112.水泳教室2 学校
今回は学校で生徒相手です。ヽ(´▽`)/
「楓」
「何かしら?」
零司の横で朝食を摂るリリは斜向かいの楓に向かって声を掛ける。
「飽きた」
「金兎の事?」
「ん」
「んー、そうねぇ。確かにやり過ぎな気がするわよね」
水泳教育が始まってから既に半月が過ぎていたが新しい料理を考える楓は作る方が楽しくてそこまで考えが至らなかった。
半月の間、金兎の肉で数々の料理を作り出したのは素直に称賛されるべき事ではあるが流石に舌が肥え過ぎてしまったリリには堪えるものがあった。
「零司、そろそろ普通のでも良いんじゃない? 最近私もほら、お腹が割れて来ちゃったし。ね?」
零司は今朝の楓を思い出す。
「俺としては引き締まっていた方が良いが、やり過ぎは良く無いか……」
零司好みの体型を初めて聞いた楓は今の自分が零司の望みだと認識する。
それに好みの体でやり過ぎたとまで言われてしまい恥ずかしさに顔を真っ赤にして俯いてしまう。
確かに今朝の零司は激しかったがまさかそんな理由だったとは、と。
しかし零司は言葉のままであり引き締まった体の方が健康的な生活が出来るし、だからといって余りに体脂肪を落とし過ぎるのもボディービルダーのコンテストを見ている様で楓の変なスイッチが入って逆に精神的な不健康になるのも困ると思い楓の意見に同意すると言っただけだった。
だが楓の思い浮かべたイメージにピッタリと当て嵌まる人物が居る。
その名はマリー、楓は俯いたまま戦慄する。
『私が一番じゃないとダメよ!』
零司が避けたスイッチが入ってしまった瞬間である。
「ねえ零司。メニューを二つ用意すれば良いと思うわよ?」
顔を上げた楓は如何にも良い事を思い付いたといった風に笑顔で提案する。
しかしさっきまで同意していた楓が突然掌を返した事に不信感を持つリリは楓を疑いの眼差しでじとっと見つめる。
「ネコは楓様の美味しい御飯ならどっちでも良いにゃ」
おかずを口にしながらモゴモゴと喋るネコ。
「だめよ、きちんと飲み込んでから喋りなさい」
「んっん、ん。ごめんなさいにゃ」
「分かれば良いのよ」
「にゃははぁー」
注意された筈のネコは茶碗と箸を持ったまま楓に頭を撫でられてご機嫌だ。
「確かに選択肢があれば食べる側は困らないが楓が忙しくなるんじゃないか?」
「それなら大丈夫よ。トレーニング用の食事は今まで作ったものを日替わりで出せば良いだけだから何も問題無いわ」
楓は自分だけがそのメニューを選ぶだろうと思い、他の住人も選ぶ可能性が欠落している発言だと気付かない。
リリには何か裏がある様に思えて仕方が無かったが美味しい食事が出来るならそれで何も問題は無かったので了承した。
だがしかし、楓と同じ結論に至ったのは楓だけでは無かったのである。
◻学校 一学年女子 生活授業 水泳
「(ピピー!) はーい! 皆一度集まってー!」
ジリジリとした太陽の光が照り付けるプールで競泳水着にパーカーを着た楓が笛を吹く。
そしてプールサイドに掴まってバタ足の練習をしている一年女子たちに呼び掛けた。
白いスイムキャップを被った女子たちがその場で立ち上がると水の抵抗を感じながら重そうに歩いたり、トントンと軽く跳び跳ねる様にして楓が立つスタート台の前に集まって来る。
「次は二人一組で手を繋いだら片方が立って先導して。もう一人はさっきみたいにバタ足の練習をして頂戴。その時の注意点は頭を上げ過ぎず脚が沈み込まない様に水平にする事。脚の動かし方はさっきの通りよ。ルーミルさんとイーノさん」
「「はい」」
「手本をお願いね」
「「はい!」」
ルールミルたちは館のプールで習った通りに実演して見せると五メートルほどで楓からストップが掛かる。
「こんな感じでレーンに沿って練習して。端まで行ったら交代して二往復しましょうか。それじゃ二人一組になる所からね、始め!」
わいわいと相手探ししながら次々と練習を始める女子たちだが、三人だけが端で固まり一人が溢れてしまうと楓に相談して来た。
「なら一人は私としましょうか」
そう言って楓はパーカーを脱ぐとスタート台の横からストンと水に入る。
「先生、ありがとうございます」
「良いのよ。それで誰と組むのかしら」
生徒三人で話し合った結果、アーニャという背が低い生徒が楓と組む事になった。
「それじゃ最初は貴方が先導をしながら私の泳ぎをチェックしてね」
