115.ミリア
最初だけ巻き戻ります。
▲神待宮回復事業の最終日
アーレは回復を受けなかったが希望者に対して全員回復を行った結果、その中にただ一人特異点が存在した。
まだ少女の域を出ないと思われた作法担当から希望があったのだ。
神待宮では常識であった容姿と年齢のズレが凄まじい作法担当の実年齢は老年の域に達していた。
奇跡と呼ぶべきかその容姿は少女と見間違うほどに肌も滑らかであり、とてもアーレと同期とは思えない。
日頃から最高責任者のアーレに対して馴れ馴れしい態度で接してはいたがまさか同期とは思っていなかった楓たちは驚きと羨望の眼差しを向けたものだ。
見た目はどうあれ年齢的には老人でありスラゴーの天幕へ旅立つのもおかしくは無いのだが当人を見る限りピンピンとして元気な少女にしか見えない。
回復を受ける為に集まったその中に居た作法担当を見た零司は当然の違和感にインフォメーションチップを調べたのだがそこには納得と、より大きな謎が追加される。
彼女には本名があり、異世界生まれだったのだ。
胸の辺りをジロジロと臆面も無く真剣に見ている零司に居心地の悪さを感じた作法担当は目のやり場に困った。
いつもならそう時間も掛からずに始まる回復術が作法担当を見つめて微動だにしないと案内役のジーナたちも気が付いて零司に声を掛けた。
「ああ、すまん。あんたには回復前に二人だけで話す事がある。時間も掛かりそうだからまずこちらを終わらせてしまおう」
「仰せのままに」
作法担当は何かを悟ったかの様に恭しく頭を下げる。
回復はいつも通りの地獄の様相を呈する奇声の中で進み、見ているだけの作法担当は腰が引けているが終わってみれば皆確かに若返り血色も良かった。
「ジーナ、後は頼む」
「御意」
零司は家族として普通の受け答えを求めているが神待宮の者たちの前でそれは憚られると敢えて御意と返すジーナたち。
◻異世界転移門格納庫前
零司は格納庫の扉を開くとシュガードーナツ号を呼び寄せる。
「乗ってくれ」
作法担当は零司に促されるまま後を付いてシュガードーナツ号に乗り込む。
零司の隣に座る様に誘導されて白いベンチシートに腰を下ろすと昇降口が閉じ『飛ぶぞ』とだけ言われ二人はゆっくりと地上を離れた。
上昇速度は加速度的に上がり続けて夕方前の大地が遠ざかる。
作法担当はその様子を興味深く眺めていたがいつの間にか空は夜になってスラゴーの天幕がハッキリと見え、そして強い光を放つ真っ白な太陽が目線に入る。
作法担当は目の前に手を翳して眩しさを軽減するが、それでも隙間から射し込む太陽の光は眩しく結局全てを遮った。
「ここなら良いだろう」
零司の声に何の為にここに居るのかを思い出して振り返る。
そこには作法担当の手を取り笑顔だが真剣に見つめ跪いている零司が居た。
未だかつて経験した事が無い衝撃が作法担当の腰椎から脳天までを突き抜ける。
その衝撃に初な乙女の様に零司を見つめてしまう作法担当。
しかしそれは仕方の無い事だ。
何故なら作法担当は未経験であり、そちらの成長度合いから言えば実質乙女なのだから。
「それじゃ始めるぞ」
「……はい」
零司の声にも浮わついて言葉の意味が全く分かっていない。
「自分が普通とは違うのは気付いているな?」
「(ピクッ)……ええ」
僅かに作法担当の目に恐怖の色が映る。
「あんたは自分が何者か知っているか?」
「……分からない」
「知りたいか?」
作法担当は零司の目をぼんやりと見つめたまま提示された質問に暫く考えた。
「……はい」
零司は深く一呼吸置いてから話し始める。
「率直に言おう。あんたは異世界から来た吸血鬼だ」
「異世界? きゅうけつき?」
「ああ、理由までは分からないがそれは確実だ」
「『きゅうけつき』とはどの様な病気なのでしょうか」
作法担当は自分が異世界から来たのでは無く異世界からの病気『きゅうけつき』病に感染しているせいで成長が止まっているのだと思った。
まさか自分が異世界からやって来ただなどと普通は思わないし思いたくなかったと言うのが正解だろう。
「そうじゃない。あんたは俺たちと同じで異世界から来たって言ってるんだ」
作法担当は受け止め切れない話に困惑している。
「それともうひとつ、吸血鬼と呼ばれる人とは異なる種族の姫だったらしい。経緯まではまだ掴めていないがこれは確かだ」
「ひ、人じゃ……無い?」
