110.幻の
いきなり跳びますw
マルキウスは零司と話している内に何とも居心地が悪くなってしまいファーリナ領主のシエルに会うのは後回しにしてしまった。
だがマルキウスはファーリナを根城にしている訳では無いのでその辺りは適当でも良いと捉えているのかもしれない。
そして零司たちと別れたマルキウたちは専用転移門を使って他の街へと移動する。
生体認証を使っているマルキウ専用転移門は妹たちも問題無く使えるのを零司が事前に確認してあるので何も気にせずに通過していた。
木々を抜け空に昇ると目の前には街と呼ぶには隙間の多い村の様な街並みが見渡せた。
「アンタたちここが何処か分かる?」
「「「「リーデル!」」」」
「最初はここの領主に会いに行くわよ」
「「「「はーい!」」」」
リーデルはファーリナ唯一の隣街であり、他にミーサンとナータフェの街に接している。
ミーサンは大まかに言えば南の海方面への中継地であるが特にこれといった特色は無い平野部にある街で、その先はレストランで使う海鮮食材を取り寄せるズィーダンの街へと続く。
ナータフェは北にミテールヌ山脈を眺める街であり、そのずっと先にイーノの故郷、ガーデナの街があった。
マルキウスはこうしてミテールヌ山脈に接する街を毎日少しずつ回る予定だ。
▼▼八月
マルキウスの妹たちが生まれてから丸二ヶ月が過ぎた。
ファーリナの街は相変わらず来客が多く、モール内だけでなく中央広場付近にも個人商店が建ち始めて温泉街の商店の様にそれなりに賑わっている。
そんな商店の中に『運命の輪』と言う小さなお店が建った。
この店は八畳ほどの床面積しかない店内に二つの売り場がある。
店の外に向けた窓口で販売する『おやつ』売り場と、直ぐ隣に扉がある店内で商品を扱っているが壁で仕切られているので実質別の店だった。
おやつ売り場で扱っているのはその名の通り各種おやつである。
店の名前の由来になっているドーナツリングは勿論の事、零司の故郷の名物でジャガイモを四つ~八つ切りにしてパン粉の衣を付けて揚げた『いもフライ』や唐揚げにコロッケなど、おかずにも使える品揃えだ。
普通に買い食いする程度の安い価格で販売している事もあり売り上げはソコソコあった。
そしてもうひとつ、『運命の』婚約指『輪』を売っている店内の販売所だ。
間口が狭くてあまりそういった場所に見えないがここで正式な婚約指輪を販売している。
正式な婚約指輪とは何を基準にしているのかと言えば、それは神光石を使っている事である。
魔王零司が婚約者たちに贈ったとされる婚約指輪全てに神光石が使われている事からそう決まったらしい。
零司は知らないが今までそんな習慣が無かった事もあり女性の間でそうなった。
しかし一般人がそんな稀少で高価な神光石を使った指輪など入手出来る筈も無かったのだが楓から依頼された零司が極小粒ながら綺麗にカットされた神光石を造り上げ、それを大量コピーしている。
あとは見本として鍵の能力を持たないその神光石を使ったシンプルな指輪と併せて楓に渡された。
楓の手に渡った見本と大量の神光石の粒はルールミルの手で王室に運ばれ、王都の職人の中から選抜されて指輪専門の職人として王城で召し抱える事になる。
職人は日夜婚約指輪の製造に明け暮れ、出来上がった指輪は真っ先に王族へ。
次に各街の領主を優先して配られた後に一般にも婚約の名乗りを挙げ宣誓書にサインした者に格安で与えられた。
これによりロマン溢れる婚約指輪に憧れる女性に対して男性側は絶好のアプローチの機会を得る事が出来たので結婚はまだ先としても正式な婚約の申し込みが急増する事になった。
もちろん既婚者にも順次配布されて行くが全員に渡るには十年以上を要すると考えられている。
そして王族から一般人に至るまで同じ指輪の筈も無く、一般人から順にリングに嵌め込まれる石の数が増えている。
一個 一般人
二個 領主 または功労者
三個 王族
白亜の館の場合、鍵として作った指輪が婚約指輪代わりに使われていたので神光石はひとつしか使われていないがその大きさにはかなりの隔たりがある。
大量に造られる指輪に使われる石は楊子の先程のサイズであるのに対してリリたちが持つ鍵の指輪は小さな石と言ってもひと目で判る程に大きさに違いがある。
王族が三つの石を使っているとは言ってもその三つを合わせても鍵の指輪の石ひとつに遠く及ばなかった。
だがリリは数は重要であるとして鍵の指輪とは別の、楓の指輪より小さくても良いからと花の様に並んだ正式な婚約指輪を零司に対して要求する。
チョップを貰うものの一歩も引かず食らい付き、最後は泣き落としに呆れた楓が許可を出した事で白亜の館の住人は零司から正式な婚約指輪を贈られる事になった。
