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愛しのアウインさまっ腐教☆聖戦

作者: 早之丞

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


「はぁ、はぁぁあ! やばい、やばい! やばい!! どうしよう……めっちゃ綺麗、わっわ、わぁー! 尊い……いぃ、尊いよぉ〜っあぁあああ! 生きててよかったぁぁあああ! ありがとう世界〜! ありがとう地球! うおおおおおおおおおおーッアウイン様ァァァァァーっ!!」


「お気に召されたようで良かったわ……。にぱしぃちゃん」

「いや、本当に! マジで招いてくださって、本当にありがとうございますっ! 銀嬢お姉さま!!」


 ここは都内の高層マンション、最上階。この部屋は私の楽園だった。部屋の中央、テーブルの上には、彼――……私の最愛の人、最大の推しキャラ『アウイン』様がいた。『ラピきゅー』最大の黒幕にして最高の受けキャラである、アウイン・藍方・アウイナイト様――!


「あ、あ、アウイン様……アウイン様だぁ……ふげぇか、かわいいぃ」


 ポロポロと涙が止まらなかった。公式が出してるフィギュアではないにしろ、完成度の高い二次創作だった。端々にアウイン様への愛を感じる…なんて…美しいんだろう。凛々しい、可愛い。スタイル超いい、髪の毛サラッサラだぁ!


「手に取ってみても良いのですよ?」

「いえ、いえ、私が触っては、アウイン様が汚れてしまいます……!」

「にぱしぃちゃんは本当にアウイン卿のことが…ラピきゅーがお好きなのね」


 銀嬢お姉さま――PN銀嬢スミレは嬉しそうに微笑んだ。私をラピきゅー沼へと引きずり込んだ神……憧れの書き手様だ。


「嬉しいわ……新しく若い子が、ラピきゅー……『ラピスラズリと12宮の星士』にはまってくれるなんて、ね」

「いえ……30年間もラピきゅーを愛し続けている銀嬢お姉さまのジャンル愛には敵いません。私、まだはまって4年だし……。現にこの部屋だって……!」


 ここは――小さい部屋だった。しかしこの十畳ほどの世界に、ラピきゅーのすべての愛と希望と諸々が詰め込まれていっても過言じゃないと私は思う。ドアを開けると広がる青の世界、奥には小さなステンドグラスの窓から入る光で輝いている。近世ヨーロッパ……ラピきゅーの世界観を思い起こさせるような装飾で飾られている。


 テーブルの上にはアウイン様はもちろん、他キャラのフィギュアもガラスケースに守られ飾られているし、その周囲に星座のモチーフのキャラグッズとかアクセサリーがセンス良く並べられている。左の壁のマントルピーズはすごい、公式が10周年記念に出した限定商品だ!


 その隣の角に、各キャラの武器が壁かけられて…あ、アウイン様のレイピアぁぁん! 美麗! 

 ぐるっと振り返ると、テーブルの向こう、ドア側の壁にある彫刻のなされたサイドボード。禁欲的で重厚な造りであれにおそらく、銀嬢スミレ作のR18指定同人小説が保管されているだろうと、すぐに察せられた。


 そして窓の隣の本棚にはらぴきゅーの原作マンガ全巻と、限定版と小説、ビデオボックス、ゲーム、CD、ファンブックに関連雑誌がまとめられ…あっ…。


「こ、これが伝説の…アウイン総受けオンリーアンソロジ――……!!!!」


 衝撃で卒倒しそうになる。私がラピきゅーにはまって以来、アニメイトからとらのあな、密林、ヤフーオークションで探しまくった夢の同人誌がそこにあった。


「さぁ、にぱしぃちゃん」


銀嬢スミレは優雅な仕草で私へ差し出した。


「これが一番の目当てだったのでしょう? どうぞ手にとって、じっくりお読みなさい」

「あ、あぁああ、ああああ」


 震えてページがめくれない。これまでの人生の走馬灯が走る。

 私というヲタクはそれまでただにわかだった。

 旬アニメや大手ジャンルなんかの流行りでファン人口の大きい沼で、人気だからって理由で同人絵を描いてツイッターでちやほやされたりして……たまに炎上とかあったけど、マイナーカプで供給不足なんか経験したことがなかった。楽しく軽いヲタクライフを送っていた。でも…ラピきゅーは違った。


