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早朝の話

「紫苑さん」

最初はなんの音か分からなかった。ボーッと天井を見つめて意識を何とか浮き上がらせる。

「紫苑さん、起きてる?」

これは、ノックの音だ。そして呼ばれている。はやとんの声ではない。お母さんでもない。

「んん、いいよぉ、入ってぇ」

変な声になったが何とか通じたようで、ドアの開く音がした。右腕を目元に乗せて光を遮断する。

「おはよぉ、楼君。どしたん?」

枕元に歩いてきた気配を感じる。1回うつ伏せになってそのまま起き上がった。目はうっすらとしか開かないが、見えた時計には5時と記されていた。

「…早い時間にごめん。お願いがあって」

なーに?と返すと、口ごもったような音が聞こえた。口を開くタイミングをはかるような呼吸が続く。

「大樹さんに、謝りたいんだけど、一人で行くのが怖い。着いてきて、欲しい」

んぇと謎の相槌をうって、回らない頭で考える。なんか謝るような事したっけ。あれか、暴言吐いちゃったやつか。大樹君なら謝らんでも気にしてなさそうだけどなぁ。

「わあったぁ…朝ごはんの時に言うのぉ?」

胡座をかいて頭をゆらゆら左右に揺らす。落ち着けと頭を掴まれてしまった。

「うーん…俺は他の人がいない時に謝りたいかな…」

そうだったなぁ、と思った。楼君は良くも悪くも中学生だ。プライドも根拠なく高い年頃だろう。

「わあった…じゃあちょい早く叩き起こそうかぁ」

わっしゃわっしゃと彼の頭を撫でてまた寝る体勢に入ると、文字通り叩き起された。背中が痛い。

「な、なんて言えばいいんだろ…」

うーん、と寝返りをうった。そもそも謝る必要すらないのだから、ごめんの一言さえ言えばいいんじゃないか。

「紫苑さんならこの前はごめんねってだけ言うけどねぇ…そしたら向こうも酷く問い詰めたことを謝ってくれると思うし…楼君は何か言いたいことあるのぉ?」

黙り込んで考える楼君を盗み見た。紫苑さんの服の袖を掴んだ手をジッと見つめている。

「そう…だね」

彼がふと口を開いた時、ドアが大きな音を立てて開いた。楼君の肩がピョっと跳ね、自分も痛い心臓を落ち着けるのに必死だ。

「紫苑さん、ちょっと」

お母さんの声だ。ため息をつく。

「ノックぐらいしてよ〜。紫苑さんが着替え中だったらどうするのさぁ」

枕に頭を埋めておどける。お母さんは楼君がいることについては予想してなかったようで、ちょっとばかしどもっていた。

「あー…わかってると思うけど、あとで話があるから。放課後あけとけ」

「おっけーおっけー。じゃあ楼君は6時半頃にまた声かけるね」

布団をかぶって丸まる。これ以上何を言っても無駄だと判断したお母さんは楼君と部屋を出た。

ドアが閉まったのを確認してかぶってた布団から飛び出る。まだ朝方は涼しい時期、カーテン裏から入ってくる風が冷たい。

「聞こえてた?心配する必要はやっぱりなかったよ」

ベランダに続く窓から顔を出す。そこには甘いフレーバーの紫煙を燻らす金髪ゴリラが小さなベンチに腰かけていた。

「紫苑さんが吸ってるの、意外と甘いんやな。口に合わん」

小さな箱をまじまじ眺める彼の頭をぽんぽんと撫でた。

「タバコ出しといてくれて助かった。お母さんに見つかったら説教じゃすまないからね」

するりと手からタバコを抜き取ると、灰皿にグリグリと押し付けて消火した。箱の方もポッケにねじり込む。

「お礼はお菓子でええよ」

「未成年がタバコを吸ってたのを黙っとくのはいいのかい?」

すんっと黙る大樹君を眺めて笑った。

「…なんで居るの気づいたん?窓開けっ放しやったからか?」

呟いた大樹君の隣に腰掛ける。足を投げ出して壁にもたれかかる。

「返しに来た時に1回目が覚めてね。体が動かなかったから声かけなかったけど」

とりあえず6時半には布団にいてね、と声をかけて部屋に戻った。眠過ぎて目が落っこちそうな間隔まである。さっさと暖かい布団にもぐって二度寝と決め込もう。

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