「そうだ。ただし人間よりも高位の存在で不老不死の力がある。だからあんたは容姿が変わらないんだ。あと他にも幾つか能力がある筈なんだががあんたにはそれが無い」
「人ではないなんて……そんな」
#
小さな頃は良かった。
まだ他の人と同じ様に育てられたから。
しかし成人を前にして成長が止まった。
同期たちは皆美しい大人の女性になって行くのに自分だけ取り残される様に感じた。
そしてアーレの事もあり第三一六期は解体されて前作法担当に抜擢される形で現在の地位に就いた。
それから五十年余り、ずっと変わらぬ容姿に自ら怖いと感じた事も一度だけではないが今まで作法教育担当として精一杯尽くして来た。
同期のアーレも年老い本来なら自分も同じくシワだらけの婆になってこの役職もとっくに若い者に引き継ぎ赤子の世話や庭園管理などをしていた事だろう。
しかし現実は立派に動く体のお陰でアーレとも馴染みと言う事もありずっとこの役を果たしている。
そして幾ら体が動くとは言ってもそろそろ突然スラゴーからお迎えが来てもおかしくはない年齢なのだ。
次の担当を育てようかと思っていた矢先に零司様たち四神が降臨し、この世界を……いえ、私たち神待宮の皆を救って下さった。
不安はあるもののこれから普通の人の暮らしが出来るのだろうかと閉じている未来が開けた様に感じられて軽くなった心が、得体の知れない『きゅうけつき』と言う何かに再び縛り付けられた気がした。
#
「だが安心して良いぞ。あんたは吸血鬼の悪い特性が無いから人として生きるなら寧ろ運が良い」
暗くなった視界は急速に明るくなる。
「まず落ち着いて聞いてくれ」
無言で首肯する。
「吸血鬼と言うのは基本的に他人の血を必要とする生き物だ。そして青空の下を歩けない」
「そんなっ」
「そう、そんな事は無かった筈だ。それに人に直接噛み付いて血を吸い、場合によってはその行為により相手を自分の意のままに操り眷族にする。そんな能力を持っている筈なんだ。だがあんたはそんな事は無かった。さっき館で見ていた時に色々と調べて判った。だからあんたは俺が回復をしなくてもその若さは永遠に保たれるだろうな」
「それはどう言う事でしょうか」
「そうだな……生きるのに人より優れた特性を持つ種族ってところだろう。実際人間との違いは不老不死だけみたいだし、あまり深く考えなくて良いと思うぞ」
「しかしそれでは皆に顔向け出来なくなってしまいます」
「打ち明けるのも黙っているのも選択はあんた次第だ。もし助けが必要なら手を貸すし、生き辛いと感じるならマリーの様にうちに来たら良い。その時は皆で受け入れるさ、だから心配する必要は無いぞ」
零司はニカッと笑って見せる。
「それとあんたの本名、親が名付けたんだろうな。ミリアって言うそうだ」
「ミリア……ありがとうございます魔王零司様」
ミリアは零司の手を握り返し眼尻に涙が光る。
結局作法担当は吸血鬼である事を伏せたが以前よりも明るくなりアーレに対しても気を使い優しく応じる様になった。
▼お披露目会へ戻る
「こちらが南のエントランスで左にリビング、食堂、来客用の食堂がございます。これから順に進みますので質問など遠慮無くお尋ね下さい」
北口から入り、中庭を抜け南のエントランスホールへやって来たガーデナ領主夫妻とイーノ。
先程北口エントランスから開かれた扉を抜け中庭に出た。
花壇を見た夫妻の反応は自然と笑顔になり周回通路を歩き始めたくらいには中庭が気に入った。
半分くらいは見た事も無い花で埋め尽くされていたが生き生きとしたその有り様に感動を覚えている。
そして中庭を見回すと当然だがそこには小屋があった。
決してみすぼらしいとかそんな造りでは無いのだが、何となく場違いな感じがする。
ただ気になるのは造園の為の小屋としては大きく、ガラス窓が壁の多くを占めていた事だ。
「お父様、あちらが零司様と楓様のお部屋になります」
夫妻はもっと凄い部屋を想像していただけに驚きを隠せない。
窓ガラスが大量に使われている事以外を見れば、それは街中の一般住宅よりも簡素であり、何と言うか本当にただの小屋であった。
それもその筈、元々ただの物置だったのを無理に居室としたのだから仕方が無い、本来の零司の部屋は地下にあるのだから。
それに途中にある趣味で創った魔王の謁見室など他人に見せられる代物ではないのだ。
窓ガラスの向こう側はシースルーの白いカーテンが引かれているので明るい日差しが反射して室内は見えないが家具などは楓も住み着いた事もあり本来の自室よりこの小屋の方が広く使えてマシではある。