「先生のチェックですか?」
「そうよ? そうやって貴女も教え方の練習をするの」
「わかりました!」
このアーニャと言う生徒は気が弱く気後れしがちな隠れ楓ファンである。
自分と同じく背が低い方に分類される楓が魔王零司の横に並び立つ優れた人格と能力を持ち、神でありながら異世界の地で現地の人々の為に日々努力を重ねるその姿に憧れを持つ乙女であった。
その楓とこうして手を繋いで二人だけの共同作業が出来る事に涙が出そうになるのを堪えるくらいに心から感動している。
そして楓が指導した様に相手のバタ足とか背筋とか色々とチェックを重ねながら正しい状態を記憶して行く。
青く揺れる水面に写る空、楓がバタ足で飛ばす水飛沫に夏の日射しがキラキラとした視覚エフェクトを掛けてアーニャの夏の記憶として確りと焼き付けられるのだった。
プールの壁が背中に当たり、端までやって来たのを知ったアーニャは楓と交代して泳ぎ始める。
しかし楓と同じ様にバタ足しているつもりなのだが脚が下に潜ってしまい、きちんと水面に出ていないのが音を聞くだけでも自分でわかった。
そしてそれは先導している楓には一目瞭然でありとっくに気付いているのだが黙ってアーニャを見守っている。
それはアーニャが自らそれに気付いているのを普通に見ているだけでも分かる程に一生懸命になっているので自ら解決策を見出だせるのかを見極めているからだった。
しかし最終的には行程の半分ほど進んでみても変化は見られなかったので指導を入れる事になる。
「アーニャさん、体を真っ直ぐ、お魚みたいに伸ばして! 少し仰け反るくらいの感じで頑張って!」
アーニャは体を真っ直ぐにすると顔が沈んで息が出来ないのではと無意識に怖がっていたのだ。
しかしさっき目の前で実際にそれをやっていた楓が言うのだからと怖さに立ち向かって楓のフォームを意識し、もう一度さっきの楓の言葉を思い出して熱心にそれをこなした。
夢中で言われた言葉を繰り返し楓を思い浮かべながら真剣に実行し続けるアーニャ。
楓が褒める言葉も耳に入らずひたすらにバタ足を続けていると楓の後ろに壁が見えて『トン』と繋いだ手に軽い衝撃が伝わる。
「かなり良いわよ。この調子で次も頑張りましょう!」
足を着いて立ち上がりながら楓を見上げるアーニャは夢でも見ているかの様だ。
「はい!」
アーニャは憧れの楓に自分一人だけを見て誉めてくれた事に何と言ったら良いのか分からない高揚感がこみ上げてくるのが分かった。
◻
「それじゃぁ残り時間あと少しだから一人で泳げる様になった人たちは右のレーンで練習を続けて。出来て無い人たちは左レーンで出来るところまで頑張って続けてみましょう。はい、始め!」
プールの中で次の指示を出す楓に生徒たちは動き出す。
楓はプールサイドに上がってそこから全体を見ている。
そしてルールミルとイーノは授業の前から泳げるにも関わらずまだ泳げない人から頼られて手伝いと指導をしている。
そんな姿を眺めてから他にも目をやると右レーンではぎこちなさはあるものの及第点のクロールを続けている者が数人居た。
「パッ! パッ! パッ!」
連続して大きく回される腕と掌を平らにして指先から水面にナイフを差し込む様に抵抗を少なく突入させる。
水面から顔を出す時に勢い良く息を吐き出して一瞬の内に空気を吸い込みまた顔を下に向け泳ぎ続ける。
息を吐く時は顔が水中にある内に吐き出しながら短い呼吸時間を有効に使えるように水面から口が出そうになった所で一気に吐く事で空気を吸い込む時に周りの水を吸わない様に散らしているのだ。
それが最も破裂に近い勢いを持つ『パッ!』と言う発声になり指導する側も音の通りが良い高い声で確認し易くなるのである。
尤も、これは練習初期に確認の為に行うものでしかないのだが。
そんな声を発しながらキラキラと太陽光を反射する水面を進む数名の生徒の中にアーニャが居た。
カナヅチだった彼女だが楓と言う憧れに直接手解きして貰ったのと同じくらいの体格でもやれば出来ると目の前に手本があった事もありその成果は目覚ましく、今日の授業中だけで基本をマスターしていた。
マスターしたとは言っても全体としては及第点ではあるのだがアーニャの心は楓の様に上手に美しいフォームで颯爽と泳ぐ将来の自分の姿が映し出されている。
(ピピー!)