「い、色んな絵柄のアウイン様が、喘いでるぅ〜!」


 ラピスラズリと12宮の星士は、西暦30XX年の人間が滅んだ地球が舞台だ。

 宝石の王族と星座の騎士団による愛と戦争の長編ファンタジーSF。生殖能力を持たない長寿の宝石一族と、繁殖力はあるが1年しか生きられない星士の切ない恋のドラマが人気で、なんといっても男同士で子供が産める設定が最高にウケた。そんなわけでラピキューは30年前のやおい文化で中心的なBL作品だった。


 元々は今で言う乙女ゲーだったらしいけど、原作作家・若草カンパネラ大先生様の気まぐれで描いたBLパロが絶大なブームメントを起こし、そのまま同人界で一斉を風靡したらしい……。

 が、その人気も陰りが。光が強ければ影も濃く、マナー違反や迷惑行為、アンチの炎上にファン同士の殴り合いが多発。作者は心を痛めてマンガ家を引退。関連事業も終わりを告げ、同人界にもファンが消え、個人サイトも次々と閉鎖……。残った数少ない腐女子も、進学・就職・結婚と、人口は減り続けた。10年同人誌が出されないオワコンが、昨今のラピきゅーである。


 ――そんなラピきゅーの最盛期の輝きが、このアンソロなのだ。込み上げてくる喜びと尊さとで、思わずアンソロを閉じて目をつぶり、天井を仰いだ。心臓がばくばくいってたまらない。長い、溜息が出た。


「アウイン最高かよ……」


すぐさま銀嬢お姉さまは「分かりみ」と答えてくださった。


「それは本当に絵も話も出来が良くって、描き手のフェチが込められてる神作」

「ですよね〜! ですよね〜! 確信してたけど、本当に見ると眩しすぎて失明しそう〜やば〜! な〜んだこれ! なんだこれサイコー!」

「ふっ……半世紀ぶりに夜通し語ることになりそうだわ……。待って、ダージリンの紅茶と、プルーベリーのタルト、用意しているの……」

「やだ〜! 銀嬢お姉さまの最推し『ルベライト』の好物とアウイン様のお気に入りの果物じゃなっすか〜! ルベアウですね〜!! きゃ〜!!」


 銀嬢スミレはスキップしながら部屋から出て行った。『今宵は太陽も眠らせるものか……』と誘い受けする時のアウイン様の名ゼリフが頭に浮かんだ。眠れねーこりゃ今こそ覚醒の時ぞ!! ふっははっははー!!


「らぁ――――――――ッ!! 福辻流雷神拳!」

「!?」


 バンッ! 突然だった。本当に突然、そいつは現れた。肘でドアを開けて入ってきた。後ろでは銀嬢スミレが倒れこんでいるのが見えた。


「銀嬢お姉さま!」

「貴様がにぱしぃ@アウインの奴隷@hauy_3aだな!?」

「私の垢名を言えるですって!? 何者だ!?」


 見るからに痛々しい中年女だった。銀嬢スミレが落ち着いたマダムの装いなのに対し、侵入者は中華ロリータワンピースにレースのガーター。銀のツインテール。黒の眼帯に赤のカラコン。痛々しい。美人レイヤーならともかく、二の腕とかぶよぶよだし、顔もとっ散らかってるブス。オエー!


「アウインの尻穴は俺のものだーッ!」


 その一言で私は全て察した。奴は同担拒否の夢女子だ。しかも自分を性転換させた上で攻めをやってる腐り者……。男の娘攻めとは、業が深い!


「どうしてここが!?」

「ふん! 貴様と銀嬢スミレの過去の呟きから特定したのさ……。何が『アウイン総受けオンリーアンソロジーを銀嬢お姉さまに見せてもうことになりました! 楽しみです〜!』だ! ……旧世代の腐の遺産が未だに残っているとはな――八つ裂きにして燃やしてくれる!!」

「なっ!?」


 思わず絶句した。このアンソロを燃やすだと? 正気じゃない……っ! こんなのファンでもない! 奴に渡してはならない…っ! 私が、アウイン様を守らなくては!!