「零司様は思っていたよりも謙虚な方なのだな」
「はいっ! そーなんですよお父様。零司様は一日中殆ど休む事無く様々なお仕事をしてらっしゃいます。言葉通りの一日中なのです。ファーリナの人々の為、我々のこの世界の人々の為に努力して下さっているのです! 帰りを待つ楓様と僅かなひとときをこの部屋で過ごされる以外はとてもお忙しく、神様としてふんぞり返っていたりはしないのです!」
「ははは、イーノは零司様が大好きなんだね」
「もちろんです! でも姫様と比べられたら困りますけど」
「ふふふ、良かったわ姫様共々零司様とご婚約出来て。お相手探しが無駄になったけど貴方が幸せなら私たちも幸せよ。ありがとうイーノ」
母親に包まれる様に抱かれるイーノは長い事感じていなかった母の温もりを存分に堪能している。
◻南国ビーチ風露天風呂
「何だこれは!」
脱衣場で分厚いガラス越しに見える風呂場を見て叫んだホウシラン王は早足でガラスの壁にへばり着く。
「あらあら、先日話したではありませんか。ふふ」
「これほど広いとは聞いておらん」
「そんな所に居いなでこっちに来たらどうだい?」
壁の向こう側に回ったアーレが子供の様にチョイチョイと手招きする。
「ふふっ」
思わず笑ってしまったトリーノ妃にホウシランはちょっとだけ裏切られた気持ちでじっと見る。
「さあ、行きましょうか、あ、な、た」
腕に抱きついて引っ張り、嬉しそうに可愛い笑顔を見せるトリーノに内心で今夜も頑張ろうとスラゴーに誓うホウシラン。
「どうかね?」
「どうも何もここは本当に風呂なのか?」
「そうですよ。さきほどシャワーを見たではありませんか。もうお忘れですか?」
「覚えておる。だがこれほど広いと我が城も小さく感じるではないか。これは風呂では無く、そうだな。湖だ」
「現実は素直に受け入れた方が身の為だが王がそう言うのであればそうなのであろう。造った零司様に進言せざるを得ないのう」
「ま、待てっ! それは気が早いだろう?」
「いやいや、王が決めた事をそう簡単にねじ曲げるのは憚られると言うもの。ここは慎んで魔王零司様に進言せねばなるまい」
「ふふふ」
「喜んでないで助けてくれ」
「いいえ、ここは是非王様のお気持ちを零司様にお伝えせねばなりませんね。んふふ」
砂浜の様に広がる真っ白な床の上で明るい笑い声が響く。
◻運動施設
「零司さん、ここは何故こんなに寒いのですか?」
「もう直ぐ分かる」
零司と楓はファーリナ領主夫妻他三組を連れロッカールームを後にして両開きの扉の前に来た。
するとその扉はモール正面入り口の様に左右へスライドして完全に開ききる。
扉が開くと共に漏れ出した冷気が客たちの頬を撫で、その寒さに身を引き絞る。
だが、
「おお、これは」
ファーリナ領主シエルの目の前に広がるのは一面の銀世界であり室内空間と呼ぶには広過ぎた。
奥に向かって昇る傾斜は平らに雪が積もっていた。
「これは雪かしら?」
中へと進む零司の後を追って客たちも続く中、シエルの妻ナティが口にする。
「ええ、これは雪よ。ある事をする為に用意したけど何の為か分かるかしら?」
楓は年齢的には下のナティとも親しい関係にあるのでいつもの様に気軽に質問をしてみる。
「……雪遊び? でもこんなに必要とは思えませんし、それにあの変わった建物は何かしら」
ナティは入り口近くから最奥の一番高いところまで点々と続く火の見櫓の様な骨組みだけの建物とその天辺を繋ぐロープ、そしてロープに均等な間隔で吊り下がる棒と板。
「近いわね。あれはスキーリフトと言って、あれに乗って一番上まで行けるのよ」
楓は右にある大きめの建物の前にスキー板とストックを持って並んでいたラナとエルたち五人に目を向ける。
「それじゃお願いするわ」
楓の言葉に軽く会釈して歩き出す五人は早速リフト最下部の支柱までやってくると従者が支柱にあった起動スイッチを入れた。
するとリフトが稼働してワイヤーに吊り下がった簡素な腰掛けが動き出す。
一人乗りのリフトに乗り頂上まで登った五人を見守っていた客たちはそれが何を意味しているのか分からないがこれだけで終わる筈は無いと、引き続き彼女たちを見ている。
準備が済んだラナは大きく手を振ってそれを知らせた。
「準備が出来た様ね。皆さん、ここからがこの施設の使い方よ」
楓は手を挙げて合図した。
ロリ婆か!




