考えると学校へ行くのだろうかと思うのだがボーセは学校の平均年齢を下回るサーラよりも年下なのでそのまま入るとは思えなかった。
「そうねえ、楓様は貴女の力を借りたいって仰られていたわね。逆に聞くけどボーセは何かしたい事があるのかしら?」
「うーん。友達を沢山作りたいな」
「それは良いわね。頑張りなさい」
まだ見ぬ未来に心を踊らせながらもそれなりの不安はある。
請われた理由は未来予知の一種で危険を事前に感知する力だと零司は言った。
ボーセにとっては日常の事であり、進むその先の角に誰かが居ると危なそうだなとちょっと気を付けたり、岩場の海岸で波が穏やかな場所から海に入る時に狭い場所を通るとどうしても擦り傷が出来るがそれは許容範囲だと割りきっていたり。
その反面、海に潜っている時に潮の動きに絡んで危なそうな場所は絶対に近寄らないとかそんな感じだった。
所謂『ヒヤリ』と感じるのが通常の人ならばそういった事態に直面してからなのだが、ボーセの場合は直面する前にそれを正確に感じて取ってしまうのだ。
だからその危険の度合いを評価してそこで生まれる損失が欲求に比べ取るに足りないと判断すれば突き抜けてしまう。
この評価が生じる時、それは必ず危険があるので危険度ゼロと言う評価は発生しないのであった。
ボーセは窓から空を見て昨日の夜に銭湯から見上げたスラゴーの天幕を想う。
限り無い星たちの煌めきを心に懐くボーセを乗せた馬車は王城へと進む。
◻
綺麗に並ぶ良く繁った樹木に囲まれた広い土地に王城はあった。
平地の少しばかり高めの丘の上に建つこの世界では珍しい石造建築の城は白亜の館の倍以上の大きさがある。
それは古くから積み上げられた歴史と共に少しずつ拡張されて来たが故に様式が異なる時代の造りが違う部分が多々見られた。
そして最も大きく歴史があるのは各街の領主が会議をする為の議場と宿泊施設を兼ねた建物である。
統裁合議制で成り立つこの国は、現代日本から見る国の概念とは認識が異なる。
そもそも他に陸地も争いも無く、野性動物などに対して防衛策を講じる必要性も無い、零司から見ればとても弛い地元県内の様な境界認識でしか無いこの世界の区分けでは国と言うよりは世界になってしまう為に正式な国名など存在しなかったし『存在しない他国』と分ける概念が無いのである。
故に領主たちの合議制の上で裁定を下す王が存在する形を取っているし他国のトップと背比べする過美な装飾なども必要は無い。
国王とは自動変換でそう認識されているに過ぎないのだ。
通常は定期的に王都へ集まりそれぞれの近況と要望などを報告して話し合い、全体合意が取れた後に王の裁決があるのだが先の冬期講習の通知の様に王からの通達と言う形の方が話が通り易い場合もある。
白亜の館からの話は王を通して立てる形で王都から各領へと通達される様になった。
実はこれにより王の威信は以前よりも高まっていたのだ。
これまでは異世界から神が来訪してもその担当は神待宮であり実質的に神から王への話などほぼ無いと言って良い程だったのが零司の場合は天使を挟んではいるが直々の依頼がやって来た上に友人の様な付き合いまでしているのだから。
そして今回の祭の招待である。
神に招かれた者として世界中にその顔と名が知れ渡る機会を得られた栄誉に、領主たちの現王族に対する期待は高い。
だがそれは来年春過ぎに予定している日本への帰還で共に連れて行く事になっているルールミルから見た異世界と取引をするかどうかの判断と報告にも影響を与えるものになるだろうと零司は見ているので王族に対する信頼は高い方が都合が良い。
◻王城 昼
王城に到着した領主たちは馬車から降りるとそのまま会議場へと向かう。
妻子たちは従者がいつもの宿泊部屋へと案内して会議が終わるまでそこで過ごす事になった。
男たちは会議へ、妻子たちは晴れている事もあり王妃の計らいにより庭でお茶会が催された。
夏の日差しが照りつける緑が色濃い庭園は涼しい風が優しく吹き抜ける。
東屋と言うよりもブドウ棚や藤棚に近い日除けの下でお茶会が始まった。
モールではいつもよりも早い時間に朝食を摂っていたので茶菓子がいつもよりも多く用意されたがそれは子供たちが居るからだ。