「さぁ――怪我がしたくなければ大人しく寄越せ……ッ!」


 私は奴に心当たりがあった――。捨て垢でやたらクソリプ送ってくる犯罪者! 二行目でブラウザバックするようなポエミー個人サイトを運営しているのも同一人物に違いない! っていうか男夢主設定がそっくりだし!


「――なるほど……アウイン最推しにわかを、新参殺ししようってわけですね――?」

「分かってるじゃねーかクソガキ……。テメーみたいなションベンくせぇ汚ンナはジャンプでシコってな!」

「うるさいゴキ腐リめ! お前のような者がいるからジャンルは衰退するのだ! とっと去れッ! 警察呼びますよ!」

「誰がラピきゅーを衰退させたってぇ!?」


 奴はテーブルの上に登り、フィギュアやグッズを蹴散らしながら、私に迫る。1周年連載記念の初回限定グッズのアウイン様の模造タガーを振りかぶり「无忘法悦阿修羅斬・ブラッドストーン!」と叫んだ。


「やめろ、やめろバカ! やめろー!」


 大きくタガーを振りかぶって刺そうとするので避けた……が、精神的に傷つけられる。グッズの上に立つとか信じられない。あと作中の必殺技を大声で出すな! 恥ずかしい人だなホントに!!


紅縞瑪瑙(サードオニキス)流、煌々波動一閃!」

「ヒィ!」


 横に振りかぶった奴の刃が、本棚の背表紙を傷つける。


「芭宝ー…紅蓮・スターサファイヤ〜!」

「痛い! それ以上は痛い! やめて! 本気なのがつらい!」


 ガキンッ! 窓ガラスにタガーが突き刺さって砕けた。模造タガー、刃の部分は本物らしい。


「うそ…」

「伊達にアウインの彼氏やってねーんだよ! 地獄で嘆け! 無双闘魂飛翔奥義・アウィーナーイトゥッ!!」


 奴はアニメ版のモーションを一挙手一投足、完璧に模倣して、私の心臓――……アンソロめがけて渾身の突き技を繰り出した。尊敬の念すら湧いてくるほどの執着――! 恐怖……! ――だがしかし!


「他人のヲタ活に口出しすんな!! アウイン様はみんなのものだァー!!」


 私は壁掛けてあったアウイン様のレイピアを手にとり、奴の眼帯を突く。


「ぎゃ!」

「まだまだァ!」


 ディクシュ! 利き手をぶっ刺して、タガーを落とす。


「あとスゲーむかつくから腹パンです! オラァ!」

「がはっ!」


 ドフッ! 奴の腹に片足をのめり込ませた。ぶよんとした感触が気持ち悪い。そのまま奴は本棚に体を打ち付け、ラピきゅー雪崩の制裁を受ける。

バササササッドサッ!


「……」

「死ーん……ってとこですかね…」


 荒廃した部屋を目の当たりにし、悲しみと哀れみ、虚無に包まれた。銀嬢スミレの30年かけて作られ平穏を保った地上のエデンが失われたのだから。


「……マンションの管理会社とか……あと警察、に通報しなきゃ……」


 重い足取りで部屋を出ようとした時、左脇ばらに圧がかかる。

 

「ガはっァ…!」


 テーブルだ。私はテーブルとマントルピースのサンドウィッチになった。


「…摩天楼・ハイパーシン…がふっゥ」

「あ、あんた…! まだ…!」


 もはやウィッグは取れて、チリチリになった白髪交じりの黒髪が見えた。口紅はよだれで落ちているし、服もくしゃくしゃで見ていられないほどみっともない。


「アウインのスパダリは俺ひとりで…アキラ・紅玉・ファントムクォーツただひとりで十分っだ!」

「愚かな…! そんな願望は他人に強要できるものか! 何故、分からないの!?」

「アウインを愛せるのは俺だけなんだーッ! ウオオオオオ!!!!!」


 眼帯がはがれ、片目の七色に光る。ズンズンっと妄執の限りを乗せて、奴はテーブルのへり部分で板挟み、脇腹を攻撃する。部屋から出さないつもりだ。


「ぐへっ! どうして、そこまで…! うげッえ!」


 だめだ! めっちゃ痛い! 内臓出る! 物理的に死んじゃう! せめてアンソロだけでも綺麗に守らな…あいたっ痛いぞッこのクソババア!