少女たちが造り出す鮮やかな輝きに満ちた時間に終止符が打たれる笛が鳴り響く。
「そろそろ時間よー、上がったらきちんと目を洗い流してシャワーで充分に体を暖めるのを忘れないでね」
「はーい」
生徒たちの明るい返事の中に、いつもは声が小さかったアーニャの元気な返事が混じっていた。
生徒たちが去った後、楓は一人でスタート台で足を投げ出して座り空を見上げる。
「今頃お父さんたちどうしてるかな……」
事故とはいえ、あんな高さのビルから転落したのだ。
普通なら『全身を強く打って死亡』していた筈なのに今ここで多くの人たちと幸せに暮らしている自分が居る。
それにあの世界にはより古い時間で繋がり、戻る時には自分たちが過ごした時間をなぞる様にあの場所まで辿り着く筈だ。
だから実際にはあの時間以降の世界は楓たちからしてみれば未だ存在していないにも拘わらず、あの後の父と母が悲しんでいる姿が楓の脳裏に浮かんでいた。
「お父さん、お母さん……必ず帰るからね」
楓は震えて掠れる声で昼前の強い日射しに腕で目を隠す。
◻
「ねーねー、どうだった?」
「私もそれ聞きたい!」
「えー、ぇへへへ」
楓に溢れると訴えていた三人組でシャワーの順番待ちをしながら楓からの直接指導を受けたアーニャに二人が訊ねる。
「スゴく……嬉しかった、きゃはーっ!」
「「きゃー!」」
元々アーニャが隠れファンだったのを知っていた二人は丁度良い機会だと意図的に楓と組ませたのだ。
そのアーニャが水泳前とは別人の様に明るく話しているのを見る友人たちはあの選択は正しかったと確信する。
それ以来引っ込み思案だったアーニャの性格が明るく前向きになり、今まで抑えられていた好奇心から様々な事に自ら参加して友達の交遊幅も広がって行くのだった。
◻
日本の避暑地程度の気候であり、爽やかな風が吹き抜けるファーリナの街に五時のメロディが流れる。
しかし今は真夏であり未だ明るく昼間と言っても良い。
モール三部門の営業が終わりを告げ、事務所や更衣室、従業員用食堂が賑やかになって来た。
女子の更衣室ではロッカー前で並ぶ友人同士で着替えながら話をしている二人が居た。
「ねえ、明日の『ナツマツリ』はどうする?」
「ごめーん、弟の面倒見ないといけないのよ~。親が一緒に連れてけってうるさくって」
「そっかぁ、残念だけど仕方ないね」
「ごめんねー。でもその方が都合が良いんじゃないの?」
「え! なんで!?」
「隠す事無いって。彼と一緒なんでしょ?」
「なっ! 何でその事……他に誰にも言って無いわよね?」
「何言ってるの、皆知ってるよ?」
比較的広く間取りされた更衣室内をサッと見回すと、今の話が聞こえていた同僚たちが何か言いたそうにニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「何で知ってるのよ!」
「だってあなたの彼が言いふらしてたし」
「内緒って言ったのにアイツはぁー!」
回りからクスクスと笑い声が聞こえる。
「まあまあ、彼は我慢出来なかったんじゃないかなー。だってねぇ、こんなに美人の彼女が居たら他の男に取られない様にしたいじゃない? そうしたら付き合ってるって周知した方が確実でしょ?」
「くっ」
「まあ私も気を利かせた訳じゃないけど弟の面倒を見ないといけないから二人でゆっくり楽しんで来たら良いよ。何なら皆でお膳立てしようか?」
「へ? 何の?」
周りに集まるニヤけた女たち。
「もちろん、既成事実作りよ」
こそっと耳元で囁くと耳まで真っ赤になる彼女。
「そ、それはまだ早過ぎるから!」
「えー、もう適齢期なんだから今しとかないと行き遅れちゃうよ?」
「いーの! だ、大丈夫だから!」
ちょっと混乱しているがそう言われては引き下がるしかない。
「ざーんねん」
集まった女たちは祭りに加えて面白いイベントが追加されると期待したがそれは実現せず楽しみが減ったと元の場所に戻って行く。
「「「「「「「「チッ」」」」」」」」
「もー、なんなのよー!」
次回は夏祭り。突発過ぎるw