そこで出されたお茶と菓子類は白亜の館で楓から直々に調理を教わったルールミルの指導で作られた物だった。
そしてその中にひときわ人気を集めたお菓子がある。
黒砂糖を使った菓子類だ。
以前零司から贈られたサトウキビを育てて少量ながら王室で確保出来た物だった。
温暖な南部地域で王妃が主導する形を取り、ルールミルたちが記録したノートの写しを元に最適な環境を造り上げてこれから大量生産へと移行しようとしているのである。
一般向けとしてはこれが初となる黒砂糖をふんだんに使った菓子たちが並んでいたのだ。
現代日本の様に砂糖の使用を抑えつつ美味しさを確保する時代にはほど遠いこの世界では甘い物はたっぷりと楽しむのが一番良い。
だがその反面で甘いものだけでは飽きてしまうのも事実。
何事もバランスと言うものが肝要だ。
甘い物あれば塩辛い物、ではなくて渋い物があるといい感じだ。
それは茶道にも表れているが茶道は渋い物に付け合わせているのでどちらがメインなのかを考えれば分かるものである。
今回用意されたのは渋いお茶では無く、同じ菓子台に並ぶ抹茶系の菓子である。
とは言え抹茶の渋味が加えられているだけで甘いお菓子な事に違いは無いのだがそのコントラストに全く違う物として捉えられながらもやはりこちらも人気が高い。
日本で人気があるお菓子の実力は異世界に於いても極めて高かったのだ。
ただし、ドーナツ作り教室の時に広まった、女性にとって決して侮れない恐ろしい情報は理想と現実の狭間で心が揺すぶられてしまい手を伸ばしたいのに伸ばせない事態を招いた。
喉から手が出そうなくらいにそれを貪りたい気持ちに打ち勝つ強靭な精神力が必要だったのだ。
しかしそんな事は育ち盛りで消費カロリーが極めて高いボーセには心配無用である。
尤も、ボーセにダイエットなどと言う概念がある筈も無く、単に美味しい物を沢山食べられて幸せなだけだった。
その姿を見た女性陣の心のタガが外れるのにそう時間は掛からなかったのは言うまでも無い。
◻会議場
二重のU字形に並んだ席に座る領主たちとその外側で一段高い台座の上にある飾り気の無い確りとした椅子から見下ろしているホウシラン王。
これから始まる夜遅くまで続くだろう長時間の会議の為に手元に置かれたコップとつまみの様な食べ物が小皿に乗っていた。
これは古くからある形式でありほとんどの場合は水と炒った豆類やチーズが用意される。
しかし今回は王が室内着に召し替えて登場してから給仕たちが出した飲み物とおつまみは今までと違っていた。
次々と領主たちの目の前に置かれる飲み物はポットから注がれる。
厚手のコップに注がれたそれは緑色で新緑の香りが漂い、領主たちはこれは何だろうと隣り合った者と話をするが誰も知る者は居ない。
次に小皿が配られそこに載っていたのは人差し指サイズのブロック状のバーが三本、こちらは品種までは判らないがフルーツ系の甘い香りがしている。
領主たちはこれがどういった物なのか興味が湧いて会議前の賑やかな会話の種になっていた。
壇上の王の準備が整うと王から開会宣言が行われる。
「皆良く集まってくれた。今回の議題は零司殿の好意で行われる冬期講習会の説明が中心になるが先にいつも通りの状況報告をして貰いたい。それと今回用意したのは零司殿の緑茶と楓殿のかろりい……何じゃったか」
「カロリーメイトです」
横に控えていた執事が耳元で囁く。
「そう、カロリイメイトじゃ。食事の時間が取れない時には足しになる栄養豊富なお菓子の様な物と言っておった。それに緑茶は健康に良いと言っておったな。どちらも味は保証する。会議の前に食べてみるが良い」
王の言葉に一斉に緑茶を口にする領主たち。
「おお、これは」
「確かに美味しいですな」
「清々しい緑の香りも程よい渋味も飲み易い」
「こちらのカロリーメイトもまた上品な果物の香りが良いですね」
「ふむ、口当たりも良く確りと食感もある。塩豆よりも食べ易いし手も汚れない。それでいて美味しく栄養もあるとは。さすが神の食べ物、有り難く頂かなくては」
領主たちの声に王は満足気に頷いてイタズラ小僧の様ににやける。
「帰るまでに零司殿と楓殿から授かった『レシピ』を皆に与えよう。レシピに作り方が書いてあるから自領でも作れるじゃろう。その証拠に今回のこれらは城の厨房で作らせたのだからな」