これによりリリは館の住人から感謝される。
後日ひとりひとりに贈られた婚約指輪にリリは幸せな笑顔を浮かべ贈り主の零司に見せびらかして軽いチョップを貰い涙を流すがそれは痛みによるものかそれとも幸せによるのかはリリにしか判らなかった。
そして楓の策略により白亜の館に引っ越したローゼも零司から贈られた婚約指輪と鍵の指輪にポーチを受け取る。
まだ十代の女性でありながら実質モールの責任者として大変な仕事を続けながらも幸せな日々を精力的に送っているので以前にも増して仕事の出来る女として女性従業員からの支持が高まっているのである。
更に、白亜の館に住み始めた事で今までは余裕が無く出来なかった学校レベルの教育をサーラから受けられる様になり、ローゼも自らの意思でサーラ並みの不眠生活を送っていた。
この効果は目覚ましく、ローゼの能力を急速に高めて行く。
サーラの見立てでは一年後には今のサーラと同等以上の仕事が出来るのではないかと思わせるがローゼは人でありサーラの様に自分の力で行使出来る術は持ち合わせていない分は除いての話ではある。
それでも持たされている鍵の指輪の力をきちんと扱える事からも神格化しさえすればサーラを越えた仕事は可能だろう。
ただしローゼにはサーラの様な特殊な能力など無い普通の女性なので、その部分で言えばサーラに敵う筈も無い。
そんな二人ではあるが姉妹の様に仲が良く、白亜の館へ来てからは以前よりも親密な関係になっていた。
「こちらは終わりました」
レストランの事務所に顔を出すサーラ。
「お疲れ様。こちらももう少しで区切りがつくから待ってて貰えるかしら」
ローゼは机で書類を見ながら返事する。
「はい、それではお茶を淹れますね」
サーラの言葉を聞きながらも敢えて応えずローゼは作業を続ける。
サーラは給湯室へ向かうと零司が開発したお茶を急須に入れてお湯を注ぐ。
無心で急須を優しく回す様に揺らして熱を急須に移し掌で温度を確かめながら頃合いを探り湯飲みへと注いだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
茶を一口だけ口にして作業を続けるローゼを眺めながらサーラは今夜の勉強について考える。
サーラ自身は学校の予習と零司の英語教育を受けるが零司は日本語教育が終わってからは殆ど顔を出さず自習が多くなっていた。
それに異世界ハイキングで連れて来たラナたちも少しずつだがサーラから教育を受けているので自分の勉強の時間が減り続けている。
しかしローゼが加わると以前と同じとまでは言わないが零司はサーラたちの元で教鞭を振るう様になり、以前とは異なり体育の授業も盛り込まれた。
零司は白亜の館の敷地を広げて運動設備を整えた。
それは学校教育を越えたレベルの運動施設でありトレーニングジムは勿論の事、プールや陸上競技場、テニスコートに体育館とバスケットボール場、果ては室内スキー場まであった。
これは去年まで虚弱体質だった事で運動が不足しがちなローゼの体力面を向上させるのを主な目的としていた。
しかしこの運動施設を楓たちが放って置く筈も無く、サーラやローゼ、ラナたちと共に格好の暇潰しとして楽しんでいるのが現状である。
そこには最初は見学だけしていたジーナたちも混じり始め、今や夕食後に一休みした後で汗をかいて風呂でさっぱりして確り眠るのが日課になっていたのだ。
「はー、終わったわー」
椅子に座ったまま仰け反る様に伸びをしてから湯飲みに手を伸ばして一口飲むとやっと力を抜いた。
「お疲れ様です。回復掛けておきますね」
ソファーに座っていたサーラはローゼが伸びをすると立ち上がり後ろに回って肩を揉みながら回復を掛ける。
こんなに身近で姉の様に接する事が出来るローゼとの関係はサーラの心を暖め穏やかにしてくれた。
「ありがとう。それでは帰りましょうか」
もう一口茶を飲んで茶器類を給湯室で片付けるとサーラと並んで退社する。
しかし仕事はまだ残っているので翌朝サーラと共に朝食前の一仕事が待っていた。
◻
「ただいま」
「ただいま戻りました」
ローゼは実家に居る時と同じ感覚で挨拶をする。
零司たちから皆家族だと言われたので最初は気恥ずかしかったが今では普通に挨拶していた。
サーラは零司を主と定めているので相変わらずである。
「「「「お帰りー」」」」
「お帰りなさいませ」
マルキウリトルシスターズが返事して直ぐにクーリスも返した。
巫女たちはサーラと同じく零司を主と定めているが事実上零司の眷族であるサーラに対しては目上の者として見ている。