「もうやめて! アキラぁぁぁ!!」


 その時、銀嬢スミレが駆け込んだ。失神させられてから回復したのだろうか、彼女らしくない雄叫びを上げて、テーブルを奴の方向に勢い良く押し戻した。私は解放されて、膝立ちで鼻呼吸すをる。ここでお昼のカレーを出すわけにはいかない。


「銀嬢…スミレぇ!」

「これ以上はダメよ、アキラ! こんなことでは、本当に、ラピきゅーそのものが滅んでしまう!!」


 悲痛な叫びであった。それに負けじとアキラ・紅玉も叫ぶ。両者はテーブル越しに拮抗した戦いを続けていた。


「俺は! 俺の二次創作を原作愛がないだの、解釈間違いだので叩き、コミュニティーを追い出した奴らと争ったまで! あの…屈辱は、忘れない!!!! 苦しみと悲しみの果てに悟ったのだ! 同担は拒否――いや同担排除すべきだと!!」


 こちらも苦悶の詰まった言葉だった。ジャンルから追い出される苦しみはどれほどだろう。アキラ・紅玉は怒髪天を衝くほどだったが、目の端で涙が光る。


「銀嬢スミレ。貴様こそ、もう不毛な布教などやめろ。ツイッターやピクシブもやめるのだ。共に初連載当時からの古き同士。ルベライト総攻め推しだからな……見逃していたが……。これ以上、沼民はいらぬ。その女も、貴様の小説でこちらに来たんだろう? そして招いた――……招いた結果がこの惨状だ! こうなることを、予測できなかった訳ではないだろうに! 私とて心苦しい!」

「……」


 銀嬢スミレは静かに涙していた。居た堪れない――……そうだ、私がアンソロを見たいだなんて言わなければ、こんなことには……。


「なんども、同人活動をやめようと思った……だけど」

「この萌えを共有してくれるいるならば! ラピきゅーを愛するものが生まれるなら! 私は何度だって作り続ける!」


 涙を振り切って、銀嬢スミレは言い切った。その瞳には強い意志が宿っている。これが……これが真のラピきゅークラスタ……!


「この好きの気持ちは、終わらない!」


 心に勇気が湧く言葉だった。

 そうだ……私たちが愛をつぶやくのも、愛を綴るのも、愛を描くのも――……すべてこの愛の衝動が止まらないから。この波動を広めたいから――……沼に引きずり込みたいから――!! もっと供給欲しいから――!!!!


「この布教は……失敗ではありませんよ。――銀嬢お姉さま」

「私は決して……新参殺しに屈しません」


 アキラ・紅玉の目を見据えて私は言った。彼女にも事情はあるだろうが、この行為は許されない。


「私、次の夏コミでアウイン総受けの新刊出します」


 脱稿できないかもしれない、まったく売れずに在庫残りするかもしれない。アンチに叩かれるかもしれない。それでも私は聖戦に勝ち抜こう。


「にぱしぃちゃん……!」

「おぉ……おのれぇ――! クソアマ共ッ――!!」


 再び勢いを増しテーブルを寄せるアキラ・紅玉を、銀嬢スミレは抑えた。


「早く逃げるのよォ――!」

「はいッ!」


 私はアンソロを胸に走った。いち早く警察に通報しなくては!


「この戦い、絶対に勝つ……!」


 私だって布教を成功させよう。毎日らぴキュー関連のことつぶやいて、同士にファボリツと賞賛リプを送って、個人サイトもピクシブもたくさんに次創作を投稿しまくろう。公式様にもお金を落とそう。同人誌を売りさばこう。――ラピキュー沼を復活させる……! 私はそう、アウイン様に誓った。


「アウイン様ッ――世界で一番ッ種付させ( 愛して)ますからね――!!!!!」

なんかよくわかんないものを最後まで読んでくださってありがとうございます。

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