嬉しそうに言い放つ王に会場がどよめいた。
軽く摘まむだけのつもりが、結局ほとんどの者が食べ切ってしまっていた。
お茶はお代わりが幾らでも出てくるのでどこでも手に入るあの草だろうと材料の群生地に目星を付ける者も現れている。
そんな中、ズィーダン領主はカロリーメイトを一本だけ口にして残り二本は娘のボーセのお土産にとハンカチに包んで持ち帰る事にした。
◻夕方
「……でありまして、今年度も各領共に食料備蓄に問題は無いものと予想できます」
「ふむ、皆報告ご苦労。どうやら今年も安泰じゃな」
王は横に控える執事に目配せをする。
「皆様そろそろお疲れの事でしょう。この後お食事を用意していますので今暫くお待ち下さい」
執事が告げると会議は一旦休憩となり、領主たちは立ち上がると王に頭を垂れる。
王は椅子から立ち上がると疲れていてもそれを見せる事無く会議場を後にした。
「零司殿はそろそろか?」
「はい。予定では日が沈む頃にと言われております」
王城の一部である会議場から王族が住まう居住区へと薄暗くなってきた屋内通路を歩きながら確認を取る。
「ふむ。領主たちの食事の後の予定じゃ、まあ大丈夫じゃろう」
一方の会議場では慣れたもので、領主と従者たち自ら机と椅子を動かして食事の準備を進めた。
その様はまるで日本の少学校を思わせる。
元々王城には王族の為の僅かな従者や使用人が居るだけで、会議の時だけの為に増員するほど余裕がある訳でも無い。
年に数回あるかどうかの会議は議会制が始まった当初から集まった者たちが自前で食事を用意していたのだが、こうしてきちんとした会議場が出来てからは食事だけは王の方で用意出来る様にはなっていた。
そんな背景もあり領主たちは王の負担を減らす為と言うよりは当然の準備作業をしているに過ぎなかったのだ。
そこへお茶会が終わり夕食まで部屋で待機して暇を持て余していた婦人たちがやって来る。
ここは会議場から臨時パーティー会場へと切り替わった。
いつもの会議なら男だけなので会議の延長の様な世間話をしながらの食事会なのだが今回は夫婦で白亜の館に呼ばれた帰りであり、まだ冷めぬ前日夜の熱を持ったまま始まるのだ。
そして王城は白亜の館よりも広いがそれは居住区と会議場、それに備蓄倉庫や書庫と言う過去の資産を大量に抱えているからであり日常的に利用出来る場所は限られているので会場は手狭と言える。
少ししてから会場に運び込まれる食事はいつもと同じ少し気を盛った家庭料理くらいのものかと男たちは思っていたが実際にそこに並んだのはビュッフェ形式の立食スタイルで取り皿に載せた料理を楽しむのだ。
ほとんどの場合で皿に取るのは少量であり、自由に相手を替えて会話を中心とする食事会では都合が良かった。
異世界であり、零司たちの世界の常識をいきなり押し付けたりせずにこの世界の人々にとって一番馴染む自然なスタイルであればそれで良いと言われていた王族は細かな決まり事は気にせず今まで通りの雰囲気で居られる様にと彼ら領主たちが選んだ形で良しとする積もりである。
ただし並んだ料理は少なく前菜だけで王族はまだ戻っては居ないが皆それなりに楽しい会食をしている。
そこへホウシラン王が登場していつもの様に会食の輪に入るかと思っていたら、そのままさっきの壇上に上がった。
「皆の者、食事中ではあるがわしの後を付いて来て欲しい」
ホウシラン王は嬉しそうに口角を上げて微笑むと来た道を戻った。
領主たちは何があるのだろうかとは思ったが皿をテーブルに置いて王の言葉に従いゾロゾロと後を追う。
ランプで照らされる薄暗い通路を進み、王は外に出た。
何故こんな時間に外に出るのかと領主たちも続いて外に出る。
先に外に出た者たちの言葉に成らない声が聞こえた後発組は何が起きているのか何とも不思議な得体の知れない胸騒ぎを覚える。
しかしそれはほんの束の間だった。
自分でそれを目にした時、同じ様に言葉に成らない声が漏れてしまったのだ。
目の前には見た事も無い大きな城がスラゴーの天幕の光を浴びて聳え立っていたのだから。
今回から前書きは出来るだけ使わない方向で。
さて今回も遅くなりましたが開いてくれてありがとうございます。ヽ(´▽`)/
これからもまだまだ続くのでよろしくお願いします。