それに対してサーラはジーナたちをこの世界の為に神に仕え生きて来た先人として敬っていた。
この想いは恐らくこの世界の住人全てが抱いている感情だろう。
「お帰りなさい。食事はもう少し待ってね。今日はマリーさんがお肉を持ち込んでリリさんと一緒にカレーを作ってるのよ」
楓は料理をマリーとリリに任せてあるのでジーナたちに混じって雑談していた。
ルールミルとイーノはリリたちの手伝いをしてるので食堂には居ない。
「お疲れ様、こっちが空いてるぞ」
珍しく零司がネコと二人だけで隅のテーブルに並んで座っているのでローゼとサーラは相席させて貰う事にした。
「お帰りにゃ」
「ただいまネコさん。目の前失礼しますね」
「それで、もう慣れたか?」
「はい。皆さん優しくして下さるので何も問題ありません」
「そうか」
「零司様、今夜のご予定はどうなさいますか?」
「そうだな、夏の間に水泳をマスターしておくか」
零司のこの一言で食堂の雰囲気がガラリと変わり緊張が走るが零司とネコは気付かない。
それから少しして奥の扉が開き大きなカレー鍋が載ったカーゴを引いたリリが入って来た。
続いて大量の唐揚げが入ったトレーをマリーが、サラダが入ったトレーをルールミルが、水や食器類、付け合わせなど、その他細かい物を載せたキャリアをイーノが運んで来る。
それぞれを配膳台に乗せて準備が出来る頃には受け取りの順番待ちが出来ていた。
先頭に居たのはネコである。
「おいしそうだにゃぁ(じゅる)」
自分でご飯をカレー皿に盛ってトレーに載せるネコ。
「ん」
ご飯が乗った皿をリリが取り、カレーを掛けてトレーに戻すとネコは幸せそうだ。
「はい、唐揚げとサラダ。今日のお肉は柔らかくて美味しいですよ」
マリーが自信たっぷりなのは味見で確認していたからだ。
どれだけ味見したのかは不明だが。
「スープ溢さない様に気を付けて下さいね」
そっとトレーにスープを載せるルールミル。
イーノはカトラリーが入った編み上げの籠と福神漬けの様な代物が入った小鉢、温かいおしぼりを各テーブルに配って行く。
席に戻った者はテーブルのメンバーが揃うとそれぞれに食べ始める。
零司たちもネコとローゼ、サーラが戻ってくると『いただきます』と揃って食べ始めた。
「(んぐんぐ) おいしいにゃぁ~」
フォークを握ったまま両手で頬を押さえるネコはそのまま熔けそうだ。
「確かに。淡白ですが凄く美味しいですね。何のお肉なんでしょうか?」
ローゼも片手を頬に添えて嬉しそうに唐揚げを食べている。
一方でサーラは零司に教わったインフォメーションチップで表示される内容で成る程と納得しているがローゼが訊ねたのは零司なので黙って食べていた。
「ゴールデンラビットだ」
零司のその言葉にローゼは一瞬で固まる。
「ローゼさん?」
サーラは動かないローゼを心配して横から顔を覗き込んだ。
ゴールデンラビットと言えば零司たちが転移した初日に捕まえたあの極めて稀少なウサギである。
食べれば寿命が一割延びてお肌しっとり髪も艶々になると噂される程の幻級食材なのだ。
ローゼは病弱で世間知らずだったとは言えどゴールデンラビットの噂くらい聞いた事はあったのでまさかそんな物を日常的な感覚の夕食で気軽に頂く事になるなど思いもしなかった。
しかも既に庶民の料理となっているカレーライスに付け合わせの唐揚げになって並んでいるのだ。
暫く考え込んでいたローゼだが唐揚げがゴールデンラビットだったと言う事実も口の中にある唐揚げの美味しさの方が優先されてシリアスな表情から弛んだ笑顔へと変化を遂げる。
「んふふふ」
ニヤニヤとしながら唐揚げを頬張るローゼは幸せそうだ。
だが幸せそうなのはローゼだけではない。
他の女たちも皆一様にローゼと大差が無かった。
零司もカレーを数回口にした後で唐揚げを食べるが確かに美味いと思うに留まった。
いくら美味いと言っても日本で口にする肉に比べたら、と言う事である。
それでも素材が良い事には違いはないので日本式の調理法でどこまで美味しくなるのかを楓に実践して貰う未来が零司には見えているのだ。
当然だがゴールデンラビットの肉は超稀少である。
マリーにより持ち込まれた肉も一匹分でありここに並ぶ大量の唐揚げを用意出来る程の量は無かった。
それは零司が増やせるのを知っていたマリーが零司に会うなり直ぐに依頼したので今やゴールデンラビットの肉は零司が幾らでも用意出来る食材になっていたのだ。
当然増やした肉を神待宮に土産として持って行く気満々のマリーと、もし良ければ幾つか都合して欲しいと思っているルールミルとイーノである。
今年は出だしでちょっと良いことがありました。
皆さんも良いことありますようにヽ(´▽`)/




